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打ちひしがれるような水のなかから[2015年10月03日(Sat)]
water-water.jpg

ここのところ、「声」が聴こえない症状に陥っている。

それはニューヨークの最終日あたりから始まっていて、
あの、スーパームーンの夜、
日本の友人たちが、この上なく美しい写真を
Facebookにどんどん上げていたあの日、
お腹を壊して、随分早くに休んでしまい、
マンハッタンに浮かぶ特別なあの月を
私はうっかり見過ごしてしまった。

月の影響か、時差ぼけというもののせいなのか、
中心を探るのが、いつも以上に難しい。

そんな時
ハラに意識を向けることを、
歌手の山口愛ちゃんの個人レッスンを受けて
教えてもらえたことは、ものすごく良かった。

歌うこととは、
Art of Releasing(解き放つことのアート)だと思う。

愛ちゃんが
歌うことは、世界の平和へとつながる、ということの意味が

実際に自らの声を解き放つことを通じて、
閉じ込めていたものが、こんなにも楽に、
のびのびと美しく放たれるのを体験して、
まさに「ハラに落ちた」。

自分の中に、こんなにも美しいもの(の蕾)が
眠っていたなんて。
それを解き放つ鍵は
「ゆるめること」にあったなんて。
頭ではわかっていたけれど、
体感すると、感動する。

いま、レッスンをしてもらっているのは
「童神(わらびがみ)」という歌。
初めて聴いた時から、なぜだか涙が出てしまう曲なので
もっと近づいたいと思った。
この歌に近づくことが、
私を人生の深いところへと、導いてくれる気がする。

***

これを記しながら
「孤独というのは、なんて自由なんだ」という言葉が
ふと、こころに降りてきた。
(ひさしぶりに言葉に出会ったような気がする!)

孤独の自由さ、というのは
なんだかおかしな響きだろうか。

でも、放っておいても、気づいたらじわりと湧いてきて
誰にもあって、触れそうで触れないような
虹のようなその存在は
寂しげだけど、同時に
自由そのものの象徴ではないだろうか。
いのちが、平等に秘めているものの、ひとつ。
固有でありながら、おおいなる共有でもあるもの。

***

昨年の暮れに、とあるひとから受け取った言葉を
録音したものを、ひさしぶりに聞き返す。

「違和感を大切にするように」とある。
何故なら、違和感をそのままにすることが
自分を無意識のうちに
封じ込めることにつながっているから。

違和感に意識を向けるようになると
それは自然と、ゆるみ
本来のいきいきとした自分が輝きだす。

そうすると、
頭で考えるよりもずっとはやく、
自然に、あたらしい未来の姿が
そこに出現するのだから。
考える、よりも、感覚を研ぎ澄まして。
そして、その違和感のことを言葉にすることが
人生をひらくことに、つながっていくそうだ。

ああ。言葉、が少しずつ戻ってきたような気がするから
明日からは、そのことにまた、挑戦できるかも。

***

歌うことが喉のチャクラを開放した感覚が
思考をゆるめるヒントを、感じ取らせてくれた。

少し訓練がいることだけど
その訓練は、やりがいがある。

そんなことを思いつつ。

そうそう、NYからの帰りの飛行機でみた
INSIDE OUT
(日本は「インサイド・ヘッド」という名で公開されている)
そして
WILD
(日本では「私に会うまでの1600キロ」という名で公開中)
どちらもすごくよかった。

映画は飛行機でみるのがちょうどいい。
多分それは何事もそうで
「身構えない」でいることが
感受性を素直にするからだろう。

「形から入るとスローダウンする」というのも
昨年末に受け取った言葉のひとつ。
形から入るタイプでない人が、形から入ると
そこで閉じてしまう。

もっと自由でいいんだな。
孤独みたいに、私も。
タグ:こころ
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