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水俣のこと。[2013年04月17日(Wed)]
DSC_9310.JPG
(水俣エコパークには、被害者を偲び、「魂石」と呼ばれる石像が置かれている)

水俣病の認定基準を巡る、最高裁の判決がでました。
国が水俣病の認定基準を設けたのは、1977年のこと。昨年7月31日に、国による水俣病被害者救済法の救済措置申請が締め切られました。そもそも国の定めた基準が適切ではないとして争われていたこの裁判。今回の判決によって、基準では認められなかった患者も「水俣病患者」として認めうる道筋がたちました。水俣病発生からの、長い、長い歴史。多くの人たちの心において風化され、あるいはある種の特殊なイメージとともに過去のことと葬り去られたようでもあるこのできごとが、今なお、現在進行形であることを、今年3月、水俣を視察に訪れ、とても強く感じました

視察の報告は、近々CSOネットワークのHPに掲載去れる予定ですので、詳しくはそちらに委ねることとして、ここでは、水俣をめぐる、思い出のひとつを紹介しようと思います。

それは、高校時代のこと。石牟礼道子さんの「みなまた 海のこえ」という作品をもとにつくられた組曲「しゅうりり えんえん」の「破壊」という曲を、音楽の授業で歌ったということです。

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(水俣病資料館付近からの眺め)

「しゅうりり えんえん」について調べてみたら、youtubeに慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団による演奏の動画がありました(こちらからご覧いただけます)。「破壊」は9:31あたりから始まります。聴いてみるとわかりますが、不協和音の重なる、心深くに迫りくるような迫力を持った音の響き。こんな恐ろしい曲、どうして先生は私たちに歌わせたのだろうと、当時も不思議に思っていました。先生はとても、発声の仕方だとか、音としての言葉のことだとか、そういうことにとてもこだわりを持っていて、詳しくは尋ねなかったけれど、きっと何か、心に想うことがあってのことと、振り返ります。

このことは長いこと記憶の隅においやられていましたが、水俣の視察をきっかけに、ふと、思い出したのでした。人の記憶は不思議で、ひとたび思い出すと、一気にそのすべてが鮮やかに蘇ってきます。youotubeでみつけた動画のメロディーを聴いたら、歌詞、覚えていたことに気づきました。

今回の水俣視察は、福島で有機農業に励む方々と一緒ということもあり、印象深いものとなりました。人の息づく世界の、どうしようもなく「現実的」であること、得体の知れない正当化に向かう思考回路。・・・なんなのだろう。この、違和感のようなもの。

この違和感は、水俣だから、福島だからということでは、決してないのだろうなとも思います。スムーズな着地を求める、歴史からの学び。そういう「思惑」のようなものが、あちこちに、奇妙に洗練されながら、たくさん転がり落ちている。そういうことに対する、デジャブに似た感覚。

***水俣病認定判決に関する主な記事***

 水俣病認定判決 争いの終結はなお見えない 読売新聞社説(2013.4.17)

 水俣病審査、見直し必要 知事「国、早急に検討を」新潟日報(2013.4.17)

 水俣病認定訴訟 最高裁判決の要旨 朝日新聞デジタル(2013.4.17)

水俣病判決「かすかな希望」石牟礼道子さんに聞く 朝日新聞デジタル(2013.4.17)

水俣病認定・熊本知事、溝口さんに謝罪 毎日新聞(2013.4.17)

クローズアップ2013 水俣病、最高裁が認定 患者救済拡大に道 毎日新聞(2013.4.17)

水俣病認定訴訟 遺族側が勝訴、最高裁が初認定 もう1件も判断へ 産経新聞 (2013.4.16)

環境省の判断求める 水俣病認定で熊本知事 時事ドットコム(2013.4.17)

「なぜ早く救えなかった」水俣病被害団体 最高裁判判決受け 日経新聞(2013.4.17)

水俣病 認定申請を決心 前資料館館長の坂本さん 毎日(2013.4.16)
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