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「ラウンドテーブル」運動とコモンウェルス 松本佐保 [2017年06月03日(Sat)]
Lionel_Curtis.jpg

チャタムハウス創設者 ライオネル・カーティス1872-1955



「ラウンドテーブル」運動とコモンウェルス − インド要因と人種問題を中心に –
松本佐保 (page 191-220)
『コモンウェルスとは何か』山本正・細川道久編著、ミネルヴァ書房、2014年


前回、さっと斜め読みしたが、気になったので再読したら、かなりの情報量だし、濃い内容なので、再度メモとして書いておきたい。

チャタムハウス設立につながる「ラウンドテーブル」の存在。そしてチャタムハウスと太平洋問題調査会の関係。衰退する大英帝国の生き残り作戦。
チャタムハウスを動かす2人の民間人−ライオネル・カーティスとロージアン卿。特にカーティスの果たした役割 − それは今に続く英連邦の枠組みや、自由連合という提携国家の誕生の基になったであろう(ここは当方の想像)「委任統治」の案。即ち現在の小国の存在の起源(の一つ)がここにあるのかもしてない。
さらにカーティスが中国滞在で書いた『中国問題の核心』が、リットン調査団を生み出す結果になった、とあるところはいつか詳細を追ってみたい。(210−211頁)(”The Capital China Question” PDF見つけたのでリンクしておきます。結構な量なので、いつ読めるか)

論文は6節からなり、第1節は「ラウンドテーブル」があまり研究されて来なかった理由が説明されている。(p. 193-195)これが結構面白い。
まずはセシル・ローズという「強欲ダイア」と象徴される人物が支援者であったことからあまり取り上げられなかった。そして帝国主義に否定的な米国が英国の帝国主義から学んだという事は認めたくないという理由。さらにそしてラウンドテーブル研究がアングロサクソンの国際社会を牛耳って入ると言う陰謀説に解釈される可能性がある事。そしてチャタムハウスが流動的て実態が掴みずらい存在であった事が上げられている。

2節の“「ラウンドテーブル」運動の起源と発展”では、まずは白人植民地のコモンウェルス −「諸国民の共同体」の形成が書かれている。そこにはインドという“英国”内部からの圧力と、ドイツ・日本という外部からの圧力が形成要因として存在していた。特に日本に掲げるアジア主義への対抗があった。そしてアイルランド問題については第二の米国を作らないように、良好な関係を築き上げて行く事が書かれている。
次にベルサイユ会議で出された「委任統治」というアイデアは1916年のカーティスが書いた『コモンウェルスの問題』にあったようで、1918年12月のラウンドテーブルにカーティスは国際聯盟の委任統治について発表しているという。(202-203頁)。即ちウィルソンが同意した「委任統治」はスマッツが提案したがそれはサー・ロバート・セシルがカーティスの案に賛同した事が発端であった!これは矢内原に論文にも書いてなかったと思う。後で確認したい。

3節では“「チャタムハウス」始動とインド自治問題“が扱われている。
カーティスは日英同盟を支持していたがその理由は、日本の植民地や帝国問題に関心があり日英は協力すべきと考えていたという。多分新渡戸から植民政策を学んでいたであろう。興味深いのはカーティスも他の英国人も豪州の白豪主義に懸念を示していたと言う事だ。それは人種問題に同情的といより、人種差別をする事で、英国の有色人の植民地が英連邦から離れていってしまうからである。英領インドはすでに英国にとって防衛力として重要であり、人種問題とはインド問題として、英国は対応しなければならなかった。すなわち、ベルサイユ会議で英国が日本の人種差別撤廃提案を反対したのは、豪に多くの犠牲を払わせたため、同国のヒューズ首相の圧力にロイド・ジョージが屈したと言う事だ。これは初めて知った。(p. 206−207)

そして第4節はこの本をすぐ返却しなかったテーマ “「チャタムハウス」と「太平洋問題調査会」”
カーティスがチャタムハウスを設立したのは連盟が目指す戦争回避などを同じ目的をかかげ宣伝することなどであった。そして「カーティスが最も懸念したのは、はやり非白人世界をいかにこうした白人中心的な国際秩序に取り込んで行くかであった」(p. 207-208)そしてカーティスは人種問題と中国での「5.30事件」をきっかけに極東全体に拡大し、これが当時「太平洋岸のアジア人に関する加米共同研究を目的とする人種調査プロジェクト」を実施していた「太平洋問題調査会」につながり、チャタムハウスは「太平洋問題調査会」の正式メンバーとなる.1925年に設立された「太平洋問題調査会」は前年1924年に施行された排日移民法対策であり、元々は日米カナダ、豪州等の外交関係を改善する事が目的であった。

第5節極東問題への関与、ではカーティスが中国滞在で『中国問題の核心』を執筆。これがリットン調査団を生み出す結果になったとある。そして英米は、日本が中国に独占的で保護貿易的を進めている事に反発。新渡戸が参加し、そして帰国途中で亡くなった1933年のバンフでの太平洋問題調査会では英米の利益は完全に一致していたようだ。(p. 210-211)

最後が第6節「移民・人種問題とアジア主義」
豪州の白豪主義、米加の排日移民法と「白人優位主義ネットワーク」は確立する一方、英国は第一次世界大戦で、インド兵がアンザックよりも3倍動員されていた例を見るようにインド人なしでは英国の軍事防衛は有り得ない状況であった。そして「ラウンドテーブル」の発端であった南アフリカでインドナショナリズムに目覚めたのはあのガンディーであったのだ。
ベルサイユ会議で日本が提案した人種差別撤廃が却下され、続いて日英同盟も破棄、そして排日移民法施行は人種を意識したアジア主義へと発展する。このような状況の中で英国はインドが離れて行かないようその自治を認め人種的にも対等であるという姿勢を示す。この事が第二次世界大戦後にインド独立が比較的容易であり、有色人種をいれたコモンウェルスの完成になったという。

Curtis, Lionel . ”The Capital China Question” 1932
capitalChinaquestionCurtis.pdf
Why Should "Colonialism" Be A Dirty Word? [2014年12月08日(Mon)]
1930年から2000年まで、70年間続いた雑誌、Pacific Islands Monthlyとうのがある。
確かフィジーのスヴァで発行されていた。

ちょっと調べ物があって図書館でアーカイブを見ていたのが、結構面白い記事が散らばっている。
1960年代の事で、太平洋で最初の独立国、西サモアが誕生した頃だ。

1962年11月号に
 Why Should "Colonialism" Be A Dirty Word?
という短い文があった。
フィジーの独立の動きが芽生えた頃であろう。
植民地って悪い言葉なの?と以前ブログで私が疑問を投げかけた同様の事が書いてある。

フィジーの酋長、Ratu Sukuna氏のコメントを引用し、イギリス人が来る前はフィジーは民族間の争いが激しかったが、大英帝国への共通の忠誠を持つ事で、フィジーは平和になった、とある。

多分、フィジーの場合は先住民への搾取や奴隷制度はなかったのであろう。フィジーを統治した英国担当者はアダム•スミスをよく読んでいたに違いない。

フィジー独立後、英国コモンウェルスの一員として留まり、国家君主はエリザベス女王であった。
しかし、度重なるクーデターで、コモンウェルスの資格は保留されたり戻ったり。
エリザベス女王は今は形式に過ぎないユニークな存在なのだそうだ。これはwiki情報。
2006年のクーデターの後もコモンウェルスの資格を保留されていたが、この9月の選挙で戻った。
Renaissance - Sounds Of The Sea [2013年08月15日(Thu)]
時々聴きたくなるルネッサンスの- Sounds Of The Sea
ここに貼っておこう。



Watching winter pools take me to the sea
Carried by the wind sighing feeling free
On the beach alone seabirds circle there above me
Lonely winter day makes me want to stay
There where I belong
Where I am real, where I can feel sounds of the sea
Rivers flowing down streaming in the sand
Shells are tangled in seaweed drifting strands
Pools of silence stem peace is sounding all around me
Lonely winter day makes me want to stay
There where I belong
Where I am real, where I can feel sounds of the sea
Sun sets slowly and night returns once more
Standing by the surf coasting on the shore
Shadows in the night echoes of the sea inside me
Lonely winter day makes me want to stay
There where I belong
Where I am real, where I can feel sounds of the sea

これもつでに貼っておく。ピアノがいいのよね

The Young Prince And Princess


これは歌詞がイイネ。

Ocean Gypsy
Pacific Maritime Domain [2012年05月08日(Tue)]
Dear All,

I had a very intensive and informative visit to Australia in April focussing on future of Pacific Maritime.
Let me share this with you.

Firstly, the Australian government has agreed with the Senators Committee's recommendation in last year 2011.
see "Government response" p16. Recommendation 4.
http://www.aph.gov.au/Parliamentary_Business/Committees/Senate_Committees?url=fadt_ctte/swpacific/index.htm


Secondly, I had a very intensive meeting with Prof Martin Tsamenyi of University of Wollongong.
He pointed that the Niue treaty has two components:
1. Maritime surveillance and enforcement Data information sharing, and
2. Cooperative Law Enforcement under subsidiary agreements.
Component 1 does not require subsidiary agreements and no clear framework for the implementation.

Prof Tsamenyi also pointed out that Polynesian states launched a very successful sub-regional cooperation framework - Te Vaka Moana.
http://www.tevakamoana.org/


Thirdly, Dr Sam Bateman gave me a very interesting report on seminar which was held in Palau, 2006.
"MICRONESIAN MARITIME SURVEILLANCE AND EEZ ENFORCEMENT SEMINAR"
MMSES-REPORT.doc
PacificMaritimeDomain.xlsx
This seminar discussed wide range of maritime issues as well as needs of "coordination mechanism" among the Micronesian region.
I attached report with Dr Bateman's permission.

Dr Bateman also encouraged me to make list of stakeholders of Pacific Maritime Domain.
I have made a spreadsheet - see attached, but this is only under construction so is not a fnal document. I would appreciate your input.
PacificMaritimeDomain.xlsx
Her Majesty the Queen クイーンエリザベスが君主となる国 [2012年05月04日(Fri)]
太平洋のツバル、パプアニューギニア、ソロモン諸島、そしてクック諸島、ニウエの君主にして私とお誕生日が同じで、しかも今は遠〜〜い親戚関係になったHer Majesty the Queen クイーンエリザベスII。
他にも下記の国々の君主であられる。忙しいに違いない。
フィジーもかつてエリザベス女王を君主に迎えていたが、クーデターが要因で、英連邦メンバーには留まるも、下記のリストにはない。


オーストラリア、
ニュージーランド、
カナダ、
イギリス、
南アフリカ、
パキスタン、
セイロン、
ジャマイカ、
バルバドス、
バハマ、
グレナダ、
セントルチア、
セントビンセント・グレナディーン、
ベリーズ、
アンティグア・バーブーダ、
セントクリストファー・ネイビス


オーストラリアは共和制に移行を希望する声も大きく、国民投票が行われた。
結果、現状維持となった。
意外な事に移民からの支持が多かったという。祖国の政情不安は伝統的権威ー王政を廃止した事が原因、という理由らしい。これは友人から聞いた話でウラを取っていない。


エリザベスII女王の祖父ジョージ5世とその兄弟は明治維新後の日本にHMS Bacchanteでやってきている。
日本政府が止めるのを無視し、船に彫物師を呼んで、腕に龍を彫らせたという。
この入れ墨事件をちゃんと研究している人もいる。
Noboru Koyama, The Japanese Tattoo and Britain during the Meiji Period, Cambridge University Library
http://eajrs.net/files-eajrs/koyama_0.pdf
何はともあれトンガ同様、日本の君主がエリザベス女王でなくてよかった。
援助ー主権ー自由連合 [2012年05月04日(Fri)]
 自由連合協定とは何か。
 後で(いつか)きちんと書きたいと思いますが、今日は朝からニューヨーク在住のフランシス・ヒーゼル神父とメールでディスカッション。
 神父が昨年出したミクロネシアの経済に関する報告書とニュージーランドの法務省が出した報告書は「自由連合」を理解するのに重要。下記にその重要だと思う部分を書き出します。

 ヒーゼル神父の報告書は、島嶼経済の現実を示しつつ、経済的自立なんていつまでも非現実な事を言ってないで、極小島嶼国を国際的な離島問題として、永遠に援助する対象ととらえた方がよいのでは?国家の中の福祉政策と同様で、支援対象であっても、主権は尊重されてよい、という内容。
 同様の主張を笹川太平洋島嶼国基金2代目運営委員長にして、東大名誉教授の渡辺昭夫教授もされていました。
 ヒーゼル神父はカソリック、イエズス会の神父ですが、歴史学、経済学、社会学の本をたくさん出しています。本当に神父様?ってみんな思うらしい。ADBの委託調査も行い、援助機関、それ自体が目的化していることもお見通しです。

"The new view of foreign aid to the Pacific embraced here is simply an extension of a sense of responsibility that many accept for their own fellow citizens. Just as the state in modern liberal economies has taken on the responsibility of offering some assistance for individuals who cannot provide entirely for their own support−through government-assisted, low-rent housing; basic medical coverage for indigents; food stamps; and other benefits−
so the world community is being challenged to do the same for hard-pressed nation states throughout the world." (p27-28)
Francis X. Hezel, SJ,. “PACIFIC ISLAND NATIONS: HOW VIABLE ARE THEIR ECONOMIES?”.Pacific Islands Policy, No. 7, Honolulu: East-West Center, 2012.


 これに近い制度がニュージーランドが国連の提案した自由連合。クック、ニウエと締結している自由連合は両国の外交も国防もニュージーランドが管理するものではなく、協力を依頼されたら支援します、という内容。ここはニュージーランドも国際社会も大きく誤解してきたらしい.

"Thirdly, a peculiar provision in the Constitutions of the two Associated States declares that the responsibilities of Her Majesty the Queen in respect of external relations and defence remain unaffected by the relocation of law-making power in the respective legislatures. That provision was, in the early years after self-government, the subject of some misunderstanding in New Zealand and internationally. Now it is widely understood that the effective source of advice to Her Majesty the Queen in right of New Zealand on Cook Islands and Niuean matters are Her Cook Islands and Niuean Ministers. As with the emergence of the older Commonwealth States as autonomous members of the international community, this position was reached by the evolution of constitutional conventions."

Pacific Peoples' Constitution Report - Published September 2000, Ministry of Justice. 2000
http://www.justice.govt.nz/publications/publications-archived/2000/pacific-peoples-constitution-report-september-2000/publication


 ヒーゼル神父に投げた次の質問は ー Her Majesty the Queenって誰?
大英帝国の遺産か、国際政治の秩序を維持する機能?アメリカがボストンの港にお茶と共に投げ捨てた制度ですよね?米国とミクロネシアの自由連合で、米国が今やっているような横暴を阻止するためにもHer Majesty the Queenのような権威が必要か?

 答えはまだいただいていない。そう言えばHer Majesty the Queenはイギリス国教会の首長でもある。カソリックを追い出したんだった。
タイ王立海軍が支援するHopeful Children (2) [2012年04月20日(Fri)]
FFF.png



 タイの友人、Visit Dejkumtornさんが組織し、年1回タイ王立海軍の協力得て実施しているHopeful Children
 1991年から始まったこの事業は20年の歴史を持つ。

 今年も無事、この3月に開催された、とビジットさんから今朝メールと写真が届いた。
 タイの孤児や障害を持つ子供達を集め海岸で3日間のキャンプをする。
 昨年の参加した子供達800名の倍近い1500名が今年は参加した、という。
 この数だったら軍隊じゃなきゃ仕切れないかも。

 本来戦争のためにある軍隊が孤児や障害者支援をする。
 軍隊の一つのあり方として興味深い。
 国家の”Force”のあり方はここ数年のテーマだ。

Face bookでも紹介されている。
www.facebook.com/ForHopefulChildrenProject


PALM 2012 - Ocean Diplomacy [2011年11月17日(Thu)]
PALM 2012 - Ocean Diplomacy

Ministry of Foreign Affairs press released recommendations for next Pacific Islands Leaders Summit in Japan.
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/23/11/pdfs/1115_06_02.pdf

Notably they included "Ocean Diplomacy" as top priority as well as "Cooperation with US".
This two elements may give this summit new direction, as I believe.

I had been given an opportunity by Mr Sasakawa, Chairman of the Nippon Foundation, to make a submission to the Ministry of Foreign Affairs.
I have suggested:
1) Invite US who make clear their commitment and engagement to the Pacific
2) Japan need to take responsibility for Pacific Ocean where we heavily rely on.
3) Special scholarship for Pacific Islanders to study in Okinawa who already have contact with PICs Colleges and Universities

Recommendation also include special scholarship.
タイ王立海軍が支援するHopeful Children [2011年10月17日(Mon)]
タイ王立海軍が支援するHopeful Children

 
 日本政府が主催する「東南アジア青年の船」の事後活動国際組織SSEAYP Internationalというのがある。私は大橋玲子さんとの出逢いがきっかけでこの組織が創立した翌年1988年から関わることとなった。1995年から1999年まで事務局長をやらせていただき、ちょうど憲章修正やロゴ作りといった実務作業が必要な時期で、この頃共に活動したアセアンの友人達は一生の宝である。
 
 今年5月、久々にこの友人達に再会することができた。
 この中にタイのビジットさんがいた。
 昔、ビジットさんとは本当にいろいろな話しをした。久しぶりの会話はつきる事がない。ソムチャイは、チャイワットはどうしている?タイ社会の重要なポジションにある彼らの人生は相変わらず波瀾万丈のようだ。

 この「東南アジア青年の船」は日本が高度成長時代にアジアに経済進出する中で、アセアンの反日感情が高まった頃に立ち上げられた事業である。確か田中首相か福田首相がアセアン訪問時にトマトか卵を投げつけられた事件がきっかけだったと記憶する。
 ビジットさんは当時新聞記者で反日記事を書いていたそうだ。そしてこの事業に参加し、日本との交流を通じ彼は今は親日派となった。

 その彼がこの事業の構想を参考にして、タイ国内で青少年の船事業を運営したり、国内の孤児達の支援活動を行ってきた。
 ビジットさんには10年ぶり位でお会いしたのだが、彼の事業はますます発展し、自分でFund for Friends Thailand http://www.fffthai.org/という財団まで作っていた!

 ビジットさんの財団が支援する事業の一つが”For Hopeful Children Project”だ。年に1回Rayon州のビーチに孤児や障害の子供達を招きキャンプを行っている。ユニークなのがタイ王立海軍の支援を受けてこの事業を展開している事だ。
 たまたまビジットさんの知り合いの親戚が海軍の偉い方でトントン拍子に話しが進んだ結果らしい。タイらしい話しではあるが、同時に軍隊の在り方について考えさせられた。
 今ではこのキャンプの運営ボランティアとして日本を始め世界から参加希望があるという。

 活動の様子が下記のYou Tubeと写真集で見られる。
http://youtu.be/XYaexIk29Y4
http://youtu.be/Whsh0ByKMdY
http://www.fffthai.org/fhcp.htm