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「たいせつなきみ」[2012年11月25日(Sun)]
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快晴の日曜日。ひさしぶりに日曜礼拝にでかけました(教会は大好きだけれどクリスチャンではない私です)。

今日は新約聖書エファソの信徒への手紙第二章を題材に、牧師さんがお話をくださいました。そのお話のなかで、「たいせつなきみ」という絵本についての引用があり、それがとても素敵だと思ったのでここに記しておきます。

+++

それは、ウィミックという木彫りの人形のお話です。
ウィミックたちの間には不思議な習慣がありました。かれらはそれぞれ、金色のシールとねずみいろのシールをもっていて、素敵だなと思うことがあるウィミックには金色のシールを、あんまりよくないな、ダメだなというウィミックにはねずみ色のシールをそれぞれあたえあっていたのです。

そんなウィミックのひとり、パンチネロはみんなからねずみ色のシールばかりを貼られてしまいます。素敵だなと思われたいと思ってがんばるけれど、しっぱいして、ますますねずみ色のシールが増えていく。そして、やがてすっかり自信をなくして、外にでるのもいやになってしまいました。

そんな時、シールのひとつも貼られていないルシアという素敵なウィミックにパンチネロは出逢います。「どうして君にはシールが貼られていないの?」尋ねるパンチネロに「それなら簡単、わたしたちをつくってくれた彫刻家、エリに会いにいけばいいのよ」とこたえるルシア。

パンチネロはエリと会にいきます。はじめは、とてもこわばった様子で。けれども、エリがどんなにかパンチネロを愛しているかということを、そして大切なのはみんながパンチネロにどんなシールを貼るのかではなく、エリがこんなにもパンチネロを愛しているということを忘れないでいることだと知ると、パンチネロのからだからは、ねずみ色のシールがはがれおちるのです・・・。

(こちらのサイトにもう少し詳しいあらすじが掲載されていました)

+++

牧師さんは、私たちが罪をおかすという時、その罪というのは「的を外してしまったこと」だという表現をなさいました。私たちは、そうするつもりではないあったかもしれないけれど、いつのまにか、的を外してしまった、罪をおかし、道を外してしまった。けれども、自分がどんなにか愛された存在であるかを思い出すことができれば、きっと、ふたたび戻ってくることができる。

そういうことを、話されていたのだと思います。

ついつい、礼拝のこと、牧師さんの話を記してしまうのは、私は自らの教育体験のなかで、すくなくとも教室のなかで、こういった言葉をこころに受けとめたことがあったろうかというと、あんまりそんな記憶がなく、だからこそとても新鮮に響くからかもしれません。

「あなたは、愛されている存在なのですよ」

そういう言葉を、とても自然に、あたりまえのこととして伝えられていたら、人生のこわばりはどんなにか違っていたことでしょう。

今日は読書の日で、ほかには児童虐待やドメスティックバイオレンス、社会の悪を見て見ぬ振りをして生きざるを得なかった人たちの本などを読みながら、おおげさでなく、日常にあるほんのわずかな痛みのことをこころに抱いてすごしています。

空はやさしい。けれども随分陽の落ちるのがはやくなりました。うっかりすると、洗濯物がひんやりとしてしまいそうです。

写真は、御成町のスターバックスコーヒー。日曜日でも午前中は空いていました。
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