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境界線[2017年04月13日(Thu)]
castle.jpg

Bay NVCのLeadership Programに
アシスタントとして参加しているErinが開催した
Setting Boundaries(境界線を設定すること)を
テーマにしたワークを、私は受けることができなかった。

確かその日は、日本から持っていった原稿を
どうしても書き上げて、送らなくてはならない
プレッシャーの中にいたから。

*****

それからずっと気になっていた
このBoundaryについて
考えさせられることが、ここ数日、何度かあった。

その一つが
「合意形成」に関することだ。

三重県のアズワンというコミュニティを
訪れた友人から聞いた話。

その、調和に満ちたコミュニティでは
どのような"合意形成"がなされているのか
という問いに対して
返ってきた言葉は
(私なりにかいつまんで表現すると)
"合意形成って、必要?"という
類のものだったそうだ。

だって、合意形成という前に
そもそも、対話とか、集団の中で
過ごすことが苦手という人もいるよね。

そんな意味あいが、この
"合意形成、必要? "の背景に
あるのだろうと想像する。

そして、その感覚に
安堵する気持ちが、私にはどこか、ある。

たとえば

宮城県にあるとある離島に
暮らすことを決めた青年が
言葉にしたこと

(ここの、放っておかれるところが、
俺にはちょうどいいんです)

それから、
自殺率の最も低いまちとして知られる
徳島県の海部町を訪れたひとから
聞いた話だとか

(他人を気にしすぎない、という在り方)

*****

"市民活動"と呼ばれる類のことに
この数年、関わりつづけてきた

(ゆるく。)

その中で感じ取っていた
そしてうっかり身につけていた

(市民参加の必要)という正義。

これ、正義っぽいから
得意げになって、ついつい使ってる
言葉ではなかろうか、君よ。

と、問いかけてみたとき
私の気持ちが、ひそかに
(ほっ)とするのを
たしかに、私は、目撃している。

たしかに、大切なことかもしれないよ。

でも、それ以上に
(正義)から自由になることが
君のこころが、
本当に欲していることではないかね?

*****

さて。今朝方、慌ただしい時間に
こんな映像を、目にとめた。

ヒューストン大学ソーシャルワーク大学院研究教授
ブレネー・ブラウン( Brene Brown)の
"Boundaries, Empathy, and Compassion"という動画だ。

30年以上にわたり多くの人たちに
インタビューを行ってきた結果、
彼女は、彼女自身の予想に反する
あるショッキングな結論に至る。

それは、
「共感性の高いひとたちは、
境界線をはっきりもった人でもある」
ということ。

それはつまり、
何がOKで、何がOKではないか、ということを
はっきり持っているということ。

*****

このテーマについて、
もっと深めたいと思うので
今日はここまで書いて
休むことにしようと思う。

(yes, i'm setting my boundary here)

そして、世の中にブログというものが
出現し始めたころに
私が繰り返し言葉にしていた
このフレーズを、最後に記しておこうと思う。

******

"共通言語と適正距離"
それが私の、関心事だ。
タグ:NVC ひとり
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