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自然と遊び、自然と生きる・・・私が思うこと

子育てと地域活動、そして松山での冒険遊び場活動を通して思うこと、感じることをそこはかとなく綴ります。


松山市子ども子育て会議・・・いよいよ大詰め!! [2014年08月30日(Sat)]
私たち夫婦は平成17年から平成19年まで松山市の別府町で認可外保育所どろんこKID'Sを開園していました。

しかし、認可外には国からの補助金は降りず、保育料のすべてを保護者からの保育料で賄うため、運営がとても大変なことと、自分たちが考えていたポリシーを曲げてまで保育所を続けたくはないという結論となり、休園としました。

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私が考える最善の保育所の形は毎日屋外で保育をし、できれば森の中や山の中へ出かけていき、子どもたちが遊びたいと感じたその遊びを見守る形での保育です。

以前見たドキュメンタリー映画「子どもの時間」に出てくる埼玉県桶川市にある「いなほ保育園」のように、動物を飼い、野菜を作り子どもたちが収穫したものをいただき、遊びの中で火を使い、子どもたち自身も料理を体験できる。そんな保育園ができたら良いのにな〜と日々思ってきました。

その為の場所と、こうした保育が子どもたちにとってなぜ大切なのかを理解できる人材と、それから財源と・・・いろいろなことが必要になってくるけど、今再び「どろんこKID’S」をやりたいと考えるようになりました。

それは、国全体が今の子どもの状態を危機と感じ始め、いろいろな施策を国が打ち立て始めてきたことと、来年4月より施行される予定の「子ども子育て支援新制度」により、「家庭的保育所(5人以下)」や「小規模保育所(6人以上〜19人未満)」にも補助金が認可と同じだけ下りるようになったからです。(ただし、認可保育所以外は2歳までの子どもを対象とした保育にのみ補助金が下りるそうです。)

【私が保育所をやりたい理由】

利益至上主義の今の社会にあって、子どもに関わる施設も物も人もすべてその流れに進む傾向があるとずっと危機感を感じてきました。

きれいな施設の幼稚園で防犯設備が整い、砂場は抗菌、安心安全を掲げ、「危ない・汚い・うるさい」という子どもたちの専売特許を封じ込めるような保育が増え、親の求める「長時間保育・車での玄関までの送迎・毎日の給食(安価で)・格安でのいろいろな習い事・そして安い保育料」をうたい文句にチラシをまいて営業活動を展開するところが勝ち組となっているのが現状です。

でもその裏では、低賃金で尚且つ非正規で働かされる保育士が増加し、正規職員にその分のしわ寄せがいく為にサービス残業が増えてきています。その保育者のストレスはどうしたって目の前の子どもに関係しないはずがないわけで・・・それから親がお客様化しているために、「子どもの最善の利益」を後回しに「親に喜ばれる保育」を最優先に考える施設が増えているように思います。

「子どもを育てる」というのは「日本の未来」を育てるということです。

いろいろな人の意見を聞き、考えながら、目の前の1人の子どもの最善の関わり方をひとりひとりの保育士が模索しながら、親とのコミュニケーションを図り、その子の未来をイメージしつつ日々を過ごしていく。

その子が良い高校に行って良い大学にいって、有名企業に送り出すために保育をしているわけではありません。その子どもが一番興味を持って打ち込めることを日々の遊びの中から見つけていき親や保育士たちとの語らいの中で模索しつつ、大人になってもちゃんと世の中で生きていける心を育て、体を育て、どんな環境になっても、どんなストレスが襲いかかってきても、打ち勝てる人間を育てるために保育をするのです。
子どもが立派に成長してほしいという保育士としての願いは「プロの保育士として子どもと関わる時」熱い熱い「祈り」へと変わります。

「誰にでもできること」とか「時間分だけ働く」とか「上に怒られないように働く」という労働意識だと、目の前の子どもに「祈り」はささげられないと思っています。

上の娘を保育所に預けた20年前には「プロの保育士」が多くいました。

今もそうしたプロの意識を持った保育士はきっといると思うのですが、保育所の「質」を重要視しない保育制度が、そうしたプロの保育士が育たない要因になっている現状を考えると、今、新制度が始まるこの時だから考えていかなければいけないことだと思っています。

次回の松山市子ども子育て会議は9月12日・・・いよいよ大詰めです。
しかし、今のところ参加した委員の中からは「保育の質」を求める意見が出ているのですが、国として市としての良い回答は得られていません。

私ももう一声、発言できればいいな~と「祈って」次回の会議に挑もうと思います。

子ども子育て支援新制度を考える。 「母という病」を読んで思うこと・・・ [2014年04月24日(Thu)]
子ども子育て支援新制度が平成27年4月から開始されるにあたり、今、国と地方が急ピッチで細かい内容を決めるべく動いている。

この制度の一番の論点はやはり「待機児童問題」だと思う。

待機児童をなんとか減らすために国も地方も動いている。

・・・・でも悩むんです・・・・

この問題を私が反論することはできないけれど、ただこの問題を安易に解決することだけはやめてほしいと以前からずっと思い続けている。

待機児童の問題の多くは0歳児から3歳児未満までの保育を必要とする子どもを預ける施設が少ないために、働きたくても働けない母親が増えていることに問題を発している。

しかし、昔は0歳児から3歳児までは親が育てる方が子どもの成長には良いという定説が受け継がれており、どんなに働きたくても仕事をあきらめて子育てに専念する女性が多かった為に保育施設はあまり作られていなかったのだと思う。

それが今は共働きが一般化し、女性の社会進出が進み、社会に必要な人材として女性もバリバリ働くことが求められてきていることにより、「待機児童問題」が急速に深刻な問題となってきたのではないかと思う。

私も女性が働くことは賛成だし、市議会に女性が増えることも重要だと思っているし、大きな企業の重役的なイスにもっと多くの女性が座ってほしいと願っている。

だけど、その問題と子どもの成長という問題は、次元の違う別の問題なのではないかと思い悩むのである。

「"親は無くとも子は育つ”ということわざもあるわけだし、なんとかなるよ!」と楽天的に考える人も多いのだけれど、だけど子どもによってはそれが後になって人生に大きく影響してしまうケースを知ってしまうと、やはり悩まずにはいられない。

「うつ」「ひきこもり」「依存症」「摂食障害」「虐待」「離婚」「完璧主義」「無気力」「不安」「過度な献身」など、真面目に社会で働き出したとしても、結婚して自分が母親になったとしても、自分が苦境に立った時に突然噴き出してくるこうした問題を抱えながら生きている若者がどんどん増えることに危機感を感じずにはいられない。

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最近読んだ岡田尊司氏の「母という病」という本の中で母子の愛着形成について下記のような内容が書かれている。

                          

 愛着の特性は、育てられる中で身に着く後天的要因が非常に大きいということだ。実際、愛着の安定性は、養育などの環境要因が75%以上を占めると考えられている。幼い頃のかかわり方次第で、どちらにでも変わるということだ。

 ただ、生まれもった要因(遺伝要因)も25%程度は影響すると思われる。赤ん坊でも、生まれた時から気難しく、よく泣き、育てにくい子と、育てやすい子がいる。不安の強い遺伝子タイプや新奇性探求(新しいものに対する好奇心が強い傾向)の高い遺伝子タイプの子どもでは、概して育てにくく、愛着が不安定になるリスクがそうでない子よりも高まる。

 とはいえ、母親が安定していて、思いやりのあるかかわりを行うことができた場合には、こうした遺伝子タイプをもっていても、リスクの上昇がみられないどころか、逆に親との関係が良い傾向がみられる。敏感なタイプの子どもほど、親の養育の影響を、良い方向にも悪い方向にも強めてしまうのだ。

 オランダで行われた研究によると、生まれて間もない段階で、気難しいと判定された百人の赤ちゃんを2つのグループに分け、1つのグループには通常の対応だけを行い、もう1つのグループでは、母親に、子どもに対する反応を意識的に増やすように指導した。すると1歳の段階で調べてみると、通常の対応だけのグループでは、不安定な愛着を示すケースが過半数に達し、中でも多かったのは、回避型だったのに対して、反応を増やすように指導を行ったグループでは、ほとんど全例が、安定した愛着を示したのだ。しかも、この効果は、2歳の時点でも持続していた。
 この研究の場合、生後6カ月から9カ月の間の3カ月において、そうした働きかけを行っただけだ。わずか3カ月、意識してかかわり方を変えるだけで、まるで子どもの気質や性格が別人のものになるくらいの差が生まれたのだ。

 これくらい、幼い時期の母親のかかわりというものは大切なのだ。その時間を軽く考え、おろそかにすると、後で大変な苦労や悲劇を生んでしまうことになる。

 しかし、最近の研究によると、日本人などアジア系の子どもでは、白人の子どもなどに比べて、不安の強い遺伝子タイプの持ち主が多く、母親のかかわりの影響を、欧米人以上に受けやすいことがわかってきた。

 不安の強い遺伝子タイプをもつかもたないかによって、愛情不足に敏感なタイプと平気なタイプの違いが生れる。前者は、親の影響を引きずりやすく、後者は、どんな育てられ方をしようとあまり関係ない幸運な人だ。

白人は、鈍感なタイプが6割を占める。日本人などのアジア人種は、割合が逆で、3分の2が敏感なタイプだ。

欧米で当たり前に行われている子育てのスタイルをそのまま真似することには、落とし穴があるということだ。
※「母という病」ポプラ社 P94~を参照
                     
                        

第2次世界大戦以降、欧米文化がどんどん日本に入ってきて、古い日本の文化がどんどん廃れて行っている。それが今後グローバル化になる社会に対応する為にやむおえないことなのかもしれないが、文化や子育て観などは、やはり島国日本だったからこそ、それなりの理由があって、伝承されてきたのではないかと思うようになってきた。

残さないといけない物とか、新時代に向けて考えていかないけないことがたくさんあるような気がする。ただ成功した他国のまねをするのではなく、その成功例を学び、この地域に合う方法を模索しながら考えていくことが大切なのではないだろうか。
乳幼児 所在不明4176人!!どうして(-_-;)?・・・ そして「絆」「感謝」「誠実」「勇気」で26年度も頑張ります。 [2014年03月15日(Sat)]
平成25年12月30日 読売新聞 東京朝刊記事より
≪乳幼児 所在不明4176人 昨年度 健診受けず 虐待の懸念も≫


 自治体が2012年度に実施した乳幼児健診を受けず、所在が確認できない乳幼児が37都道府県の334市区町村で計4176人に上ることが読売新聞の調査でわかった。所在不明児の全国統計はなく、実態が明らかになるのは初めて。健診を受けていない子どもの虐待死事件が相次ぎ、国は昨秋、自治体に所在確認の徹底を求めたが、電話や手紙で済ませる自治体もあるなど、確認が不十分な実態が浮き彫りになった。〈関連記事27面〉

 アンケート調査は今年11月、全国1742市区町村を対象に実施。全自治体から回答を得た。その結果、1歳未満の乳児、1歳6か月児、3歳児の各健診を受けていない乳幼児のうち、自治体の職員が家庭訪問するなどしても所在確認できなかったのは、乳児で499人、1歳6か月児で1423人、3歳児で2254人に上った。1歳半と3歳の未受診児は計約15万人で、その約2・5%にあたる。

 都道府県別では、東京都の752人が最多で、埼玉県(638人)、千葉県(583人)、愛知県(453人)と続いた。人口の多い東京都の一部の区や横浜市、大阪市などが人数を集計しておらず、実際はさらに多いと見られる。一方、全ての市町村が「ゼロ」と回答したのは、秋田、山形、石川、鳥取、島根、徳島、鹿児島の7県。ゼロと回答した市区町村の中には、保護者への電話連絡や受診を勧める手紙を送っただけで「確認を済ませた」としているところもあり、把握が不十分な可能性がある。所在が分からない理由として、住民票を残したまま外国籍の子が帰国したり、家庭内暴力から逃れるために転居したりしたケースが想定されるが、居住実態がないため実際の理由はつかめていない。所在を確認する上での課題として、人員不足や個人情報の壁を挙げる自治体が目立った。

 健診を受けていない子どもの虐待死事件は近年、相次いでいる。乳幼児健診の未受診率は1割未満だが、国が把握した11年度の虐待死58人のうち、未受診率は健診時の年齢別で43〜25%と高く、厚生労働省の専門委員会は、未受診家庭について「虐待のリスクが高い」と指摘している。専門委員会委員長で児童虐待に詳しい才村純・関西学院大教授は「所在不明児の保護者は精神的、経済的に追いつめられている可能性があり、虐待リスクが高い。自治体をまたいで転居を繰り返す家庭も多く、国が所在不明児の情報を一元化する仕組みを作ることが急務だ」と話している。

〈乳幼児健診〉
 母子保健法に基づき、1歳6か月〜2歳未満、3歳児を対象に、市区町村が義務として行う。ほとんどの自治体が1歳未満の乳児健診も実施している。2011年度の未受診者は、生後3〜5か月児で約5万人(未受診率4.6%)、1歳6か月児で約6万人(同5.6%)、3歳児で約9万人(同8.1%)だった。

                                    

子ども子育て支援新制度が平成27年から施行されるんだけど、こうした子どもたちは支援の対象にも入らない。保育園にも小学校にもいけなくて、もしかしたらどこかで誰かの助けを求めて必死で生きてるのかもしれない。

是枝 裕和 監督の「誰も知らない」の中の子どもたちもこの中にはいるんだと思う。この映画ができた背景には現実にそうした子どもが増えてきたこともあるんじゃないだろうか。

それは希薄化した地域社会がもたらした問題でもある。もし地域の人が地域の子どもを見守ることができる社会なら、せめて市役所に話はいくだろうし、誰も知らずにマンションで子ども達だけで生活することもないだろうと思う。

私は仕事柄、愛媛の過疎地によく人探しに出向いている。松山ぐらい大きな町になると、隣に昔住んでいた家族の事情を知る人は少ないが、少し地方へ行くと、村全体で子どものことを把握していたり、町役場でもその情報を入手することができたりする。

町にあったちょうどいい数の住民、そして日々日常のことを道端で会話するお年寄りやお母さんお父さんの姿を見かけるそんな街だったら、「誰も知らない」という事態にはならないように思う。

だけど、そんな地方には今仕事が少ない。だから子どもを育てるだけの収入を得られない。だから若者はみんな都会へ出て行ってしまう。高校や大学へ行くにもお金がたくさんいる。だからお金を借りて日本の大学生の約半分は学校へ行っている。そうなると卒業後どうしてもちゃんとした収入が得られる都会で働かなくてはいけない。都会にあこがれて出ていく人もいるが、そうじゃない人だっている。自分の生まれた町が大好きな若者だってたくさんいる。

でも、都会に行かなきゃ生きていけない。

そこで人と人の関わりが少ない街で孤独に仕事に励み、結婚し、子どもを産み、だれもが暖かい家庭を作ろうとする。でも、今の子育ては本当に孤独だ。母と子だけで過ごす毎日・・・子どもがいくら可愛くても、母は社会から取り残されたような孤独を感じずにはいられない。そこでなんとか温かい人間関係が築ければ事態は改善へと向かうのだが、それが築けなかった母子は地獄なのだ。悩んで病気になってしまう人も増えてきている。

そして母親の問題の矛先は必ず子どもに向けられる。夫にその苦しみを分かってもらいたくて、必死にうったえる言葉が罵声となり、夫婦間の不和が始まる。そこに仲裁者がいたり、支援してもらえる団体をみつければ改善へと向かうが、煩わしい人との関わり、地域との関わりをを避け続けるならば、可能性は自ずと低くなる。

しかし、そうした社会の一番の犠牲者は何も抵抗することができなくて、訴えることができない子どもなんじゃないだろうか。そしてその子どもたちがまた次の時代の犠牲者を生む親となる可能性も高くなるのではないかと思う。

新しく始まる新制度のことを考えるうちに、いろいろなものが見え、何を変えないといけないのか考える思考が働くようになってきた。豊かで便利な社会の中で、日本人は支えあって生きていくことや人に対する感謝を少しずつ煩わしく思うようになり、自分だけ、自分の子どもだけ幸せなら良いという、利己主義的になってきている。

それを「考え直そう!!」と日本人が思い始めたきっかけが、東日本大震災だったんじゃないだろうか。

「絆」・・・やっぱり人は人との関わりの中じゃないと生きていけない。
「感謝」・・・食べることができること、学校へ行くことができること、太陽が東から昇り、時々雨が降ってくれること、友だちが「遊ぼ!」って声かけてくれること、地域の人が子どもの遊ぶ公園を掃除してくれること、夫が食器を洗ってくれること、子どもが毎日、笑顔で私にしゃべりかけてくれること、すべてに感謝できることは結局自分自身の「幸福感」の始まりなんじゃないだろうか。

「誠実」・・・そんな人と人との関わりに「誠実」に対応すること。これもできそうでできなかったりする。それは「当たり前」という固定概念が自分の思考を停止させてしまうんじゃないかと思う。でも、「当たり前」のことは本当は「当たり前」ではないのだ。太陽が東から昇るんだって、もしかして太陽に大きな彗星が突進して来たら、変わってしまうかもしれない。毎日外で元気に遊ぶことだって「当たり前」だったのに、福島ではもう出来なくなっている。目の前の問題に自分なりで良いから誠実に向きあう。それでいいと思う。

そして今、新制度が始まり、変わろうとしている日本に一番必要なことは「勇気」なんだと思う。

頑張らなくてもいいから、目の前の問題に少し関心を持って関わってみること。

子どもを育てていると「子ども会」や「PTA」、地域行事などどうしても関わらないといけないものが増えてくる。そして、自分と同じ考えの人ばかりではないから孤独を感じることもある。

それでも、そのことに感謝し、誠実に自分なりに頑張る姿をちゃんと見ていてくれる人も必ずいる。しんどいことも多いけど、関わりをあきらめないこと。今の地域は学校内とよく似ていて、上下関係みたいなものができている地域もある。それでも、自分が正しいと思うことは「発言」した方がいいと思う。空気読んでシーンとなって、だれも発言しなくても、それでもきっと賛同者はいる。「賛成!!」って言う勇気がないだけの人は結構いたりする。

そんな「あなた」に声をかけてくれる人がいるとしたら、その人には「勇気」があったからということになる。だからその勇気にまた感謝をする。

人と人の繋がりは小さな一つ一つ出来事の積み重ねで育まれる。そんなあったかい関わりを人生で今まで一度も築けなかった人だってきっと大丈夫!「勇気」があれば必ずできる!

「絆」「感謝」「誠実」「勇気」で、平成26年度も「子育て」と「NPO」とそして「地域活動」に頑張っていこうと思う(^O^)/

そして、まだまだ問題が山積みの「子ども・子育て支援新制度」ですが、今後も見守っていこうと思っている。
「出産や子育てがしにくいまちに発展性はない」 [2014年03月09日(Sun)]
「出産や子育てがしにくいまちに発展性はない」

松山市の野志市長は、約6億円に上る待機児童対策関連費を計上した2014年度当初予算案発表の席上、そう強調したと新聞記事に書かれていた。

認可子ども園への移行を希望し、認可保育所並みの預かり保育を行う私立幼稚園などを対象にした運営費や施設整備費の一部補助も盛り込み、「待機児童ゼロに向けて指示している」と語ったという。

≪平成26年2月28日愛媛新聞≫
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野志市長のこの発言は支持したいと思う。

今や東京、大阪、名古屋は人が多すぎて安心して子育てができる環境の限界にきていると私は思っている。通勤時間が短くて、安心な食材がすぐ手に入り、子どもの遊ぶ場所に困らない環境のことなどを考えれば地方での子育てに魅力を感じている人も多くなっているのではないだろうか。

雇用という面では、まだまだ問題が多くても、そうした発展性をもたらすIターン家族の増加は松山を変える可能性を秘めていると思っている。

ただ、市長の思いがどこまで市政に反映するのか、ココが問題だと思う。

少子化が解決しない理由が「予算がない」というのは違うんじゃないかと思っている。

松山市には志を持って企画を実行する能力のある職員がたくさんいるし、またそのことに賛同する市民だってたくさんいる。その人材をどう利用し、動かすか。

私もどんどん使ってほしいと思うタイプなのだけれど、なかなかお声がかからない(^_^;)

時代はどんどん変化しています!

全国の各市町村は自分たちの町に人を呼び、子どもを増やす為に必死です!

松山市も頑張ってください(^O^)/


子ども子育て支援新制度のことちょっと話します。 [2014年02月27日(Thu)]

 現在、内閣府や各地域の「子ども・子育て会議」でいろいろ話し合われていて、日々制度の外枠が決まってきているんですが、子どもを預ける親の立場として気になることをちょっとお話しします。

まず、日本の子育ての制度は大転換します。

きわめて複雑な制度で、利用の仕方も今とはかなり変わりますが、残念ながらそのことが保護者の間にはほとんど知られていません。

ですからこのまま導入されたとしたら、保護者の間で混乱する人が増えるのではないかと思っています。

では、新制度はどう変わるのか。

一番変わるのが、保育所、認定こども園、一部の幼稚園の利用方法です。00年に導入された介護保険制度とよく似た利用方法という人もいます。

 新制度の細かい設定については、現在も国の「子ども・子育て会議」で審議中で完全には決まっていませんが、現段階でわかっているのは次のようなことです。

 まず、保護者は子どもを通わせたい保育施設が、「子ども・子育て支援法」に基づく新制度の財源で運営される施設かどうかを知る必要があります。新制度に基づくかどうかで、手続きが変わってくるからです。

 認可保育所、認定こども園などは、新制度でもほぼそのまま残ります。認可外保育所も認可保育所などとは違うお金の枠組みになるものの、新制度の財源で運営されるところも出てきます。幼稚園は新制度で運営される園も出てくる一方、現在と同じように「私学助成」という補助金で運営される園とに分かれます

 子どもを通わせたい施設が、保育所や認定こども園、新制度で運営される幼稚園だとわかったら、今度は住んでいる市町村の窓口に行き、子どもの「保育必要度」を認定してもらわなければなりません。お年寄りの介護の必要度を測る介護保険の「要介護認定」と同じように、その家庭の子どもにどれくらいの保育が必要なのかを市町村に認定してもらうのです。

 現時点で決まっているのは、子どもたちが「1号」「2号」「3号」という三つの区分に「認定」されるということです。「1号認定子ども」は、満3歳以上で就学前の保育の必要がない子どもたちです。新制度で運営される幼稚園に通う子どもたちが当てはまります。「2号認定子ども」は満3歳以上で保育の必要性の認定を受けた就学前の子ども、「3号認定子ども」は満3歳未満で保育の必要性があると認定された子どもで、現在保育所に通う0〜2歳が当てはまります。

 この「2号」「3号」、つまり保育所に通うことを認められた子どもたちは、さらに親の労働時間によって「長時間」「短時間」という「保育必要量」の区分けが加えられます。私学助成で運営される幼稚園に通う子どもたちには、認定を受ける必要はなく、こういった区分はありません。

ただ、今までの制度では「保育に欠ける児童」が対象でしたが、新制度では「保育の必要性の認定を受けた児童」となるそうですので、家庭ごとの事情によれば受け入れも今までよりは柔軟になるかもしれません。

「保育が必要」と認定されるのは、今までのように昼間労働を常態としている親以外に、シングル親家庭や虐待の危険のある家庭、求職中の人や職業訓練など就学している人、育児休業取得時に既に保育を利用している子どもがいて継続利用が必要である人なども盛り込まれる予定になっています。しかしこれはまだ決定ではありません。


 認定を受けた保護者には、「優先」枠の有無のほか、認定区分と、保護者負担(保育料)区分を記載した「支給認定証」が渡されます。

 ですが、介護保険の前例を見れば、申請から認定証が届くまでには1カ月程度はかかっているそうなので、この制度でも認定証をもらうのにそれぐらいの時間が必要になるかもしれません。

現在でも保育所に入るのが困難で、入所結果が復職の時期ギリギリまでわからずに困る人が大勢いる状況なのに、申請以前に「認定」が必要となると、そのことを徹底させるために混乱が起きるのは見えています。

そこを松山市はスムーズに対応できるのか??


まあこんな感じでいろいろなことが変わりますし、保護者の中には納得できない人もいるかもしれませんが、今ならいろいろアイデアを出すこともできます。それが反映されることは難しいですが、今、子どもたちの置かれている社会環境について真剣に考える良い機会なのだと私は思っています。
子ども子育て支援新制度「質」より「量」優先?? 現段階で4000億円不足!! [2014年02月27日(Thu)]

平成27年度から始まる新制度の予算が、現在4000億円不足しているという新聞記事が出ていた。
そして、その優先順位はまず待機児童解消策としての保育の受け皿をつくることだそうで、保育士の質の向上に繋がる職員の給与改善や子ども一人当たりの職員数の引き上げ、虐待などのさまざまな問題により家庭から保護された子が暮らす児童養護施設の生活環境改善などは先送りさせる可能性が出てきているという。

平成26年2月16日読売新聞より
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どちらが優先順位が高いかと言えば賛否両論あるわけですが、それでも子どもの成長にきわめて重要な使命を持つ保育士の待遇が改善されず尚且つ人が増えず、ただ子どもの数だけ増えるというのは今まで以上に悪循環が続くとしか思えないのです。

「量」も「質」もバランスよく財源を確保していかなければ、何も変わらないと思います。

各地域でこうした問題を話し合う為に「子ども・子育て会議」ができています。この会議はまだ始まったばかりです。

松山市でも話し合われているし、札幌でも話し合われているし、東京の各区でも話し合われています。

つまり、地域ごとにシステムが違ってくる可能性もあるのです。

市民がどう思っていて、子育ての支援をどうしてほしいのかを伝えていかなければ行政は分かりません。当事者である子育て中のお母さん、それから今まで子育てしてきて大変な思いをした子育ての先輩等々・・・

ぜひ、声をあげましょう!!

子ども子育て支援新制度 [2014年02月18日(Tue)]
知ってほしい!!

けっこうすごい会議が始まっている!!

長い時間かけて、日本の子どもたちの子育てのこととか支援の在り方についていろいろな人が考えてきて、予算がついて、平成27年度から始まる予定。

これからはこういう問題は行政にゆだねるのではなく、私たちも考えていく必要があると思う。

誰かに文句ばかり並べ立てる人がいるが、そんなことをしても何も変わらない。

今の子育て事情が悪いのを誰かのせいにしないで、とにかく関わろうじゃないか!!

そうすれば必ず次の時代はよくなると思う。

※詳しいことは↓をクリックしてください!!
内閣府 子ども・子育て支援新制度について