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自然と遊び、自然と生きる・・・私が思うこと

子育てと地域活動、そして松山での冒険遊び場活動を通して思うこと、感じることをそこはかとなく綴ります。


乳幼児 所在不明4176人!!どうして(-_-;)?・・・ そして「絆」「感謝」「誠実」「勇気」で26年度も頑張ります。 [2014年03月15日(Sat)]
平成25年12月30日 読売新聞 東京朝刊記事より
≪乳幼児 所在不明4176人 昨年度 健診受けず 虐待の懸念も≫


 自治体が2012年度に実施した乳幼児健診を受けず、所在が確認できない乳幼児が37都道府県の334市区町村で計4176人に上ることが読売新聞の調査でわかった。所在不明児の全国統計はなく、実態が明らかになるのは初めて。健診を受けていない子どもの虐待死事件が相次ぎ、国は昨秋、自治体に所在確認の徹底を求めたが、電話や手紙で済ませる自治体もあるなど、確認が不十分な実態が浮き彫りになった。〈関連記事27面〉

 アンケート調査は今年11月、全国1742市区町村を対象に実施。全自治体から回答を得た。その結果、1歳未満の乳児、1歳6か月児、3歳児の各健診を受けていない乳幼児のうち、自治体の職員が家庭訪問するなどしても所在確認できなかったのは、乳児で499人、1歳6か月児で1423人、3歳児で2254人に上った。1歳半と3歳の未受診児は計約15万人で、その約2・5%にあたる。

 都道府県別では、東京都の752人が最多で、埼玉県(638人)、千葉県(583人)、愛知県(453人)と続いた。人口の多い東京都の一部の区や横浜市、大阪市などが人数を集計しておらず、実際はさらに多いと見られる。一方、全ての市町村が「ゼロ」と回答したのは、秋田、山形、石川、鳥取、島根、徳島、鹿児島の7県。ゼロと回答した市区町村の中には、保護者への電話連絡や受診を勧める手紙を送っただけで「確認を済ませた」としているところもあり、把握が不十分な可能性がある。所在が分からない理由として、住民票を残したまま外国籍の子が帰国したり、家庭内暴力から逃れるために転居したりしたケースが想定されるが、居住実態がないため実際の理由はつかめていない。所在を確認する上での課題として、人員不足や個人情報の壁を挙げる自治体が目立った。

 健診を受けていない子どもの虐待死事件は近年、相次いでいる。乳幼児健診の未受診率は1割未満だが、国が把握した11年度の虐待死58人のうち、未受診率は健診時の年齢別で43〜25%と高く、厚生労働省の専門委員会は、未受診家庭について「虐待のリスクが高い」と指摘している。専門委員会委員長で児童虐待に詳しい才村純・関西学院大教授は「所在不明児の保護者は精神的、経済的に追いつめられている可能性があり、虐待リスクが高い。自治体をまたいで転居を繰り返す家庭も多く、国が所在不明児の情報を一元化する仕組みを作ることが急務だ」と話している。

〈乳幼児健診〉
 母子保健法に基づき、1歳6か月〜2歳未満、3歳児を対象に、市区町村が義務として行う。ほとんどの自治体が1歳未満の乳児健診も実施している。2011年度の未受診者は、生後3〜5か月児で約5万人(未受診率4.6%)、1歳6か月児で約6万人(同5.6%)、3歳児で約9万人(同8.1%)だった。

                                    

子ども子育て支援新制度が平成27年から施行されるんだけど、こうした子どもたちは支援の対象にも入らない。保育園にも小学校にもいけなくて、もしかしたらどこかで誰かの助けを求めて必死で生きてるのかもしれない。

是枝 裕和 監督の「誰も知らない」の中の子どもたちもこの中にはいるんだと思う。この映画ができた背景には現実にそうした子どもが増えてきたこともあるんじゃないだろうか。

それは希薄化した地域社会がもたらした問題でもある。もし地域の人が地域の子どもを見守ることができる社会なら、せめて市役所に話はいくだろうし、誰も知らずにマンションで子ども達だけで生活することもないだろうと思う。

私は仕事柄、愛媛の過疎地によく人探しに出向いている。松山ぐらい大きな町になると、隣に昔住んでいた家族の事情を知る人は少ないが、少し地方へ行くと、村全体で子どものことを把握していたり、町役場でもその情報を入手することができたりする。

町にあったちょうどいい数の住民、そして日々日常のことを道端で会話するお年寄りやお母さんお父さんの姿を見かけるそんな街だったら、「誰も知らない」という事態にはならないように思う。

だけど、そんな地方には今仕事が少ない。だから子どもを育てるだけの収入を得られない。だから若者はみんな都会へ出て行ってしまう。高校や大学へ行くにもお金がたくさんいる。だからお金を借りて日本の大学生の約半分は学校へ行っている。そうなると卒業後どうしてもちゃんとした収入が得られる都会で働かなくてはいけない。都会にあこがれて出ていく人もいるが、そうじゃない人だっている。自分の生まれた町が大好きな若者だってたくさんいる。

でも、都会に行かなきゃ生きていけない。

そこで人と人の関わりが少ない街で孤独に仕事に励み、結婚し、子どもを産み、だれもが暖かい家庭を作ろうとする。でも、今の子育ては本当に孤独だ。母と子だけで過ごす毎日・・・子どもがいくら可愛くても、母は社会から取り残されたような孤独を感じずにはいられない。そこでなんとか温かい人間関係が築ければ事態は改善へと向かうのだが、それが築けなかった母子は地獄なのだ。悩んで病気になってしまう人も増えてきている。

そして母親の問題の矛先は必ず子どもに向けられる。夫にその苦しみを分かってもらいたくて、必死にうったえる言葉が罵声となり、夫婦間の不和が始まる。そこに仲裁者がいたり、支援してもらえる団体をみつければ改善へと向かうが、煩わしい人との関わり、地域との関わりをを避け続けるならば、可能性は自ずと低くなる。

しかし、そうした社会の一番の犠牲者は何も抵抗することができなくて、訴えることができない子どもなんじゃないだろうか。そしてその子どもたちがまた次の時代の犠牲者を生む親となる可能性も高くなるのではないかと思う。

新しく始まる新制度のことを考えるうちに、いろいろなものが見え、何を変えないといけないのか考える思考が働くようになってきた。豊かで便利な社会の中で、日本人は支えあって生きていくことや人に対する感謝を少しずつ煩わしく思うようになり、自分だけ、自分の子どもだけ幸せなら良いという、利己主義的になってきている。

それを「考え直そう!!」と日本人が思い始めたきっかけが、東日本大震災だったんじゃないだろうか。

「絆」・・・やっぱり人は人との関わりの中じゃないと生きていけない。
「感謝」・・・食べることができること、学校へ行くことができること、太陽が東から昇り、時々雨が降ってくれること、友だちが「遊ぼ!」って声かけてくれること、地域の人が子どもの遊ぶ公園を掃除してくれること、夫が食器を洗ってくれること、子どもが毎日、笑顔で私にしゃべりかけてくれること、すべてに感謝できることは結局自分自身の「幸福感」の始まりなんじゃないだろうか。

「誠実」・・・そんな人と人との関わりに「誠実」に対応すること。これもできそうでできなかったりする。それは「当たり前」という固定概念が自分の思考を停止させてしまうんじゃないかと思う。でも、「当たり前」のことは本当は「当たり前」ではないのだ。太陽が東から昇るんだって、もしかして太陽に大きな彗星が突進して来たら、変わってしまうかもしれない。毎日外で元気に遊ぶことだって「当たり前」だったのに、福島ではもう出来なくなっている。目の前の問題に自分なりで良いから誠実に向きあう。それでいいと思う。

そして今、新制度が始まり、変わろうとしている日本に一番必要なことは「勇気」なんだと思う。

頑張らなくてもいいから、目の前の問題に少し関心を持って関わってみること。

子どもを育てていると「子ども会」や「PTA」、地域行事などどうしても関わらないといけないものが増えてくる。そして、自分と同じ考えの人ばかりではないから孤独を感じることもある。

それでも、そのことに感謝し、誠実に自分なりに頑張る姿をちゃんと見ていてくれる人も必ずいる。しんどいことも多いけど、関わりをあきらめないこと。今の地域は学校内とよく似ていて、上下関係みたいなものができている地域もある。それでも、自分が正しいと思うことは「発言」した方がいいと思う。空気読んでシーンとなって、だれも発言しなくても、それでもきっと賛同者はいる。「賛成!!」って言う勇気がないだけの人は結構いたりする。

そんな「あなた」に声をかけてくれる人がいるとしたら、その人には「勇気」があったからということになる。だからその勇気にまた感謝をする。

人と人の繋がりは小さな一つ一つ出来事の積み重ねで育まれる。そんなあったかい関わりを人生で今まで一度も築けなかった人だってきっと大丈夫!「勇気」があれば必ずできる!

「絆」「感謝」「誠実」「勇気」で、平成26年度も「子育て」と「NPO」とそして「地域活動」に頑張っていこうと思う(^O^)/

そして、まだまだ問題が山積みの「子ども・子育て支援新制度」ですが、今後も見守っていこうと思っている。
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