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「日本は誰と戦ったのか」ー コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ 江崎道朗著(2) [2017年12月18日(Mon)]
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まさか太平洋島嶼国からゾルゲに繋がるとは思わなかった。
正直、ソ連、ロシアの事は関心も知識ない。関心があるのはチャイコフスキーやハチャトリアンの音楽くらい。

江崎道朗著「日本は誰と戦ったのか」ー コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ で、一番衝撃的だったのが第1章の「日米を開戦に追い込んだゾルゲ」だった。
南進を、太平洋戦争を仕掛けたのはゾルゲだった。日本に英米を敵に回し、北のソ連から関心を反らせたのはゾルゲだった。
そんな事、みんな知っているのだろうか?
もし知っていたらなぜ今まで誰も私に教えてくれなかったのだろう?

江崎氏の本は素人にもわかりやすいように平易に書いてあるのだが、他の章はほとんど頭にインプットされず、この部分だけがこの1週間ほど、頭の中で台風している。

なぜか?
インド太平洋構想の起源を探ろうと、ハウスホーファーに突き当たって、10日ほど前に読んだハウスホーファー研究論文に、ハウスホーファーがゾルゲにも会っている事が書かれていたからだ。そこには会った、としか書いていなかった。日本に関する情報をハウスホーファーは多くのドイツ人に伝えたのだが、そん一人がゾルゲだったとい情報だけである。
しかし、ゾルゲが「南進論」を唱えたのであれば、点と点が繋がる。すなわちゾルゲはハウスホーファーから「太平洋地政学」を学んでいるはずなのだ。

ウェッブ検索した。日本語でだ。

ビンゴ!

当たりすぎていて怖いくらいだ。白井久也編著「国際スパイ・ゾルゲの世界戦争と革命」(社会評論社 2003)に「地政学者としてのリヒアルト・ゾルゲ」がモルジャコフ、ワシーリー、エリナルボビチによって書かれている。ゾルゲは優秀な地政学者だったのだ。モルジャコフ、ワシーリー、エリナルボビチ氏は以下の点を指摘している。

・ゾルゲが日本訪問した時の推薦人はハウスホーファーであった。
・ゾルゲの地政学の師匠はハウスホーファーで、ハウスホーファーの地政学の雑誌11冊に8本の大きな論文をゾルゲは書いている。ハウスホーファーは地政学者としてのゾルゲを高く評価していた。
・ゾルゲはハウスホーファーのユーラシア主義を進めようとしていた。ユーラシア主義はハウスホーファーが作り、リッペントロップが推進し、ヒトラーが裏切り完全に葬り去られた。
・ゾルゲは日ソ戦と独ソ戦を防ごうとした。

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ゾルゲの南進論の背景にハウスホーファーがいるのであれば、ハウスホーファーの地政学は後藤新平の影響があったようだから、起源は日本にある。しかし、想像するにハウスホーファーが、そしてゾルゲが日本の膨張論を、植民政策をどれだけ理解できていたかは疑わしい。相当曲解されて日本に持ち込まれたのではないだろうか?
後藤ー新渡戸の植民政策の流れを組む矢内原はゾルゲの、もしくはハウスホーファーの南進論に反発し、結果として近衛首相に東大を辞職させられたのではないだろうか?ここら辺は全くの想像だ。矢内原vs蠟山(近衛のブレーン)の論争を再度読んでみたい。


ちょうどこの本を読む前日、私は同志社大学で行われた佐藤優氏の講演会に参加。テーマは「良心と国際政治」である。
ゾルゲや尾崎秀実のことはほぼ知らないのだが、彼らは彼らの良心に従って日本を戦争に追い混んだのか?

「国際スパイ・ゾルゲの世界戦争と革命」は約100ページの日本人の議論と同じく約100ページのロシア人の議論が収められ、さらにゾルゲの手紙や通信が和訳され200ページ近く収められている。パラパラめくった程度だが、ヒトラーが日本がシンガポールを攻略すれば南太平洋は日本に譲る、と言っている箇所などその信憑性も含め、誰かが検証、議論していないだろうか?


「日本は誰と戦ったのか」ー コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ 江崎道朗著(1) [2017年12月16日(Sat)]
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江崎道朗氏の本を出すスピードがすごい。
スピードが上がれば内容は薄くなると思うにだが、どんどん濃くなっていく感じだ。

自分用のメモとして、3回に分けて読書感想を書いておきたい。

「日本は誰と戦ったのか」ー コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ
は20ページ近い長めの「はじめに」から始まる。ここを読むだけでも相当勉強になるし、考えさせられる。
ちょうど、私はニュージーランド学会でニュージーランドの歴史教育について娘の経験を紹介しながら述べたところ(*)でもあったのでこの「はじめに」だけで随分頭の中でグルグル考えてしまった。


https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/2302


「はじめに」は、歴史研究がどうあるべきか、ということが議論されているのである。娘の歴史の授業の課題と同じで「戦争責任が日本にあったか、パールハーバーにあったかどうか」ではなく原因と結果を多角的に観ていくことが主張されている。
その中でも特に今まで無視されてきた、ソ連の動き、コミンテルンと米国の動きに焦点が当てられ、本文に展開するのだ。

ニュージーランドには歴史教科書がない。
様々な情報源を探してくる事も歴史の授業の課題である。
そして歴史的出来事の原因と結果を様々に研究し、自分がそこにいたらどうするか、など”if”をたくさん使って検討するのだ。

日本の、そして米国の歴史研究の状況は知らないのだが、数少ない経験から結論を動かさずそれに合わせた資料探しや研究がされているような「気」がするのだ。
最近も「日本の植民政策は良い事もした」と言っただけで植民学研究者から袋叩きにあったばかりである。

あと2回、日本の南進論を決定したゾルゲの事とらティアモアについてメモしておきたい。
ゾルゲはドイツ人で地政学者ハウスホーファーに日本に来る前会っているのだ。一気に関心を持った。
そしてラティモアは以前長尾龍一氏の本を読んでこのブログにもメモした人物なのだが、江崎氏との認識が違うのだ。これは再度長尾氏の本を読んでから、と思っている。


「日本人が知らない最先端の「世界史」」 福井義高著 [2017年10月28日(Sat)]
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近現代史を学ぶ上で必読書、ではないだろうか。
人気のようで延長できず返却期限が来たので、超特急で読んだ。本当はこれも線を引きながら付箋をつけながらじっくり読みたい本である。
そして何よりも歴史を専門としない私などにもわかりやすいように書いてあり、奥は深いのだが読みやすい。

この本の特徴は著者がその巻頭で書いているように、近現代史が日本の視点でしか語られていない事に疑問を持ち、外国の多角的な立場で議論されている事だ。


平川祐弘(東京大名誉教授)氏がレビューを書いている。
https://www.bookbang.jp/review/article/516861


コミンテルの、もしくはスターリンの陰謀。平川氏が上記の書評で指摘する「無謀きわまりないインパール作戦」への別の視点も興味深かった。私には著者福井義高教授の指摘が印象に残った。それが日本の植民を進めた新渡戸の断末魔のような声に響鳴していたからだ。

新渡戸は、日本が欧米に従って国際法を遵守し、植民を進めたにもかかわらず 欧米はそれが気に食わなかったことを嘆いた。福井氏は(このブログに書けるほど読み込んでいないし記述はうろ覚えだが)日本が欧米のしたたかさや横暴な振る舞いに対応できるほどの国ではなかった事を指摘している。スターリンにもバカにされるほど間抜けな国であったのだ。

福井先生のこの本は第3弾が期待されていると言う。ぜひ書いていただきたい。
『プロパガンダ教本』エドワード・バーネイズ著 [2017年10月05日(Thu)]

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『プロパガンダ教本』エドワード・バーネイズ著。中田安彦訳。 成甲書房。(2010年)

前から気になっていた本である。
なーんだ、という感想と共に、アメリカはすごい、とも思った。

まずはこの本、訳者前書きと後書きを先に読むべき。
広告屋のバーネイズが、第一次世界大戦で利用した「プロパガンダ」の悪評を克服するために、大衆にプロパガンダをプロパガンダするために書かれた本なのである。
だから、都合の悪いことは書かれていない。
プロパガンダの正当性が強調されている。

アマゾンの書評などと見ると、絶賛しているのだが、彼らはまんまとバーネイズのプロパガンダに乗せられた人々である。

この本が出たのが1928年。米の全国民がプロパガンダをバーネイズ流に理解した米国の情報戦は強い!もう日本はすでにこの時点で負けていた、のかもしれない。
「インテリジェンスの20世紀 情報史から見た国際政治」中西輝政・小谷賢著 [2017年10月01日(Sun)]
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これも『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(江崎道朗著、PHP, 2017)か、関連の江崎氏のコメントで取り上げられていた書籍である。

『インテリジェンスの20世紀 情報史から見た国際政治』(中西輝政・小谷賢著、2007年、千倉書房)。

雑誌Will11月号の、中西・江崎対談によると、日本国際政治学会で、中西先生が主催したインテリジェンス研究セッションを、細谷千博教授が阻止したという。本当だろうか?そうであれば何故?

そんな「インテリジェンス研究」とはどれほどの「キワモノ」で「陰謀論」なのか、ドキドキしながら捲ってみた!

事実が粛々と、認識論が淡々と綴られているだけではないか!
学術研究の可能性は大きいと思うのだが、細谷先生は何を否定したかったのであろう?

ざっとであるが拝読して一番記憶に残ったのが、大陸より遅れた英国のインテリジェンスが始まった背景に1860年代のアイリッシュのテロ活動があった、という箇所である。(192−193ページ、奥田泰広、第8章「インテリジェンスと国家運営」)しかも世界に散らばったアイリッシュがテロ活動をネットワークしたのだ。

アイリッシュのテロ活動の要因は英国の植民政策にある。英国はアイルランドを植民地にし、クロムウェルはアイリッシュを奴隷として他の英領植民地に送り込んだ。
海底通信ケーブルの独占政策も英国を情報国家にした背景である。これは当方の博論で少し取り上げた。
祖母が受けた大正自由教育 [2017年10月01日(Sun)]
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wikiから 手塚岸衛先生


『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(江崎道朗著、PHP, 2017)に大正の自由教育の事が出てくる。
今の自分を形成している重要な要素がこの大正自由教育である。反応せずにはいられない。

私の祖母は、自由教育の第一人者、手塚岸衛先生から千葉大付属小で自由教育を受けたのである。1919年だ。
以前関連資料をウェッブサーフィンした記憶があるがあまり見つからなかった。昨晩検索したら、結構出ていた。下記のペーパーを見つけ、ざっと読んだ。

田中智代子、「手塚岸衛における「自由」―― 自学と自治の実践をてがかりに ――」東京大学大学院教育学研究科 基礎教育学研究室 研究室紀要 第39号 2013年9月
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/55555/1/3915.pdf

自由教育というとルソーかな、と想像し、また一時「赤」になったという祖母の話から「自由教育」にあまり良い印象を持っていなかった。しかし、田中智代子氏の論文に下記の通り、手塚がルソーを否定している事を知って、少し安心した。

「手塚における「自由」は、ルソーの自然主義的な自由の概念に対して否定的な立場をとるものであるだけでなく、先行研究において指摘されてきた篠原助市を通して摂取されたドイツ観念論的な自由の概念にも収まらないものであると思われる。」(上記論文145ページ)

「ドイツ観念論的な自由の概念」とは何なのだろう?

祖母は手塚の自由教育の中でずっとピアノを弾いていたのだそうである。これが私が音楽学校に行くこととなった背景だ。別にピアニストになりたいとかではなく、(学校の)勉強をしたくなかったし、しなくていいと言われて育ったのである。

12月に日本ニュージーランド学会から声をかけていただき、ニュージーランドの教育について講演をする予定。母親の視点からという事だが、3つ持ってる修士の一つ目は教育学である。少し、学術的にも論じてみたい。
『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』江崎道朗著 [2017年09月13日(Wed)]
私が近現代史を全く知らない事を反省したのは、ミクロネシアと日本の関係を理解するには第一次世界大戦前後ははずせない、と今更のように思い返した事と、2015年の天皇陛下のお言葉を知ったからである。

天皇陛下のご感想(新年に当たり)
「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています。」

近現代史はあまりに複雑で「陰謀論」を持って来るとわかりやすいため「陰謀論」につい走ってしまうと筒井清忠教授から伺ってから資料は慎重に選ばなければ、と思うようになった。他方、新渡戸稲造が「日本を滅ぼすのは軍閥か共産主義」と述べた事を知って何某かの「陰謀」はあったのではないかと思うようになったし、軍閥でも共産主義でもない立場はとは?と言う疑問も持つようになった。

出版一月もしないうちに重版を重ねている江崎道朗著『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』はそのような私の疑問に答えてくれる内容であった。

まず読みやすい。
今まで手にした近現代史の本は「あまりに複雑」で頭に入らないものが多かった。伊藤隆先生の本などである。江崎氏は複雑な近現代史をなるべくわかりやすく、歴史専門家でない人も読めるように編集されたのだと思う。それでも新書なのに400ページもある。

バランスが取れている。
今まで読んだ本はどちらかと言うと、右か左、善悪で分けて書かれているような印象がある。この本は共産主義が隆盛した原因なども丁寧に書いている。共産主義が悪い悪いと言うが、ではなぜあそこまで多くの人々が支持したのかわかったような気がする。


多岐に渡る項目。次々とさらなる疑問が湧いて来る。例えばレーニンが主導するコミンテルンは私が関心を持つ「自決権」の話にもつながるのでじっくり読みたい箇所である。欧米のアカデミズムが早くから共産主義やレーニンを捨てたのに対し、日本のアカデミズはなぜ最近まで支持してきたのであろうか?それはもしかしたら「保守自由主義」が未だに弱者を救えていないからではないだろうか?など。

最後に、新渡戸稲造ファンの当方としては、新渡戸が一切出てこないのが多少不満であった。が、それぞれの記述に新渡戸がどのように影響し関与していたか想像しながら読んだ。
特に聖徳太子研究の箇所だ。以前このブログに書いた新渡戸の『日本−その問題と発展の諸局面』には聖徳太子が何をしたか賛美と共に詳細と分析が綴られているのだ。小田村寅次郎と新渡戸は年齢が大きく離れているが、誰か介して繋がっているのではないだろうか?

これだけの情報量である。新書とはいえ、索引が欲しい。
『時間の政治学』永井陽之助著 [2017年08月02日(Wed)]
太平洋島嶼国を仕事にすることになって、体系的に学びたいと1997年に青学にいらした渡辺昭夫先生の門を叩いたところ、ボーナスが。

国際政治学者、永井陽之助先生のゼミに参加する事ができたのである。
そして永井先生の小国論を初めて知って、それは宝箱を、宝島を見つけたうような驚きと喜びであった事は、あれから20年経つ今でも覚えている。


笹川会長に言われて、渋々始めたこのブログも8年近く継続し、アクセスが増えるだけでなく、隅々まで読んでくださっている方も、そしてそれが若い人たちであることも、最近知ることとなった。
で、太平洋島嶼国の細々とした事も重要なんですが、やはり理論が必要で、必読書として『時間の政治学』永井陽之助著をあげておきたい。

笹川平和財団に出向していた国交省のクワ何とかさんという官僚から「パラオが政府として決めた海洋サンクチュアリ法案ですから支援するのは当たり前です。」と真剣に言われた時、目眩がした。こうやって書いているだけも目眩がする。UNCLOS無視、海洋資源科学無視、の法案だ。
小国の行動形式を何も知らずに(別に小国に限ったことではないが)事業を行うことの恐ろしさ、怖さ、だ。

日本外交にとってますます小国の意味は大きくなる。中国はよく知っているだろう。その意味を。
せめて永井先生の『時間の政治学』だけでも読んでおいてほしい。
『ハワイに渡った海賊達』(2007年、堀雅昭著、弦書房) [2017年07月05日(Wed)]
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「ハワイの漁業開祖は瀬戸の海賊!」 と2つのブログをあげたが、『ハワイに渡った海賊達』の返却日が過ぎていたので、慌てて後半分を読み終えた。

ハワイの漁業開祖は瀬戸の海賊!
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/2080

ハワイの漁業開祖は瀬戸の海賊!その2
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/2083


筆者の堀雅昭さんは学者ではなく、山口大学理学部を卒業後、一度製薬会社研究の職につかれたようだが、辞めて文筆家として山口を中心に多彩な文章を書いていらっしゃるようである。

ハワイの日系社会と言えば、沖縄からの移民という印象しかなかった。この本で初めて瀬戸内海の海賊の末裔とのつながりはを知った。太平洋の漁業開拓、という視点からも非常に興味深かった。
下記、以前上げた上記2つのブログ以外にこの貴重な本から書き留めておきたい箇所をメモしておく。


山口県和木町の島崎政一郎(明治9年生まれ)がハワイに渡り、サモアに。そしてその子、フランク・ファノ・シマサキはサモアの大酋長になったのだそうである。(p. 102-104)

明治40年、「米人の疑心暗鬼」はハワイでも顕著になる。興味深いのは押し寄せた移民が日露戦争後の失業軍人が多く、また子供を勉強のため日本に帰らせていた事が、日本が戦争を準備していると受け取られたとのこと。p. 156-159

山口県出身の松岡洋右が昭和8年4月にホノルルで演説し、そして5月には郷里で演説している。日米が戦争になるのであれば、ハワイの日系二世は米軍兵士として戦うべき、それが大和民族の武士道である、と語っていたのだそうだ。 p. 218-221

真珠湾の軍港化は1860年から開始し、大正14年(1925年)には米国側の対日戦争の輪郭が露になっていた、と書かれている。ここら辺の米国の軍事的な動きは、オレンジ計画以外(これもおぼろにしか知らない)殆ど知らない。p. 230-231



この本は、現在のハワイの日系人社会、そして太平の漁業問題を理解する上で、かなり重要ではないか?
この本と、芋づる式に見つけた学術ペーパーの情報はこれからも役に立ちそうだし、教えて上げたい人々の顔が次々と浮かんで来る。

瀬戸内海の海賊。オソルベシ!
『ヤルタとポツダムと私』長尾龍一著 [2017年06月23日(Fri)]
『カール・シュミットの死』という長尾龍一教授の本を手に取ったところ、表題のテーマは沢山ある小論やエッセイの一つで、長尾教授と満州の関係を知る『ヤルタとポツダムと私』エッセイも収録されていた。

後藤新平が開発した満州の最後にいた、日本人の一人でいらしたのだ。
これで、長尾教授がご専門の法哲学以外の「ラティアモア」に並々ならぬ興味をもたれ本を書かれたことも理解できた。

「五族協和」「王道楽土」の言葉に釣られて満州に移民した長尾家は、最後は日本軍に置き去りにされ、当時3ヶ月だった長尾教授の弟は移動中に亡くなられ、悲惨な状況に追い込まれたのだ。長尾教授ご自身も戦争孤児になる寸前であった。
長尾教授が米中vs日の関係を悪化させる一因を作ったであろう、太平洋問題調査会のラティモアに興味を持たれたのがわかったような気がした。

長尾教授の満州での記憶は、カール・シュミットへのご関心にもつながる要素、なのかもしれない。

長尾龍一著『アメリカ知識人と極東 ラティモアとその時代』
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1368
長尾龍一著『アメリカ知識人と極東 ラティモアとその時代』(2)
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1369
長尾龍一著『アメリカ知識人と極東 ラティモアとその時代』(3)
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1374

『中国と私』ラティモア(1992年 みすず書房)
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1379
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