思考の整理学 外山滋比古
[2010年06月01日(Tue)]
高校生になる息子の本棚になぜか、並べられていたのが、この本。息子いわく、「サンタさんがいつも本を持ってきてくれるから、これもサンタさんからのプレゼントだと思っていた!」
いや違う!と私だけが知っている
それはともあれ、この本は誰が買ったのかわからない、世にも不思議な本なのです。
でも内容は、深い!!
自分の頭の中を整理する時、ひらめきを自分のものにする時、などなど・・・自分の活動について悩みが多い今の自分には最高の参考書となっています。
そして、「遊び場」とも「子育て」とも全く関わりのない本のようであるが、実を言うととっても関係があることが書かれている。
追記の中に本の一節を書いたが、子育てのグライダー化は予想以上に深刻なのだと思っている。
そして、子育て支援に携わる人も、さまざまな書物に触れることは、これからの子育て支援のヒントになるのではないだろうか。
本の最初の部分の一節・・・
「・・・たしかに、学校教育を受けた人たちは社会で求める知識をある程度身につけている。世の中に知識を必要とする職業が多くなるにつれ、学校が重視されるようになるのは当然であろう。
いまの社会は、つよい学校信仰ともいうべきものをもっている。全国の中学生の94%までが高校へ進学している。高校くらいでておかなければ・・・・と言う。
ところで、学校の生徒は、先生と教科書に引っ張られて勉強する。自学自習ということばこそあるけれども、独学で知識を得るのではない。いわばグライダーのようなものだ。自力では飛び上がることはできない。
グライダーと飛行機は遠くからみると、似ている。空を飛ぶのも同じで、グライダーが音もなく優雅に滑空しているさまは、飛行機よりもむしろ美しいくらいだ。ただ、悲しいかな、自力で飛ぶことができない。
学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらない。グライダーの練習に、エンジンのついた飛行機などがまじっていては迷惑する。危険だ。学校では、ひっぱられるままに、どこへでもついて行く従順さが尊重される。勝手に飛び上がったりするのは規律違反。たちまちチェックされる。やがてそれぞれにグライダーらしくなって卒業する。
優秀生はグライダーとして優秀なのである。飛べそうではないか、ひとつ飛んでみろ、などと言われても困る。指導するものがあってのグライダーである。
グライダーとしては一流である学生が、卒業間際になって論文を書くことになる。これはこれまでの勉強といささか勝手が違う。何でも自由に自分の好きなことを書いてみよ、というのが論文である。グライダーは途方にくれる。突如としてこれまでとまるで違ったことを要求されても、できるわけがない。グライダーとして優秀な学生ほどあわてる。・・・・」




