CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« Pacific Commons | Main | ミクロネシアの海上保安事業»
プロフィール

早川理恵子博士さんの画像
早川理恵子博士
プロフィール
ブログ
<< 2018年07月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
Google

Web全体
このブログの中
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』江崎道朗著 [2017年09月13日(Wed)]
私が近現代史を全く知らない事を反省したのは、ミクロネシアと日本の関係を理解するには第一次世界大戦前後ははずせない、と今更のように思い返した事と、2015年の天皇陛下のお言葉を知ったからである。

天皇陛下のご感想(新年に当たり)
「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています。」

近現代史はあまりに複雑で「陰謀論」を持って来るとわかりやすいため「陰謀論」につい走ってしまうと筒井清忠教授から伺ってから資料は慎重に選ばなければ、と思うようになった。他方、新渡戸稲造が「日本を滅ぼすのは軍閥か共産主義」と述べた事を知って何某かの「陰謀」はあったのではないかと思うようになったし、軍閥でも共産主義でもない立場はとは?と言う疑問も持つようになった。

出版一月もしないうちに重版を重ねている江崎道朗著『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』はそのような私の疑問に答えてくれる内容であった。

まず読みやすい。
今まで手にした近現代史の本は「あまりに複雑」で頭に入らないものが多かった。伊藤隆先生の本などである。江崎氏は複雑な近現代史をなるべくわかりやすく、歴史専門家でない人も読めるように編集されたのだと思う。それでも新書なのに400ページもある。

バランスが取れている。
今まで読んだ本はどちらかと言うと、右か左、善悪で分けて書かれているような印象がある。この本は共産主義が隆盛した原因なども丁寧に書いている。共産主義が悪い悪いと言うが、ではなぜあそこまで多くの人々が支持したのかわかったような気がする。


多岐に渡る項目。次々とさらなる疑問が湧いて来る。例えばレーニンが主導するコミンテルンは私が関心を持つ「自決権」の話にもつながるのでじっくり読みたい箇所である。欧米のアカデミズムが早くから共産主義やレーニンを捨てたのに対し、日本のアカデミズはなぜ最近まで支持してきたのであろうか?それはもしかしたら「保守自由主義」が未だに弱者を救えていないからではないだろうか?など。

最後に、新渡戸稲造ファンの当方としては、新渡戸が一切出てこないのが多少不満であった。が、それぞれの記述に新渡戸がどのように影響し関与していたか想像しながら読んだ。
特に聖徳太子研究の箇所だ。以前このブログに書いた新渡戸の『日本−その問題と発展の諸局面』には聖徳太子が何をしたか賛美と共に詳細と分析が綴られているのだ。小田村寅次郎と新渡戸は年齢が大きく離れているが、誰か介して繋がっているのではないだろうか?

これだけの情報量である。新書とはいえ、索引が欲しい。
『時間の政治学』永井陽之助著 [2017年08月02日(Wed)]
太平洋島嶼国を仕事にすることになって、体系的に学びたいと1997年に青学にいらした渡辺昭夫先生の門を叩いたところ、ボーナスが。

国際政治学者、永井陽之助先生のゼミに参加する事ができたのである。
そして永井先生の小国論を初めて知って、それは宝箱を、宝島を見つけたうような驚きと喜びであった事は、あれから20年経つ今でも覚えている。


笹川会長に言われて、渋々始めたこのブログも8年近く継続し、アクセスが増えるだけでなく、隅々まで読んでくださっている方も、そしてそれが若い人たちであることも、最近知ることとなった。
で、太平洋島嶼国の細々とした事も重要なんですが、やはり理論が必要で、必読書として『時間の政治学』永井陽之助著をあげておきたい。

笹川平和財団に出向していた国交省のクワ何とかさんという官僚から「パラオが政府として決めた海洋サンクチュアリ法案ですから支援するのは当たり前です。」と真剣に言われた時、目眩がした。こうやって書いているだけも目眩がする。UNCLOS無視、海洋資源科学無視、の法案だ。
小国の行動形式を何も知らずに(別に小国に限ったことではないが)事業を行うことの恐ろしさ、怖さ、だ。

日本外交にとってますます小国の意味は大きくなる。中国はよく知っているだろう。その意味を。
せめて永井先生の『時間の政治学』だけでも読んでおいてほしい。
『ハワイに渡った海賊達』(2007年、堀雅昭著、弦書房) [2017年07月05日(Wed)]
515HHywJXGL._SX333_BO1,204,203,200_.jpg


「ハワイの漁業開祖は瀬戸の海賊!」 と2つのブログをあげたが、『ハワイに渡った海賊達』の返却日が過ぎていたので、慌てて後半分を読み終えた。

ハワイの漁業開祖は瀬戸の海賊!
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/2080

ハワイの漁業開祖は瀬戸の海賊!その2
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/2083


筆者の堀雅昭さんは学者ではなく、山口大学理学部を卒業後、一度製薬会社研究の職につかれたようだが、辞めて文筆家として山口を中心に多彩な文章を書いていらっしゃるようである。

ハワイの日系社会と言えば、沖縄からの移民という印象しかなかった。この本で初めて瀬戸内海の海賊の末裔とのつながりはを知った。太平洋の漁業開拓、という視点からも非常に興味深かった。
下記、以前上げた上記2つのブログ以外にこの貴重な本から書き留めておきたい箇所をメモしておく。


山口県和木町の島崎政一郎(明治9年生まれ)がハワイに渡り、サモアに。そしてその子、フランク・ファノ・シマサキはサモアの大酋長になったのだそうである。(p. 102-104)

明治40年、「米人の疑心暗鬼」はハワイでも顕著になる。興味深いのは押し寄せた移民が日露戦争後の失業軍人が多く、また子供を勉強のため日本に帰らせていた事が、日本が戦争を準備していると受け取られたとのこと。p. 156-159

山口県出身の松岡洋右が昭和8年4月にホノルルで演説し、そして5月には郷里で演説している。日米が戦争になるのであれば、ハワイの日系二世は米軍兵士として戦うべき、それが大和民族の武士道である、と語っていたのだそうだ。 p. 218-221

真珠湾の軍港化は1860年から開始し、大正14年(1925年)には米国側の対日戦争の輪郭が露になっていた、と書かれている。ここら辺の米国の軍事的な動きは、オレンジ計画以外(これもおぼろにしか知らない)殆ど知らない。p. 230-231



この本は、現在のハワイの日系人社会、そして太平の漁業問題を理解する上で、かなり重要ではないか?
この本と、芋づる式に見つけた学術ペーパーの情報はこれからも役に立ちそうだし、教えて上げたい人々の顔が次々と浮かんで来る。

瀬戸内海の海賊。オソルベシ!
『ヤルタとポツダムと私』長尾龍一著 [2017年06月23日(Fri)]
『カール・シュミットの死』という長尾龍一教授の本を手に取ったところ、表題のテーマは沢山ある小論やエッセイの一つで、長尾教授と満州の関係を知る『ヤルタとポツダムと私』エッセイも収録されていた。

後藤新平が開発した満州の最後にいた、日本人の一人でいらしたのだ。
これで、長尾教授がご専門の法哲学以外の「ラティアモア」に並々ならぬ興味をもたれ本を書かれたことも理解できた。

「五族協和」「王道楽土」の言葉に釣られて満州に移民した長尾家は、最後は日本軍に置き去りにされ、当時3ヶ月だった長尾教授の弟は移動中に亡くなられ、悲惨な状況に追い込まれたのだ。長尾教授ご自身も戦争孤児になる寸前であった。
長尾教授が米中vs日の関係を悪化させる一因を作ったであろう、太平洋問題調査会のラティモアに興味を持たれたのがわかったような気がした。

長尾教授の満州での記憶は、カール・シュミットへのご関心にもつながる要素、なのかもしれない。

長尾龍一著『アメリカ知識人と極東 ラティモアとその時代』
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1368
長尾龍一著『アメリカ知識人と極東 ラティモアとその時代』(2)
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1369
長尾龍一著『アメリカ知識人と極東 ラティモアとその時代』(3)
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1374

『中国と私』ラティモア(1992年 みすず書房)
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1379
渡邉昭夫編著『21世紀を創るー大平正芳の政治的遺産を継いで』PHP研究所, 2016 [2017年04月10日(Mon)]
9784569831312.jpg



年賀に渡辺昭夫先生から「白鳥の歌」のリストをいただいた。
渡辺先生が一作ごとにswan’s songのつもりで書かれた作品の一つが『21世紀を創るー大平正芳の政治的遺産を継いで』(PHP研究所, 2016)である。

公文俊平氏と渡辺先生の単独の論文の他に座談会形式で3つのテーマが議論されているが、やはり私には渡辺先生の「国際政治家としての大平正芳」(第一部、第二章)が一番印象に残った。

渡辺先生からは1997年に青学にいらした時にその門を叩いてからもう20年近くご指導をいただいている。安全保障のご専門家なのだが、ガチガチの安全保障観ではなく、絵画から音楽、文学となんでも含む安全保障なのだ。大平正芳の安全保障観にその源泉がある事を同書で知った。下記に引用する。

「したがって、これまでの「集団安全保障体制ですら不十分」であり、「内政の充実をはかるとともに、経済協力、文化外交等必要な外交努力」の強化がこれに伴われなければならない。「安全保障は軍事力だけではなく、政治、経済、外交、文化、科学もろもろの複合的な力によって形成されているのだから、軍事力を軽視することはできないが、これを偏重する考えはとらない。」」(同書、112頁)

私は、渡辺先生を通して大平元総理にも接していた事になるのではないだろうか?
沖縄の離島において中国の脅威に対応する形で「伝統的安全保障」が強化されて行く中、島の文化、歴史、人々の教育、福祉が同時に支援されるべきである、と考えこのブログでも書いている。それは勿論渡辺先生の影響があるのだが、大平総理もそういう考えであったのかもしれない、と思うと心強い。

しかし、同書には太平洋島嶼国の事は書かれていない。
大平正芳元総理が太平洋に、その島々に特別な関心を持たれた事は断片的に色々な文章で読んで来たが、まとまった形で見かけた事はない。
笹川太平洋島嶼国基金は大平正芳元総理の太平洋島嶼国への思いを受け継いで設立した、と財団の誰かが言っていたが、これは笹川会長に聞けばわかるであろうか?
LAと片岡義男 [2017年03月14日(Tue)]
17155484_1130390970420989_7984321821912540451_n.jpg


今年、始めてLAを訪ねた。古い友人の住む西海岸。
マリブビーチやサンタバーバラなど有名な美しい海岸の町も訪ねた。
ちょうどトランプ政権の移民問題が重なりカリフォルニアが違法移民の州である事を背景に感じながら。
そしてスターウォーズのレイア姫を演じたキャリー・フィッシャーさんとその家族が抱えていた闇が、華やかなハリウッドやビバリーヒルズの現実を突き刺すように示しているようにも感じた。
勿論,レーガンのハリウッドでの赤狩りや、マフィアの存在も。

マリブビーチのレストランで、ふと片岡義男という名前を思い出した。私がティーンの時は雑誌のポパイやオリーブで彼の写真や文章を見ていた記憶があるし、本も何冊か読んだ記憶がある。

今日、本を整理していたら上記の本が出てきた。写真家佐藤英明さんとの対談形式の本だ。
中身を読んだが、勿論ハワイの移民や先住民の話も、カリフォルニアの違法移民の話も、ハリウッドの闇も、暗い部分は何も触れられていない。
おじいさんが周防大島出身でハワイへの移民だった片岡さんは勿論詳しい影の歴史を知っているのだろう。
彼やメディアから私が得ていた、カリフォルニアやハワイのイメージは、本当に限られた、切り取られた風景でしかなかったのだ。
『日本の立ち位置がわかる国際情勢のレッスン』谷口智彦著 [2017年03月04日(Sat)]
以前このブログに書いたチャゴス諸島の海洋保護区の事が知りたくて、谷口 智彦氏が書かれた「北京が欲しがる「真珠の首飾り」と「龍のトンボ」A String of Pearls; Dragon’s Dragonfly」が収録されている、『日本の立ち位置がわかる国際情勢のレッスン』を購入した。図書館になかったのである。

「チャゴス諸島メガ海洋保護区を巡る、脱植民地化・人権・英米の思惑、そしてウィキリークス」
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1865

中国がシーレンに置いた要衝は、かつて英国やフランスの植民地で、追い出したのは日本である。英国がアジアへの拠点としたのがチャゴス諸島なのである。そこを横須賀の在日米軍司令下がカバーしている、という話なのだと思う。
チャゴス諸島の軍事プレゼンスを守るために、即ち旧島民の帰還を阻止するためにメガ海洋保護区は必要だったわけだ。軍事的地政学と海洋保護区の関係。もしかして米国がハワイや太平洋に展開しているメガ海洋保護区にも同じような理由が隠されているかもしれない。メガ海洋保護区は軍事的アクセス、調査、そして伝統的利用は許可していたはずだ。ここは要調査。

ところで、この本読みやすく、また面白かったので他の章も一気に読んでしまった。
例えば「インドと中国・対外拡張のシンボル」ではインド人が植民地時代の支配者の言葉にアイデンティティを仮託するインドの精神状況は興趣に尽きない、と書かれている。これは「植民」が必ずしも一方通行ではない、即ち植民される側が植民者を積極的に取り込んだり、または文化的に植民したりする例を新渡戸が議論していたことを思い出させた。

それからオバマ大統領の件だ。「学生オバマが見た夢・大軍縮会議」
ここでチャーチルの言葉を引用し、40歳でソーシャリストならブレインレス-馬鹿だ、とオバマ大統領をまさかそうとは思いたくないけど..と。まさか大統領に馬鹿と書けない著者は、補遺でかなりはっきり書いている。オバマとその周辺の高官は反戦・反核で自国に誇りを持てない。日本のインテリと同じである、と。オバマ大統領、そんなに酷かったのか。現在トランプ大統領が米国一番と叫び、軍事費の拡大を進めているを見ると、まさにオバマ政権への不満が生んだ大統領だったのではないか。
『京都の一級品ー東山巡礼ー』竹山道雄(昭和40年新潮社) [2017年02月20日(Mon)]
16832307_1106940832766003_8350579802146020295_n.jpg


竹山道雄の『昭和の精神史』を探していた時に見つけた本。
京都と奈良を案内した本である。
気持ちの余裕がある時に読もうと図書館で借りたのだが、余裕なんかいつまで経ってもできずに返却日が来たので一度返す事にした。もう本は買わないことしている。(図書館にある場合)


『昭和の精神史』竹山道雄著作集1福武書店昭和58年
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1818


『京都の一級品ー東山巡礼ー』(昭和40年新潮社)は、京都に観光に来る高校生のためにわかりやすく、若い人の心を豊かにする本を、と竹山道雄が書いた本で19の神社仏閣などを紹介している。

2つ目の三十三間堂まで読んで、非常に心に残ったのが箇所がある。最後の部分だ。(33-34頁)

「仏はひたすら生きとし生けるものを救済しようと願う慈悲の化身である。エホバのように、嫉む神であって、他の神を信ずる者を悪魔の手先としてゆるさぬというのではない。」
さらに朱雀天皇の言葉を引用する。
「天下の者罪あらば、その責まさにわれ一人に帰する。官軍も賊軍も、ともにわが王民である。ねがわくば怨親平等に、仏の大慈悲によって救われんことを。」

後白河法皇も武将もこれをしたと例をあげ、さらに時が下がって朝鮮の役の後でも、島原の乱の後でも敵、そして山野の動物にいたるまで供養が行われたことが記される。このような気持ちが日清・日露までは残っていた、と書いている。
つまり第一次世界大戦あたりから敵を供養するという気持ちがなくなった、ということか。靖国に敵国の兵士を祀ってはどうだろうか?せめて展示会とかでその武勇を讃えてはどうか?東郷神社にはニミッツ司令官の銅像か絵か飾ったらどうであろうか?

竹山はそこに仏教とキリスト教の違いがあり、キリスト教は他の生き物は人間に食われるために造られたという。そうえいば鯨塚とかありますね。

『渡辺華山』石川淳著 筑摩蔵書 昭和60年 [2016年12月10日(Sat)]
imgres.jpg


一昨年、15年ぶり位に当方に会いたいと言っていただいた日本財団の鳥井参与から紹介いただいた本である。鳥井参与が当方を覚えていてくださったのは当方の美貌のせいではなく、ほぼ毎日書いているこのブログのせいであった。

鳥井参与には15年前、私が企画運営してきた八重山諸島での「やしの実大学」事業に参加いただき、高く評価いただいた。鳥井参与の評価とは反対にこの事業は潰されてしまい、私もつらい立場に追い込まれる結果になったので、私はてっきり鳥井参与の関与かと想像して多少怨んでいたのだ。お会いしてそうではなかった事を知り思わず、桜の下でハグしてしまったのである。

さて、鳥井参与に後藤新平を紹介いただいたのだが、続いてこれも読む様にと石川淳著『渡辺華山』を紹介いただいたい。直ぐに購入して半年以上が経ってしまった。後記と最初の数頁を読んで、実は気が滅入ってしまったのだ。今回思い切って読み通した。

昭和39年に再版された同書に著者石川淳氏は、読者には悪いが良い思い出がない作品だと、後記に紹介する。書かれたのが昭和16年で、書きたいものも書けない時代。作品は歪んだものになってしまった、とある。

そうなるとどこが歪んでいるのだろう?どうのうように歪めたのだろう?と詮索しながら読んでしまう。華山が生まれた育った清貧の環境も、飢饉を救った華山の業績も、海外に目を開き、国防を開国を唱えた華山も、昭和16年頃の、あの戦争に向けたプロパガンダが含まれているのではないか?と想像してしまう。

鳥井さんがこの本を当方に推薦いただいたのは、華山が日本文化への理解と海外への関心を同時に持っていたことから学べ、という事だと当方は理解している。華山が書いた「西洋事情御答書」などの学術研究があればそれを読んでみたい。*

最後に書かれている切腹も奇麗に書かれ過ぎていないか?石川は伝記か小説か訳のわからないものになってしまった、とこれも後記に書いている。嫌疑を掛けられながらの華山の潔いみごとな死。昭和16年の軍部に配慮した書き方の様にも疑ってしまう。

切腹で思い出すのは、新渡戸の偉人伝に出て来る伊藤公の話である。伊藤公は目撃した切腹の様子を細かに新渡戸に話したらしく、こんな惨い死に方はない、あれはいけない、と伝えている。新渡戸がなぜわざわざその事を書いたのか?武士道への誤解や軍部の台頭を気にして、わざわざ書いたのではないか?

新渡戸は亡くなる2年前に軍部と共産党を批判して命を狙われる。70近い新渡戸は矢内原に「殺されて惜しい命でもない。」と病床で伝えた。
石川淳がこの本を書いたのが42歳。まだ惜しい命である。


*後で読みたい渡辺華山関係資料
第5回「<歴史探訪>田 原藩重臣・天才画家、渡辺崋 山礼讃」
http://www.water.go.jp/honsya/honsya/pamphlet/kouhoushi/2011/pdf/1108-05.pdf
幕末政治と立憲政体構想 奥田,晴樹
http://dspace.lib.kanazawa-u.ac.jp/dspace/bitstream/2297/11031/1/okuda-080621.pdf
ドナルド・キーン氏も書いている。
『国家神道とは何だったのか』 葦津珍彦著 [2016年12月04日(Sun)]
9k=.jpg


日文研が主催した反日、反安倍集会、とでも呼びたいあの経験がなければ、オークランド大学のマーク・マリン教授の発表、政治的プロパガンダ発言を聞かなければ「国家神道」について読む機会はなかったであろう。
人生何が幸いするかわからない。

早速調べて探し当てたのが 葦津珍彦著『国家神道とは何だったのか』
何人かのFBF の方からも推薦いただいた。
今回はKindleで2回読んだ。

明治維新以降の神道の辿った道の険しさを、複雑さを始めて知った。
マリン教授や、私もちょっと気になっているネトウヨが支持していそうな「神道」。戦前のファナティックでショービニスティックな神道は、民衆が生んだのである。簡単に言ってしまうと。

今でも神道とは何かを知らない民衆が再度ファナティックでショービニスティックを求める可能性は否定できないのではないか?それがマリン教授が関心を持ったきっかけであったオウムにも関係してくるのではないか? アッキーの神道は、高麗神社も訪ねているし、それとは違うのではないか?等等、色々考えてしまった。

著者、葦津珍彦氏が「神道とは・・・ 数千年の日本民族大衆の精神生活の中で、自然成長的に育成されて来た民族固有の精神の総称である。」と書いているのだが、これは新渡戸の神道論、そのままである。
私は葦津氏は新渡戸の『日本−その問題と発展の諸局面』を読んでいると思う。

Kindleだと引用しながらブログを書けないので、本を入手したら色々書いてみたい。
| 次へ