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「それでも、生きてゆく」[2013年05月12日(Sun)]
IMG_8166.JPG

母の日ですね。

夕方、ジョギングをしようと外にでたら、あちこちの庭に薔薇の花が美しく静かに佇まう姿を見ました。鎌倉文学館の庭の薔薇も見頃だそうです。薄暗いぽつりとした時間だったせいか、私はふと、『星の王子さま』のことを思い出してしまいました。王子さまが大切にしていた、あのバラのことを。ひとりぽつんと、あの星にひとり残されて、遠くから大切に想われていたあのバラの花。それは、カーネーションたちと、「カーネーション」の違いのように思います。今日、たくさんのありがとうを運んだであろう、その花。たくさんあるなかの「特別な花束」になったであろう、その花をとりまく風景。

昨日の夜から、夢中になってあるテレビドラマをみていました。2011年に放映されていた「それでも、生きてゆく」という作品です。出演者のひとり、大竹しのぶさんのエッセイで紹介されていて、とても気になっていたので、全11話、重たく苦しい気持ちにもなる作品だけれど、吸い込まれるようにじっと画面に釘付けになり過ごしました。

作品をみながら、人間が生きてゆくということについて考えました。生きていて、どうしても考えてしまうこと、いのちから離れられないことについて考えました。そのひとつが、「人は誰も、お母さんから生まれてくるのだなあ」ということでした。地球上に生を受けるのと同じように、当たり前に、お母さんのお腹の中から、私たちはみんな生まれてきたのだなあ・・・と。そう思ってドラマをみていたら、人がみんな、いい人も、そうでない人も、あまり境界線がないような気持ちになりました。

あまり境界線がないような気持ち

それは、地面に足がついているのに、まるで無重力のような不思議な感覚です。

作品を書いている時、自分がどんな風に人をみているのか、自分のものの見方の「癖」のようなものをつきつけられるので、時折それが苦しいです。今はまだ、自覚出来る方になってきたから随分ましだけれど、以前は自覚すらなく、さもいろいろな世界をみているような気持ちで、小さな井戸の中を進めないまま掘り続けていたように思います。このままだと掘り進めないととどこかで分かっていながら掘り続けることは、結構、しんどいことです。そういうパターンから抜け出す方法を見つけるのは、本人にとっては簡単じゃないことも多いです。鏡に映っているのを、自分だと気づけないからです。

今は、人物を描きながら、「知らない人のことを知ろうとする作業は、大変だけれど面白い」と、心の真ん中あたりで、小さく考えています。知ろうとする、分かろうとしている自分は、すこし謙虚になれるので、こころに余裕ができて、落ち着きが持てるのかもしれません。

書くという作業は、人と向き合う練習みたい。人とちゃんと向き合うことって、真剣に考えてみると、桜の花を迎えるくらいに、人生のなかで「いくつかな」って指を数えるようなもののような気がします。

新月が産んだ細いほそい三日月が群青色に浮かぶ夜。うまれてきたこと、生きてゆくことに、思いを馳せながら。
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