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自然と遊び、自然と生きる・・・私が思うこと

子育てと地域活動、そして松山での冒険遊び場活動を通して思うこと、感じることをそこはかとなく綴ります。


子どもの成長、そして地域のあり方に繋がる細胞の世界がみえたような!「生物と無生物のあいだ」を読んで [2013年08月26日(Mon)]
なんだかわけのわからない題名を付けてしまったが、地域と自然と子どもたちを繋ぐキーポイントとしての分子生物学にビビッ!!ときてしまった!!いままで神秘の世界だったけど、誰もが持っている細胞やDNAのことが自分が生きていることと密接に繋がっていると感じた1冊が「生物と無生物のあいだ」だった。雷

生物と無生物のあいだ

著者:福岡 伸一

生物と無生物のあいだ.jpg

人間や動物、植物この世の中のありとあらゆる生物には細胞があり、脈々とこの地球上で生き続けている。そのことだけでも神秘の塊なんだけど、その生物の構造を分子レベルまで小さくしたものを解明しようとしている科学者たちの物語・・・

「What is Life ?」 「生命とは何か」

このことを問い続けている人たちなのかもしれない。

本の内容を事細かに説明することは控えたい。もし興味がある人は読んでほしい。

この本を読んで、生物を分子レベルで考えることで、これほどまでに生きる意味が見えてくるとは思わなかった。生命は常に新陳代謝を繰り返しながら、変化している。分子レベルでは人間の体のすべての細胞は半年あるいは1年ですっかり入れ替わっている。しかし、表面的には同じ人間。生命を維持する為に食べたものは日々細胞の中に取り込まれる。でも、食べる量が少なくても、若くても年をとっていても、何らかの形で細胞は入れ替わるのだという。

秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない

分子レベルでの秩序はこの法則にのっとって成り立っているらしい。

矛盾しているようだけど、これが自然の法則なんじゃないだろうか?

安定した生活、健康な体、問題をおこさない子ども、楽な子育て、安心して暮らせる国

今日本の多くの人がそう願っている。
しかしなかなかそうはいかないのが現実だ!

今、「当たり前と思われているモラル」、「子育ての考え方」、「学校の教育の在り方」、「コミュニケーションの概念」・・・ありとあらゆるものが絶対ではなく、変化して当然なのではないかと思う。

時代もまた変化し続けてきた。

動物を殺して食料を獲ていた縄文時代、武士がちょんまげをしていた江戸時代、ITが進歩して便利になっていく現代・・・。人間は様々な時代にどう生きるべきかを考え、便利さを求め進化し続けている。それは子育てだって同じだったはず。

それなのに、「子育て」「子どもの環境」に関しては誰もが「昔は良かった」と言う。

変化する社会の中で、それを一番感じ取っているのは好奇心旺盛な「子ども達」だ。その子どもたちが、社会を変革しようと自らリーダ-となりチャレンジし、「社会の秩序を維持する」ために頑張る姿が増えることがこれからの日本には重要ではないかと思う。

しかし、ここまで話すと「モラルも、常識も、世の中の仕組みも、分からない子どもに任せておいたら大変なことになる!」とお怒りの言葉が聞こえそうである。
だけど、今の50代、60代だって社会のモラルを全く守らない人はたくさんいるし、年齢を重ねればちゃんとした大人になるというのも間違いのような気がする。


背が高く、顔が小さい子ども達の増加・・・子ども達の体格も食生活と社会の変化により変わってきている。だとすれば精神の部分でも「細胞」レベルで変化しているのかもしれない?
子ども時代に「善」の方向に導くのか、「悪」の方向に導くのか、「善」の関わりが多いのか、「悪」の関わりが多いのか、そんなことでも「細胞」レベルでは変化しているのかもしれない。

DNAを紐解き、細胞レベルでの生命の解明が進む中、それを営利なことに利用しようとする輩が増えることも事実だけど、それにより今まで直せなかった病気が治ることもある。この研究をどんどん進めていく必要性に関して、私には答えがないけれど、ただ、やはり人間は自然に感謝して人との関わりを大切にして、変化を恐れず希望を持って進んでいくことはやっぱり大切なんだと感じた。



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