「私はギャンブル依存症」 大王製紙の御曹司が語ったギャンブラーの心理と論理
[2012年08月12日(Sun)]
産経新聞 7月21日(土)
カジノ費用に充てるため子会社から計55億3千万円を無担保で借り入れ損害を与えたとして、会社法違反(特別背任)罪に問われた大王製紙前会長、井川意高(もとたか)被告(47)の公判が18日、東京地裁で開かれた。東証1部上場企業を襲った前代未聞の不祥事発覚から10カ月。創業家3代目として抜群の手腕を発揮していた東大卒の御曹司が沈黙を破り、「ギャンブル依存症」に陥るまでの顛末を語った。(時吉達也)
検察官「大負けした理由は何ですか」
被告「初めは勝ったり負けたりでした」…。
今月18日の第5回公判で被告人質問が行われ、検察側は井川被告の「ギャンブラー人生」をたどっていった。トランプを使い、バンカー(店側)とプレーヤー(客側)に配られたカードの合計数の下一桁がより「9」に近い方を当てるゲーム、「バカラ」にのめり込み始めたのは、平成11年。当時大王製紙の副社長職にあった井川被告は、知人夫婦のレストランバーで定期的に開かれた“バカラ会合”に参加するようになったという。バカラは高額の賭け金が動きやすいとされ、約3年間で、瞬く間に9億円の借金が生まれた。
検察官「大負けした理由は何ですか」
被告「初めは勝ったり負けたりでした。次第に負けばかりになり、いわゆる『イカサマ』だと考えました」
検察官「イカサマの具体的な根拠は?」
被告「推測だが、主催者も手仕舞いをしようと思ったのではないか。ほとんど負けが続いたので」
検察官「根拠はそれだけですか」
被告「はい」
30代前半だった被告が返済に費やしたのは、貯金「1億円」や、母親が秘密裏に用立てた「2億5千万円」など。一般のサラリーマンには想像を絶する金額だが、学生時代から都内の高級クラブで飲み歩いていたという御曹司は懲りなかった。「海外のカジノなら、アメリカで上場している会社が経営していたり、政府に監督されている。イカサマはない」。18年以降、銀行や証券会社から計20億円以上を借り、海外カジノのVIPルームに勝負の場を移した。
芸能人らとの交遊も有名だった井川被告。大王製紙社長や子会社役員としての報酬は「年間1億円くらい」(被告)だったが、実際には貯蓄が底を突き、手取りの月給は40万円を除き、すべて母親への借金返済に充てていたという。しかし、年間の飲食費や交際女性の家賃負担は年間5千万円に上っていた。
検察官「交際費が高額という認識はなかった?」
被告「おっしゃる通りだが、世間での交際費を会社の経費で落としていなかった。自腹で支払っていたというのはあります」
22年には年間33回海外に渡航、カジノに興じた被告。軍資金の借り入れに窮し、依頼先はファミリー企業や連結子会社に移っていく。弁護側の被告人質問では、借金について当時の心境を問われ、こう答えた。
「ギャンブルで10億円勝ち、返済できた経験もあった。どうにか返せないかと考えてしまいました」
なりふり構わない金策が、大王製紙の「中興の祖」として権勢を振るった創業家2代目の父、高雄氏に発覚したのは翌23年3月だった。
弁護人「お父さんの対応はどうでしたか」
被告「激しく叱責された。ある程度は子供の頃から慣れてはいたが、使途がギャンブルといえば、一層激しく叱責される。先物取引や外貨為替取引(FX)に使ったと、事実と違う説明をしました」
このウソが、破滅への決定的な契機となる。父親の了承の下、被告は保有株式の処分などで借金を返済することになった。しかし、高雄氏は「FXであれば取引の担保となる『証拠金』の返還を証券会社から受けられる」と主張。現実には「証拠金」は存在しないため、結局父親の知らないところで、債務約15億円を未返済のまま残してしまった。
「何とかギャンブルに勝って返済しよう」。子会社からの新たな借り入れは急増。その後の半年間で、過去1年分を上回る60億円に達した。そして、資金の流出で経営の危機が間近に迫った子会社側の内部告発に至り、昨年9月、とうとう井川被告の背任行為は社会に知られるところとなった。
井川被告は東京地検特捜部に逮捕される前の翌10月、精神科を受診したという。
「診断書は抑鬱状態、アルコール依存症、ギャンブル依存症とありました。物事を突き詰めて考えがちで強迫気質があるので、もっとリラックスして、切羽詰まらず生きるように言われました」
東大法学部を卒業後、入社4年で常務取締役に昇格、42歳の若さで社長に就任した被告。弁護人の問いに対し、仕事で感じていた重圧を吐露した。
「若くして高いポジションに就き、『創業家だから』と思われたくない、という気持ちは強くあった。会議でも誰より優れた知見を出す努力をしていました」
しかし、検察側は厳しく追及する。
検察官「トップとしての重圧が犯行の動機になったんですか」
被告「そうは思っていません。自分以上に重圧を感じている経営者はもっとたくさんいます」
検察官「では、『間違った幻想を持ったただのギャンブル好き』ということですか」
被告「今となってはおっしゃる通りです」
検察官「ギャンブル依存症の診断で罪が軽くなることを期待しているんですか」
被告「いいえ」
被告人質問に先立って行われた証人尋問では、かつて直属の部下だった現在の大王製紙専務が、井川被告の仕事ぶりについてこう話していた。「誰より早く出社して従業員の話に耳を傾け、われわれ幹部とは酒を酌み交わして会社の将来を語りあった。会長(井川被告)の時代がくれば、会社は変わる。期待を持って仕事をしていた」。
ワンマンオーナーだった父親とは対照的な仕事ぶりで、部下の絶大な信頼を勝ち取り、実績を積み上げていた井川被告。左陪席の裁判官は腑に落ちない表情で質問した。
裁判官「みんながあなたの仕事を評価しています。本来極めて合理的な考えを持っているのに、なぜギャンブルで損失を取り戻そうと考えたんですか。子供でもわかることでしょう。そのギャップが埋められません」
被告「遊ぶスリルがあったのと、大きく負けると深みにはまり、取り返しがつかなくなりました。ギャンブルに勝手な期待値を描いてしまいました」
検察官から「苦労のない人生を送ってきたのか」と問われた際、「人の考え方によります。…恵まれていたと思います」と言葉を選ぶように話す姿が印象に残った。
起訴状によると、井川被告は昨年3〜9月、大王製紙の子会社7社から計55億3千万円を本人名義などの銀行口座に無担保で入金させ、損害を与えたとされる。東京地検特捜部の調べでは、そのほかの関連会社などを含めた借入総額は約165億円と判明。今年3月の初公判で、井川被告は「間違いございません」と起訴内容を認めている。
華麗な出自、並外れた財力、優れた経営能力。「エリート」を体現する被告を追い込んだものは何だったのだろうか。次回の9月5日に検察側の論告求刑と弁護側の最終弁論が行われ、結審する。




