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ストーリー[2012年08月16日(Thu)]
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お盆の時期、故郷の風景やくつろいだ様子が(facebookの)ウォールを満たすのは、本当にいいなあと思います。いつだってこれくらい、くつろぎとゆとりのある私たちの暮らしでありますように。

鎌倉の部屋で、本を読んで過ごしていたら、ベランダにふんわりとアゲハチョウが遊びにやってきました。ゴーヤちゃんを育てているお陰で、その花にやってきた蝶々のことを、近くで眺めることができた・・・ゴーヤちゃん、本当にありがとう!です(よくみたらゴーヤの根っこの部分の土にはロイヤルブルーとエメラルドグリーンのしっぽをしたトカゲが一匹くねくねとくつろいでいて、これもまた可愛らしい光景でした)。アゲハチョウは濃い藍色と朱色のような色をしていました。風が比較的強い一日だったので、油断をすると空の方にふわりと羽をうばわれながら、それでもここが気にいってくれたようで、3回くらい訪れていったのでした。

蝶々と握手したらどういう気持ちがするかなあ。小さな子どもと手をつないで過ごした感覚のことを思い出しながら、私は考えました。蝶々はみているとかわいいけれど、触るとちょっと、怖い感じがするのだろうか。壊れそうな儚さがどこかにあるから?鱗粉が触れてはならないもののように思われるから?

そんな中断をいれながら、読んでいた本はバイロン・ケイティの「ザ・ワーク」、それからディーパック・チョプラとジョーゼフ・キャンベル。

ケイティの「ザ・ワーク」はとてもシンプルなのですが、故に深淵で、頭で読むと「腑に落ちる」の時間がかかります。「観察者」としての自分と、「解釈者」としての自分。この違いに、人は案外気づけないものだから。「ものがたり」をつくって聞かせることは、誰だってきらいではないのだと思います。不思議な習性のようだけれど。

今日の写真には、影を写したお気に入りの一枚を選びました。とっても背高のっぽに見えるけど、まぎれもなく自分。私が鏡の中に捉えている自分より、もしかしたらずっと純粋に私を描写した姿かもしれません。
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