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早川理恵子博士
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24年前の金平糖 [2017年11月30日(Thu)]
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平成5年、1993年。29歳の時。
皇太子殿下のご成婚式に出席した際いただいた銀(だと思うけど)の金平糖入れ。ずっとしまっておいて忘れていた。
24年前の金平糖食べてみました。

内閣府(当時総理府)事業の関係青年組織幹部をしていたのでご招待いただいたのだ。
当時、笹川良一氏はご存命で財団の皆さんから「笹川会長が呼ばれていないのになんでおまえが!」と相当叱られましたね。
しかも平日昼間の式典だったので財団を休まざるをえず。

NGO活動と政府の関係が様々であることを、多くの人は知らない。
権威に、政府に反対するだけがNGOではなく、うまく動くように引っ張って上げるのもNGOの役割なのだが。。

24年前の金平糖入れは、もうしまわないで手元に置いておこう。
新しい元号は何になるのだろう?
南禅寺のイケズが生んだ岡崎の名園 [2017年11月27日(Mon)]
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「早川さん、京都観光していると論文が終わりませんよ。」と高名な先生からの一言が頭を離れない。
京都にいると1年中観光できる。
春の桜が終われば、山吹、紫陽花、夏の祇園、大文字。
そして、秋は紅葉。
これを観るために日本中、世界中から何十万円もかけて来るのだ。
これをタダで観れる幸運よ。高名な先生からの貴重な忠告は紅葉に消し去られた。

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無鄰菴の夜間公開行ってきました。
庭師の講演つき。面白い話を聞いた。
山縣有朋は東京にも椿山荘を作り、随分庭好き、お金を持て余していたのか?と想像していたが違った。

「天皇さんが東京に行かれて京都の産業を廃れました。再興すべく琵琶湖から水を引いてこのあたりを工場にしようとしたんどす。ところが南禅寺さんが意地悪をして土地を買ってしまい、工場が作れなくなったんです。」
「なんで、南禅寺が?」
「南禅寺は武家面と言いまして、徳川家。明治政府をイジメたんどすな。それで工場が立てられずしょうがないから別荘地にしようという事になり、まずは首相がその模範を、という事で身銭でつくらはったんどす。」
山縣有朋は庭好きでも、お金を持て余していた訳でもなかった。

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もし南禅寺がイケズをしないで工場地になっていたら、名園はできていなかったし、戦争中に爆弾を落とされていたかもしれない。
山縣有朋は、まさか100年後に無鄰菴が多くの観光客を迎えることを夢にも思っていなかったであろう。

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梨木神社便り〜秋 [2017年09月26日(Tue)]
京都 梨木神社、満開の萩。
4月に訪れた時は10センチ位に刈られていたのが私の背丈を優に超えている。

萩が好きだった新渡戸もこの景色を、満開の萩を見たであろうか?

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『母なる天皇−女性的君主制の過去・現在・未来』明治以降 [2017年03月09日(Thu)]
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『母なる天皇−女性的君主制の過去・現在・未来』の英文原著2006年発行

ベン=アミー シロニー著『母なる天皇−女性的君主制の過去・現在・未来』の後半半分は明治以降から現在までの皇室について書かれている。

前半は私が皇室の歴史を知らない事が理由かも知れないが、非常の面白かった。
しかしこの後半部分は、著者の資料研究の範囲、限界が気になって、どうもしっくり来なかった。

それに明治天皇以降和歌を詠む事と政治を、同著の前半同様、分けて議論しているのも気になった。誰か日本人がきちんと教えてあげなかったのであろうか?

参考文献には共産党の宗教学者村上重良も、『国家神道とは何だったのか』の葦津珍彦も取り上げられているが、この二人がどのような背景を持っているのかまでは書かれていない。ご存知なのだろうか?

興味深かったのは宮内省侍医だったドイツ人のエルヴィン・フォン・ベルツ博士のコメントが引用されている箇所だ。ベルツは新渡戸の親友で、日本人マレイ説(オーストロネシア語族)も提議している。それからヴァイニング夫人のコメントも。皇太子が神武が本当にいたのかどうか、私たちにもわからない、と述べていた、とある。

この本の原著は英文で"Enigma Of The Emperors: Sacred Subservience In Japanese History"というタイトルだ。2006年に発行されているからそんなに古い本ではない。
「南京虐殺」と2度程、何の検証もなく出て来ているのは抵抗を感じたが、それでも日本人すら知らない、知ろうとしない、複雑な皇室の歴史についてまとめられている事は素直に素晴らしいと思う。できれば新渡戸の天皇論も参照されていたら、また別の視点があったかもしれない。しかしこれは日本人の責任だ。誰も新渡戸の天皇論をきちんと読んでいないのだから。

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明治天皇以降は陵は東京の多摩に。京都は道真の飛梅伝説の梅が満開だった。
『母なる天皇−女性的君主制の過去・現在・未来』江戸時代の天皇 [2017年03月07日(Tue)]
明治維新を迎える前の、即ち江戸時代の天皇はどうでったのか?
以前疑問に思って、ある教授に伺ったところ、そんな質問をして云々と怒られた事がある。聞き方が悪かったのか。それ以来気にはなるものの誰にも聞けず、良い資料にも出会えずいた。

ベン=アミー シロニー著『母なる天皇−女性的君主制の過去・現在・未来』には1章を割いてあった。第5章 尊崇される「籠の鳥」である。(同書152-191)

気になった箇所だけリストアップしたい。

ー1817年の光格天皇が譲位した最後の天皇であった。そして光格天皇から漢風諡号が復活。死後の天皇に「天皇」の称号をつけるのも復活。(162頁)

ー徳川時代に在位した天皇は15人。70人の女性と約180人の子供をもうけた。そして多くの子供が成人前に亡くなっている。それは触診がタブーであった事等があげられる。また10歳頃に政治的影響を持たないよう仏門に入らなければならなった。

ー綱吉の支援で東山天皇の時、200年行われていなかった新嘗祭と大嘗祭が復活。1687年。

ーひな祭り、歌舞伎、能、伊勢参りなどで民衆の間に天皇の存在が認知される。

ー明治維新に向けた尊王攘夷の話が出て来るのだが、最後に孝明天皇が毒殺された話がいくつかの証言を紹介しつつ書かれている。


天皇の歴史、知れば知る程、胸が潰されそうな話ばかりなのだ。
この後『母なる天皇−女性的君主制の過去・現在・未来』は明治、大正、昭和、平成と展開する。

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東山周辺には結構天皇陵がある。


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後醍醐天皇皇子 尊良親王墓は南禅寺近くの住居の中にあった。27歳で新田義顕らと共に自害。

『母なる天皇−女性的君主制の過去・現在・未来』多産な天皇 [2017年03月07日(Tue)]
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もし道真があれほど優秀でなかったら。もし藤原家の妬みがそれほど強くなかったら。
千年後、人々が梅を楽しめる事はなかったかもしれない。


ベン=アミー シロニーは、『母なる天皇−女性的君主制の過去・現在・未来』で、9世紀に天皇が多産であった事を数字で示している。私はこのような資料は初めて見たのでちょっと驚いた。

桓武天皇(在位781−806)16人の女性と36人の子供
嵯峨天皇(在位809-823)28人の女性と58人の子供
文徳天皇(在位850-858)23人の女性と31人の子供
光孝天皇(在位884-887) 25人の女性と45人の子供
醍醐天皇(在位897-930)18人の女性と38人の子供

藤原姓の貴族一門が天皇への配偶者を独占し、宮廷を支配するようになった、とある。(同書105頁)
しかし藤原家と天皇家は20世紀まで共生的結びつきがあったにもかかわらず、藤原家が皇位を手中にすることはなかった。(同書105頁)

多産の結果として、皇子・皇女が増え過ぎたので桓武天皇が天皇家の外に貴族的家門を立てた。それが源や平である。清盛以来、娘を天皇家に嫁がせる事を武士はしなかった。他方藤原家門が、天皇家と同じく政治的にも軍事的にも力がないのにその特権的地位を維持し続けた。

政治的に非力だった、いや非力だったからこそ歴代天皇は文化面の指導性を発揮した、とシロニー氏は分析している。(126頁)ここは私は疑問だ。和歌を詠む事が政治的ではないのだろうか?

さらにシロニー氏は、義満が中国皇帝から「日本国王」の称号を受け皇位にもっとも近づいたが、その後、誰も妨げた訳ではないのに、後継者は義満のやった事を繰り返さなかった、と書いている。そこには暗黙の了解があった、とシロニー氏は述べている。(145-146頁)ここは何となく納得できるがその「暗黙の了解」はどんなものなのであろうか?

非力ではあったが、軍事的支配者、織田信長と足利将軍、本願寺勢力の間に割って入り和解を成立させた正親町天皇の事を上げている。(146−147)

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北野天満宮の裏、住宅街にひっそりとある花山天皇陵.ウィキで読んだだけだがこの花山天皇の人生も胸が潰されそうだ。
『母なる天皇−女性的君主制の過去・現在・未来』<京都散策> [2017年03月06日(Mon)]
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後奈良天皇が祀られている深草北陵。
JR線のすぐ脇。12帝が祀られている。


皇太子殿下がお誕生日を前に述べられたお言葉の中に「後奈良天皇」があった。早速wikiで調べると参考文献に『母なる天皇−女性的君主制の過去・現在・未来』(2003、ベン=アミー シロニー著)が記されていた。

皇太子さまの誕生日会見(全文)
http://mainichi.jp/articles/20170223/ddm/010/040/021000c

風知草 後奈良天皇について=山田孝男
http://mainichi.jp/articles/20170227/ddm/002/070/167000c


残念ながら、同書にはwikiに書いてある以上の事は書いてなかったが、非常に面白い本である。前半は歴代の天皇の事が時系列に、詳細に書かれている。

後奈良天皇の箇所は、貧しくて自分で書いた書を売らなければならなかったこと以外に、同じく極貧の中で即位の礼やお葬式もしばらくできない天皇がいた事が書かれている。
しかし、15世紀の戦乱時代、天皇は貧しく、か弱かったが誰も天皇の役目を奪おうとするもの、天皇の王朝にとってかわろうとするものはあらわれなかった、とも記されている。(同書136−137頁)

京都を散策しながらしばらくこの本をまとめてみたい。
カジノと島嶼国 [2016年12月07日(Wed)]
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一度でいいからやってみたい。


なにやら世の中はカジノ法案で騒がしいようである。

カジノと言えば太平洋島嶼国である。
マネロンの、越境犯罪の温床となっている。
島嶼国の情報通信網はカジノのために発展した背景もある。
法律の緩い島嶼国では、世界のビリオネラーや豪州の元首相ボブ・ホーク、俳優オマール・シャリフなどギャンブル好きが集まって来る。

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「これを最後にしたいバヌアツのタックスヘブン 」
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1177

日本のカジノはどの省庁が管轄するのであろう?
批判の対象となっているパチンコと警察利権とはなんなのであろうか?
パラオやグアムに日本のパチンコ屋さんが積極的に進出しているのだ。
多分、オンラインギャンブルでマネロンが目的であろう。
グアムでは北朝鮮が作った米ドル偽札が摘発された事も地元のメディアから聞いた事がある。
敵、というか問題はギャンブル自体ではなく、誰がどのように運営するか?なのではないだろうか?
日文研が主催する反日反安倍活動(修正あり) [2016年11月26日(Sat)]
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学会という名目で、反日、反安倍プロパガンダ活動を展開する人々。左からオークランド大学のマリン教授、日文研小松所長、南太平洋大学西野講師


前回のペン大学のディキンソン教授をさらに超える、反日、反安倍、そして反曽野活動(後述するがこれが学術研究には当方には見えない)がオタゴ大学で行われた。
オタゴ大学側の主催者は将基面貴巳教授である。(矢内原研究をされているので当方は少し存じ上げている。)

オークランド大学のマーク・マリン教授の基調講演である。
講演の題はPublic Intellectual Neo-Nationalism, and the Politics of Yasukuni
マリン教授は当初、西洋における仏教の研究をし、その後日本におけるキリスト教の研究をした。転機が訪れたのが1995年でオウム真理教と神戸地震をきっかけにネオナショナリズム台頭。神道に関心を持つ。

イエズス会と靖国の話が出て来て面白かったのだが、ここで小林よしのり、麻生太郎、安倍首相がこの話を政治利用している、と指摘。ここら辺からマリン教授の神道と日本のネオナショナリズムへの懐疑が深まった様子である。
正直、戦後の神道の動きは知らなかったので面白い、と思った。

その後靖国の公式参拝の話に展開。公式、非公式参拝の議論も興味深かった。
ところがである。靖国公式参拝に反対していた、神社アドバイザリー委員会曾野綾子氏が、靖国参拝に「転向」したいう。この発言はどこをどう切っても客観的ではない。公式参拝云々の議論と曽野氏の個人的活動をいっしょに議論している。
しかもマリン教授は「曽野氏は戦没者へシンパシーを述べられたが、中国韓国への配慮はどうなるのか?」と批判するコメントを述べたのである。これも主観的な、非学術的議論であろう。

そして、日の丸と君が代、修正歴史主義の教科書、政治家の靖国参拝が増加する話に展開する。
修正歴史主義の定義は? 日の丸と君が代の議論が何もないのである。偏見に基づいた議論といより主張である。

発表の最後に安倍首相、昭恵夫人が神社に参拝している写真を提示し批判している。昭恵夫人がFBにあげてることも批判。もう学術議論から別次元に移ってしまっている。

主催者である日文研のKazuhiro Takii氏の質問の意図がまたわからない。ー 冨田メモで昭和天皇が靖国二度と行かない、云々と言っているが、皇室と靖国の関係は?
さらに日文研で伊勢神宮の研究をしている英国人ブーリン教授が安倍首相が伊勢でサミット行った事も問題ではないか?といような発言もした。

日本政府が所管する日文研は、何を目的にこの会議を開催したのか?
神道、ナショナリズムが「国家神道」という戦前の特殊な運動に結びついた事を学術的に研究する可能性も必要性もあると思う。しかし、前提となる「神道」「ナショナリズム」とは何なのか?という議論もなく、マリン教授の発表は偏見に充ちた、主観的な批判、プロパガンダでしかない。
日文研所長の小松和彦教授はその場にいられたが何を思われていたのか?
このブログは、広く日本政府や学者さん達も読んでいただているようなので、この明らかな反日、反安倍活動(学術研究とは思えない)について日文研の立場を確認いただきたい。


私は、あまりの酷さに席を蹴って出たが、この後も残った愚夫から、さらなる政治的プロパガンダの発表が、南太平洋大学のNishino Ryota講師から発表された事を聞いた。日本軍が太平洋島嶼国の人々にいかに悪い事をしたか、という話だ。例えば、日本軍がソロモン人に小便を飲ませた話を紹介した、というを日本の旅行記執筆者が書いている話を紹介したという。 (下線が修正箇所)日文研の郭南燕氏はこのような太平洋の人にとがどのようなつらい目にあったかを検証するのは重要である。とのコメントをしたそうである。
夫は「英、米、独、等々太平洋島嶼国に来た人々は悪い事も良い事もした。ソマレ閣下は日本が好きで敬意を持っている。」とコメントしたそうである。
この西野講師は、休憩時間にそういう事を言うと日本の左翼に受け入れてもらえない、と答えたそうだ。
彼はフィジーの南太平洋大学で韓国理解促進の活動をしている。韓国の財団から約800万円のグラントをもらって。。

批判的な日本研究は、学術的自由な議論は促進されるべきであると思う。しかしここに報告した内容は、明らかな政治的プロパガンダである。これは当方の少数意見ではない。多くの会議出席者から聞いた声でもある。

繰り返すが、日文研「国際日本文化研究センター」の責任は大きい、と当方は考える。
二度目の花見 [2016年11月21日(Mon)]
太平洋を南北横断していると花見を2度する事になる。
先月の写真だけれど、アップしておきたい。
島の闇の奥ばかり書いている、このブログのイメージが暗くなりそうなので。

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