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戦後の日本と太平洋を結んだ偉人ー笹川良一、大平正芳、五島昇 [2011年07月31日(Sun)]
戦後の日本と太平洋を結んだ偉人ー笹川良一、大平正芳、五島昇

 原発事故で改めて認識していることは、戦後の日本の対太平洋政策が原発政策と関連していることである。
 80年代は、核廃棄物の海洋投棄が問題となり、中曽根首相が太平洋諸島を訪ねた。
 1997年に突然始まった「太平洋島サミット」。背景には1992年から開始したプルトニウム、高レベル放射性廃棄物、およびプルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料といった放射性物質の海上輸送に対する太平洋島嶼国政府の反発を封じ込める目的がある。

 日本の政策なき太平洋島嶼国支援を憂慮された笹川太平洋島嶼国基金2代目運営委員長渡辺昭夫教授が、政策を協議策定する勉強会Pacific Islands Policy Study Committeeを立ち上げた。渡辺昭夫先生は言わずと知れた大平正芳元首相の「環太平洋構想」勉強会チームで島嶼国を担当されていた方である。
 この勉強会ーPacific Islands Policy Study Committeeの成果は、日本財団笹川陽平会長(笹川太平洋島島嶼国基金初代運営委員長)が2008年に発表した海洋に主眼を置いた「太平洋共同体」構想に反映している。

 このように考えると、戦後日本と太平洋の関係を真剣に考え取り組んだ3人の偉人が浮かび上がる。笹川良一、大平正芳、五島昇だ。

 太平洋諸島を回ると実感するのが、「笹川」の看板なしでは仕事ができない事である。
 私のような馬の骨が、太平洋を訪ねても、
「笹川の者です。」といえば、
「ああ、ササカワ」と言って急に歓迎ムードになる。
 それほど現地でその名前は知られ、信頼と期待がある。
 メディアは本当の姿を書こうとしないが、パプアニューギニアの独立を支えたのも、日本とトンガ王国との関係を築いたのも笹川良一名誉会長である。

 大平元首相の環太平洋構想は当初Pacific Ocean Communityと本人が英語で名付けた。本省主計局主査で南洋庁を担当していた大平が島に関心があったことは明白である。1988年に開催された『太平洋島嶼会議』は大平正芳元首相の念願を叶えたものである、と聞いている。そして翌年「笹川太平洋島嶼国基金」が設置された。

 そして東急の五島昇氏だ。
 笹川陽平会長から五島昇氏が、フィジーの離島を購入し環境保全が可能な観光開発ができるまで手つかずにしておいた話しを伺っていたが、たまたまウェッブにそのことを詳しく説明されているのを見つけた。
 フィジーのカミセセ・マラ初代首相との約束だったようだ。

――欧米型の開発事業だと、優れた場所でもリゾート地にして30年も経てば俗化してだめになってしまう。もっと息の長い観光開発はできないものかと頭を痛めた。昭和43(1968)年、フィジーのラツ・マラ首相に会う機会があった。彼は「ザ・パシフィック・ウェイ」という言い方で、環境保全を最優先しそれを守れる範囲でしか開発を認めないという考えを繰り返し説明した。我々とかけ離れた価値観に衝撃を受けた。
(「私の履歴書」日本経済新聞1989年3月掲載)


 詳細は下記参照。
「開発」と「環境保全」の両立
その背景にあった経営トップの遺志東急不動産
東急不動産株式会社 パラオ・リゾート開発における取り組み



 笹川良一、大平正芳、五島昇が太平洋に馳せた思いを振り返る事もしていきたい。
 

 
第15回ミクロネシア首長会議開催 [2011年07月30日(Sat)]
第15回ミクロネシア首長会議開催

 2011年7月25日〜28日、ミクロネシア連邦の首都ポナペで第15回ミクロネシア首長会議が開催された。

 2000年辺りから始まったミクロネシア地域協力の枠組み。紆余曲折を経て、ミクロネシアの独立国3国による大統領サミットと、米領マリアナ諸島、グアム、そしてミクロネシア連峰の4州の知事を含むサミットーミクロネシア首長会議の二頭立てになっている。

 会議の詳細はまだメディアにでていないのでわからないが、驚いたのがウェッブサイトが作成されていることだ。このように公式ウェッブが作成されたのは初めてのことではないか?
 ホームページにあるのがピュー財団のロゴと鮫保護のCNNニュース。外国の環境組織が支援している事が伺える。



 サミットに続いて開催されたミクロネシア連邦モリ大統領の就任式には日本から菊田まきこ外務大臣政務官が下記の日程で訪問している。ミクロネシア地域全体との関係強化にはうってつけの場です。
 東日本大震災に対する支援に対し、感謝を伝えるとともに福島第一原発事故についても説明を行う、と同議員のウェッブにあった。日本がこのような時、外交が手薄になる中で小国への配慮は重要です。
 http://www.kikuta-makiko.net/page10/page10.html

 【菊田まきこ外務大臣政務官日程概要】(外務省ウェッブから)
 7月27日(水曜日)ミクロネシア連邦のモリ大統領及びロバート外務大臣への表敬
 7月28日(木曜日)ミクロネシア連邦のイティマイ運輸・通信・インフラ大臣への表敬
          日ミクロネシア連邦友好協会との懇談
          マーシャル諸島共和国のシルク外務大臣への表敬
          聖母教会でのミクロネシア連邦大統領就任儀式出席
 7月29日(金曜日)ミクロネシア連邦大統領就任式出席
          マーシャル諸島共和国のゼドケア大統領への表敬
 7月30日(土曜日)パラオ共和国のトリビオン大統領及びヤノ国務大臣への表敬


 7月28日午後には、同地でミクロネシア大統領サミットが開催されている。


 
かわいい子には旅をさせろ [2011年07月24日(Sun)]
かわいい子には旅をさせろ

A「本当にこっちでいいの?」
B「わからな〜い。多分いいと思う。」
A「さっき、なんでおねえさんに聞かなかったのよ」
B「だって英語わかんないも〜ん」
A「だめでしょう。ちゃんと聞かなきゃ。また迷子になっちゃうよ。」
B「ごめんなさい。やっぱりこっちじゃないみたい。どうしよ〜。」

親子の会話である。 ABどちらが親でどちらが子供でしょうか?
普段は頼りない娘も旅に出ると人が変わる。突然しっかりして来る。
もう少し大きくなったら旅の手配を全て任せてこちらはラクをしよう、と企んでいる。
イヤ、その頃はもう親といっしょに旅なんかしたくなくなるかもしれない。
 
【続報】ミクロネシア、チュック行方不明者全員無事 [2011年07月23日(Sat)]
【続報】ミクロネシア、チュック行方不明者全員無事

 関連のニュースを読むと、映画さながらの救助活動のようだ。
 珊瑚礁にぶつかり転覆したボートから全員避難できたようだが、そこは無人島。
 15名が手をつないでSOSの人文字を作ったりしたらしい。

 今回の救出劇で、米国沿岸警備隊のスパークスキャプテンから「本当のヒーロー」と絶賛されているのが、笹川太平洋島嶼国基金が支援、助成してきたグアム大学のブルース・ベスト氏である。
 ソーラーパワーによるHF無線による通信がなければ15名の救助は難しかったかもしれない。

 実は、ベスト氏から「笹川平和財団の支援によって何人もの島の人々の命が助かっているんだ。」と聞かされて来た。しかし、今回の遭難事故で初めてその実態を知った。
 米国沿岸警備隊とベスト氏の連係プレイ。下記に英文だがまとめてある。
 Solar powered HF radio and Mr Best rescue the lives of remote islanders

 関連ニュース
 USCG: 15 Missing Mariners Found Alive on Uninhabited Island

Coast Guard rescues 15 stranded on Pacific islet
POSTED: 01:30 a.m. HST, Jul 23, 2011
Star Adviser By Gary T. Kubota
【速報】チュック行方不明者全員無事 [2011年07月22日(Fri)]
【速報】チュック行方不明者全員無事

 今週月曜日に行方不明になった15名を乗せたボートが、無人島で転覆しているのが見つかり、近くのビーチに乗船者らしき人々を確認。近くを通りかかった船が本日(先ほど)確認しHF無線で通報、関係者が救出に向かっている。
 チュックからはメディカルボートが出発。米国沿岸警備隊によれば全員無事との事。

 良かった。

 やはり通信の環境整備は重要である。
 ミクロネシアの島々を結ぶHFネットワークは笹川太平洋島嶼国基金の助成の成果です。
 それからマルチステイクホルダーによる協力も重要だ。
 民間船舶も協力する AMVER, という制度も知った。
USCGがミクロネシア、チュックで海難救助捜索 [2011年07月21日(Thu)]
USCGがミクロネシア、チュックで海難救助捜索

 ミクロネシアのチュック州で大人9名、子供6名が乗船した28フィートのグラスファイバーボートが行方不明になり、米国沿岸警備隊が捜索を実施している。

 この月曜18日にチュック北部環礁から、約111キロのRuo島に向かったボートが行方不明となった。
 グアム、ハワイのUSCGと沖縄の米海軍から、船、飛行機が捜索のために出動。

 商業船のM/V ISLANDERとも協力し、SARを実施している。

 笹川太平洋島嶼国基金が支援したミクロネシア地域をカバーするHFネットワークがこのSARをサポートしており、事業担当者から直接情報を得ることができた。

 下記のニュースも参照。
 USCG Guam Searching for Missing Chuuk Skiff With 15 Aboard

同ニュースの下記が重要なポイントのように思う。
Mariners are reminded to maintain basic safety equipment on board their vessels and make reports of marine emergencies to emergency responders by contacting the Coast Guard Sector Guam Command Center on VHF Channel 16, or by calling 671-564-USCG


 全員が無事に見つかる事を祈っています。引き続き同捜索情報はグアムから入る予定です。
祇園祭と死の商人 [2011年07月20日(Wed)]
祇園祭と死の商人

 今年の京都祇園祭は三連休が重なった事もあり、人出がいつもより多かったらしい。
28万人とか45万人とか。。 暑さも一入。

 昨年、祇園祭の由来やらを少しまとめた。そして祇園祭の前座とも言える山鉾巡行が「動く美術館」とも称されるように、アジアヨーロッパから数百年前に輸入した美術品で飾られており、「古都ー京都」は「国際都市ー京都」であったと、認識をあらたにした。

 ところで、昨年の2010年7月3日梅棹忠夫先生が亡くなられ海に関する書籍に接し、日本の朱印貿易が死の商人であった事を知った。日本がアジアに輸出していたのは鎧、兜、刀であたという。ベトナムに至っては、ホアインという、敵対する南北ベトナムの中心に拠点を作り、両方に武器を売っていた。
 つまり、京都の繁栄は、山鉾を飾る美術品の数々は「死の商人」がもたらしたものである、とも言える。

 京都をこよなく愛するベトナムの友人がいる。
 彼に京都の運河はベトナムと交易をして栄えた角倉了以が作った事を昨年伝えたら大変感動していた。しかし、彼が「死の商人」であったかもしれない事は、友人にはまだ話していない。友人はベトナム戦争の犠牲者でもあり、伝える事を躊躇っている。

 ベトナムの内戦が京都を潤した。即ち、内部矛盾は他者を潤す。
 日本の今の政治的社会的矛盾は誰かを潤しているかもしれない。
メガ・ディプロマシー [2011年07月17日(Sun)]
メガ・ディプロマシー

 パラグ・カンナ著『ネクスト・ルネサンス 21世紀世界の動かし方』(原題:How to Run the World: Charting a Course to the Next Renaissance)は早く読んでみたい。
 
 笹川平和財団に入って、国を、地域を動かすような仕事をどんどんさせていただいている。
 「あなたに(若しくは民間財団に)そんなことできるわけないでしょう。」
 このようは反応は常にある。
 「あなたが(若しくは民間財団が)そんなことをしてはいけない。」
 こうなると余計なお世話、というか悲しくなる。

 こういう反応をするのは意外にも大組織のトップや、学者だったりする。特に政府関係者は一様だ。
 民間大学から防衛大学に移られた知人が最近こぼした話し。
「結局、国家公務員は法律内でしか動けない。世の中を変えよう、なんて考えなくなりました。」悲しい話しだ。

 笹川太平洋島嶼国基金は太平洋地域の電気通信政策を変える活動をしきた。
 電気通信技術が整備されても政策、制度が整備されなければ電気通信が有効的に運営、機能しない話しは音大生でもわかる。
 基金は2006−2007年にかけて、約11,000,000円をハワイ大学に助成。ミクロネシア地域の電気通信政策改革を支援してきた。
 助成終了後、ミクロネシア連邦政府は制度改革の意味を認識し、自ら予算をつけてこの作業を今まで継続している。
 米国の電気通信制度改革でも10年かかるのである。status quoに歯向かうのはそんなに簡単な話しではない。

 いよいよ世銀も動いてこの制度改革がさらに押し進められる、という7月1日付けの同国政府プレスリリースがあった。
 こういう話しは事業担当者冥利につきるのである。

 ミクロネシア連邦政府のプレスリリース、リンクがうなくいかないので下記にコピペする。

President Mori issued Administrative Directive on Information and Communication Technology

Press Release #0711-01
Palikir, Pohnpei – FSM Information Services
July 01, 2011

On June 8, 2011, President Manny Mori issued an Administrative Directive to all departments, Offices, and Agencies of the National Government of the FSM, reaffirming as a policy direction for his administration the need for all departments, offices, and agencies to “proactively” collaborate in the area of Information and Communication Technology toward the achievement of these two main goals:

1. The establishment of a competitive and liberalized communication environment in the next 2 to 3 years in the FSM.
2. The implementation of a broadband submarine fiber optics capability for all States in the FSM within 4 years.
A Telecommunications and Submarine Fiber Optics Task Force has already been established comprised of high level members from the Department of Justice, Department of Foreign Affairs, Department of Finance and Administration, Office of Statistics, Budget Economic Management, ODA and Compact Management (SBOC), Department of Resources and Development and the Chief of Staff.

The Directive was followed by a Presidential Memorandum on June 9 to all departments, offices and agencies outlining the on-going engagement between the FSM and the World Bank in the area of communication technology. The President also pointed out that the FSM and the World Bank are in discussions regarding a “Terms of Reference” for technical assistance from the World Bank. The technical assistance will target establishing policy and regulatory framework for competitive telecommunications, initiate technical assessment and business plan for Submarine Fiber Optics capacity enhancement to the three states not currently connected to broadband fiber optics, and assessing financial and technical improvements for the FSM Telecommunications Corporation. The FSM became one of the 187 member countries of the World Bank in 1993.

The Task Force will hold monthly meetings and report to the President on ways to move forward on the initiatives and priorities in Information and Communication Technology on a regular basis.

For more information, please contact FSM Information Office at fsmpio@mail.fm or the Department of Transportation, Communication and Infrastructure at 320-2865.
キャンベル国務次官補のアイランドホッピング その7 ー パプアニューギニア編 [2011年07月16日(Sat)]
キャンベル国務次官補のアイランドホッピング その7 ー パプアニューギニア編

 キャンベル一行が訪ねたパプアニューギニアは、昨年クリントン長官も短時間ではあるがアジア太平洋の途中、2010年11月に立ち寄っている。確か女性グループと懇談したはずだ。
 パプアニューギニアは太平洋島嶼国の中でも人口も多く(約7百万人弱)、800以上もの言語がある多民族国家である。加えて重要なのは銅、金、コバルト、木材、コーヒー、天然ガス等の資源が豊富であることだ。そして近海で取れるマグロも世界の市場が目を向けている。
 中国の進出も目覚ましく、クリントン長官は公聴会で「今アメリカが援助の手を止めれば中国がパプアニューギニアの資源を確保する事になる。」と言ったような内容の発言をしている。

 さて、オバマ政権は太平洋の安全保障と気候変動にエンゲージを約束。パプアニューギニアでキャンベル一行が表明、約束した事は。。

1.今までバンコック、マニラのUSAID事務所から太平洋島嶼国支援を行っていたが2ヶ月後にはパプアニューギニアに地域事務所をオープンする。
2.地球温暖化が問題となる中で、太平洋島嶼地域のクリーンエネルギー利用促進をこの9月にニュージーランドで開催されるPIF総会でさらに協議する。
3.各国の支援ですばらしい建築物が供与されているが、エネルギー効率に配慮されていない。特に中国と協力し、クリーン技術を導入したい。
4.漁業資源やその他の自然を護るため、EEZの保護をどのように恊働で進められるか協議したい。

 7月4日。米国独立235周年記念日にはテディ・テイラー米国大使がもっと踏み込んだ支援策を表明している。
1.領土侵略は過去の敵である。現在の敵は、汚職、国民の教育や保健を脅かす悪い政治。2.女性や少女の発展や幸せを脅かす暴力に対し、USIADはパプアニューギニアとソロモン諸島の女性の地位向上のためUSD670,000を供出。
3.エイズ撲滅のための費用を、年間USD2.5百万から2倍のUSD5百万に増額。
4.太平洋の気候変動対策にUSD21百万を拠出。
5.沿岸浸食やエコシステム維持のためにマングローブ植林を実施するMotupore Mangrove Research and Planning Center に資金援助。
6.フルブライト等の奨学金制度を利用しパプアニューギニアのベスト&ブライテストを米国に招聘。
最後に、テイラー大使は米国との70年の友好関係を維持、支持したい、と締めくくっている。
『海の帝国』 [2011年07月15日(Fri)]
『海の帝国』


 4月、シンガポール行きの鞄に白石隆著『海の帝国』を詰め込んだ。
 アジアの事を久しぶりに勉強したかったし、太平洋島嶼国は海の帝国の概念に当てはまるのかどうか前から気になっていたからだ。

 10年程前に読んだときは全く気付かなかった記述が大きく心に残った。
 それは同書の後半で議論されている。「日本がアジアにおけるアメリカの非公式帝国建設の戦略拠点となった。」という記述に始まる。
 
 海の帝国、とは直接関係のない、日本に関する課題が喚起された。
 なぜ、民間が海洋安全保障でイニシアチブを取るのか?それは言い換えればなぜ政府が動かないのか?ということである。これはキーティング司令官が認める通り米国が日本の手足を縛った結果でもある。これが業務上の関心事項だ。
 もう一点、ビキニ核実験に始まった米国主導の原子力の平和利用推進と、日本の原子力政策の関係である。太平洋島嶼国と日本の原子力政策を結びつける視点である。

 思いがけず『海の帝国』にこの2つの答えがあった。長くなるが下記に引用する。

 もうひとつの封じ込めは日本の封じ込めである。これには少し説明がいるだろう。1940年代末、日本の政治的独立はもう時間の問題となっていた。しかし、日本が政治的に独立し、経済艇に復興して、ふたたびアメリカの脅威となるのでは困る。どうするか。日本の頸動脈に軽く手を置いておいて、いったんことあるときにはこの手に力を込めると日本がたちまち失神してしまう、そういう仕掛けを作っておけばよい、これが時の国務省政策計画局長ジョージ・ケナンの答えだった。ケナンがそこで考えたのは、日本の軍事力をアジアにおける米国主導の安全保障体制に組み込むこと、そして日本のエネルギー供給を米国がコントロールすることだった。
引用終わり。

 さて、安全保障については組み込み過ぎて動かない。エネルギーに至っては管理能力がなさ過ぎて頸動脈に手を当てるどころか、事故の処理を米国が支援する始末となった。
 白石先生、今の日本の状況をどのように観ているのだろか?
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