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いきてゆくちから[2013年06月08日(Sat)]
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ときおり、こうして代々木公園を歩く日がある。たいてい、とても軽やかな気持ちで。

そんな帰り道、考えていたことを忘れないようにと記しておくと「お薬をつかった治療から、そうでないのに切り替える方法」がわかっていたら、治療がもっと、前向きになるだろうな・・・ということ。

「お薬をできるだけ使わないですむようなアプローチ」を共有してくれる場所が、もっとあったらいいのに。お医者さんが、そういう前提で治療に臨んでくださったら、病とのつきあいが随分変わってくることだろうと考える。

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認知症フレンドリー・ジャパンイニシアティブというセッションに少しだけ参加してきた。

「認知症フレンドリー」とは、単に、「認知症の人に優しくしましょう」ということではなく、社会や地域そのものが、認知症の人の暮らしを支える機能やデザインを内包しているということです。認知症に取り組む世界各国でも、こうした概念の重要性が認識され始めています。英国では、キャメロン首相の下、先進的な自治体や企業が協力しながら、認知症フレンドリー・コミュニティーを作るための国家プロジェクトも進んでいます。


これは、このセッションの案内文に書かれた言葉だ。

厚生労働省研究班の最新の調査では、日本に暮らす65歳以上の7人に1人に当たる462万人が認知症で、適切なケアが受けられないと、5年後に半数が認知症に進むという「軽度認知障害」の人も400万人いるという。

私たちは高齢化社会に生きている。これは、とてもとても近くにある現実。とっても「私たちごと」のこと。

私はこのセッションにほんの1時間半くらいしか参加できなかったのだけれど、富士宮市役所保健福祉部でお仕事をされている稲垣康次さんのお話がとてもこころに響いた。

地域で支える。例えば、コンビニエンスストアの店員さんが、地域のどこに、一人暮らしのお年寄りがいるのか、わかっていたりする。買ったはずの卵を、15分後にまた買いにきてしまうお年寄りのことをわかっていて、その対策を、専門家の方と一緒に考えたりする。認知症の方の介護は専門施設に、ではなく、地域が、社会が、できることを考えていく。

「正直にお話することが大切なんです」と、稲垣さんはおっしゃっていた。人口13万人ほどの富士宮市に、救急車は数台。災害などがおこったとき、5千人につき2人くらいの職員しか、対応にあたることはできない。そういう現実を、正直に共有することで「自分たちでなんとかしなくちゃ」という気運がうまれる。

そうだよね。行政なんとかしてよ、お金がある人は民間のサービス受けられるしいいよね、とかじゃ、ないんだよね。

歩くことが困難になると、認知症は一気に進行したりする。けれども、例えば、夜おトイレに起きたり、「わからない話をする」お年寄りのケアをするのが大変だという家族の訴えに、「では、睡眠薬を出しましょう」と対応をするお医者さんは、決して少なくないそうだ。そういった処方を受けたことにより、お薬が強くて、午前中ずっと、おきあがってもうとうとしてしまうようなことがある。それが、認知症の進行しやすい状況が「選択されている」実態だ(介護する側にとっても、難しい判断なのだろうと、推測する)。例えばそういうことは、とても「起こりうる」ことなのだ。

「ひとごと」じゃないよね。

病だとか、老いだとか、それに伴う症状だとか。そういったことに、もっと「自分ごと」として関心を向けるべきだと、本当に思う。いのちは自分で守るものだ。そのためには、いのちを大切にするということを、身を以て理解しておくしかない。それがどういうことか、日頃から意識していきることは、そしてそのことを(少なくとも)家族や近しいひとたちと共有しておくことは、とても大切なことだと思う。

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いつも思う。こんなに「情報化社会」っていうけれど、それって本当にそうだろうか?ごちゃごちゃしたお金の集まるところに情報がこぼれ落ちてるのであって、ひとの息づくリアルな現場には、ちゃんと届いていない情報、たくさんあるんじゃないだろうか。

「人をみること」と、稲垣さんはおっしゃっていた。その通りだと思う。目の前の人と対峙してみる。そこには「一般的な人」は存在しない。「たったひとり、個性をもったその人」しかいないんだ。そういう出会いを、いくつ、身体に染み込ませているか。それが本当のサバイバルだと、私は思う。

こういうことを強く感じるようになったのは、東日本大震災の経験が、私には大きい。地震で多くの物が失われ、停電もあって、自分がひどく無力に思えて。そんな中、できることをみつけ、手を差し伸べることができたのは、普段から「人」を見て生きている人だ。そう、強く感じた。頭で生きているひとは、一般的には正しくもっとなことは言えるのだが、身体が思うほどに動かない。あの時、避難所を訪れて、私はとても無力だった。「役割」から離れて「ひとりの人として何ができるのか」。それを問うことが、本当の「備え」になるのだろう。

個人が、社会が、生きるうえでの反射神経を高めていくことが、とても必要なのだと思う。

参考:
稲垣さんのインタビュー記事
http://www.cheplus.com/interview04.html
[地域で支える]「隣近所の力」集め 見守り(yomiDr.)
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=66545
「軽度認知障害」400万人 予防に取り組む医療現場(朝日新聞)
http://www.asahi.com/national/update/0607/TKY201306070276.html
認知症スタジアム
http://dementia.or.jp
【日々のことの最新記事】
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