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『エンリケ航海王子』金七紀男著 [2013年12月26日(Thu)]
期待しないでついでに買った本が期待に外れて面白かった時ほどうれしい事はない。

『エンリケ航海王子』はそんな本である。

グロティウスの自由の海につながるポルトガルとスペインの2極支配。
特に地球の上に勝手に(いやキリスト教の神の名において)引いた2本の線は現代の議論されている「境界」の原点ではないか、と考えている。
2本の線とは、大西洋を上下に走るトルデシリャス条約(1494年6月7日)とその後マゼランの航海で地球が丸い事を知り、線が一本だと足りな事に気づいて引かれたサラゴサ条約(1529年4月22日)。これについて調べたく、和文資料を探したがない。
みつけたのが『エンリケ航海王子』であった。
ちなみにサラゴサ条約は日本の上も通過している。

エンリケ航海王子は1394年生まれ。ポルトガル、スペインの大航海時代が始まる前の人物である。
彼の時代にこの2極支配の基盤が作られた。
この本で明示されているように、奴隷や植民地化の正当性がキリスト教、ローマ教皇に求められている点はその後の西洋諸国の植民地拡大政策につながる。そして、グロティウスがキリスト教の予定説を部分批判した事、そしてその事によって勾留、追放された事にもつながるのではないかと想像している。
現代の国際政治のやり取りが、ポルトガル・スペインの2極支配に対する、オランダの略奪行為の正当性、即ち国家主権の概念や、国際法と神の領域の設定にある、という視点がどこかで議論されていないだろうか、と思って資料を探している。
ミクロネシア地域がスペインからドイツに渡る時も、ビスマルクとローマ教皇の興味深いやり取りがある。

それからこのエンリケ航海王子、結構有名らしく司馬遼太郎や和辻哲郎も取り上げている。しかし著者はこの2人の説は残念ながらは間違いである、と一刀両断。
司馬遼太郎は、ポルトガルを訪ねた際、エンリケが建てたという伝説の世界初の航海学校はあったに違いないと記しているが、それは伝説にすぎなかった。でも伝説が必要だった事も書かれている。
和辻哲郎は『鎖国』の中でエンリケを取り上げ、日本が太平洋戦争に負けたのはエンリケ航海王子のような精神がなかったからだと主張してるらしいのだが、残念ながら「エンリケは中世的なものに抗ったのではなく、ただひたすら中世的なるものを追い求めた末に「大航海時代」という「近代」の扉のひとつを開いたのであった。」(本文182ページより)と著者はこれも一刀両断。和辻が主張する「エンリケの精神」とは全く反対の精神が近代化を導いた事を指摘している。

さて、トルデシリャス条約とサラゴサ条約条約を巡る資料。これも英文を探さないとだめなのだろうか?ご存知の方がいればご教示ください。
やっぱり気になるPPBP [2013年12月25日(Wed)]
2008年5月、笹川平和財団がミクロネシアの海洋安全保障をやろうと決めたのは、偶然にも冷戦後太平洋の海洋安全保障をPPBP(Pacific Patrol Boat Program)で一人守ってきた豪州王立海軍が、「もうやってられまへん」と宣言したのと同時だった。
このあまりの偶然に、豪州及び太平洋は一瞬騒然となった。笹川軍団が日本が侵略して来る、という嘘のような噂が流れた。そして豪州はすったもんだの挙げ句、方向転換をしてPPBPを継続する事になったのである。(詳細は弊ブログをご参照ください。https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/834

しかし、あんな大きな船を島嶼国に供与しても燃料代もないし、メンテもできない、動かす人もいない。それに豪州自体、好景気を支えていた鉄鋼業が頭打ち。つい最近も唯一の自動車産業が廃業(ホールデン)でも政府は打つ手なし。加えてドル高の影響で輸出産業も期待できないという典型的オランダ病。そんな豪州政府に、新たに22隻もの船を製造する金があるの?という疑問はあった。

答え。ないらしい。正確には上記の疑問の解決策はまだないらしい。
オーストラリアらしい、と言えばオーストラリアらしいが、こんないい加減でいいの?


最近、豪州海軍のこのPPBPの将来を検討する方とお話しする機会があった。
私「豪州海軍は1万3千人。日本の海保と同じくらいなのですが、これで太平洋、アジア、インド洋まで守ろうとするんですから、量より質ですよね!やっぱ!」(リップサービスも兼ねて)
豪州海軍「1万3千?、フフ。いや今はどんどん減って1万1千になっている。それに軍事力は量である。先日ニュージーランドの潜水艦を動かす人員が足りず、我豪州海軍から8名ほど派遣したばかりである。」
私「そっ、そうなんですか!(どうつくろうか迷った挙げ句)まあペンギンははミサイル飛ばしてきませんし、アラザラシは核開発する可能性ないですからね!」ジョークを飛ばし笑ってもらえた。

オランダ病どころではない。豪州の軍事力は弱体化しているのではないか?
脅威は人間を強くする。ここが日本と、ペンギンやアザラシしかいない南極近くのオーストラリアと違うところ。
日本の海保の人員は増加傾向のようだし、防衛省、海保とも予算は増額の傾向。それどころか、フィリピン、ベトナム等々近隣諸国への海洋安全保障能力強化支援を安倍首相自ら表明している。

弱体化するオーストラリアをほっとけ、という訳にはいかないと考える。
前述した通り、日本がしかもNGOが何かやる前から、豪州はパラノイア的に反応するのだ。戦前からある日本への脅威は払拭されていない。
加えて戦後沈黙を守ってきた(強いられてきた?)日本と違い、豪州は太平洋島嶼国の親分としてのさばって来た歴史が、意地が、プライドがある。これを刺激しないように日本は太平洋に出て行く事が肝腎だ。ビスマルク的バランサー感覚とでも言いましょうか。

偶然今朝見つけたオーストラリアの海洋安全保障専門家のアンソニー•ベルギン節。
「MIKTA? MIKATって何よ。オーストラリアをメキシコ、トルコ、インドネシア、韓国と一緒にしないでよ。豪州外務省に自尊心の欠片もないの?? 」と怒り狂っている。
豪州のプライドを見せつけられた感じだ。



MIKTAとはRepublic of Korea, Mexico, Indonesia, Turkey and Australia 今年の国連総会で形成された"ミドルパワー”諸国グループらしい。




『日本帝国と委任統治』南洋群島をめぐる国際政治1914-1946 等松春夫著 [2013年12月23日(Mon)]
『日本帝国と委任統治』南洋群島をめぐる国際政治1914-1946  
は以前より気になっていた資料である。
この本の基本構想が以前ご紹介した『南洋群島と帝国・国際秩序』浅野豊美編集  の一章に納められている。

第一世界大戦後、日本がミクロネシアにどのうように関わってきたのかは、今後日本が同地域にどのように関わっていくべきを検討する時、非常に大事な歴史である。
しかし、等松氏も指摘しているようにこの分野の研究は少ない。

興味深かったのが以前よりこのブログで取り上げているヤップにつながる海底通信ケーブルに関する詳細な協議内容の記述である。
それから、第2次世界大戦中にドイツとの同盟を締結する課程での、南洋群島を巡る協議内容である。今日本人が見向きもしないミクロネシア諸島は当時海軍にとっては戦略的な、海の生命線として確保しておきたいという、ドイツとの同盟を締結する主要な動機であったという箇所である。

それから、一点不思議だったのがドイツ南洋統治史を書いた高岡熊雄氏の資料が参照されていなかった事である。当時の日本の指導者は、新渡戸稲造以下ドイツの政治、学問に傾倒していたはずだから、ドイツの南洋統治は高く評価していたのではないか。

最後に、南洋群島を巡る当時の日米豪の不信感醸成は、今の当該地域の海洋安全保障環境にも見られる。
で、日米豪の一層の情報交換と意見交換をする必要を感じた。
些細な事だが、今日もこれからPPBPに関する情報を豪州王立海軍に送ろうと思う。
2008年から始めた太平洋の海洋安全保障。もうすぐ7年目に突入する。2、3年で交代する豪州王立海軍(どこも同じだが)より自分が知っている事がけっこう増えてきたのだ。
『平和の条件』ー ウィルソンはんとトルーマンはんのせいどす [2013年12月20日(Fri)]
「なんでこんな小さな島国に200海里を持たせたのかしら」
某会議での有識者のコメントである。思わず
「それは、ウィルソンはんとトルーマンはんのせいどす。」
と無識者の私は心の中でつぶやいた。

とはいえ、トルーマンは、米国は、戦前アラスカに進出してきた日本の遠洋漁業対策が目的で主張したのであって、(詳細は弊ブログ「ブリストル事件」をご参照ください。)小島嶼国や小国に200海里を持たせる気はなく、慌てて反対したようである。
他方、戦後の脱植民地化の中で誕生した主権国家ー小国郡とそれを押す中規模国家の勢力(多分NZと豪州あたりでは?)に、大国は勝てなかったようである。

ではなぜ、千人、一万人規模の主権国家、小国が誕生したのか。
乱暴に言えば、ベルサイユ平和会議でウィルソンが唱えた「民族自決」のせいである。これを批判したのがE H Carrの『平和の条件』。
百瀬宏著『小国』の181ページ辺りにこの本で議論されているCrisis of Self-dteminationがまとめられている。『平和の条件』京都府立図書館に持ち出し禁止書籍としてあった。

この『平和の条件』。終戦を迎える数年前、1942年に書かれている。日本語訳は1946年、研進社というところから。
不思議な事に翻訳はこれっきりのようで、古書は1万円位する。連合国側の戦後展望の基盤となっているはずの同書の翻訳が更新されていないのは不思議である。もしかしたら『危機の20年』より重要な本ではないか。ネットで検索しても書評も見つからず、あまり議論もされていないようなのだ。私が見落としているだけかもしれないのでご教示いただければ幸いです。

Crisis of Self-determination ー カーの難しい議論を誤解を恐れず乱暴にまとめると、軍事経済力の裏付けがない小国は存在してはならない。民族自決を否定はしていない。しかしそれを国家と結びつけるのは現代では無理がある。それが露呈したのがベルサイユ以降。
民族自決は大きな政治的単位の内部で、即ち軍事経済以外の政策に応用する事ができる、と言った話。
カーの忠告を無視して、太平洋には民族自決を望む、経済軍事力の裏付けがない主権国家ー小島嶼国がたくさん誕生した。そしてその主権は200海里を主張する根拠につながる。
だからウィルソンはんとトルーマンはんとせいだと思うのだが。

太平洋島嶼で軍隊があるのはトンガ、パプアニューギニア、フィジーの3カ国だけ。ここに中国との軍事関係が構築されつつある。これはまた別の議論だが。
他の国は法執行機関があるが、数十人規模の海上警察で200海里を管理する事は不可能である。
ではどうするのか?

現実には国家としてやっていけない、さりとて旧宗主国に組み込まれるのはお断り、と言った小規模民族集団に対応したのが「自由連合」であるはずなのだが。もしくは英国連邦の枠組みか。
民族自決は尊重しながら、軍事経済を大国が支援していく。そんな図柄がぼんやりと見える。
『平和の条件』原文で読むしかないようだ。
台湾海軍パラオ台風災害支援 [2013年12月19日(Thu)]
大型台風ハイアンがパラオに残した爪痕は10億円以上の被害になるようである。
死者、負傷者はいなかったものの、北部カヤンゲル島は打撃的被害で、復旧作業は遅れている。

その中で台湾海軍2隻が支援物資を積んでパラオに到着した、とのニュースがあった。

中和艦と昆明艦の2隻。
160トンの支援物資の内訳は
・プレハブ仮設住宅44戸分
・給水塔
・米
・インスタントラーメン
(上記支援内容は下記のウェッブを参照させていただきました。)
http://ameblo.jp/help-palau/entry-11728846722.html

それからこんな英文の記事もあります。
"Navy vessels reach Palau with prefab houses"
By Joseph Yeh , The China Post, December 19, 2013
http://www.chinapost.com.tw/taiwan/national/national-news/2013/12/19/396309/Navy-vessels.htm

台湾、やるじゃなかと思っていたら、レメンゲサウ大統領のインタビュー記事がRadio Australiaに掲載。
「今回の台風被害に直接手を差し伸べてくれたのは、台湾と日本です。」
http://www.radioaustralia.net.au/pacific/2013-12-19/palaus-president-calls-for-more-international-help-after-typhoon-haiyan/1237422
誤解を恐れずに言えば、平時の軍事力の動きは、災害支援や違法操業監視とかそんな機会を生かす必要があるように思う。そして台風より前から、大陸からの接近を睨んだ台湾のパラオに対する動きは活発になっている。

ところで、台湾と外交関係のあるパラオ。ここに中国大陸の支援が入ったらニュースである。
今ニュースとなるのは自由連合協定を締結し安全保障を管理しているはずの米国の役割がパラオ大統領の口から出てこない事である。

台風通過直後パラオの首都コロールからカヤンゲルに向かったのは豪州は支援したPacific Patrol Boat である。グアムや横田辺りから米軍が支援した様子はない。
そもそもパラオのインフラ自体が米国支援でできているので、米国が何もしていない訳ではない。
大統領のコメントはいささか政治的なにおいを感じる。
即ち、パラオの安全保障に責任のあるはずの米国への牽制。

それから先週横田基地から米国の支援はある事はあった。
「クリスマスドロップ」*
http://amview.japan.usembassy.gov/operation-christmas-drop-j/
戦後62年間続いた米軍によるミクロネシアの離島への支援。
しかし、これが台風災害に対応しているか、疑問である。
*在日米軍司令部ツイッターより「オペレーション・クリスマス・ドロップはミクロネシアの各島々に食料やおもちゃなどの物資をC-130機からの空中投下で届ける活動で毎年12月に横田基地の第374空輸航空団とグアム・アンダーセン空軍基地の第36航空団が一緒に行っています。」

太平洋での米国の安全保障能力を弱めてはいけない。かと言って米国の財政難や内向きな姿勢をただす処方箋もない。
かつてニミッツ司令官が日本から奪い取ったパラオであるが、ここは日米の協力でパラオ、いやミクロネシア全体への支援を戦略的に展開する時期に来ているのではないか。
パラオ大統領の訪日 [2013年12月11日(Wed)]
12月1−4日にパラオのレメンゲサウ大統領が日本財団の招聘で来日。
下記インターネットにあった情報を拾ってみた。



レメンゲサウ・パラオ大統領による表敬-平成25年12月3日
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg8941.html

パラオに2隻目の小型警備艇/大統領出席して調印式 [2013年12月04日(Wed)]
https://blog.canpan.info/nfkouhou/archive/197

日本財団笹川会長ブログ
https://blog.canpan.info/sasakawa/archive/4317

日本財団とパラオ共和国レメンゲサウ大統領による「海上保安能力強化支援プロジェクト調印式」
http://www.nippon-foundation.or.jp/news/pr/2013/58.html

パラオ共和国における日本丸代替船支援プロジェクト
http://www.cajs.or.jp/project/project_131204.html


それから、これは全く知らなかったのだが、前回の台風被害で日本政府からの支援が200万円であった事に対しソーシャルメディアで呼びかけがあり、2千万円近い寄付が在日パラオ大使館に寄せられたとのことである。(参考「親日パラオに草の根義援金 台風30号被害、支援拡大」 産経新聞 12月3日)
台風の被害総額は約1.5億円。
ブリストル湾事件ー it’s not just about fish! [2013年12月09日(Mon)]
250px-Bristol_Bay.png


オーストラリアのケアンズで開催されていたWCPFCの会議が終了した。
評価は低いようであるが、漁業資源の最大消費国日本が、PNAの枠組みでフィリピンと共に漁業資源捕獲削減の方向を示した事は、太平洋の過去20年の歴史上始めての事であるらしい。
ここら辺は明日からPEW, FFA. PNAの皆さんとお会いするので情報収集してからまたご報告したい。

このWCPFCの会議。"it’s not just about fish !"と締めくくった、オーストラリアのベルギン博士のブログが送られてきた。

”Pacific fisheries diplomacy”
http://www.aspistrategist.org.au/pacific-fisheries-diplomacy/

違法操業、漁業資源問題、確かに事は魚だけで済まないのである。
10月琉球大学で開催された「島と海」のシンポジウムに参加した時、2時間近く寺島常務とお話する機会を得た。相手は海洋問題の世界的大家。こちらは海洋問題5年目の幼稚園生(幼稚園生に失礼かもしれないが)。冷や汗をかきながら「200カイリ議論をきっかけはトルーマンですよね。その米国がUNCLOS批准しないとは。。」と知っている限りの事を話す努力も。。
寺島常務から意外な情報が。
「トルーマン宣言*を引き出したのは戦前の日本の遠洋漁業なんです。トルーマン宣言は終戦1ヶ月後の1945年9月28日に発表された。200海里議論を生み出した原因は日本漁業にある、とも言える」


この話、それほど広く知られていないらしい。
それでグッグてみたら下記のペーパーを見つけた。
「日米漁業摩擦の起源とその背景:いわゆる「ブリストル湾事件」に関する素描と一考察
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/24155/1/47(1)_P13-29.pdf

「ブリストル湾事件」ー 当時日本ではほとんど話題にされていなかったそうだが、米国では日本の侵略!と大事件だったそうである。当時の日本国内の資料が敗戦で紛失されているため、上記のペーパーは米国大使館の公電等を調べて当時の状況を描き出している。
日本側も当時の政情、米国の懸念を配慮し調査船2隻を出すに留めた。しかし米国反応は過剰で、報道も歪曲されていた。2隻の調査船に対し、101隻との報道がされている。
なぜ日本は米国の懸念を無視し2隻の調査船を出したのかを日本国内の漁業独占競争問題を取り上げ分析している。また当時の米国の経済状況と対日批判に繋がる日本経済の脅威も書かれている。

当時の日本の水産業が、現在の中国のそれに重なって見えてしまうのは、当方がまだ幼稚園生並の海洋知識しかないためだと思うが、何はともあれ it’s not just about fish! である事は確かなようだ。


*トルーマン宣言
引用「日米漁業摩擦の起源とその背景:いわゆる「ブリストル湾事件」に関する素描と一考察
米国のトルーマン大統領は大陸棚および漁業水域に関するこ つの宣言を出した。このうち大陸棚に関する宣言は「自国沿岸に続く大陸棚の開発利用は原則として水深 200メートルの地点まで沿岸国の管轄権に属せしめるべきである」という内容であり,保存水域に関する宣言は「自国沿岸の漁業資源の維持保存をはかるため沿岸国は領海の外側に一定 の水域を限り,この水域での外国漁船による乱獲を規制するための管轄権を沿岸国に認めるべき である」という内容である。

ブリストル湾事件に関しては英語の文献も確認する必要があるであろう。例えばこんなのを見つけた。
"On the brink of war – the 1937 Bristol Bay salmon crisis"
by Shady Grove Oliver, KSTK News
March 21, 2013 3:46 pm
http://www.kstk.org/2013/03/21/on-the-brink-of-war-the-1937-bristol-bay-salmon-crisis/
専業主婦と貧困問題 [2013年12月08日(Sun)]
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「米国は日本の女性の地位が低いとか言うけど、関西のおばちゃんパワーを見てみなさい。日本には日本の価値があって、女性もそれなりの地位を持って来たんです。」
海洋政策を語っていた時に、男性の上司から出てきたコメントである。
ご本人の安全のためにお名前は伏せておく。

関西行きの飛行機に乗った時「関西のおばちゃんパワー」に硬直した経験が何度もある。
無位無官、無収入の専業主婦。そのパワーは筆舌に尽くし難い。
経済学でもGDPに出て来ない専業主婦の経済効果を無視してよいのか、という真剣な議論があるらしい。

それで思い出したのが、ご主人の仕事の都合で島国生活4年目に入った専業主婦の友人の話である。
メイドさんや庭師、玄関番がいる生活だが、苦労も多いようである。
玄関番は常に居眠りをしている。メイドさんは平気でモノをもって帰る。
それから借金をよく頼むらしい。
人を変えても状況は変わらない事を学ばれたようである。

友人「貯金を教えているの。」
私「えっ、銀行に連れて行くの?」
友人「ちがうちがう、ビンに毎月のお給料から少しずつ貯金させるの。お金が必要になった時にそれを渡すわけ。」

無位無官、無収入の専業主婦はスゴイ。貧困問題対策のルーツを見るような気がした。
世銀、アジ銀は専業主婦に学べ。

私も経験がある。島に住んでいる祖父母が病気で急に帰国しなければならないから飛行機代を貸して欲しいといわれ、貸したお金は戻ってこなかった。
島人。確かに貯金というアイデアが薄いかもしれない。
江戸っ子と同じで宵越しの金は持たねえ。
なぜか?
友人によれば大家族で相互扶助のシステムがある事。即ち困っていれば誰かが助けてくれる。また困った人がいれば自分が助けなければならない。
私のモノはヒトのモノ。ヒトのモノは私のモノ。
だからメイドさんが「あら、これステキ。」と持ち帰っても、置いておく当人が悪いという事になるらしい。貯金も必要ない。
マックス・ウェバーだったらどのように分析するであろう?
人間社会の、究極的理想的形態と言うような気がする。

「貧乏人の経済学 - もういちど貧困問題を根っこから考える」が2011年に発表され話題になっていた。
なぜ貧困から抜け出せないのか、多くの事例を示している。手っ取り早く知りたい人は下記のTEDに筆者の講演がある。

「エスター・デュフロ: 貧困に立ち向かう社会的実験」
http://www.ted.com/talks/lang/ja/esther_duflo_social_experiments_to_fight_poverty.html

無位無官、無収入の専業主婦。経済、政治的視点からの研究は急を要するかもしれない。
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ヴェーバー [2013年12月04日(Wed)]
小室直樹さんの著書で知った『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』。
実は10年ほど前に入手したのだが、どうせ読んでもわからないと思って開いた事はなかった。
しかし、ビリオネラーと知り合いになったり、経済開発論を扱うようになって、やっぱり読まなきゃと思って読み出したら面白くて3日程で終了した。
猿でもわかる、音大生でもわかる(というと他の音大生に失礼かもしれませんが)「プロ倫」です。

読めたからと言って理解できた、という訳ではないが、Wikipediaに書かれている内容より本書の方がわかりやすい。

キリスト教、金儲けや利子収益は悪い事である。なぜ悪いかというと享楽的生活、無駄な時間を過ごす事になるから。神に選ばれた民、即ち予定説を信ずる者は禁欲的生活をしなければならない。禁欲的生活とは天職を全うする者である。禁欲的に天職を行うとお金が貯まる。金儲けが究極の目的ではないので、儲けた金は世の中のために使う。自分の享楽のために使っていけない。
ただし、基本となる予定説がどこかで抜け落ちる。その後キリスト教の宗教的信仰も倫理性も抜け落ちて、ひたすら金儲けが、即ち資本主義が王道を走る。
これがベンジャミン・フランクリンの「時間が貨幣という事を忘れてはいけない。」で始まる言葉となって表象されている。

本書最後の下記の言葉はウェーバーのものであろう。
「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無の者は、人間性のかつて達した事のない段階にまで登りつめた、と自惚れるだろう」

しかし、この本を理解するのに重要なのは訳者解説にあるように、ウェーバーが儒教、道教、ヒンズー教、仏教等々宗教社会学研究をし、この広大な比較宗教社会学のなかにおいて理解しなければならない、ということである。

ウェーバーは決してプロテスタンティズムが現代の資本主義を生んだ、と言っていないのである。


ところで、日本の勤勉主義。速水融さんの「勤勉革命」や、小室直樹さんの『信長 ー近代日本の曙と資本主義の精神ー』を勉強すればわかるかもしれない。
ただ、ふと思い出したのは飛行機の中で偶然観た『あかね空』(山本一力)というお豆腐屋さんの映画である。
勤勉な2人のお豆腐屋さん。一人の息子は日本橋で人攫いにあって後にヤクザの親分に。もう一人の息子は博打で借金を。
この2人の息子には「心情のある享楽人」の姿が見える。つなりそうなってしまった背景が理解できる。
勤勉な豆腐屋の父親は2人とも悲しい死を迎えるのだが、豆腐作りに命をかける姿は「精神に満ちた専門人」だ。
そしてなぜか映画を見終わった時、登場人物全員が救われたような気がした。