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早川理恵子博士
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フィジー、英国が持ち込んだ病原菌 [2016年05月31日(Tue)]
フィジーの問題に、人口の半分を占めるインド人との対立がある。

このインド人移民。英国植民地時代にサトウキビ労働力として連れてこられたとしかしらなかった。
著名なインドフィジー人の講演を聞く機会があり、この背景を今日始めて知った。

1874年、フィジーは英国の植民地となった。
そして翌年、なんと先住民の人口の3分の一が麻疹などの伝染病で死んでしまったのだ。
英国人の病原菌の恐ろしさよ。
豪州も米国の先住民の80%が死亡しているが、そのほとんどが伝染病であるとオックスフォード大学の教授から伺った。
しかも!その病原菌は植民者(英国人)が意図して散撒かれたのだそうである。
フィジーはどうであったのか?怖くて聞けない。

フィジーのインド人労働者はその穴埋めでもあったわけだ。
1879年から始まったインド人の労働移民は6万人。4.5万にんが北インドから。1.5万人が南インドからだでそうある。
そしてこの労働移民制度が終了した1916年以降もインド人は母国に戻らずフィジーに留まり、人口の半分を占める事となった。


追記
このフィジーの1875年の麻疹流行は有名な話のようだ。
関連サイトがかなりある。亡くなったのは4−5万人。
下記のサイトは一番簡潔だが、誰が書いているのかもわからず。
http://measlesinfiji.weebly.com/
我が家の一条憲法 One-article constitution! [2016年05月31日(Tue)]
学んだ事をすぐ応用し、実践する。

国内の不和に応えた太子の知恵。
「国に二君なく、民に両主はない、国の内の人々は、唯一人の天皇を唯一の主人とみとめると。」

家庭内の不和に応えた母の知恵。
「家庭内に二君なく、家人に両主はない、家人の人々は、唯一人の母親を唯一の主人とみとめる。」

今作った、我が家の一条憲法 One-article constitution!
『日本−その問題と発展の諸局面』(6) [2016年05月30日(Mon)]
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新渡戸稲造の聖徳太子への賛美は止まない。
この本の真髄はこの短い「国家統合」という項目なのではないだろうか?


まず、新渡戸は前項で聖徳太子の「根本枝葉花実説」を紹介し、太子はコンスタンティヌスで、アソカであると賞賛し、この太子の「宣言」により仏教が、太子の後継者の下で栄え続けた、とする。(『日本−その問題と発展の諸局面』新渡戸稲造全集第18巻、2001、67頁)

「根本枝葉花実説」- 根本が神道で、枝葉が儒教、花実が仏教。まさに異文化共存の知恵!


新渡戸の太子賛美は続く。
「その国際心ゆえに愛国者であり、またその愛国心ゆえに国際主義者であった。」
新渡戸は自分に重ねたのではないだろうか?
日本の軍閥には米国の狗と罵倒され、米国の友人からは軍閥の傀儡と罵倒された新渡戸である。

新渡戸は十七条憲法を紹介。日本の国家統治、統一政府形成、君主制の原則堅持が太子によって基盤が作られた事を説明する。
十七条憲法の十二条に「国に二君なく、民に両主はない、国の内の人々は、唯一人の天皇を唯一の主人とみとめると。」ある。
(『日本−その問題と発展の諸局面』新渡戸稲造全集第18巻、2001、69頁)

太子がここに至る理論が明確に述べられている。
「それは、玉座に対する競争者を取り除いて、天皇の位を確かなものにすることであった。神武天皇の家系は、当時までに大きなものとなっていた。(略)皇室の統一こそ国内平和の予備条件であったから、その公僕の忠誠心は分かれてはならなかった。政治において、どこに正当を求めることができるのか?」
(『日本−その問題と発展の諸局面』新渡戸稲造全集第18巻、2001、69頁)

そこで作られたのが十七条憲法である。
さらに新渡戸は「その時代の自国の緊急の必要に合わせたのである。」と述べる。

自国の緊急とは何か?当方は恥ずかしながら当時の詳細を知らない。権力闘争、国内の混乱、外来文化・宗教の悪しき影響が混在していたのでは?
まさに、新渡戸稲造がこの本を書いていた時と同様の状況。
マルクス主義と、英米式侵略的帝国・植民主義、そして国内の格差拡大、地方の貧困。。。


新渡戸は太子を賛美する事を止めない。
「この聖人政治家の意義は、どれほど評価してもしすぎではない。」

「根本枝葉花実説」を唱えず、神道か、儒教か、仏教かのどれかいずれか取っていたらどうなっていたことか? 下記わかりやすいように、対比する形で本文から引用する。

 「仏陀は彼に人間の平等を教えた。それはどんな種類の社会的差別をも拒否した。」
 「もし仏教に従っていたとすれば、太子は共和主義と社会不和の種をまいたことだったろう。」

 「孔子は太子に偉人の力と権利を教えた。」
 「もし儒教に従っていたとすれば、太子は有力家系の支持を失って、皇位を弱体化したことであろう。」

 「国内のできごとを観察し体験して、太子は、少数政治の危険ならびに貴族政治の影響力を学んだ。」
 「もし自国の例の流れだけに従っていたとすれば、国がウジの貴族たちに分裂するのを目にしたことであろう。」
(『日本−その問題と発展の諸局面』新渡戸稲造全集第18巻、2001、69-70頁)


新渡戸は太子がこのディレンマを、人間平等の理論や、貴族の存在という事実で目を眩まされず、逆に開明的に対応したのである、と分析する。この部分は和訳がどうもわかりずらいので、原文の英文を下記に引用しておきたい。
 
"In this dilemma he was not blinded by the theory, however enlightened, of the equality of man, nor by the glaring fact of the existence of the nobility." (Nitobe 1931. "Japan - Some Phases of her Problems and Development" p63)

繰り返すが、この本が出版された2週間後に満州事変が、そして約半年後に新渡戸が日本を滅ぼすのは軍閥か共産主義だと述べて窮地に追いやられた。
上記の「人間平等の理論」が共産主義。「glaring fact of the existence of the nobility」が軍閥とすれば、新渡戸は日本の窮地を明確に認識し、聖徳太子並みの政治家が必要である事を、自分がその立場にあるかもしれない事を感じていたのではないだろうか?
ブログやしの実通信について [2016年05月30日(Mon)]
2010年3月に開始したこの「やしの実通信」ブログも6年が経ちました。
アクセスはぐんぐんと伸び、現在は毎日一千件前後のpage view をいただいています。
有難い事です。また継続の励みになります。
今、多彩な方が観ていただいていると思いますのでこのブログがどのように始まったのか書いておきます。


2つの原点、出発点があります。

1つ目は2008年4月に、羽生二郎副会長(当時)に呼ばれて「太平洋の島の事を教えて欲しい」と依頼された事です。
呼ばれたと言っても事務所内で呼ばれたわけでなく、財団事務所のある日本から遥かかなた、オーストラリアに直接電話がかかって来て、すぐ来い、と呼ばれたのです。

東大出の元国交省vice ministerに教えるんですから(しかも国立音大生が!)ただ事では済まされません!業務指示でもあるから力が入りました。
メールで色々情報を提供してたところ、翌年笹川会長からブログを立ち上げろ、とのお達しが。
これがこのブログの出発点です。
よって今でもこのブログのメイン読者は笹川会長と羽生会長と思って書かせていただいています。時々指示があるので当方の思い込みではありません。
笹川会長からは、定期的に書け、短めに書け、自分の意見は入れずに事実を粛々とまとめろ、どんどん広報せよ、と細かい指示をいただいております。そしてこれは指示ではないのですが、エロ話を書かないと読者は増えん!という秘伝までいただいております。


2つ目の原点は25年前、当方が財団に入った時です。
当時笹川平和財団はあまり広報をやっていませんでした。広報の基本ニュースレターさえありませんでした。
NGOの真髄は広報!当方は財団に入る以前に青年全国組織(総理府系、皇室外交の一翼を担う組織です。)の幹部として組織運営の経験があったので、すぐに「ココナッツ通信」というニュースレターを創刊。これがこのブログのもう一つの原点です。
財団に入ってから最初にいただいた業務指示が「自由奔放にやってくれたまえ。」
指示通りにやらせていただきましたが、お局様の非難にあって昼休みに作っていた歴史もあります。
財団全体のニュースレターはその数年後に創刊。

基金ニュースレター「ココナッツ通信」は基金事業を中心に情報を発信していました。これに加えウェッブで「やしの実大学」という太平洋島嶼国全般の情報発信を始めました。
これも財団で始めての試みであったので内部からの批判は大きかったのですが、当時はウェッブが利用し始められたばかり、太平洋島嶼情報を扱う組織も少なく、貴重な情報源であったようです。
アクセスは急増。
今でも知らない人から「やしの実大学」のウェッブの事を聞く事があり、嬉しいやら、閉鎖されてしまって悲しいやら。。複雑な気持ちになります。


このブログは当方が1991年から担わせていただいている笹川太平洋島嶼国基金事業全体の一部なのです。情報は発信するところに集まります。よって、このブログのおかげで情報が以前より集まるし、文章にしてまとめると、自分の理解力が高まり、現場での業務に非常に役に立っています。

2つ目の原点を作っていただいた、笹川会長、羽生会長には、いつも感謝していますが、改めて感謝の気持ちを記させていただきます。
「建国の事情と万世一系の思想」(追記あり) [2016年05月29日(Sun)]
新渡戸稲造の天皇論がトントントンと進まない。
ブログに書く事によって、多くのコメントをいただける。


津田左右吉の「建国の事情と万世一系の思想」だ。
青空文庫で読める。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001535/files/53726_47829.html

記紀に関する解釈は違っても、津田左右吉天皇論は新渡戸に近いように思う。

それから一木喜徳郎、竹山道雄、1932年のコミンテルンテーゼ、etc.

手に負えないから、とりあえず新渡戸に戻って粛々と書きたい。
次は神道を、万世一系を強固にした聖徳太子の話だ。

追記:津田左右吉の下記の文章は噛み締めたく、引用しておく。
「二千年の歴史を国民と共にせられた皇室を、現代の国家、現代の国民生活に適応する地位に置き、それを美しくし、それを安泰にし、そうしてその永久性を確実にするのは、国民みずからの愛の力である。国民は皇室を愛する。愛するところにこそ民主主義の徹底したすがたがある。国民はいかなることをもなし得る能力を具え、またそれをなし遂げるところに、民主政治の本質があるからである。そうしてまたかくのごとく皇室を愛することは、おのずから世界に通ずる人道的精神の大なる発露でもある。」
PNG G7アウトリーチ会合へ ー 日・パプアニューギニア首脳会談 [2016年05月28日(Sat)]
本日、日・パプアニューギニア首脳会談が開催され、早速外務省のウェッブに結果が掲載されています。

なるほど! オニール首相は太平洋諸島フォーラム(PIF)議長として、即ち(豪NZも含む)太平洋島嶼国の代表として招待されたわけです。
しかし、パプアニューギニア国内でのオニール首相への批判が激しく、帰国後の動きが気になります。
また、確認された”太平洋における「海における法の支配」の重要性” 日本政府は何かやるのでしょうか?これも気になります!日本政府、太平洋における海洋安全保障は何もやっていません!水産庁の試みを外務省が潰しました!(まだ完全に潰れてないよですが)


http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/ocn/pg/page1_000202.html
1. 安倍総理から,太平洋諸島フォーラム(PIF)議長としてのサミットへの出席・貢献・日本とG7の取組みへの支持に感謝するとともに,首脳の相互訪問を踏まえ,両国・両国民の友好関係を今後も共に強化させたい旨述べました。
2. これに対し,オニール首相から, 太平洋島嶼国の代表としてサミットに招待いただき感謝する、世界の持続的な経済成長と地域の各国への支援等の成果を上げられたことに敬意を表する,また,「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」を含む日本のG7,国際社会での取組を支持している旨述べました。
3. 両首脳は,LNG事業や漁業等の経済分野での協力を確認しました。
4. 安倍総理から,質の高いインフラ整備や人材育成を通じ,PNGの持続可能な発展に引き続き貢献する旨表明しました。更に,今般,PNGにおける干ばつ被害に対し国連世界食糧計画(WFP)を通じた100万ドルの無償資金協力を行うこと,また,2018年にPNGで開催されるアジア太平洋経済協力(APEC)関連会合の成功に向けた努力を後押しすべく,行政官の能力支援,楽隊への楽器供与を新たに決定したことを伝達するとともに,引き続き防災・気候変動分野を含む幅広い分野でPNGを始めとする大洋州地域を支援していく旨述べました。
5. これに対し,オニール首相から,PNGの経済社会開発を進めていきたい、その意味でも日本の各種支援に改めて感謝する旨述べ,日本との貿易・投資関係の更なる発展への期待が表明されました。
6. 両首脳は,本年に開催が予定される太平洋・島サミット(PALM)第3回中間閣僚会合に向け協力することを確認すると共に,安保理改革を含む国際場裡における協力等につき意見交換を行い,太平洋における「海における法の支配」の重要性を確認しました。
PNG G7に招かれる! [2016年05月28日(Sat)]
伊勢志摩で開催されたG7にパプアニューギニアが、アジア太平洋諸国の代表として、アウトリーチ会合に招待されていました。
チャド、スリランカ、バンフラデシュ、パプアニューギニア、ベトナム、ラオスの6カ国

"G7 meets developing countries amid China concerns"
By AFP , 27 May 2016
http://www.dailymail.co.uk/wires/afp/article-3612044/G7-meets-developing-countries-amid-China-concerns.html


外務省のウェッブ情報によると下記のインフラ、海洋安全保障、保健、女性の4点で一致したようだ。
− 信頼性のあるインフラにより地域の連結性を強化すべく,「質の高いインフラ投資」の推進や制度改善・人材育成等によるインフラの一層の活用が重要であるとの認識で一致。
−「開かれ,安定した海洋」の確保のために,(1)法に基づく主張をすること,(2)主張を通すために「力」や「威圧」を用いないこと,(3)紛争は平和的に解決すべきこと,の3点が重要であるとの点で各国・機関と一致。
− 保健に関し,感染症等の公衆衛生危機への国際社会の対応能力の強化,また幅広い保健課題への対応の鍵となり,危機対応にも資するユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進,AMRへの対応強化等が重要との点で一致。
− 女性については,女性のエンパワーメントと男女平等の推進が,持続可能な成長のためにも不可欠との点で一致。


日本に発つ前のオニール首相のテレビインタビューがあった。
パプアニューギニアが始めてG7に招待された事を強調しているのだが、G7メンバ−国に、ロシア、中国を上げている!外したのはフランス、カナダ。確かに両国はPNGとあまり関係なさそうだが、、
このアウトリーチ会合が「対中国」政策である事は上記の一致点で明確だから、オニール首相の感想はいかに?
『日本−その問題と発展の諸局面』(5) [2016年05月26日(Thu)]
新渡戸が亡くなる2年前、1931年に英文で出版した日本史をまとめた書籍の中から、皇室に関する部分を中心に書き出している。

二章 歴史的背景の第三項は「大陸文化の導入」では韓国と日本の歴史的関係の深さが書かれている。
「朝鮮は朝鮮人のため」という伊藤博文を説き伏せ日本人移民を進めたのが新渡戸であるという背景を知っているとこの部分は興味深い。
 
参考
「伊藤公」新渡戸稲造著『偉人群像』より
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1304


「キリスト紀元頃、我国の歴史がまだ漠然たる闇に包まれていたとき、中国は、”漢代”の最盛期で栄えていた。大陸文化が朝鮮を通って日本に入ってきたことは、あまりにも当然である。(中略)朝鮮人と日本人の間には、先史時代の両者間の頻繁な往来の原因としてであれ、その結果としてであれ、人種上、言語上、親近性があると想定できる。」(『日本−その問題と発展の諸局面』新渡戸稲造全集第18巻、2001、64頁)

そして3世紀には神功皇后により朝鮮南部は日本統治下となったが「日本は文化面で朝鮮にははかりしれぬほどの負い目があり、それは増大を続けた。」と述べている。それは貴重な品々、馬、知識、技術が何千人もの朝鮮人、中国人と共に日本に渡り定住し、特に大切なのは天皇の子息に外人教師を傭ったことであった、と述べる。(『日本−その問題と発展の諸局面』新渡戸稲造全集第18巻、2001、65−67頁)

学問は朝廷だけでなく、貴族にも広がり、漢字教育のために学校が建てられ、孔子や唐王朝の政治制度も学んだ。中国の倫理思想に対する尊敬は広がったが、仏教の導入は敵対を招いた。

小学生の時、ゴミ屋と覚えた仏教伝来の話を40年後始めて知りました。
仏教を巡る蘇我氏と物部氏の争いは教科書に任せておいて、新渡戸が指摘している部分をあげたい。

「天皇は両側の議論を聞いて、仏像を新信仰の擁護者に与え、「それはあなただけで保っておけ、他の者には古い信仰を保たせよ。」と仰せられた。日本の宗教運動の歴史を通じて、キリスト教修道士の到来までは、この単純かつ明解な宗教的自由の宣明からそれることは決してなかった。」(『日本−その問題と発展の諸局面』新渡戸稲造全集第18巻、2001、67頁)

そして新渡戸は聖徳太子の話に入っていく。


さて、最後に面白い発見をしたのでこれも書いておきたい。
この本を和訳した佐藤全弘氏の訳注がついているのだが、天皇が仏教と神道を共存させたという新渡戸の主張は「言の通りでない。」、即ち「間違っている」と書いてある。それは、蘇我氏に仏像を与えた後疫病がはやったため、仏教導入を反対する中臣の言う通り仏像を焼くことを天皇が認めたという話があるから、ということらしい。(ちゃうんじゃない、という私の直感)

この件に関してウェッブサーフィンをしていたら面白い記述を見つけた。
明星大学の三橋 正教授の記述である。

「仏教公伝」とは?ー仏教の伝来と日本の神ー
ことばと文化のミニ講座、Vol.46, 2010.5
http://www.hino.meisei-u.ac.jp/nihonbun/lecture/046.html

新渡戸が取り上げた箇所はあまり研究がされていなかったが、この時代の「祭祀形態」と「神観念」が反映されている、というのだ。下記に引用する。

「従来の研究でほとんど取り上げられることはありませんでしたが、この「仏教公伝」記事で最も注目すべきは、欽明天皇が蘇我稲目に仏像を託して試みに拝ませることにしたという部分だと思います。このことは、『上宮聖徳法王帝説』に「志癸嶋天皇(しきしまのすめらみこと=欽明天皇)の御代、戊午年(五三八)十月十二日、百済国主明王、始めて仏像・経教并びに僧等を度(わた)し奉(たてまつ)る。勅して蘇我稲目宿禰大臣に授けて興隆せしむる也。」とあることとも一致し、ある程度の真実を伝えていると思われます。そして、この一見奇異に見える仏像の礼拝を委託した天皇の態度に、この時代の祭祀形態と神観念が反映されてることを指摘したいと思います。
【新しい崇拝対称を迎える時、それまでの崇拝対称とオーバーラップさせるのは、どの時代のどの地域にも見られる現象です】」


天皇の、そして太子の見事なる異文化(しかも宗教!)の導入技術「委託祭祀」!
次は、敬虔な仏教者にして愛国者そして完全な漢学者「太子」による国家統合の話。


台湾の対太平洋島嶼政策 [2016年05月26日(Thu)]
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台湾新総統就任式に参加したマーシャル諸島のヒルダ・ハイネ大統領が蔡英文総統とは正式な会談をしていなのでは?と書きましたが、ちゃんと会談されていました。
何を話したかのニュースはまだ見つけていませんが、女性トップの会談内容は興味があるところです。


ニュース記事を探していて見つけたのが下記の、馬前総統が太平洋島嶼国の代表団歓迎会でナウル大統領とカラオケしているビデオ。ナウルの大統領ちゃんんとハモっています。
馬前総統音外してますね〜。外交関係を象徴するような動画です。
中国よりの馬政権の時は対太平洋島嶼国支援は粛々とされていたと思いますが、目立った記事はありませんでした。

馬總統卸任前最後高歌 'Let It Be Me'



現在グアムで開催されている第12回太平洋芸術祭でしっかり台湾代表が参加。原住民族、太平洋島嶼国(神武天皇も?)と同じオーストロネシア語族です。

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『天皇の原理』小室直樹著ー予定説と因果説 [2016年05月25日(Wed)]
新渡戸稲造の皇室論を読みながら、小室直樹の天皇論が気になって、『天皇の原理』を手にした。
明治維新で、天皇を予定説として持ち出して来た訳だ。

この予定説と因果説。
身近である。

母は正しい、何があっても母は正しい。
よって母の言う事を聞け。
これがないと子育てが成り立たない。



「早く洗濯物をたたみななさい!」
「なんでたたむのよ。また広げて着るんだからこのままでいいじゃん。」
「(えーと洗濯物をたたむ科学的理由は?? えーい面倒だ!)お母さんたたむ必要があると言えばその事が正しいのである。たとえお母さんが言ったことが間違っていても、それでも母はいつも正しい。」

この理論展開、いやイデオロギーは多数の母親が同意するところである。
母親の存在は予定説である。
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