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早川理恵子博士
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シャングリラ・ダイアローグ安倍総理の基調講演と日本財団の業績 [2014年05月31日(Sat)]
Keynote blog.jpg


当方がビリオネラーや豪州海軍に繰り返し説明している事。
日本財団の過去50年の海洋分野に対する支援である。
実はこの事が昨晩のシャングリラ・ダイアローグでの安倍総理基調講演に盛り込まれていたので下記に引用しておきたい。
基調講演全文はこちらにあります。http://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/nsp/page4_000496.html


日本財団の姉妹組織、笹川平和財団は創立以来海洋問題を扱って来なかった。
始めての海洋事業は2008年に開始した「ミクロネシアの海上保安事業」である。よって同事業は当初から日本財団、海上保安庁と連携しながら進めて来た経緯がある。
当方も、この事業で始めて海洋問題を扱う事となった。よって、日本財団の業績等は笹川会長や海野常務、海洋政策財団の寺島常務、そして羽生会長から直接伺いながら、その姿が見えてきた、というのが本当のところである。だからまだ正確に把握していないかもしれないが、こうやって書く事で、学べるのあるから敢えて書いておこうと思う。

安倍総理基調講演の「ASEANへの支援」の部分はアジア諸国への沿岸警備への支援が述べられている。過去50年、日本政府に代わって日本財団が支援してきた、また現在も支援している内容と重なっており、最近になって日本政府がODA等で支援を始めた、と理解している。
沿岸警備とは法執行分野なのである。これが、海軍しかない豪州や英国にはわからない。ASEAN諸国に続々と誕生した沿岸警備組織は日本財団の支援が背景にある、(と理解している)。
海洋安全保障、一義的には法執行、そして軍事力の存在を否定するものではないが、緊張が高まる海域で「なんとかデストロイヤー」のような軍艦が出て来る事は、好ましくないメッセージを相手に与えてしまう事になる。

安倍総理の基調講演の下記の部分には「日本財団」という表現は出て来ないが、日本財団が支援してきた事は自明の事実であろう。


以下引用

- - - - - - - -
ASEANへの支援

 ASEAN各国の,海や,空の安全を保ち,航行の自由,飛行の自由をよく保全しようとする努力に対し,日本は支援を惜しみません。では日本は何を,どう支援するのか。それが,次にお話すべきことです。

 フィリピン沿岸警備隊に,新しい巡視艇を10隻提供することに致しました。インドネシアには,既に3隻,真新しい巡視艇を無償供与しました。ベトナムにも供与できるよう,必要な調査を進めています。

 日本が実施する援助全般について言えることですが,ハード・アセットが日本から出て行くと,技能の伝授に,専門家がついていきます。そこで必ず,人と,人のつながりが強くなります。職務を遂行すること,それ自体への,誇りの意識が伝わります。

 高い士気と,練度が育ち,厳しい訓練をともにすることで,永続的な友情が芽吹きます。

 フィリピン,インドネシア,マレーシア3国だけで,沿岸警備のあり方について日本から学んだ経験のある人は,250人をゆうに上回っています。

 2012年,ASEAN主要5カ国から海上法執行機関の幹部を日本へ招いたときは,1カ月の研修期間中,1人につき日本の海上保安官が3人つき,寝食をすべて共にしました。

 「日本の場合,技術はもちろん,1人1人,士気の高さがすばらしい。持って帰りたいのは,この気風だ」と,マレーシアからの参加者は言ったそうです。私たちが本当に伝えたいことを,よくわかってくれたと思います。

 ここシンガポールでも,8年前にできた地域協力協定(ReCAAP)に基づいて,各国のスタッフが,海賊許すまじと,日夜目を光らせています。事務局長はいま,日本人が務めています。

 日本はこのほど,防衛装備について,どういう場合に他国へ移転できるか,新たな原則をつくりました。厳格な審査のもと,適正な管理が確保される場合,救難,輸送,警戒,監視,掃海など目的に応じ,日本の優れた防衛装備を,出していけることになりました。

 国同士で,まずは約束を結んでからになります。ひとつひとつ厳格に審査し,管理に適正を図ることを心がけつつ進めていきます。

 ODA,自衛隊による能力構築,防衛装備協力など,日本がもついろいろな支援メニューを組み合わせ,ASEAN諸国が海を守る能力を,シームレスに支援してまいります。

 以上,お約束として,申し上げました。

- - - - - - - - - - -



なお、櫻田淳氏が同基調講演に対し、下記のコメントを出ししているのでこれも引用しておく。

- - - - 桜田氏のコメント - - - -
一読、「大人(たいじん)の演説」と評すべきであろう。
日本国内メディアの中には、「対中包囲網」の形成という文脈で解する向きがあるけれども、この演説で説かれているのは、「常識に還れ」というほどのものでしかない。演説中にある「国際法に照らして正しい主張をし,力や威圧に頼らず,紛争は,すべからく平和的解決を図れ」という「常識」である。

- - - - -


参考

アジアの沿岸警備の能力向上目指して 2期生の研修が海保大でスタート
https://blog.canpan.info/koho/archive/1748

マラッカ・シンガポール海峡の安全航行支援
http://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/safe_passage/
ビリオネラーが愛するパラオの海 [2014年05月30日(Fri)]
パラオ共和国、トミー・レメンゲサウ大統領の提言、全EEZの商業漁業禁止案。
ミクロネシアの海上保安事業の関係でこの提案にも深く関わる事となった。それを通して見えて来た一つの動きが、世界のビリオネラー。
ビリオネラーなんて自分の人生には関係ないと思っていたが、見てはいけないところまで見てしまったようである。

で、パラオの海を愛するビリオネラーは誰か?

PEW財団のハワード・ピュー。資金源は石油。
もう現在いらっしゃらないのでご本人がパラオの海に関心があるかどうか知る事はできない。(追記:現在のボードメンバーにピューファミリーが列挙されています)が、PEW財団はパラオのシャークサンクチャリーを提案し、今回のEEZ案を大々的に支援している。
J Howard Pew.jpg

それから今年の2月の国連でのパラオ大統領の宣言をお膳立てしたSustainable Oceans Alliance。この組織の基がGlobal Partnerships Forumで運営委員の筆頭にあのウォーレン・バフェットの孫ハワード・バフェットがいる。バフェット氏は言わずと知れた投資家。
HBaffet.jpeg

そして、昨年パラオでドローンを飛ばして、張子の虎がバレた鉄鋼王のアンドリュ・フォレスト氏。
太平洋も魚の問題もそんな簡単な話でない事(ハイポリティックス)がわかって撤退したかもしれない。
Andrew.jpeg

まだまだいまっせー。

Ray Dalio氏。この度コンサベーション・インターナショナルと組んで"Global Tuna Initiative"を立ち上げた。こちらは投資家。総資産1兆円とかです。
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<ビリオネラーの悩み>
ビリオネラーともなると、一般人が計り知れない悩みがあるようだ。
まずお友達がいない。お金は人を不幸にする。子供を弱くする。世間からお金持ちであるという事だけで批判的な目で見られる。
そして、年間数百億円とかの「税金」を払うようである。そんな税金を払った事がないので理解できないが、パラオ国家が10年位やっていける国家予算に等しい。
自分の払った税金で世の中が良くなるのであれば、納得できるだろうが、上記のビリオネラーが税金を払っているであろう米豪政府とも国家運営は課題山積み、悪化の道。
で、それだけ税金を払うのであれば、結果が見える、自分も納得できる事業にお金を回して、加えて税金を少しでも回避したい、と考えるようだ。

<ビリオネラーはケチ、は黄金律>
上のビリオネラーの一人とコンタクトする機会があったのだが、ほぼ毎日のように連絡をいただいた。ビリオネラーであればその財力にモノを言わせ、世界の超一流専門家を集め、万端の体制、と思いきや、そういう超一流は高いコンサルタント料を請求するらしく、一銭も要求しない当方にほぼ毎日質問してきたようだ。
ビリオネラーはケチ。これ、黄金律のようだ。

<ビリオネラーはいい加減>
結果、どうなるかというと、社会貢献事業はいい加減になる。
お金儲けには全霊のエネルギーを使うであろうビリオネラーは、そのフィランソロピー活動にはド素人の会計士を配置する。悪く言えば支援の中身より、お金がどう使われるかの方が大事。
ビリオネラーを相手にどれだけ説教垂れたかしれない。
「いいですか、日本財団は海洋問題を50年やってきているんです。笹川平和財団は太平洋島嶼国と25年の歴史があります。笹川良一氏はパプアニューギニアの独立支援したんです。ビリオネラーかなんか知らねえが、ド素人が金の力にもの言わせ、即興で解決しようなんざ、太平洋を甘く見るなよ。」(後半はディプロマチックに表現しましたが。)

<手玉に取られているのはどっち?>
並びいる世界のビリオネラーズから愛される太平洋の小さな島国パラオ。現実の様子を見るとビリオネラーの無責任さ、無知さに翻弄されているようにも見えた。
しかし、島嶼国、そんな柔ではない。大国米ソを相手に外交を展開し、マフィア、テロリスト、金融マフィア、アラブの王様も「主権」を武器に手玉に取ってきたのだ。ビリオネラーなんて手玉に取るのはお手の物、かもしれない。

なにはともあれ、ビリオネラーズのおかげで、パラオのEEZは世界の注目を浴びる事になったのである。
貧乏だけど世界で一番幸せなバヌアツ? [2014年05月26日(Mon)]
百田さんの「問題」発言のおかげで、バヌアツ、ナウルなど普段は日本の一般国民が耳にしない太平洋の国家が昨日から話題になっているようで、その余波を受けてか、当ブログへのアクセスがいつもの倍になっている。
以下のビデオは百田さんにも、また百田さんの発言を批判している人にも見ていただきたい、バヌアツからのメッセージである。



<百田さんの言った「貧乏長屋」。でも世界で一番幸せな国>
バヌアツは確かに後発開発途上国(Least Developed Countries)に位置づけられている。と同時に幸福指標(Happy Index)で経済を評価しようとまじめに考えている組織からは「世界で一番幸せな国」(*)との評価も過去に受けている。
バヌアツの人々自身が世界でも貧しい国に位置づけられている事に疑問を持っているようだ。


<メラネシアンウェイ>
太平洋島嶼国、どこに行っても浮浪者はいない。必ず誰かが世話をする。
だから再貧国、と国連機関に指定されても、「貧しさ」というのは感じない。逆に精神的、文化的、そして自然の豊かさが満ちている、と太平洋を渡り歩いて24年、個人的に感じるところである。
そんな事はバヌアツの、太平洋の島人が一番知っているのであろう。
そこで、バヌアツ政府はまじめにWell-being (福祉度、幸福度、健康度)を図る指標の研究を2012年に発表した。これぞメラネシアンウェイ。社会の、開発の価値観を自ら選択するという内容だ。
上記のビデオはこのレポートエッセンスと言ってもいいであろう。

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Alternative Indicators of Well-Being for Melanesia: Vanuatu pilot study report - Vanuatu Pilot Study
http://www.msgsec.info/index.php/divisions/programs-division/projects

<泥棒は誰か>
百田さんは貧乏だから泥棒が入らない、とおしゃったようだが、バヌアツだけでなく太平洋島嶼国、泥棒どころではない。過去500年、西洋列強の大泥棒諸国に跡形もなく略奪され、それは合理的搾取、という形で今も続いている。
ちょうどバヌアツの国父ウォルター・リニ首相の自伝を読んでいるところなのでこれは次回に。

初代リニ首相の独立当時の言葉
Vanuatu’s first prime minister, Walter Lini, stated:
The future of Vanuatu will very much depend on what approach the Government decides to take. If Vanuatu decides to imitate other countries of the world, there can be no freedom in terms of being one’s own master with one’s own individual identity. But in deciding to be truly independent from any other country, whether within the region or afar, we shall have to work even harder to achieve this. The main effort will then be to really polish up our very own Pacific and Melanesian ideas, to make them the basis of unity in our own country and within our region and to give us the necessary strength and direction to choose wisely what we want and do not want for the future.
Quoted in “Vanuatu: Twenti wan tingting long team blong independens”, Suva, 1980.


* 地球上で最も幸せな国は、人口20万人で経済活動も小規模な南太平洋の島国バヌアツ共和国−。英国の独立系シンクタンクが12日公表した「地球幸福度指標」で、このような結果が出た。先進国は軒並み順位が下で、日本は対象178カ国中95位、英国108位、米国150位などとなっている。(2006 年7月:時事通信より)
Pacific Youth Council ー 太平洋青年協議会 [2014年05月23日(Fri)]

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太平洋を渡り歩いて24年。 USPNetを日本のODAにするという大仕事をやらせていただいた。それに加えてこれも自慢したい事業。Pacific Youth Council - 地域機関を設置したのである。
自分のNGOのバックグラウンドは青年団体(内閣府系です)。国内の組織及びアジアと日本の組織の幹部を20代の時に経験し、組織作りや運営を学んだ。だからこそこのPacific Youth Councilー太平洋青年協議会を設置することができたのである。
この太平洋青年協議会、組織の産みの苦しみは味わったが、育ての苦しみは味わっていない。あれから20年。立派に成長してくれているようだ。現在の事務局から照会があったので下記に支援内容をアップしておく。1994-1997の4年間約2千4百万円の助成をさせていただいた。勿論お金を出しただけでなく知恵も出させていただいた。
現在のPacific Youth Council ウェッブサイト http://pacificyouthcouncil.com

Regional Conference for Pacific Youth
South Pacific Commission (New Caledonia)
Program/Guidelines
2. Human Resource Development and Educational Projects Conducted in Cooperation with Japan or Other Countries
Year FY1994
Grant 6,395,448yen
Implementation year 1/1
Project contents
Some 40% of the total population of the Pacific island nations region is made up of people under the age of 26. Despite that, several of these countries have yet to establish comprehensive educational policies, leaving their young people with little opportunity to receive adequate vocational training. The distressing background to this situation is that the region is also suffering the adverse effects of rapid social change, such as increased alcoholism, drug abuse and suicide. This conference provides various people involved in tackling youth problems with important opportunities to meet and exchange ideas. In keeping with the Fund's broader goal of helping the island nations forge and strengthen links with other regions of the world, the conference included a number of Asian participants who greatly informed discussions on the potential for enhanced Asia-Pacific cooperation.


Establishment of Pacific Youth Council
South Pacific Commission (New Caledonia)
Program/Guidelines
2. Human Resource Development and Educational Projects Conducted in Cooperation with Japan or Other Countries
Year FY1995
Grant 4,614,584yen
Implementation year 1/3
Project contents
Despite the increasing proportional population of youth in the Pacific island nations―in most countries currently around half the total population―every year vocational training and employment prospects for young people dwindle while the problem of juvenile delinquency worsens. This project is aimed at nurturing the true human resource potential of the Pacific island nations through the creation of a region-wide youth organization and the promotion of cooperative activities between it and counterpart youth organizations in other parts of the world, particularly Asia. Substantial progress was made toward those goals in this, the project's first year. A meeting was held in April (1995) as a lead-up to the establishment of the proposed Pacific Youth Council, and from May through June four members of the project's executive committee visited Singapore, the Republic of Korea, Thailand and Malaysia to liaise with youth affairs organizers in those countries and to attend the annual general meeting of the Asia Youth Council, held this year in the Republic of Korea in July.

Establishment of Pacific Youth Council
South Pacific Commission (New Caledonia)
Year FY1996
Year project budget
implementation 9,014,153yen
Implementation year 2/3
Project contents
A proposal to establish a Pacific Youth Council (PYC) was approved by the 4th Pacific Youth Conference held in 1994. Preparations toward that goal thereafter proceeded with the cooperation of the Asia Youth Council (AYC), and in 1995 a provisional PYC secretariat was set up. Thanks to these efforts, the inaugural general assembly of the PYC, originally scheduled for the third year of this project (1997), was held from 8 to 12 July 1996 at the headquarters of the South Pacific Commission (SPC) in New Caledonia. At the meeting, which included representatives of youth associations from SPC-member countries and of relevant government bodies, details of the PYC's charter, regulations, program and executive committee functions were finalized, the establishment of PYC was formally approved, and the members of its executive committee were elected. The PYC's establishment was given considerable media coverage not only locally but internationally as well, with Radio Australia conducting a telephone interview about the event. Furthermore, executives of the PYC and the AYC were given opportunities to strengthen their mutual ties at youth-related meetings held in Vienna and Beijing, respectively, under ESCAP and UN programs.

Establishment of Pacific Youth Council
South Pacific Commission (SPC) (New Caledonia)
Year FY1997
Year project budget
implementation 3,785,424yen
Implementation year 3/3
Project budget 17,414,161yen
Project contents
The combination of educational underdevelopment and a low-growth economic environment is making it increasingly difficult for young people in the Pacific Island nations to find employment. As a result, the incidence of delinquency among Islander youth is on the rise. This project represents an effort to reverse this trend through the establishment of a region-wide youth organization to foster young leaders in the region and engage in cooperative tie-ups and activities with youth organizations in other parts of the world, particularly Asia.
The plan to establish the Pacific Youth Council (PYC), in association with the Asia Youth Council (AYC), was approved at the 4th Pacific Youth Conference held in the Cook Islands in 1994, in which the AYC also took part. In 1995, a preparatory committee, including guest advisors from the AYC, was organized in Fiji, and the charter, structure and program of the PYC were drafted. In collaboration with concerned parties from various countries, the members of the provisional PYC secretariat then refined the charter and other details, and in 1996, the second year of this project, the PYC was officially established. In order to strengthen the PYC’s ties with youth organizations in Asia, members of the provisional PYC secretariat took part in next annual general assembly of the AYC, using the opportunity to raise awareness about the PYC’s establishment and to discuss the potential for future joint projects.
The establishment of the PYC was first proposed at the Regional Conference for Pacific Youth held in Fiji in 1975. Two decades later, that goal has been attained through a grant from the Sasakawa Peace Foundation. With that fundamental hurdle cleared, the new organization is now focused on developing a practical program of activities while continuing to strengthen its ties with counterpart groups in Asia. Now that the three-year SPF grant has come to an end, the key challenge for the PYC, the SPC and other related organizations is to ensure that the new organization can continue under its own steam. Many grant-making organizations maintain a special interest in youth affairs, and it is hoped that in the future the PYC will be able to benefit from the assistance of such organizations as the Commonwealth Youth Program and relevant bodies within the United Nations.

新カテゴリー開設 ー Melanesian Way [2014年05月23日(Fri)]
海上保安事業を展開しているミクロネシア、特にパラオのことばかりに気が取られ、年始に笹川会長からパプアニューギニアやトンガの事を聞かれて、フォローしていない事を反省している。

今更ながら、柴田中尉が、笹川良一氏がパプアニューギニア独立を支えた事の意味を噛み締め、その事をわざわざ自伝に書いたソマレ閣下の意図を推量り、そのパプアニューギニアの動きがバヌアツや他のメラネシア諸国にでも伝播し、メラネシア諸国地域の強力なネットワークを築いている事を(メラネシアンスピアヘッドグループの事)改めて認識している。

それで、メラネシアの事もしっかり書いて行こうと決意し新たなカテゴリー Melanesian Wayを設置した。Melanesian Way はソマレ閣下の同志でもあったBernard Narokobi氏が提唱した哲学、思想である。これも項を改めて紹介したい。
実はNarokobi氏は愚夫の知人で拙宅にも御泊まりいただいた事がある。が、そのとき私はNarokobi氏がMelanesian Wayの提唱者である事を全く知らず、何もお話しできなかった事を今頃になって悔やんでいる。Narokobi氏は2010年3月に逝去された。

Extract from Bernard Narokobi, "The Melanesian Way"
http://www.alastairmcintosh.com/general/resources/1983-Bernard-Narokobi-Melanesian-Way.pdf


メラネシア情報、日本語ではあまりないようだが、時々精度の高いウェッブを見つけるので、この頁にリストアップして行きたい。

バヌアツ通信
http://withcamera.sakura.ne.jp/Vanuatu/index.html
シニアボランティアで滞在された方のバヌアツ情報。かなり貴重でボリュームもある情報が掲載されている。

安倍首相の太平洋訪問に向けて(8)大平総理のパプアニューギニア訪問 [2014年05月16日(Fri)]
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若き大蔵事務官
  

来月予定されている安倍総理のパプアニューギニア訪問。
1985年の中曽根総理の訪問以来(この時安倍外務大臣と当時の秘書であった安倍晋三現総理も同行)とニュースにあるが、これより先1980年に大平総理と大来外務大臣が訪問していおり、こちらの方が重要と思うがあまりニュースにも出て来ないようなので不肖ながら書いておきたい。

<『アジア太平洋連帯構想』>
当方の師であり笹川太平洋島嶼国基金二代目運営委員長の渡辺昭夫先生が編集された『アジア太平洋連帯構想』がある。以下同書の長富祐一郎氏の文章を参考にさせていただきました。
APEC創設につながる、大平総理の環太平洋連帯構想が発表されたのが1978年。
1980年6月12日、大平総理は逝去されている。
同年1月に豪州NZを訪問。キャンベラで首脳会談後「環太平洋連帯構想で日豪合意」が発表。
大平総理のパプアニューギニア訪問はこの豪州NZの後ではないかと想像するが、長富氏も書いていないし、ウェッブにも見当たらない。今資料を探している余裕がなく宿題としたい。パプアニューギニアで一体誰とあって何を話したのか? (*)

<太平洋の島が抜けたAPEC>
大平総理の環太平洋連帯構想。当初の英文標記はPacific Ocean Communityであった。太平洋の海がテーマだったのだ。しかし創設されたAPECの正式メンバーになった島嶼国はパプアニューギニアだけ。他の太平洋島嶼国は(豪州NZが牛耳っている)PIFがオブザーバーになっているだけである。アジアと真ん中の海が抜けた環太平洋諸国の組織となってしまっている。

そのパプアニューギニアが来年2015年APEC首脳会議開催地となるのである。パプアニューギニアのAPEC正式加盟は1993年。
笹川良一名誉会長が独立を支え、大平総理がPacific Ocean Communityで連携を図ろうとし、今また日本企業の支援で天然ガス開発が進むパプアニューギニア。安倍総理の訪問は歴史的意味を持つのではないだろうか。

<再びソマレ閣下自伝"Sana">
日本とパプアニューギニアの関係は、豪州米国も知らないようなので、英文でブログにメモしておいた。常日頃情報交換をしている豪米の外務省、国防省、太平洋の友人達に配信してある。
この本、白人による「人種差別」が基調になっているのだ。白人にとっては読んだとしても忘れたい内容であろう。しかも、日本人2人が、ソマレ閣下を支援する人物として登場する。一人は以前書いた笹川良一名誉会長だが、もう一人は柴田幸雄中尉である。1944年当時8歳であったソマレ閣下の村ウェワクに赴任した柴田幸雄中尉は現地に学校を作り、ソマレ少年は生まれて初めて学校教育を受ける。柴田中尉からソマレ少年は独立の精神を、白人からの長年に渡る支配からの解放精神を学んだのである。
ベルサイユ条約で豪州の委任統治となったパプアニューギニアに1944年まで学校がなかったのである。1919年から25年の年月、豪州はパプアニューギニアに何もしてこなかったのだ。(これは豪州人自らの見解でもある。)他方、ミクロネシア委任統治をしていた日本の政策が当時の基準でどれだけまともなものであったか。国際連盟規約なんて白豪主義の豪州にとっては美辞麗句を並べただけ。合理的搾取(矢内原の評価)、新たな植民地支配以外の何ものでもない。

32歳の大蔵事務官、大平総理は本省主計局主査で文部省と南洋庁を担当していた。



* 追記
第091回国会 予算委員会 第3号 昭和五十五年二月一日(金曜日)に大平総理のPNG訪問の件がありました。長いですが関連部分を下記にコピペします。
投資環境が課題であったようだ。

○塚本委員 大来外務大臣、時間が少のうございますが、せっかくの機会だから一言だけ触れておきます。
 過日、一月十五日に大平総理と大来外相がオーストラリアにおいでになって、帰りにパプア・ニューギニアにお寄りになりました。そのとき、環太平洋経済構想でもって、いままで経済の投資が途切れておったところのパプア・ニューギニアに対して、これはここで二回にわたって福田総理にお尋ねしたことがございます。しかしうまくいかなくて、強制的に国有化されてしまった問題があります。したがって、そのことによって結果としてはいわゆる接収されてしまって、政府は、投資保険を適用したから、以後再投資、これから投資することの保険の適用をストップをかけられておって、経済断交のごとき状態になっております。これを、せっかく外務大臣がお寄りになったので再開されようという報道がなされました。私は結構なことだと思います。これからの問題として、仲を悪くしたままでおくことはいけないと思います。しかし、あのときに不法に取り上げて、いま同国の憲法違反として訴訟問題になっておりますし、また政府から保険をもらったその会社は、やがてはそのパプア・ニューギニアの国からその債権を回収して政府に払うというのがいわゆる保険の制度になっております。したがって、この紛争を、裁判をそのままにしておいていわゆる投資保険を続けるというのはいかにもまずいと思います。したがって、せっかく仲よくしようと総理までおいでになった懸案であり、しかもこの問題については大来さんみずからが、海外経済協力基金の総裁として金を出している立場においでになったからよく御存じです。したがって、これを行うのを契機にして裁判になっている問題を解決するように、通産省と努力していただくことを念頭に置いてひとつやっていただきたいというふうに思いますが、いかがでしょうか。
○大来国務大臣 ただいまの問題につきましては、先般の総理に随行して参りました際、ソマレ首相にもお会いしたのでございますが、実は、本件につきましてはその一月ほど前に参りましたオレワレ副首相から話がございまして、その際、日本側としても関係方面と話し合って処置をしたいということでございました。それで、わが国はパプア・ニューギニアとの経済関係が近年緊密化していることにもかんがみまして、同国に進出するわが国企業の活動が円滑に行われることが必要であるというふうに考えているわけでございますが、現在引き受けが停止されている対パプア・ニューギニア投資保険の再開のためには、停止となった原因である事故等も踏まえまして、同国の投資環境が改善されることを見きわめつつ、両政府の間で話し合うことにいたしたいと考えております。この点につきましては、投資保険は通産省の所管でございますので、両省の事務当局で打ち合わせいたしました。
○塚本委員 大臣、ですから問題を残したままでそのままやっておってもらってはまずいということだから、裁判そのままでいわゆる投資保険の引き受けをストップしているでしょう。それを再開するというのだから、紛争の問題を解決するために外務省も通産省も一緒になって、これはこれで別途の方法で解決の努力をすることを、いわゆる窓をあけておいていただいて進めてほしい、こういうことなんです。ようございますか。
○大来国務大臣 ただいまの御趣旨、了解いたしました。事務当局ともよく相談いたします。
○塚本委員 通産大臣、いいですか。
○佐々木国務大臣 御協力申し上げたいと存じます。

上記以前の国会質疑の会議録もあった。昭和51年だから1976年。PNG独立翌年である。独立前から日本企業がPNGに入っていた、という事だ。これも長いがコピペしておきます。
第078回国会 予算委員会 第2号
昭和五十一年十月一日(金曜日)

○塚本委員 今度は本当に実行していただけるというような決意だと私は受けとめて、私たちも全力を挙げて御協力を申し上げますので、総理の在任中にぜひこれが実現するように御努力をいただきたいと思います。
 そこで、同じ外交の問題についてさらに申し上げたいことがございます。
 経済外交の問題でございます。ソビエトから言われて、表現は悪うございますけれども、強くきちっとできなかった。アメリカから協力の要請についても、まあそうではないと政府はおっしゃるけれども、国民は心配をいたしております。同じように、いわゆる外国に対する開発投資の問題等におきましても、福田副総理も私は一度陳情を申し上げたことがあるから御存じでございますが、ついに法律でもって、いわゆるパプア・ニューギニアにおけるところの開発投資は取り上げられてしまいました。いろいろな難題をつけられてまいりました。世銀から金を借りるためには五一%の株が必要だという難題でございました。調査をしてみましたら、実際はそれはうそでございました。あるいはまた、企業に対する責任者を渡せという難題でございました。それも事務当局の協力によって切り抜けてまいりました。ついに相手方に難題が通らないと見たら、法律でもって取り上げてしまって、そうして開発をしておったところの役員たちや日本従業員は全部まる裸で追い出されてしまいました。そして日本でもらっている給料に対する税金まで払ってこなければ帰してやらないと現地では言われて、二万ドルすなわち七百万円ほど、盗人に追い銭のような形で本国から金を送って、実は追い出されてまいりました。大使館に相談してみましたら、厄介者が来たような形で応対をされてしまいました。その間、私は外務省の事務当局にずいぶん御協力いただいた。その間におけるところの一言一句といえども勝手に企業はやったのじゃない。外務省に文書までつくっていただいたり協力していただいた。その点は事務当局に感謝いたします。通産省も同じような御協力をいただいた。にもかかわらず、最終的にはこういう形で、政府の代表を派遣してくださいと副総理に申し上げた。出そうとおっしゃったけれども、実際は行っていただけなかった。もうこれは仕方がないから、いわゆる投資保険の適用をしてちょうだいという段階になった。追い出されて身ぐるみはがれて法律を適用されたのだから一〇〇%投資保険の対象になります。それは事務当局もお認めいただいておるのです。にもかかわらず、投資保険を適用すると他の企業に対する一切の融資がストップされてしまうので御勘弁をという気持ちが事務当局におありになるわけであります。私は、日本というものは、軍事やあるいはまたあらゆる外交だけではなく、経済の外交においてもこういう主体性を失った形でふらふらしておるとしか思いようがない。歯ぎしりかんで進出の企業は実は泣いております。総理、こういう事態を御存じでしょうか。
○三木内閣総理大臣 経済外交に対して日本が主体性を持つことは当然でございます。経済外交の基礎にあるものは、やはり日本の国益というものを守り、国益をさらに発展させていくということですから、個々のケースに対していろいろな御批判もありましょうが、主体性のない経済外交というものはあり得ないことでございます。いろいろ個々のケースについては批判をされるような余地もありますが、この点はいろいろと気をつけなければならぬ点もあることは事実でございますが、常に日本の経済外交は主体性を持つべきであるということは申すまでもない。
○塚本委員 副総理にお尋ねいたします。
 経過は大分前のことですからお忘れいただいたかもしれませんが、二度にわたって私はお願い申し上げた件でございますけれども、相手方はいわゆるジョイントベンチャーですから、相手は政府なんですよ。こちらは民間会社なんですよ。日本の政府が行かなければ、法律をつくって自由にするのですからどうにもならないのです。しかも、同国に対しては一番大きな投資のチームなのでございますから、政府の代表を出していただきたいと私は二度にわたってお願いして、副総理もお約束いただいたはずでございます。このときに私は痛切に感じたことが一つあります。
 相手の国に言わせると、日本は経済協力をしたと言うけれども、何にも協力してないじゃないか、ひもつきの協力ばかりじゃないかと言って向こうの政府は怒っているのです。やはりそのときに、あくまでも民間投資は民間投資、これは向こうの自由にはなりません、日本の政府から金を借りて投資しているのだから、返すまでは五一%の株を持っておらなかったら返す責任はとれません、だから、それは民間投資だから十分理解してください、そのかわり、いわゆる新興国あるいはまた開発途上国だから別個に経済協力はひもつきでなくてしてあげる、こういうことがなかったら、出ていった企業は全部かたき討ちをやられますよ。だから、世界じゅうから、日本はドル持っておっても経済協力をしない、しておるのは投資のときの金を貸しておるだけだ。だから、これも向こうは協力だというから、向こうの国会でまで日本の会社は実はひもつきしか協力してくれないのだ、日本の政府はと、こうなってしまうのです。それは民間企業の投資というものと、そういった政府からの直接ひもつきでないところのいわゆる経済の無償供与、そういうことをきちっと分けておやりにならないと、各地において悲劇をこうむっております。その点、副総理、どういう御見解でしょう。
○福田(赳)国務大臣 お説のとおりと思います。つまり、無償協力、これはそういう適当な案件があればやる。しかし、企業が進出する、それに対する政府の資金的援助、協力と申しますか、これはそれとは別個の問題であります。
 ただ、御指摘のパプア・ニューギニアの問題です。これは適当な経済協力というか、無償援助とか技術援助とか、そういう案件がなかったのじゃないか、そのような感じがしますが、筋は塚本さんのおっしゃるとおりでなければならない、こういうふうに思います。
○塚本委員 遅きに失したのですよ、副総理。私は、あなたからおっしゃっていただいて、基金の大来総裁においでいただくことまで指名で申し上げた。そのときに、いまおっしゃったように、無償供与は無償供与として、少なくとも日本が戦争で御迷惑をかけた国だから、一億ドルくらいはやはり無償供与のことをしてあげなかったらこの国は成り立ちませんぞ。だから、そういう意見等もあなたは実情調査して聞いておいでになったらどうでしょう。しかし、それと、民間企業は政府から金を借りて進出をするのだから、これに対しては無理を言いなさるな、使い分けてこの事態の円満な解決のために努力をなさったらいかがでしょう。私は、そういうことまで含めて、もし向こうの要望があるならば、春日委員長と塚本書記長が副総理なり総理にお願いしてでもそれはそれで協力をさせていただこう、そういうふうにしていかなかったら、これは出ていった企業がかたき討ちされます。だから、そういう点を私は要望を再三にわたって申し上げたのであります。ついにそれがなされないままに追い出されて、大使館に駆け込んだら、迷惑者が来たというような状態で横向いて、そういうような扱いを受けて歯ぎしりかんできておりますよ。これはいわゆるTPPOだけじゃないのです。マレーシアにおいてもあるいはまた別のところでもパプア・ニューギニアと同じような結果になっておる。しかも、それであって身ぐるみはがれて取られてきながら、保険の適用さえもちゅうちょしておいでになるという状態じゃございませんか。むしろ、日本は協力をすることは協力をする、堂々と政府の代表を直ちに派遣なさって、そのかわり民間を法律で乗り取るなんというやり方はいけませんということで、きちっと、いまからでも遅くないから、解決に乗り出されていただかないと、私たちはこれは黙っておれませんよ。強引に保険の適用を迫っていくという形になってさましたら、経済関係はまずくなります。直ちに事態解決のために、やはり政府の代表をお出しいただいて、その法律の適用をしてください、そのかわり、供与は供与、民間の開発は開発、最初の進出の協定を実現してくださいと政府の立場から忠告を申し上げて、協力してあげることと、そして世界経済のパートナーという立場とを区別をなさっておやりになることが必要だと思います。事態を十分外務省、通産省、大蔵省御承知のはずでございますから、いまからでもそういうふうに乗り出していただくというお約束をしていただけませんか。いかがでしょう。
○福田(赳)国務大臣 非常にこれは込み入った事情のあるような問題のようですが、なお政府においても取り調べ、適当な対策があればそれを進めるということにいたします。
○塚本委員 外務大臣がおいでになりませんから総理に申し上げますけれども、やっぱりそういうときに頼るのは日本の大使館です。大使館が、そんな法律をつくったら国際信義上まずくなるぞと一言ぐらい大使が首席大臣に向かって注意をなさるということが必要だと思いますよ。厄介者が来たという扱いをされて泣いて帰ってくるような進出企業。私が関知しておったからこれは申し上げられるのですけれども、恐らくこのテレビをごらんになった各地の進出企業はまた同じようなことを言ってくるだろうと私は思います。これは外務省としてやってあげなければならぬことをやってないものだから、できるだけさわらぬ神にたたりなしというような態度に日本外交はなっておるのです。だから、防衛問題だけじゃない、経済外交においてもそういう状態があるということを十分御認識いただいて、福田副総理とともに、とりあえずその問題を端緒としまして、私は後から二、三の問題等も御相談に上がりますから、速急に解決をしていただくようにしないと、ただこのまま保険の適用をすれば一切の融資はとまるのですよ。これは経済断交になるのです。だから、それはやっぱりまずいということをお考えになって、総理もその点外務大臣の立場から、副総理よりもっと前向きの答弁をお願いしたいと思います。
○三木内閣総理大臣 福田副総理のお答えいたしましたように、この問題は、実情というものを塚本君熱心に御発言になりまして、われわれとしても事情というものをよりよく理解することができましたから、そういう御発言も踏まえて、各省間で問題を掘り下げてみることにいたします。
○塚本委員 ありがとうございました。ぜひそれをやってちょうだい。もう各省の諸君はずいぶん御協力いただいて、事務のレベルではどうにもできない。局長の諸君は全部知っているのです。五年間かかってりっぱに実が実って、いざ収獲のときに追い出されてきたのですから、こんな悲しい状態は――あるいは日本の国家として屈辱的な事態になった。
 しかし、私は相手を責める気はありません。それは日本がなすべきことをなしていないんだ。事務当局がずいぶん御苦労なさってここまで来たのです。ですから、総理と副総理は十分チームを組んで善処をしていただきたい。お願い申し上げておきます。

第080回国会 予算委員会 第4号 昭和五十二年二月九日(水曜日)
○塚本委員 具体的に進めていただきたいと思います。
 そこでもう一つ、私、国際経済の問題で突っ込んでお話をお聞きしたいと思っておりましたが、時間が次の問題と幾つかありますので、早く次の問題に移りたいと思います。
 一つだけ。私は昨年の十月本委員会におきまして総理からパプア・ニューギニアの問題を例に引いて、外交の自主性のなさ、それはこちらが援助すべきものを全然援助をしていないので、向こうから開き直られても言うべき言葉がなかった。これはいけないことだ。したがって、きちっと無償で日本の政府はかくなるごとく援助をしたいと思う。途上国からはたくさんの材料を仕入れてきております。ところが、民間投資だけに任せておりますから、投資を受けた相手の国におきましては、日本からの援助はひもつきばかりでございます。こう言って怒って、ついにその仕打ちのような形で民間投資の会社が取り上げられてしまった、こういう例を出しました。政府代表を派遣するとお約束をいただきまして、政府代表がおいでになったのです。おいでになったけれども、相手方では、総理だけではなく閣僚にさえも会わしていただけずに、実は素手で帰ってきたと報告だけ伺っておりますが、その後どうなったんでしょうか。
○鳩山国務大臣 パプア・ニューギニアのパームオイルの工場のことだと思います。昨年の十月に塚本先生の御注意がありまして、政府代表が出かけたことも伺っておりますが、その後、接収となった後の補償の問題がいろいろ問題が残っておるということを聞いております。補償につきましては、パプア・ニューギニアの国内法で審査委員が任命をされて、そしていろいろ査定に入っているようでございますが、どうもその金額がなかなか日本の会社の投資額に比べて不十分ではないかという問題を伺っておりますので、これらにつきましては一次的に担当の企業の方で御折衝いただいて、そしてそれが十分解決しないときに外務省として何かできることがありましたならば御協力を申し上げたい、こういう状況でございます。
○塚本委員 中身なんかそう大した問題だと――私は本委員会で大げさに取り上げる問題ではないかもしれません。しかし、政府の代表がわざわざ現地に行きまして、総理のみならず一般閣僚にも面会することができずに帰ってこられたというこの事実を、総理何とお考えになりますか。
○福田内閣総理大臣 私は、企画庁長官のとき塚本さんからそのお話を親しく承りまして、当時は大変事情には詳しかったのですが、その後のいきさつは実は承知しないのです。そういうようなことで、いまわが国の特使が向こうの閣僚にも会えなかったというようなことについては承知しておりませんけれども、そういうことであったとすればまことに遺憾なことである、かように存じます。
○塚本委員 外務大臣、いまごろおいでになっても相手方は逃げるかもしれませんぞ、きちっとソマレ首席大臣が帰ってくるときを見計らって行きなさい、こういうことで、大丈夫でございますという返事で、それでわざわざ政府代表がおいでになったにかかわらず、相手を見下げるつもりはありませんけれども、一国を代表し、本院でお約束をなさった政府の代表がおいでになって、二百万の人口の国の総理だけではなく一般の大臣にさえ会うことができずに政府代表が帰ってきたということは恥ずかしいことだと私は残念に思っております。きちっとそのことをソマレ首席大臣に話をなさって、そうして、私たちはいままで無償援助はしておりませんでした、これからこういう援助もさしていただこう、ましてや戦争中にパプア・ニューギニアにおいてはたくさんの御迷惑をかけた、そして万を数えるところの先輩も亡くなっておる、だから政府として協力をすべきことはこれこれでございます。しかし、民間投資会社を法律によって黙って召し上げるというやり方は、これはいけないと警告を何度も発しておったはずだから、きちっとそのことは協力することはする、そして民間投資は民間投資、けじめをつけなさいということで出ていただいたのです。それがなされずに、こうしてその賠償の問題のいい悪いということで議論をしなければならぬことはきわめて残念。先ほど申し上げたように、外交というものがなすべきことがなされていないからこそ、実は言うべきことが言えないのではないか。私は外務大臣に強く御要望申し上げておきたい。担当局長にもおいでになるときにきちっと御注意申し上げたはずです。お出になるときに大使にまで出発には事情は御説明申し上げたはずです。うるさいから会わせずに追い返したというやり方が駐在大使のやり方ではないかとさえも私は悪推量いたしております。一体日本の外交、これでよろしいのでしょうか、その姿勢をお伺いしたい、外務大臣。
○鳩山国務大臣 私も、外務省に参りました前のことでございますので、自信を持って申し上げるわけにいかないわけでございますけれども、向こうの担当大臣に会えなかったという事実も伺っております。先方ではいろんな理由を設けておるわけで、その事実がどうかということも私自身自信があるわけではございませんけれども、そのようなことが民間企業に対しましていろんな御迷惑をおかけするというようなことになりますとこれは大変でございますので、今後ともそのようなことのないように努力をいたす所存でございます。
○塚本委員 このことについては、ひとりわが国だけではないのです。世界銀行とのジョイントベンチャー、合弁のいわゆる向こうの政府はいま計画があるんです。私は、このことの経過の途中において、ワシントンで世界銀行にも会ってきたんです。アジア局長は、まことに現地のやり方はけしからぬ、私からも注意いたしますとして注意してくださったんです。本月の二十二日にはわざわざアジア局長が私を訪ねておいでになることになっているのです。世界銀行みずからがこのやり方は間違いだと言って、そしてわざわざ御注意なさったけれども、法律によって取り上げた。だから心配なさって、この国に融資すべきかどうかについてわざわざ世界銀行のバトー・アジア局長が私を訪ねておいでになることになっている。世界銀行でさえもそこまで御心配なさっておいでになるのにかかわらず、日本政府がこの態度なんです。日本の外交というものは場当たりでもって、いま大臣がいみじくもおっしゃった、私のときでありませんので確信を持っては申し上げられませんとおっしゃったように、閣僚が次々とおかわりになり、担当局長さんが次々とおかわりになりまするから、その都度私は御注意と御説明を申し上げておってこんな始末になったんです。この点は、大臣がきちっとその点の姿勢を正していただきまするように私は強く御要望申し上げます。総理から一言御発言いただきたい。
○福田内閣総理大臣 あのようなことが再び起こらないように最善の努力をいたします。
○塚本委員 通産大臣、その企業についてはきちっと、いまや投資保険をかけて、きちっと手続が進んでおるようでございます。担当局長はそのように作業をなさっておいでになりますが、きちっとそういう適用をして、そうして所要の各金融機関等の手続と、法に定まったいわゆる保険の手続等をなさることをここでお約束いただきたい。
○田中国務大臣 お答えいたします。
 本件に関しましての外国政府の接収等によりました企業に対しまする損害に対しまして、海外投資保険の法令の約款の定めるところによりまして保険金を支払うべきものと考えます。この点ははっきりと前向きに処理いたすことをお約束いたします。
○塚本委員 幾つかそういう問題がいまできてきておるのですから、この点時間がございませんから、こういう個々の例だけ申し上げておったら話が進みませんから切り上げさしていただきますが、援助は援助として、政府は、南北問題あるいは途上国問題と世界から指摘されるような状態にはならないようにきちっと御協力、特に日本の国は材料を分けていただかなければならないのですから、彼らが本気になって怒ったら、日本の経済の根幹が揺るぐことは御承知のとおりです。だから、協力すべきものはきちっと他の国から非難を受けないようになさい。それでないと、言うべきことが言われなくなる。この基本原則が一番問題です。パプア・ニューギニアの事件はその一つの例として私は注意深く見守っておったので申し上げたのでありまして、そのほかに幾つかあります。ウランの輸入の問題もあります。いろいろな問題があります。しかし、いまそれを取り上げておったのでは時間がなくなってきますので、十分にそのことだけ御注意を申し上げておきます。いかがでしょう。
Mr Sasakawa and Sir Somare [2014年05月15日(Thu)]

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In December 1970 Sir Michael Somare visited Japan with an invitation from the late Ryoichi Sasakawa. Mr Sasakawa arranged a meeting with the Prime Minister Eisaku Sato. Sato is the granduncle of the current Prime Minister Abe, who is going to visit PNG next month.
Mr Sasakawa was the only person in the world who supported Sir Somare's election in 1972. Please see all details in the book of "Sana: An autobiography of Michael Somare " http://www.amazon.com/Sana-An-autobiography-Michael-Somare/dp/0701682221
明日からバヌアツICT Day 開催 [2014年05月15日(Thu)]


2014, we are putting up a computer lab for users to have a hands on experience on ICTs, Free Wi-Fi at Seafront for 2 days, exciting panel discussions, presentations and more. Our biggest give away price is the essay competition for secondary school students throughout Vanuatu, where the winner will travel to see the launching of the Kacific satellites into the space (and will be the first person from Vanuatu to experience this) and the runner up will visit a factory where satellites are assembled, thank you Christian and your team at Kacific Broadband Satellites for this massive contribution to boost the event!
(以上バヌアツ政府からのご案内文)

詳細なプログラムは下記ご参照くださーい。
http://ictday.gov.vu/
豪州の鼻をあかしたGrand Chief ソマレ閣下 [2014年05月14日(Wed)]
2002年に再選されたソマレ閣下は2011年4月まで長期政権を維持した。
最後に日本を訪ねたのが2010年3月。
その間に大きな動きがあったのが天然ガス開発である。

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当初、パプアニューギニア高地で採掘された天然ガスをなんと海底パイプラインで豪州の北部クイーンズランド州にもってくる話が進んでいた。この話がポシャったのが2006年。そしてパプアニューギニアは、ソマレ閣下は日本の投資で、このパイプラインをパプアニューギニアの首都ポートモレスビーに引っ張ってきて輸出する事にしたのである。
上の図をご参照下さい。

この、国運をかけた大事業の裏で何があったのか?
豪州の北部クイーンズランド州関係者や、当初の案を進めていた関係者はパプアニューギニアの、ソマレ閣下の心変わりに恨みを抱いているような話も立話だが聞く。
この天然ガス、ガスなので遠くに運搬できない。それがマイナス160度にすると液体になるんだそうだ。しかし、この作業は高度なインフラが必要となる。豪州ではなく、パプアニューギニアの首都にそれを作ろうという話だ。
現在ポートモレスビーは開発の嵐。

ソマレ閣下の心変わりならぬ、英断、勇断を支えたのはどうやら日本企業のようである。
JX日鉱日石開発の記事を見つけた。

前略 ー LNGプロジェクトは、必要ガス埋蔵量の確保、 信頼性の高い液化設備建設、LNGの長期販売先 の確保、巨額となるプロジェクト必要資金の調達 などの条件がすべてそろって初めて実現できるも のです。そのため検討段階では、これまでLNG プロジェクトの開発実績の無いパプアニューギニアでプロジェクトが実現できるか危ぶむ見方もあ りました。しかし、日本の買い主(東京電力と大 阪ガス)との間で長期売買契約が締結されたこと、 液化設備のEPCを日本のエンジニアリング会社
(千代化と日揮)が受注したこと、国際協力銀行 (JBIC)をはじめとする銀行団からプロジェクト ファイナンスベースでの融資供与が決定したことなどにより、事業化実現にたどり着けました。(J X 開発 飯田信康副社長)ー 後略
JOI 2013.3より https://www.joi.or.jp/

エネルギー分野これも全く素人なのでよくわかりませんが、45年前に笹川良一名誉会長がソマレ閣下の独立運動を支えた成果が現在の日本のエネルギー安全保障にも繋がっているのではないだろうか。
他方ブーゲンビル島の事も頭をよぎる。急激な開発、急激な現金収入は必ずしも人々の、コミュニティの、そして自然環境への悪影響を免れない。構造的暴力に加担しないよう、日本企業始め日本政府、そして消費者もこの親日国家パプアニューギニアへ多角的な支援をしていく必要があるであろう。

お弁当 [2014年05月12日(Mon)]
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お弁当と言えば、ご飯の上に鰹節と海苔をおき、隅の方にソーセージとか唐揚げ、ハンバーグ。そしてトマト、キュウリ等々を入れる。これこそお弁当だ。
ニュージーランドの学校に給食はない! お弁当作りは日課である。
当初は日本式お弁当を作っていた。時にはソーセージでタコや蟹をまで作り、海苔を細く切って、アルファベットをあしらったりしていた。
娘も喜んでいた。


しかし、周りでこんなことをしている生徒はいない事に娘は気づいた。
いつの間にかリンゴ、バナナ、サンドイッチ(たまにおにぎり)、スナックバー、ポテトチップ、を詰めるだけになってしまった。

昔、せがまれて買ったキティちゃんのお弁当箱も、見向きもしない。
で、お母さんが使っています。
今日のお母さんの弁当はバナナ、リンゴ、スナックバー、です。
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