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色彩との出逢い[2012年07月03日(Tue)]
kifune1.jpg
(毎年必ず訪れている貴船神社。赤と緑のコントラストが印象的)

色彩に関する論文を書き進めるための記録として、これから少しずつ「色彩のこと」というカテゴリーにて記していこうと思います。

記憶に底に残る色・・・。私の場合、その最初の記録は幼稚園の頃に遡ります。いつも紫色のワンピースを着ていた女の子。彼女の周りにはいつも男の子たちの存在があって、お姫様のような雰囲気が漂い、とても「大人」に思えました(幼稚園生だというのに!)。それから、母方のおばあちゃんが亡くなった時のこと。まだ死というものが分からなかった私は、お葬式でおばあちゃんは白い菊の花がいっぱいに入った棺桶の中でまるでお姫様のように穏やかな顔をして眠っていているのをみて「綺麗・・・」とうっとりとして見とれていました(まわりの人たちがどうして泣いているのか理解ができないまま)。そしてその風景にもやっぱり、お坊さんの身につけた紫色が(橙のような色と一緒に)不思議な存在感を放っていました。小さい頃の私にとって、紫は遠い存在を、白は憧れと安堵を思わせる印象深い色でした。同じく幼稚園の時、オルガンを習っていたのですが、その時にも、音を聞きながら色を感じることが当たり前のようにあって、他の人が必ずしもそのように感じているわけではないことが不思議に思えていました。

私に限らず、子どもというのは色彩に対して生理的、直感的な反応を持っているのだろうなと感じることがあります。それは例えばおりがみを広げた時。キラキラとした金や銀はとても人気があって「これがいい!」と急いで手を伸ばす子どもの顔の元気さは微笑ましいものです。

+++

私が「色彩」というものにただならぬ関心を抱いた最近の記憶は、振り返ってみると既に7年も前、妹との二人旅を楽しんでいたころに遡ります。

京都・三千院では円融蔵の天井画の復元図に驚かされました。京都の寺院というと古びた木造建築に描かれた色褪せた宗教画という錆れた美学を思い浮かべますが、そこで目にしたのは真っ青な背景に赤やパステルカラーまでちりばめられた色鮮やかな壁画だったのです。これが、その古い建物の内壁を埋め尽くしていたなんて・・・。「やっぱり寺院って落ち着くねえ・・・」。そんな暢気な台詞も、その復元図を見たことで「こんな色彩に囲まれていたら、きっと、そわそわしちゃうよね?!」に即座に切り替わりました。寺院には曼荼羅図など華やかな色彩が用いられたものが多いことは書籍で読んで知っていたはずだったのに、この時ほど色彩の存在感を意識させられたことはなかったのかもしれません。

それから、もうひとつのきっかけは妹とチベットに旅行することを決めた時のこと。2005年9月の出来事です。ガイドブックを買って、チベットというキーワードで本を調べているうちに密教に関心を持ち、その領域に詳しい宗教学者正木晃さんの講演会に足を運びました。その講演のタイトルは『風の谷のナウシカの宗教学』。配られたシラバスには「霊性の色彩学」という項目があります。

王蟲の目の色が怒りの中では赤に、静謐の時は青になっているということ、ナウシカの着衣が水色(淡い青)からピンク(淡い赤)、そして濃い青へと変化していることについて。青は処女性や純潔性を表す色であり赤は愛欲や激情を表す色であり、この色彩の変化はキリスト教図象学でも語られているそうです。人間性の復活が提唱されたルネッサンス期の絵画では、聖母マリアが赤い衣を身につけているという傾向が見られるとのこと。ナウシカのラストには一面黄金色の風景と黄金の触手を伸ばす王蟲が登場しますが、金というものはもっとも変わりにくいものであることから、永遠の生命の尊重、最高の聖性を表す色とも伺いました。色彩という観点から見直すと実に多くの「秘められたメッセージ」があることに驚きます。

正木さんの話も大変興味深いものでしたが、実際に訪れたチベットもまた色彩において非常に印象深い土地でした。チベット密教の極彩色を基盤とした強烈な彫刻、絵画は思考を超えて全身に浸透するエネルギーを放っています。そしてそれらにふんだんに用いられている赤や青の装飾は、海底が隆起してつくられたというチベット山脈の赤珊瑚、チベット・ブルーとも言われる青空そのもののようなラピス・ラズリトルコ石によってつくられいて、そこには色彩の波動に加え「大地に蓄積された凄まじい時間のエネルギ−」が込められているようでした。

+++

色彩のことを学ぶようになって、色は眼→脳というルートだけではなく、皮膚によっても認識され心身に影響をおよぼすということを知りました。京都やチベットで体感した色彩の放つ無言のメッセージ。それは確かに、視覚というよりも全身が感じ取ったものと言えます。

私たち人類は「集合的無意識」と呼ばれる「人間の無意識の深層に存在する、個人の経験を越えた先天的な構造領域」を共有していると言われています。その集合的無意識とは、無言のうちに織りなされる(つまり、音が世界を拓くよりも先に認識される)色彩との会話を通じて育まれたのではないでしょうか。であるならば、色彩という光の言語を媒体にすることによって「言語による表現力」の優劣の影響を受けずに、心の深い部分にある微細に触れることができるのではないでしょうか。そのような仮説が、いつからか私の心に存在するようになりました。

関連書籍:
はじめての宗教学 ー『風の谷のナウシカ』を読み解く 正木晃

追伸1:
ポタラ宮、ジョカン寺もさることながら、強烈に印象に残っているのが霊力の高い女神として信仰されるタプチェ・ラモ。こちらのページに画像が掲載されています。女神のイメージを超えている!

追伸2:
すっかり忘れていたのですが、関連することについて、昨年の5月に別のブログに「祈り」という名で記した文章がありましたのでここにリンクを紹介します。 
この記事のURL
https://blog.canpan.info/yukikazet/archive/8
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