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気持ち[2014年02月06日(Thu)]
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KOKIAの『穏やかな静けさ〜浄歌』という曲を聴いている。ニューヨークは深夜。帰国するまでぬけそうにない時差ぼけが午後になるとつらいけれど、ここの空気は今の私にとってとても心地がよい。(どこにも属していない感じ)が、不思議と土地への馴染みを深めてくれる場所。

***

「気持ち」って言葉を、あまり使っていなかったような気がする。

「こころ」は、辞書によると:
人間の理性・知識・感情・意志などの働きのもとになるもの。また、働きそのものをひっくるめていう。精神。心情

「気持ち」の方は:
物事に接したときに心にいだく感情や考え方/ ある物事に接したときに生じる心の状態。気分。感じ/ 物事に対しての心の持ち方。心がまえ/ からだの状態から生じる快・不快の感じ。気分
などが、あるようだ。

「こころ」に寄り添う姿勢が、「気持ち」っていうことか。

***

思うに、こころというものは、どこまで行っても限りなく自由なのだ。どんなに思考で制御しようとしても、するりと、くぐり抜けていく。社会という空間にいて、私が、あなたが、どのような関係に変わっても、こころの方は果てしなく、相変わらずに自由にしているのだろう。

だから、こころに闘いを挑むのは、ちょっと無理があるよ、思考君。

自由さに憧れるようにして、歌が生まれ、言葉が紡がれてゆくのを、できるだけやさしく見守りたいと私は考える。

「こころ」は誰にも所有されず、けれども他の誰でもないまさしくこの私(わたくし)に働きかけ、語りかけてくるものなのだから、私(わたくし)の役割とは、それに対して(どうしたの?)と静かに関心を向けてあげることなのだろう。なにしろ、お互いに遠慮なくいることが(自然)なのだと思うのだ。

「こころ」が喜んだり悲しんだり、怒ったり楽しんだりするのを自由にさせていると、「気持ち」の方が(しゃん)と背筋を伸ばしてくる。気持ちにとって、こころは見知った存在となる。

***

いつもそばにいるくせに、
案外とわかりにくい、こころの在処。
それに気づかせてくれる、見えない糸のことを想像したら
何気ない風景、世界がとても、神秘的に思えてきた。
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