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早川理恵子博士
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『最新版 シミ・しわ・たるみを自分で治す本』高須 克弥 (著), 高須 シヅ (著) [2015年12月27日(Sun)]
ずーーーっと気になっていた高須院長の『最新版 シミ・しわ・たるみを自分で治す本』をやっと手にした。

世界中の化粧品会社が、禁書に指定したい内容なのではないか?
巷にある美容、美肌商品をことごとく否定する。百害あって一利無し。

とにかく、嬉しかったのが私が今まで行ってきた消費行動が美肌に繋がっていた、という事実を知った事だ。

5個で百円の固形石鹸しか買った事がない。
500円位のニベアのクリームしか使わない。
ファンデーションや口紅はSPF効果もある、安価なセブンイレブンの商品を愛用。
これすべて美肌に正しい消費行動だったのだ!

フルーツパックを試みようとしている愚娘に早速教え諭し、小麦粉パックをいっしょにやった。
とぎ汁洗顔や、ぬか石鹸も近々試してみたい。


『世界がさばく東京裁判』監修佐藤和男2005年 [2015年12月17日(Thu)]
今年、自民党の稲田議員が東京裁判を検証する勉強会を立ち上げる事を発言された後、多くの批判が、特に学者からの批判が出ている事に驚いた。
なんだか地球は回っていると唱えて宗教裁判にかけるレベルと同じではないか。。
検証とは黒白つける話ではない。学者はいつから宗教者になったのであろうか?

日本を裁いた側の戦争責任はマクナマラの"The Fog of War" を見れば猿でもわかる。



私も彼等が罪を感じている事を知る経験がある。以前ブログに書いた。
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/798


Facebookで知己を得た評論家の江崎道郎氏から『世界がさばく東京裁判』監修佐藤和男という本を教えていただいた。
帯にある、「東京裁判を否定していたのはパール判事だけではなかった。」の通り、多くの欧米の学者、ジャーナリストらが東京裁判を批判しているのである。
新渡戸稲造が生きていたら喜ぶであろう。

監修者、佐藤和男教授がこの本を解説しているビデオがある。私が下手にまとめるより下記の10分の解説をみていただいた方が適切であろう。




同書にある参考図書も少しずつ読んで行きたい。
東京裁判を肯定する議論もあるはずである。両方を合わせて読みたい。


『日本人として知っておきたい皇室のこと』 [2015年12月16日(Wed)]
『日本人として知っておきたい皇室のこと』
PHP研究所 中西輝政+日本会議 編著、2008年

戦後の天皇制に関する講演会を聞く機会があり、その予習として『日本人として知っておきたい皇室のこと』を手に取った。編集者の中西輝政教授が書かれていることは簡潔で、始めて知ることばかりであった。
例えば「国体」「やまとごころ」のことである。


日本古来の考え方で言えば、「国」と「心」は一つで、「国体」とは「日本的な心のあり方」を指す。それをひらがなで「やまとごころ」と書く学者もいた。(同書32頁)


そして、皇室が和歌を大事にする意味も同書で始めて知った。帝王学につながっているとは。。


このような「心のあり方」を学ぶのが歴代天皇の帝王学であり、皇族として生まれた方々、皇族に嫁がれた方々の修養の道である。そのためのもっとも重用な道が、和歌をおつくりになられることであった。(同書34−35)


1908年、日露戦争に勝った日本が慢心する、精神のバブルが始まろうとしていた頃の明治天皇からのメッセージであった。この詔書のことも始めて知った。


この関連で忘れてはならないのが「戊辰詔書」である。戊辰の年である明治41(1908)年に発布されたもので、日本人に勤勉や節約、信義を重んじることの大切さを説かれた。今日の日本では忘れられているが、天皇と日本人の道徳の関係を考えるときは、おそらく「教育勅語」以上に重要な詔書である。(同書55)



同書には13名の執筆者が夫々の視点で、皇室の意義、課題等々を語っている。
天皇、皇室の存在というのは日本を語る際重要な点だと考えている。特に太平洋島嶼国と皇室の関係は意外と深く、皇室の事を説明する必要を感じる場面が時々ある野で、引き続き学んで行きたい。
お薦め図書『太平洋探検史ー幻の大陸を求めて』エティエンヌ・タイユミット著 [2015年08月12日(Wed)]
何を知ってるか、という事より、どこに書かれているか、誰が知っているか、を知っている事の方が重要だと思っている。
よって千葉大学付属中学校の詰め込み式教育は早々に辞退した。

太平洋に於ける西洋の航海と植民をまとめた本で『太平洋探検史ー幻の大陸を求めて』というのがありお薦めです。

Taillemite, E. 1987. Sur des mers inconnues Bougainville, Cook, Laperouse.


ヨーロッパの太平洋航海と植民の歴史には、一般的にジェームスクックしか出て来ないのだが、フランス人のブーゲンビルやラペルーズも重要なんですよね。。特にブーゲンビルなんか、ルソーに間違ったタヒチ情報を与え、自由人とか高貴な野蛮人という幻想を抱かせ、フランス革命にも。。。
そこら辺の事もしっかり書いてありますが、文字は少なめ、貴重な地図やスケッチが多い。

著者はフランス人のエティエンヌ・タイユミット。
仏文書館名誉監督総監。ブーガンヴィル航海日誌刊行、フランスの海洋辞典刊行にたずさわる。
フランス航海史委員会元委員長。フランス海洋アカデミー会長

仏語だがwikiもある。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Étienne_Taillemite


残念ながら太平洋の歴史が文字で残されたのは、この西洋人の航海と植民からである。
よって本当は英語とフランス語(ドイツ語も)が読めると便利だと思う。


矢内原忠雄を読む 蝋山政道は帝国主義者 [2015年01月25日(Sun)]
とうとう矢内原忠雄全集の植民地政策を扱った1−5巻を購入してしまった。
やはり線を引きたいし、コメントを書き残しておきたい。
何よりも矢内原先生の文章は難しくて何度も読み返す必要があるのだ。新渡戸先生の文章は明解なのに、なんで矢内原先生はこんな文章になってしまったんでしょうか?

その中の「南洋委任統治論」をぱらぱらめくったら、戦後、笹川良一氏を誹謗中傷した蝋山政道東大教授を、矢内原先生が「馬鹿じゃない、全然意味不明」(下記の引用参照)とケチョンケチョンに叩いているのを見つけた。
しかも笹川良一氏を批判した蝋山政道は矢内原先生が仰け反る、帝国主義者なのだ。
加えて笹川良一氏が反対した翼賛選挙では近衛の推薦を受けて当選している。
南洋を足がかりに太平洋を制覇せよ、オーストラリア、ニュージーランド、アジアへの足がかりとせよ主張しており、まさに彼こそが占領思想、帝国主義思想の持ち主で戦後裁かれるべき人物ではなったのであろうか。


矢内原先生が蝋山政道を叩いている箇所を引用。

「...北に満州、南に南洋を戦略戦術的及び経済政策的に根幹として太平洋に覇を唱え云々の思想言論態度は自殺的矛盾ではないだらうか。」

「太平洋唱覇ー国際平和機構の利用ー未開土人に対する善政、この三者は必ずしも論理的に連関しない。太平洋唱覇必ずしも土人に対する善政者ならず、土人に対する善政者必ずしも国際連盟の一因たるを要しない。余は不幸にして教授の言の解釈に苦しむものである。」

矢内原先生の人柄は良く知りませんが、これだけ言わなければならない気が済まない蝋山政道って、しかも翼賛選挙で推薦もらって当選している蝋山政道って。(笹川良一氏は推薦なしで当選)
言葉がありません。
年末の読書『宿命の子』(2) [2015年01月05日(Mon)]
『宿命の子』には役所との関係が書かれている。

外務省事務次官の柳井俊二氏の対応が書かれている。

「それで陽平は張成沢との交渉の中身を伝えたが、「ほう、そうですか」のひとことで済まされた。柳井の態度は、困惑というより冷淡で、不吉な予感に陽平はとらわれた。」

外務省のこの対応はよくわかる。「ほう、そうですか」の裏側には民間団体が余計なことをしやがって、というメッセージが読める。私もいやというほど経験してきた対応である。

しかし、運輸省(現国交省)との関係はミクロネシア海上保安事業が始まるまで一切知らなかった。
国交省職員、海保職員から
「笹川会長に油を売りやがって」とか「笹川会長にしがみつきやがって」とか言われるのである。
「なんで皆さんとは別組織の笹川会長が気になるのですか?」と聞いた事がある。
「力を持っているからだ。」との回答であった。

同書によると、運輸省の天下りの財団理事長ポストをはずし、財団評議員人事に介入する運輸省を訴えていたのである。これは知りませんでした。この件以来運輸省は無理難題を言わなくなった、とある。運輸省を訴えていた事は知りませんでした。

公営ギャンブルの運営とその公共活動の展開はお役人がやった方が公正なんて思わない。実証主義的理由がある。
太平洋島嶼国の遠隔教育研究会を立ち上げるために加藤秀俊教授に委員を依頼すべくご自宅に伺った。1992年だったと思う。
「笹川ねえ。以前役所が笹川潰しを目的に横並びで公営ギャンブルの調査をする事になり、委員になった事があるんですよ。一番きれいだったのが競艇でした。」
財団に入って2年目。随分オソロしい話を聞いてしまった、と思ったと同時に「役所よりきれいなんだ。」と安心した。

競馬(農林省)競輪、オートレース(通省産業省)、宝くじ(財務省)、サッカーのtoto(文科省)、まだあるだろうか?今これらの運営はどうなっているのだろうか、とふと疑問に思った。

「交付金の99%超が天下り法人へ 中央競馬会の畜産振興」
2010/03/29 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010032901000087.html
年末の読書『宿命の子』 [2014年12月31日(Wed)]
繰り返すが、締め切りの原稿を抱えているので、後で読もうと購入だけしたのが間違い。ページをめくったら止まらなくなってしまった。

年末の読書2冊目は『宿命の子』

本書の中盤から書かれている笹川批判キャンペーン。1991年に財団に入った自分にとって、初めて知る事ばかりで尚更止まらなくなってしまった。
当時、日経新聞の友人から電話をもらい逮捕の件を聞いた。一応総務部長(だったような記憶)に報告した事がある。多分メディアで公開される寸前の情報だったのであろう。「そんな事をおまえが言うな!」と怒鳴られた事を記憶している。

先にも書いたが、財団に入る事が決まってすぐに笹川批判を体験する事になった。しかし批判する人に限って悪い事をしていたり、わざわざ私のような非力な小娘を(今は非力なおば娘)呼び出して吊るし上げにする卑怯な人ばかり見て来たので、逆に「プロ-笹川」になってしまった、のだと思う。
もし笹川批判をするのであれば、なぜ本丸に行って正々堂々と批判しないのか、と。

笹川批判の背景にあった、運輸省の反応とお家騒動として書かれている内紛。二重の批判を受けてきたのである。加えて東大の蝋山政道教授のような人が書く誹謗中傷文章。「学者」とは実証主義を知らない、三流ジャーナリズム並み、思い込みの非論理思考を好むようだ。

現在、当方に原稿を依頼されている琉球大学の藤田陽子教授。臆面もなく私にこう告げた。
「笹川良一のやっている事は贖罪なんです。私の父は笹川の事を知っていてそう言っていました。」
藤田陽子教授のお父様は亡くなられたそうなので確認できないが、笹川良一氏は藤田教授の父親を知らないのではなかろうか?また父親の言う事をそのまま信じ、人に臆面もなく話す様子は「これでも学者か。」と思わざるを得なかったが、残念な事に世の中こんな学者ばかりなのである。せめて実証主義的論文を自分が書いて、学問とは、常識とは、況や倫理とはこういう事である、と示してみたい。

話が逸れたが、『宿命の子』は笹川陽平会長の伝記である。
本を読むまで知らなかったが唖然とするような苦労をしてきた方なのである。
読後、ジワッと湧いて来た感想は、笹川会長に出会えて幸運だった、という事だ。
ブログを読ませていただく前は当方も、お金持ちのボンボンというイメージを持っていた。

私がこうして25年間続けさせていただいているのも、笹川会長のおかげなのである。
羽生会長から繰り返し聞かされている。「あんたを評価しているのは笹川会長だけだよ。」
ではどのように評価されてるのか?
日本財団、広報の宮崎正さんが笹川会長に私の事を聞いた事があったそうで、教えてくれた。
「あいつは頭がおかしいんだよ。」とおしゃっていたそうである。
喜ぶべきか、悲しむべきか。
「橋本行革の決定と挑戦」 松井孝治 2014.5 世界 [2014年06月29日(Sun)]
笹川平和財団の長谷川さんが、何か読みたい資料はないか、あれば送るとの事。気になっていた松井孝治さんの「橋本行革の決定と挑戦」をリクエストした。

橋本行政改革。総理府(当時)系の青少年組織の幹部をしていた時だったので、その動きは末端の方で感じていた。しかし、この改革が30代の若手官僚松井氏の発案であった事は始めて知った。こういう大事をする松井氏もスゴイと思うけれど、そういう大事を若手官僚に任せる政治家(だと思う)もスゴイと感動している。下記引用する。

”(前略)松井君一案作れ、との指示が下る。この「発注」こそが私の運命を変える仕事になるのである。せっかくだから、自分自身の、霞ヶ関への、そして首相官邸へのもどかしい思いを一旦全部ぶちまけてみよう、そんな思いで、ここは行革の中核の中核、霞ヶ関改革を橋本政権の目玉にしてやろうと思った。” (「橋本行革の決定と挑戦」 松井孝治 2014.5 世界 から引用)

行革で運命が変わったのは松井氏だけではないはずだ。

私がこの松井氏の原稿を読みたいと思ったのは、来年第7回目が予定されている太平洋島サミットが、まさにこの行革の真っ最中の橋本政権下で開始した事が理由である。
第1回島サミットは、メディアにも殆ど取り上げられず、日本国内の島嶼関係者も何をするのか、したのか、ほとんど知らされず、もっとひどい事に、太平洋の首脳を呼びつけておきながら、当の日本の首脳、橋本総理はちょっと顔を出しただけで、後は外務省の官僚に任せきりだったのだ。
この件をP国のN大統領から指摘され、「申し訳ありません」と日本を代表して謝っておいたが、次回お会いした際はコレコレこういう事情がありました、と弁明できる。

”しかし、橋本行革に携わってみて、やはり痛恨としか言いようがないことは、総理の主導性が、1997年の秋以降の与党内調整において見事に覆されていくさまであった。” (引用、同原稿)

第1回島サミットは1997年10月開催である。まさに1997年9月の内閣改造の直後、即ち総理の主導性が覆されている最中のイベントであったのだ。
そして、このブログで何度も書いているが、当時のサミットは、太平洋島嶼国の地域組織Pacific Islands Forumが日本のプルトニウム輸送に強い反対を表明していた事への対処であった。
電事連、外務省、通産省がどのような動きをしたのか?橋本総理、官邸はどのように対処したのか?

いい方が悪いが、島嶼国を黙らすための目玉事業を外務省は探していたのである。この日本政府の思惑とは全く別に、笹川陽平会長からODA案件にしよう、と言われて1991年から当方が動いていたUSPNetがこの島サミットの目玉事業となった。これは歴史の偶然、運命である。
さらに、予期しなかった成果として既存の電話通信会社を外したネットワークであるUSPNet事業は現在の太平洋島嶼国の通信制度改革にも繋がっている。

来年第7回を予定している島ミットはもう電事連は抜けて、官邸主導のイベントになる事を期待している。それは、パプアニューギニアの液化天然ガスだし(エネルギー安全保障)、これも笹川会長の指示で当方が外務省大洋州課に提案させていただいた広義の太平洋海洋安全保障協力だし、PIFメンバーではない米国との協力である。

来週からの安倍総理の太平洋訪問は、その意味でも特別であり、松井氏の行革の成果でもあって欲しい。

松井氏の原稿まだ続くようであるが先を読むのが楽しみだ。


"Peacemakers: The Paris Peace Conference of 1919 and Its Attempt to End War"( [2014年06月25日(Wed)]
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今年の一年の計は百周年を迎える「第一次世界大戦」にした。
最近、マーガレット•マクミランを知り"Peacemakers: The Paris Peace Conference of 1919 and Its Attempt to End War"(英文)を手にした。厚い!5センチ位ある。
全部読むのはあきらめてForward, Introduction, Mandate, Japan and Racial Equality, Conlusionだけ読んだが面白かった。
E. H Carrが『平和の条件』で批判しているself-determination。ウィルソン大統領のいい加減さはまさに空いた口が塞がらない。しかし、この理想主義が現在の国際問題にもつながっている。
ニクソン大統領がウィルソンの肖像画を飾った時、キッシンジャーが戦慄を覚えた、というほど。

そして、今集団的自衛権が議論されている中、第一次世界大戦こそ、日本史上最初で最後の集団的自衛権の行使だったのであるから(のはずだけど間違っているかもしれません。)この経験を今検証しないでどうする?と思うのだが、歴史のif呪縛にかかっているのかifの議論がされてないよね。
ANZACを護衛した日本は逆にANZACから恨みを買ったのだ。豪州ヒュー首相のベルサイユでのあの態度。日本に守ってもらったのにお礼の一言もないわけ?墓を掘り起こして問いただしたい。
今の豪州にもありますよ。この件を話題にするとOZは気まずそうである。特に王立豪州海軍。
やっぱり情報操作、プロパガンダが必要だし、いよいよ安倍首相の豪州訪問が重要な意味を持ってくる。


本の方が断然おもしろと思うが、下記の記事は手軽に読めます。マクミラン、ワシントン軍縮会議の事を取り上げていないのが気になっています。
World War I: The War That Changed Everything
World War I began 100 years ago this month, and in many ways, writes historian Margaret MacMillan, it remains the defining conflict of the modern era.
By MARGARET MACMILLAN
Updated June 20, 2014
http://online.wsj.com/articles/world-war-i-the-war-that-changed-everything-1403300393

追記
今日は朝から、ショパン(ポーランド)、ハチャトリアン(アルメニア)、シューベルト(オーストリア)、マンチア(伊)を弾いて、欧州の民族自立を思いを寄せた。欧州の音楽の豊かさは民族文化の多様性と民族自決の精神と無縁ではないであろう。例えそれが好ましくない結論を導いてしまったのだとしても。
『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』 [2014年06月07日(Sat)]
『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』

笹川会長がブログで推薦していた同書を手に取った。

ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム
こんなのは始めて知った。日本人の特殊性。日本人が好きな日本人論の原点はこの
「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」にあるのではないか。
しかもこのプログラム。目がくらむようないい加減な文化人類学者の説を土台にしている。

でもこれを読んでいて笑えなかった。数年前、日本の幼児教育を学んだニュージーランドの学者の発表を見る機会があった。日本の幼稚園の先生が、幼児を並ばせてホースで水をかけている写真の分析だった。見ようによっては虐待? でも真夏の事で悪意のない水浴び、のようにも見える。
とにかくこんな題材が某かの偏見に繋がるのではないか、と危惧した事だけは覚えている。

さて、同書を読んで一番心に残ったのが中国人による2011年の震災に見た日本の評価である。

米国在住の中国人作家・張朗朗氏
 「明治維新後の日本人は西洋化の過程の中でも、東洋の精神を放棄しなかった。日本人が有している教養は、文化のジャンルから見ると、彼らの着物や剣道と同様、漢や唐の時代の中国から伝承されてきた儒教精神の表れだと思う。これは日本人が有する特別な国民性というより、中国古代の義の精神と伝統的儒教思想、更に老子や荘子の思想も取り入れて、高いレベルの情操に発展させたものである」
「中共の言う『新中国』が設立されて以来、特に10年にわたって続いた文化大革命の嵐の中で、中国人の道徳や、社会の基盤となる責任感が破壊され尽くした。その後に続いた改革開放経済の時代には、資本主義の諸段階のような弱肉強食の精神が広がってしまった。もしここで政治改革をしなければ、たとえ今の中国経済が一部の国民に裕福な生活を与えられたとしても、国民は高いレベルの精神状態に達せないだろう」

東北大学で助教授の張陽氏
「日本国民は、まさしく中国2千年の儒教思想を受け継いでいる。遣隋使が中国から儒教文化を日本に持ち帰った後、聖徳太子は十七条憲法を発表した。その憲法の第一条に『和を以って貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗と為す』とある。これはまさに孔子の『論語』の内容に合致している」
「日本人をこれほど素晴らしい民族に教化した儒教思想は、現代の中国では見られない」

(上記 「菊と刀の国よ、再び」 日本の復興を見つめる中国人 から引用http://www.epochtimes.jp/jp/2011/04/html/d76889.html )

ここ数年老荘思想を中心に中国の思想を学んでいる。この事を中国人の友人に話すと流石に老子、荘子、孫子の名前は知っているが中身は全く知らないようなのである。だから議論に発展しない。たまたまそういう中国人に会ってしまったのかもしれない。
そしてこんな数千年前の中国思想に現在の西洋学問の解が、スラッとあったりするのだ。
問題は中国思想を英語で説明するのが一大事、ということだ。
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