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バス&ハイク 四境戦争 〜大島口の戦いの跡をたどる〜 2019年12月05日(Thu)

2019年12月05日

バス&ハイク 四境戦争 〜大島口の戦いの跡をたどる〜

“四境戦争 大島口の戦いの跡をたどる バス&ハイク”に行ってきました🚍
今年も晴天太陽に恵まれたバス&ハイクツアー、伊藤公記念館から柳井市、周防大島と、四境戦争の跡を松前講師に案内していただきました。

《伊藤公資料館》
伊藤博文銅像.jpg 伊藤博文邸2.jpg
伊藤公資料館資料館では、伊藤公の遺品等を展示紹介してあります。
今年度は9月から没後110年記念展示「手紙が語る伊藤博文の教育方針」が行われています。
伊藤公直筆の家族に宛てた手紙が数多く展示してあり、博文の家族に対する思いを垣間見ることが出来ました。
常設してあるシアターホールでは、伊藤公の記録映像も上映されています。
伊藤博文生家.jpg
また、他に旧伊藤博文邸、生家、産湯の井戸なども公開されており、見ごたえのある資料館でした。
千円札.jpg
懐かしい〜旧1000円札です。よ〜く見ると、伊藤博文公の顔ではなく・・・さて、誰の顔でしょう (^^)

《妙円寺》
柳井市の海の近くに妙円寺はありました。ここでは幕末激動の時代に妙円寺に生まれ、詩人として海防僧として、多くの人の心に影響を与えた「月性」について知ることが出来ます。
妙円寺.jpg妙円寺2.jpg
妙円寺では、展示館の方が我々の到着を待っていてくださり、二手に分かれて、僧月性について詳しい説明をしてくださいました。
月性さんが妙円寺庫裏に開いた私塾「清狂草堂」には、各地から志士が集い、幕末明治の混迷する時代を愚直にかけぬいた人物を輩出したそうです。

KIMG3507.jpg
男子立志の詩「男子志を立てて郷関を出づ…」石碑前にて。
妙円寺 男子.jpg

  
月性さんは、吉田松陰先生とも親交の深かったそうです。
資料館には月性さん直筆の資料がたくさん展示してあります。
月性さんの事をもっと知ってほしいという、地元の皆さんの熱い思いが伝わってくる資料館でした。

《西連寺》
周防大島の西の端にある橘町にある西連寺は、大島口の戦いで第二騎兵隊の本陣になったところだそうです。
ミカン畑を横目に見ながら急な坂を10分くらい登って行きます。右手奥に屋代ダムの石垣、後方には瀬戸内の海も見え大変眺めの良いところです。
西蓮寺 道すがら3.jpg西蓮寺 道すがら2.jpg西蓮寺 道すがら.jpg西蓮寺2.jpg西蓮寺 道すがら5.jpg
お寺の方のおもてなしに体も心が温まりながら、松前講師の話に耳を傾けます。

今回の旅は、周防大島を西から東に縦断します。
KIMG3517.jpg
周防大島の南からは、四国を眺めることが出来ます。
山口と愛媛、海は隔てていますが意外と近いことに気づきます。

《浄西寺》
周防大島の東の先、山の中腹にある浄西寺。
浄西寺からの眺め 2.jpg
幕府の軍艦が海から油宇を砲撃したときに、ここ浄西寺の石垣を直撃したそうです。
海から離れたこの石垣まで届いたとは・・・
浄西寺 砲撃跡 (2).jpg浄西寺 砲撃跡2.jpg
この浄西寺の石垣に残る穴は、幕府の戦艦(大江丸、富士山丸)からの砲撃跡だそうです。

浄西寺2.jpg
ここでも地元の方々の思いがけないおもてなしに心が温まります。

《快念寺》
快念寺.jpg
 快念寺があった安下庄は、当時幕府側松山軍が上陸し、町の多くの民家が焼失してしまったそうです。
KIMG3532.jpg
地図を広げて、どのように各軍が進行していったのか確認します。
温暖なみかんの美味しい周防大島、150年前の長州軍と幕府軍の戦い「四境の役」では、最初に幕府軍を撃退した明治維新のさきがけとなる重要な戦いがあったこと、また、この「大島口」の戦いにおける長州軍の勝利の陰には、周防大島の島民の犠牲や大きな支援があったことを知る旅となりました。




posted by 中川 at 09:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 地域の出来事
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