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『日本−その問題と発展の諸局面』(27) [2016年07月31日(Sun)]
『日本−その問題と発展の諸局面』「第四章政府と政治」にある、【十日本の政治における自由な要素】では、日本には「自由思想」はなく、明治維新と共にイギリスとフランスの自由思想が輸入されたが、すぐには根付かなかった、と。
伊藤公が政治思想をドイツ官僚政治に取ったため、自由思想はしぼんでしまった。しかし、政府は世論を味方につける必要があったため伊藤公は自由党を事実上買い取り(!)政友会と名前を変えて当局の機関とした。(伊藤公オソルベシ!)また帝国憲法は御誓文にあった「自由主義的」含みを避けた、とある。

新渡戸は問う。
「われわれの政治生活の構想には、”自由主義”の根があるのか?あるいは、もっと無遠慮にいうなら、われわれの人生観には”自由”の感覚があるかどうか問うてみよう。」(231頁)
そして答える。
”自由主義”は「わが民族の歴史的遺産でも心理的欲求でもなかった。」新しい思想であると認めた。

新渡戸は”自由思想”について議論を深める。
自由の前に人格性の実現がなければならない。日本には”人格性”の歴史的基礎も、”自由“の歴史的体験もないので、”自由主義”は花を咲かす事はなかった、と。しかし、民衆が教育を受け、”人格性”の感覚の成長とともに、民衆は必ず”御誓文”に”自由”が約束されていることを悟であろう、と。
(”御誓文”にはそんな”自由主義”が隠されていたのか?)

将来新しい運動として、個人の自由の権利、政治行動における節度、そして人格性の至高の価値の確認を主張するであろう、と結んでいる。

新渡戸の自由に関する議論。英国人に向けて書かれたものだ。「自由」とは難しい概念である。新渡戸がいいたい事が今ひとつ理解できない。
新渡戸は東洋哲学の自由を否定している。老荘思想の事であろうか?ここら辺が新渡戸がリベラル教養主義と言われる部分なのだろうか?
麻薬人身売買ーパラオ大統領選の闇の奥 [2016年07月30日(Sat)]
土曜日の朝からドロドロの重ーい情報が行き交った。

羽生会長から指示いただいているパラオ大統領選進捗状況。ベルズ副大統領の突然の出馬でその様子は大きく変わった。
パラオは、昨年天皇皇后両陛下が訪れてから日本にとって再度特別な国となった、と思う。
日本からのインフラ支援(水道、電気、空港、通信等々)も本格化してきたように見える。
しかし、パラオは単なる親日的な珊瑚の奇麗な国ではない。麻薬、人身売買等ドロドロの深刻な闇を抱えている。
パラオで何か起っているのか、多くの人が知っていた方がよいと思うのでここに書けることだけ書いておきたい。
書けない事は勿論、財団の業務報告として別途やっています。


まずは下記のABCのニュース。ベルズ副大統領の出馬はレメンゲサウ大統領へのリベンジではないか?というコメントである。(その通り。)

Four candidates line up to contest Palau primaries ahead of November election
http://www.abc.net.au/news/2016-07-26/four-candidates-line-up-to-contest-palau-primaries/7660372


ベルズ副大統領が出馬表明で述べた事が、透明な政府と麻薬問題への取り組み。
これで思い出したのが人身売買に関するレメンゲサウ大統領とベルズ副大統領(兼法務大臣)の軋轢。両者の溝ができたきっかけである。
下記は、米国政府の人身売買レポート。2013年に再当選したレメンゲサウ政権下で人身売買取締が強化されたが、なんとレメンゲサウ大統領は当時の司法長官を解雇し、逮捕寸前であった有力政治家を守った。ニュースには出てこないが、麻薬取締も同様な動きがあったという。つまり麻薬を取り仕切る有力政治家を守るためにレメンゲサウ大統領が動いた、と言う事だ。


Palau
OFFICE TO MONITOR AND COMBAT TRAFFICKING IN PERSONS
2014 Trafficking in Persons Report
Tier 2
http://www.state.gov/j/tip/rls/tiprpt/countries/2014/226794.htm


ここに以前も書いたテキサス州の悪徳弁護士が登場する。傭ったのはレメンゲサウ大統領である。そして、ベルズ法務大臣を、個人口座を調べた事を理由に訴え、すぐに棄却とワケのわからない行動を取る。なぜか?マネロンをしているのだろう、ともっぱらの噂。ベルズ法務大臣は全て知っているのだ。

John Bradley Dishes Out Texas Justice in the Pristine Paradise of Palau
http://www.johntfloyd.com/John-bradley-palau



なぜパラオはこのような状況になったのであろうか?(他の太平洋島嶼国も同じような状況であろう)
人口2万に満たない国家運営は所詮無理がある。無理を埋めるために手段は選べない。
米国、日本あらゆる国から怪しい投資や犯罪の話が持ち込まれる。「主権」の名の下、法執行機能を麻痺させれば犯罪とはならない。
本当は日本がもっと早く手を差し伸べるべきだったのではないだろうか、と土曜日の今日は朝から重ーい気分です。

(追記)
麻薬をペリリューに持ち込んだのは日本軍であった、とこれは米国人の友人から聞いた事がある。可能性としては、あり得る話だ。それにその密売を導いたのも日本の怪しい組織である、と。これはパラオの知人から聞いた話。どこまで本当かわからないし、あまり調べたくない件である。



『日本−その問題と発展の諸局面』(26) [2016年07月29日(Fri)]
五、天皇の大権

天皇の権限が強化されるとともに制限されている道具として、憲法と皇室典範がありこの2つが日本君主制の法的基礎を為している。
一つは世界最古の王朝の権利を支え、もう一本は民権を支持している。
そして民衆はこの民権を新たに自覚したばかりである。

新渡戸は伊藤公の言葉を引用
「憲法は”国家”の根本規則の集成であり、主権者とその臣民の間に相互に存在すべき関係を明確に定義するものである。」これに対し”皇室典範”は統治する王朝の維持と安寧、権利と特権にかかわり、それゆえに極度の政治的意義にあるものである、と新渡戸は説く。

日本の憲法から除かれている皇室の原則として”皇位継承”がある。
大英帝国では”王位継承法”に、他の国ではその憲法に規定されているが日本では憲法第二条に”皇室典範”に言及されているに過ぎない。伊藤はこのことを
「それらに関しては、臣民のいかなる干渉も許容されないことを示しているだ。」と説明する。

新渡戸は、「わが皇室は、かなりの超憲法的権限をもっている。」と記す。「皇室に関する事は憲法の枠を超える。逆に、皇室典範は”憲法”に決して影響を及ぼしえない。」と。

最後に新渡戸は憲法第9条に、天皇大権の任意性が現れており、欧州では勅令は法の執行に制限されているが日本では立法にも及んでいる事。そしてこの事が、大臣たちが不当に利用したり、「破廉恥な警官によって、きわめて容易に濫用されうる」と書いている。


天皇制と憲法の関係。たまたま皇位継承、生前退位が話題となっている時期に読んでいる。
新渡戸が語っているのは現行憲法ではないが、天皇制について当方にとって始めて知ることばかりで勉強になります。
パラオへの中国人団体旅行禁止令(3) [2016年07月29日(Fri)]
パラオへの中国人団体旅行禁止令をブログに書いたところ、昨日は3千件を超えるアクセスが、一昨日は2千件を超えるアクセスがあった。

ラオへの中国人団体旅行禁止令
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1615

パラオへの中国人団体旅行禁止令(2)
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1616


このブログは世の中に殆ど影響を与えないと思うが、多くの方に太平洋島嶼国で何が起っているのか、関心を持っていただけただけでも嬉しい。

パラオの中国からの投資の話は、決して新しい話ではないのだ。
もう5年前から同じ第二列島線上の隣の島ヤップで展開されてきた。

2012年の谷口智彦さんの記事。パラオと同じく第二列島線上にあるヤップの話だ。

ヤップ島に中国資本  大開発始めるワケ
2012年05月11日(Fri)  谷口智彦 (慶應義塾大学大学院SDM研究科特別招聘教授)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1859

谷口さんの記事から引用
「どうやら中国が望む西太平洋分割の方法論が透けて見えだした。手つかずに等しい小島嶼国に民間を装う資本を大量投下し、中国人滞在人口を増やした後、やおら政治・軍事的浸透を図る戦略か。その関心は、戦前日本に属し、今米国の保護下にあるいわゆる南洋諸島をひとつの焦点とする。」

ヤップは地元の人々が団結して中国の投資開発を防いだが、まだ中国人がいると聞く。

私もブログに書いていた。
「揺れるヤップー今昔」
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/639

当時当方の知人の米国政府関係者は、ヤップでの開発が中国の要塞に繋がる事を懸念していた。分離独立に繋がる可能性も。同じミクロネシア連邦のチューク州は昨年分離独立で揺れた。背後には勿論中国資本がいる。

今、南シナ海の状況を見ると2012年の時点でははっきりしなかったが、中国が第二列島線で何を企んでいるのかは明確のように思う。
残念ながら小国の政治家は目の前の利益に目がくらみやすい。お金の力は大きい。
これが民族自決の現実だ。レーニンのレトリックが太平洋の島に亡霊のように現れている。
『日本−その問題と発展の諸局面』(25) [2016年07月29日(Fri)]
天皇制と憲法の話である。
『日本−その問題と発展の諸局面』の「第四章政府と政治」の中にある 「四,立憲政治のための訓練」。
この後 「五、天皇の大権」、が続く。
「六、長老政治と枢密院」、「七、貴族院」、「八、選挙制度と政党心理」、「九、政党の現状」、の4節は省き、「十、日本の政治における自由な要素」 と「十一、来るべき改革」の 2つの節を取り上げたい。

改めて断っておくと、新渡戸に関してはここ1、2年読み始めたばかりだし、近現代史も、天皇制も、憲法の事も当方は何もわかっていない。1931年に新渡戸稲造英文で出版した『日本−その問題と発展の諸局面』をなぞっているだけにしても誤解が多々あると思う。もしこのブログを見ていただく方がいて、関心を持っていただけるのであれば是非原文を手に取っていただきたい。新渡戸稲造全集はどこの図書館にも揃えているであろう。



さて、「四,立憲政治のための訓練」
帝国憲法発布に先立つ十年、(1881-1890)急進派はフランスに近い民主憲法を、穏健派はイギリス憲法を基本と考えていた。政府は、伊藤は、相談した外国人顧問から右左の傾向が支配をしようと争っている中、確信した、とある。「大日本帝国憲法は、いや応なしに、その歴史意識に基づかねばならぬと。」(196頁)
以下、引用。
「ルソーの国家とはちがって、日本の国家は、契約で起こされた人為物ではなくて、成長したものである。日本統治者のその人民に”対する”地位は、独自のものである。その権力は絶対である。その行使する権利は、古代ローマの父権に一番いている。彼が国家を治めるのは、(中略)平和と幸福をもたらす義務としてである。彼と自民との関係は、(中略)優しい父親の性質を帯びる。」
ここで新渡戸はシラーを引用する。
「泣くのでは王になれぬが、泣かないでは父になれぬ。」
そして憲法は「明治天皇がその臣民に与えようとした権力」であり、「天皇自身の自発性によってあたえられるはずである。自民の得る権利は、強制されてではなくて、恵みの賜物として、天皇から付与されるはずである。」と説く。
そして日本憲法は統治者と被治者の契約ではなく布告であり、その起源は片務的である、と。

さらに新渡戸は、憲法を草した伊藤の意図を説明する。
「伊藤はそれを綿密な文書にしようとは思わなかった。主権者をも人民をも鋳鉄のかせに縛るのは懸命でないと考えたからである。むしろ、それが解釈と実際上の適用によって発展してゆくのを見たくおもった。」(197頁)
別の項で書いたが、新渡戸と伊藤は何度か会っているし(伊藤の意に反した朝鮮併合を説得したのは新渡戸であろう)、上記の伊藤の意図は単なる想像ではなく、直接聞いた内容か、若しくは伊藤に近い人物から(例えば後藤新平)直接聞いた内容ではないか、と想像する。

「四,立憲政治のための訓練」の最後に憲法の特異性として、軍政権につながる問題点を新渡戸は明確に指摘している。この本の出版の半年後、松山で日本を滅ぼすのは軍閥か共産主義、と言って命を狙われた新渡戸の事を思い出すとこの短い記述は深い意味があるように思う。
それは陸海軍大臣が閣議の権限の外にある事だ。両大臣は現役の陸海軍将官から任命される。よって「首相の頭越しに行動するという、時代錯誤の奇妙な慣習が起った。(中略)わが国の政治、また時年には外交において、軍事的要素が不当な優位をえる原因としばしばなったのは、この軍人の変則的特権である。」と新渡戸は述べる。


パラオへの中国人団体旅行禁止令(2) [2016年07月28日(Thu)]
昨日上げた「パラオへの中国人団体旅行禁止令」は沢山のアクセスがあり、また多くの方から情報が寄せられた。

中国政府は同じような対応を、台湾と外交関係のあるアフリカの国にもしているのだそうだ。
馬政権と比べ中国と距離をおく蔡政権への圧力であろう、との声がパラオから聞こえて来る。
問題は、パラオが受け入れている中国人観光客が全体の50%以上を占めている事である。
下記、パラオ観光局のデータである。ちなみにパラオの人口は2万人を切っている。

PalauTourists.png


クリックすると拡大します。



下記のニュースでは、急増した中国人観光客によって、観光収入がGDPの85% にも拡大したようである。以前は50%であった。

Palau islands have been inundated with Chinese tourists
MARCH 17, 2015
http://www.news.com.au/travel/world-travel/pacific/palau-islands-have-been-inundated-with-chinese-tourists/news-story/75a4d19601a930e431298983a2b28937


観光は資源の少ない小国にとって重要な産業だが、海外の市場に頼る事、伝染病や、災害があれば観光業は大きく落ち込む事から、観光に絞る国家運営は避けるべきである事は常識である。
しかも、パラオの場合共産主義国の、太平洋の海洋権益拡大を狙う中国が半分以上のマーケットを押さえている。それだけではない。観光業の名の下にパラオ社会を破壊するような、不動産買占め、マネロン、タックスヘブン等々さまざまなビジネスが展開されているのだ。

小国の独立のリスクは、長期的な利益ではなく目の前の利益に集中してしまう事である。
パラオの人々が今回の中国の対応をどのように受け止め反応するのか?また台湾の新政権が今回の権を含め台湾と外交関係のある太平洋島嶼国にどのような対応をするのかも注視したい。


日本はどうすべきか?
本来パラオの後ろ立てとなるべき米はが中国資本と組んでマネロン等の怪しいビジネスを展開している可能性もある。
やはり日ーパラオ連合を組んで、国の根幹を支援する体制が必要なのではないだろうか?先のブログにも書いた通り、島嶼国の離島対策は無いに等しい。パラオ北部のカヤンゲル州(人口100+)はすでに中国のターゲットにされている可能性がある。南シナ海を観てかわる通り、あっと言う間に要塞が建築される可能性は否定できないと思う。
パラオは中国の第二列島線上にある。
パラオへの中国人団体旅行禁止令 [2016年07月27日(Wed)]
13866677_408781839245757_727363015_n.jpg


中国政府が、先週パラオへの団体旅行を禁止する事を発表しようだ。
英語のニュースは上記のパラオの新聞しかなく、その信憑性も含め気になったのでTWお友達の黒色中国さんに聞いてみた。

中国語では結構出ているようで本当の話のようだ。

ニュースには「パラオは国務院旅行行政主管部門の中国公民出境旅行目的地国家として認められていない」とあるそうで、これは国交がないからであろう。

但し、罰則が科せられるのは旅行社のみ。個人の旅行は今まで通りのようだ。
現在の中国からの大量の旅行者は団体旅行客なのでパラオ観光は大きな打撃になるのでは?

それにしてもなぜこの時期に?即ち大統領選真っ最中のこの時期なのであろうか?

中国人団体旅行客の裏で、マネーロンダリングをしていることはパラオの新聞記事にもなっている。
それの摘発か?
それとも台湾との関係であろうか?すなわち中国と国交を結ぶように、という圧力。

いずれにせよ、大統領選、また台湾の対太平洋島嶼国政策とも絡んでくるので、注視したい。
海洋管理のための離島の保全・管理のあり方に関する基本方針の一部改正について [2016年07月27日(Wed)]
昨晩のニュースで見かけたので、メモだけしておきたい。

有人離島に国の機関設置、中国の進出念頭に領海、領土の管理強化へ
http://www.sankei.com/politics/news/160726/plt1607260030-n1.html

総合海洋政策本部 開催状況
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/kaisai.html


笹川太平洋島嶼国基金で、太平洋島嶼国の離島問題を扱う中で、日本の離島は?という問題意識を20年以上持ってきた。

しっかり追っていないのだが、内閣府が離島の問題を真剣に協議し始めたのが海洋管理と関係しているはずだ。即ち離島あってこその日本の領海、EEZ なのである。
ただ島があればよい、というわけではない。そこで経済活動が、即ち人が生活していなければ領有権は主張できない。

もう一つが、新聞記事が書くように隣国からの脅威、安全保障上の対応であろう。
しかし、当方が気になっていたのが、国家の領有権や安全保障の前に、島に住む住民の安全で幸せな生活である。

今回の改正案には「地域社会」即ち住民に視点が置かれ、
ー 継続的な居住が可能となる環境の整備を図り地域社会を維持すること
ー 地域社会の維持のための取組を推進する。

且つ
「国内一般旅客定期航路事業等に係る運賃等の低廉化及び国内定期航空運送事業に係る
運賃の低廉化について特別の配慮を行うとともに、住民の生活又は事業活動に必要な物
資の費用の負担の軽減について適切な配慮を行う。また、住民の雇用機会の拡充を図るた
め、必要となる負担の軽減について適切な配慮を行い、職業訓練の実施その他の必要な措
置を講ずるよう努める。さらに、安定的な漁業経営の確保を図るために適切な配慮をする。」

と具体案が盛り込まれている事だ。
離島振興が国交省の中で取り組まれてきたが、「費用対効果」という視点から島は見捨てられてきた背景がある、と当方は認識している。今回の改定は注目したい。


ところで、太平洋島嶼国の離島対策はあってなきに等しい。国家自体が自らの力では成り立たないのに離島支援どころではない。
先進国の日本でさえ、やっと動き出したのだ。
対太平洋島嶼国ODA支援策の中に、離島支援も入ることを期待したい。領有権が明確でない島がどういう運命をたどるのか?私たちは今目の前で観ているのだから。
『日本−その問題と発展の諸局面』(24) [2016年07月27日(Wed)]
政党結成の困難は、徳川体制下の徒党を禁じる法の下、5人以上が目的が明らかでなく集まると逮捕を免れなかったという思考習慣にあった。

他方、全国の若い不満分子を集めた板垣の政党の動きを新渡戸は批判する。
「時の政府に同情を覚えてよかろう。」と。
なぜか?
党員の政治教育は惨めなほどであったし、彼らの公言の原則は「主として革命以前のフランスの文筆家から得たもので、ルソーが最も尊敬された第一の教師だった(以下略)」からである。
そして新渡戸は板垣の動きは自由を名乗る政党ではなく、「自由の群団」と切り捨てる。

板垣らの動きに対し、大隈がイギリスの自由主義に基づいた政党を興す。彼らは「新日本」最大の教師福沢諭吉に教育を受けた人々が中心であった。

2つの政党に対し、政府は寡黙が美徳であるという長い習慣から、雄弁こそが民主主義の武器である事に気づかず、他人に新聞編集者に代弁させたのである。これに対し2つの政党は「あらゆる蛇のように賢い方法を用いて、無邪気な民衆に入知恵をつけようとした。」と新渡戸は指摘する。

ここで面白いのは新渡戸が、憲法草案に一番責任のある伊藤公の対応を紹介している事だ。政党を無視し、自由党を迫害していた伊藤公は「彼は静かに旧”自由党”に歩み入った。しかし、その入党に先んじて、自由党は新しい名をつけられたー政友会」である。
(迫害した後丸め込む。伊藤博文ってすごいなー。)

そして政党制度、天皇制、憲法の矛盾が3点指摘される。
1)大臣は議会ではなく、天皇に責任を負っている、よって理論的には大臣は政党が負けても職務に留まれる。
2)天皇は元老の意見を求めるのであるが、生き残っているのは一人である。(即ち長老政治が機能しなくなる。これ即ち天皇の判断が政党体制に直結する、という事ではないでしょうか?)
3)陸海軍大臣はいかなる政党加入も禁じられている人々と規定されており、政党政治の連帯性が欠けている。(別の箇所で新渡戸はこの特殊な陸海軍大臣のポジションが軍閥、軍事政権につながる事を明確に批判している)

『日本−その問題と発展の諸局面』(23) [2016年07月26日(Tue)]
新渡戸の天皇象徴論が展開されるのは、第四章の第一項「国体ー日本の憲政上の固有性」である。

象徴論の部分は下記に書いたので省略する。新渡戸は「天皇は国民の代表であり、国民統合の象徴である。」と言っている。

新渡戸稲造の天皇象徴論(3)
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1493


「国体」ー 元々国家の構造や機能を示していた中国の言葉が、水戸学派によって日本皇室の権威の根本的特徴として用いられ、日本では特別な意味となった。これが1900年辺りから日本の政治体制の固有性として強調され、半倫理的、半政治的概念として始まった概念が「政治的規範」に変わってしまった、と新渡戸は説明する。

次に天皇制の正当性についてそれが歴史的根拠によっており、その王の称号はその家系から一度も離れず、誰も疑問を示さず、そして服従は自発的であった、と説く。そして国体はその歴史性を根拠にしているので法学上の弁明を必要としないことを中野登美雄政治学者の分析を紹介する事で示す。

中野博士は立憲君主的政体を三種に分類している。
1)議会制君主体制 イギリス、スペイン、イタリア
2)人民主権の原則を持つ君主体制 ベルギー
3)立憲君主体制 革命前のドイツと日本

そして、日本憲法の専制君主的性格は、中野博士に寄れば封建制度廃止後国内に不満分子がいたこと、それゆえ国の分裂のおそれがあったこと、外国からの攻撃に対して統一戦線が必要で、強力な中央集権政府が必要であった事が要因。民衆に根付いた歴史伝統を持つ皇室であったのだ。

日本の憲政思想は「御誓文」に政治思想として始めて見られた。新渡戸は代議政治の動きを知らなかった日本で、自由思想が当時の新体制を率いた若者たちの心をとらえた事を不思議に思う、と記している。そして「御誓文」の第一条の「公論」について議論している。新渡戸は明治の新体制は、驚くような主義が組み込まれる必要があり、専制的であってはならなかった事は確かであると明言する。

日本の憲政実験の初期は英米思想が優先であった。天皇は日本にふさわしい憲法を作るためトッドの「イギリスの議会政治」を手引書として元老院に渡したと言う。新渡戸は当時モンテスキューやルソーよりイギリス思想が日本に広まっていた事は幸運であったと記している。ジョン・スチュアート・ミル、トーマス・アースキン・メイ、ジョン・オースティン(以上英国の法学者)が憲政思想の水先案内人であり、後にグナイスト、ローレンツ・フォン・シュタイン(ドイツの法学者)と知り合いになった。
議会に期待し裏切られた士族の中に不満分子が生まれ叛逆、処罰されるものが出て来た。政党の結成こそが反乱、内紛、暗殺の唯一の代わりであると少数の政治家たちは確信した。

(以上、『日本−その問題と発展の諸局面』181−189頁)
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