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5月[2020年05月04日(Mon)]
Waterlogue-2020-05-04-22-28-27.jpg

あっという間に5月。

雨があがり、じわじわと地面から湿度を含む空気のたちあがる夕暮れ時、近所を少し歩いた。逗子のあたりを西陽が強く照らしている。

空を見上げると、飛行機が一台、白い月の隣の空を渡るところだった。いつもの年なら大忙しの空の便も、今年は本数を減らし、乗客もわずかであるという。こころのなかに(がんばれ)という言葉がわいてくる。そこに関わる暮らしをしているであろう人たちの顔が胸に浮かんで。

最近はなにをみても、そこに息づく暮らしの方に想像力が向かいたがる。人の気配を感じていたい衝動。そこには自分自身の不安もあるのかもしれない。誰かのことを想う気持ちを通じて社会につながっていたいというさわさわした感覚。そうしなくては、情報の海に飲まれて(顔の見えない社会像)が肥大化してしまう気がして。

一方で、このような時期なのに不用心に-むしろ人に迷惑が及ぶと思われる振る舞いで-歩いている人たちをみかけると、容赦無く(あのような人たち)と一括りに捌きたくなる衝動なようなものも私の中には存在するのであり、そういったさまざまな衝動を持つ生きものとしての自分を見過ごさないでいることが、いまこそ大事なことなのだろう。

野生と秩序の共存する世界に。

波の音が聴こえる。通りに面していない方の窓を大きく開く。夜の間、月の光を招き入れるために、灯りを消してカーテンをあけるこの窓を潜り抜ける風のその自由さ。

とある人が男性脳と女性脳の違いについて書いていて、そこに、女性の脳は(触れること)と(共感)を欲するものだとあった。そうだよ、触れたいよ。正当性を与えられた気がして私の背筋にしゅんとエネルギーが通う。

大抵の触れたいは言葉にできるものだれど、肝心な人からの(触れたい)は言われたい台詞なのだ。

波音と月の灯りに同期して、私の指先がそうタイプした。
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