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早川理恵子博士
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太平洋で迎える終戦記念日 [2015年08月21日(Fri)]
8月15日を太平洋のどこかの島で迎えるのは正直気持ちが重い。
あちらにとっては勝利の日である、もしくは解放(日本からの)の記念日なのだ。

豪州アボット首相のFBに下記の写真が掲載されていて、9月の2度目の来日も控えており、その意味を考えてしまった。

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Victory in the Pacific
豪州は何を勝ち取ったのであろうか?
そして勝ち取ったものをどのように対処(護って)きたのであろうか?
アボット首相は来月2度目の訪日のようだが、打ち負かした日本にどの面を下げてくるのか?
etc. etc.


実は昨年の終戦記念日はバヌアツで初老のドイツ人といっしょだった。
私の少ないドイツ語を披露したら急に
「なぜ、ドイツと日本は負けたんだ!あいつらは悪魔だ!」
と叫ばれたのである。

今年は、バヌアツの青年を中心としたFBにニュージーランドの白人が
「今日は、悪魔の日本人からアジアや太平洋を解放した日だぜ、祝おう。」
という発言を見て、思わず応戦した。勿論、さらなる罵詈雑言が返ってきた。
その中で、バヌアツの見知らぬ青年から当方の応戦を支持するメッセージがきた。

Watashi wa anata no hitobito wa hijō ni chūjitsude shiji shite iru, nihonjin ga daisukidesu. Wareware wa subete no rekishi o manabu shitte iru, amerikahito wa rekishi o hi hyōji ni kawari, karera wa too. You wa yūki hitobitodearu shōri no subete no baai ni wa, karera ga okonatte, karera wa ushinatte iru sensōdearu koto o, watashitachi o settoku shite mite kudasai

私はあなたの人々は非常に忠実で支持している。日本人が大好きです。
我々は全ての歴史を学ぶ、知っている。アメリカ人は歴史をひ表示にかわり、彼らは too
あなたは勇気 人々である 勝利の全ての 場合には 彼らが 行って、彼らは失っている。
戦争である事を 私たちを 説得して みてください。

意味は全て理解できないが、嬉しかった。
そして太平洋で勝利したと高らかに唱えたアボット首相が来月潜水艦を売ってくれ(か何か知らないが)頼みにくるんだろうと思うと、あの戦争で勝利したのは結局日本だったのではないだろうか?

音楽のDNA - 古代ギリシャに求める声明とグレゴリア聖歌の起源 [2014年09月26日(Fri)]
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昨年の事だが、未だに感動しているのが、京都、大原、勝林院で聞いた声明。
「これ、グレゴリア聖歌」だと直感で感じた。

仏教文化に西洋のDNAが残っている可能性は最近知った。
吉田考著『日本の誕生』は15年以上も前に渡辺昭夫先生から教えていただいた書籍だが、そこに
「学問的にはまったく根拠のない、法隆寺のエンタシス=ギリシャ起源説が、広く普及したのは、そのような背景があった。」とある。
そのような、とは100年以上前の「脱亜入欧」の時代思潮の事である。
私もなんとなく、この主張を信じて来た。
法隆寺とギリシャがいくらなんでもつながるわけない。回廊の柱のデザインが似ているのは単なる偶然、と。

その後、考古学者の愚夫のおかげで、この説をはじめに説いたアーネスト・フェノロサの論文の内容を知る機会があり「学問的にはまったく根拠のない」というのが「学問的にまったく根拠のない」議論である事を知った。
日本の仏教文化が北インドの影響を受けている。北インドはアレキサンダー大王の遠征でギリシャ文化の影響がある事を根拠にフェノロサは論を展開しているのだそうだ。(ちなみに私はフェノロサの原文を読んでおりません。)だから、日本の仏教文化にギリシャの面影があっても「学問的」に不思議ではない。

西洋音楽、グレゴリオ聖歌もギリシャ音楽を起源としているらしい。
そうであれば、グレゴリア聖歌と日本声明、特にその原型を残す天台声明が似ていても不思議ではない。
だから声明に起源を持つ日本音楽に、長唄とか能音楽にギリシャのDNAを感じても不思議ではないし、西洋で展開したクラシック音楽を日本人が傾倒するのはその同じDNAを感じているからかも、しれない。


最後に、少し太平洋島嶼の話につなげるてみたい。
アダム・スミスは植民地論をその語源でもあるギリシャ、ローマの植民地政策から論じている。そして日本がスミスを継承して統治した太平洋島嶼では未だに日本の音楽が歌い継がれている。
団伊玖磨さんから直接聞いた話である。テレビの取材でポナペを訪ねた際地元の子供達が歌うのを収録。団さんはそこで「日本の音楽にとてもにたメロディーです。」とコメントしたそうである。日本に帰ってその録画を見るとその音楽は日本の歌そのもの。現地で収録したコメントを消す訳にもいかず困った、というお話でした。音楽って意外とDNA的連鎖をするようだ。
小林秀雄ー本居宣長と桜 [2014年09月21日(Sun)]
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敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花



2年前に植えた桜の木、ソメイヨシノが、今年も満開になった(上の写真)。いったいいつまでこの木の成長を見る事ができるのであろう?

桜と言えば、ソメイヨシノの思っていたが、『小林秀雄 学生との対話』を読んでそうじゃない事を初めて知ってショックだった。
日本の桜とは本居宣長が詠んだように山桜を指すそうである。

山桜、いったいどのような桜なのだろうか?開花と共に茶色の葉っぱがでてきて、花もソメイヨシノより野趣がある感じ。近くのボタニカルガーデンに似た桜があり、これが本居宣長が自分の墓の近くに植えて欲しいと言った桜かと思うと特別に見えてくる。

小林秀雄氏曰く、ソメイヨシノは桜の中でも一番低級な花なのだそうだ。がく〜(落胆した顔)

と言われても、生まれたときからソメイヨシノで遊んで、ソメイヨシノで入学して、ソメイヨシノでお花見をしてきた自分には、やっぱり桜はソメイヨシノ。

坂口安吾の『桜の森の満開の下』と黒沢明の『羅生門』(ストーリーは芥川龍之介の『藪の中』)も今まではソメイヨシノと想像していたが、山桜なんだろうな。そうすると花ばかりのソメイヨシノではなくて、小さな葉っぱがある山桜が舞台装置になると、その物語のイメージも大分違ってきてしまう。
「雪っこ」と『からごころ』 [2013年08月28日(Wed)]
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大晦日。
家人はとうの昔に寝てしまっている。
炬燵に入って用意したのは酔仙酒造*の「雪っこ」と『からごころ』(長谷川三千代著)。
これがマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』(まだ読んだ事ないけど)に出て来るマドレーヌと紅茶みたい、と思った。至福の時。

酔仙酒造は三陸で津波被害に会い、ゼロから再出発したお酒屋さんである。復興支援と思って一ダース買い込んだ。寒い冬にはお薦めです。


日本人特殊論。あまり触れたくないと思いつつ思いがそこを辿ってしまう。
例えば日本人のワイン狂い。ワイン通気取りのおじさんを観るとどうも違和感を持ってしまう。
本場フランスのワイン文化と相当違うよな気配をフランス人の友人とワインを楽しんだり、ワイナリーを隣に過ごすうちに、なんとなく感じている。
日本人のワイン狂いーフランス産業界の巧みな宣伝効果だそうだ。
赤玉ワインを嗜好してしていた故笹川良一名誉会長はフランスの陰謀をきっと見抜いていたに違いない。

さて、この外国文化を実も蓋もなく取り入れてしまう日本文化。
今に始まった訳ではなかった。
「漢字」中国文化の日本への導入。山本七平がいう日本人最大の発明ー平仮名・片仮名。
『からごころ』は日本が漢字をどのように受け入れてきたかをなぞりながら日本人論を展開する。
確かに「日本」を娘に教える時、また外国の友人に語る時、外観はほぼ中国文化なのに、本場と全く違う日本文化をどのように伝えるか、いつも戸惑ってしまう。どこでどう、日本文化になるのか。

著者は、本居宣長は、そこにあるのは「無視の構造」で、日本文化の根本構造である、という。そこにある醜さ、おぞましさを著者は指摘している。これが「日本国憲法論」に展開されそうになる件は、この本のクライマックスなのだろう、と思う。

”高級”ワインを手に悦に入っている日本人。「底知れぬ、醜さ、おぞましさ」を俄に感じていた。しかしこれを否定しては日本論は語れなさそうだ。
死と向かい合う(2) ー イランとお盆 [2013年08月15日(Thu)]
8月は日本人にとって、少なくとも私にとって、終戦記念日と、お盆と、高校野球の入り交じったイメージがある。

このお盆、あの世に行った死者を迎えて、また送り出す、と言った簡単な理解でしかなかった。が、最近家族を亡くし、死に向かい合うとはどういう事だろうか、と日々か考える中で改めてお盆の意味を探りたかった。

京都、法然院の梶田真章住職のお話を伺う機会に恵まれた。
お盆には3つの説がある、という。

1、仏説盂蘭盆経 によるお盆。
2、先祖教によるお盆
3、仏教によるお盆

1の仏説盂蘭盆経は中国で作られた偽経ー即ち偽りのお経で、仏教の本来の哲学に沿っていないそうである。理由を説明いただいたが、忘れた。
2の先祖教は柳田國男の説で精霊を迎えて供養する、という一般に理解されている説。
3は「一切衆生」即ちこの世に生を受けたすべての生き物の成仏を祈るという、これぞ仏教の神髄。

現在のお盆は2、3が共存。お寺のお坊さんはイエの個人の魂を祈ると同時に頼まれた訳ではないが一切衆生も祈っているのだそうだ。

また、イエという制度が日本に定着したのが室町時代頃で、お墓という習慣は江戸時代から。
即ちイエ代々のお墓の歴史というのは300年の歴史、とのこと。

戦後このイエ制度が徐々に崩れ、今まであったイエのお墓、イエのお盆という制度では受け入れられないケースも多くなってきている、とのこと。
個人の、またはコミュニティのお墓、お盆といった、新たな死への向き合い方を、お寺がまた人々が考えていく必要がある、というお話だったと理解しています。
が、なにせ、猛暑の中、また何の知識もないところで伺ったお話なので、曲解、誤解している可能性が高いです。

最後にこのボン、Bonという言葉、サンスクリット語の”ウッランバナ”から来ていて、意味するところは「逆さ吊りの苦しみ」と恐ろしい。
しかし最近の研究ではイラン語の”ウルヴァン”が語源という説もあるそうで、こちらは「霊魂を祭る」という意味。今の日本のお盆に近い。
お盆休暇を "Bon holiday week"と訳し、海外の友人知人に伝えているが、Bonとは何か?と聞かれたらイラン語の方を話しておきたいと思う。
死に向かい合う(1) [2013年08月02日(Fri)]
家族の死に向き合う事となり、49日ってなんだろう?と改めてウェッブで調べた。
死んだ本人は何もわからないわけだから、死後の色々な行事は残された家族が友人が、その人の死をどのように受け入れるか、という話ではなかろうか?


初七日 初願忌 十三仏:不動明王 書類審査、生前の行状が裁かれる。
二七日 以芳忌 十三仏:釈迦如来 三途の川を渡るところで裁かれる。死出の旅路の難。
三七日 洒水忌 十三仏:文殊菩薩 生前の邪淫の罪が裁かれる。
四七日 阿経忌 十三仏:普賢菩薩 秤を持って生前の罪の重さが決められる。
五七日 小練忌 十三仏:地蔵菩薩 水晶の鎧に生前の行状が映し出される。
六七日 檀弘忌 十三仏:弥勒菩薩 五官王の秤と閻魔王の鏡で再吟味する。
七七日 大練忌 十三仏:薬師如来 最後の審判かくだされ、行き先が決まる。
百ヶ日 卒哭忌 十三仏:観世音菩薩 慈悲の心により修行の楽しさを教え、喜びに導く。
一周忌 小祥忌 十三仏:勢至菩薩 無限の光明と知恵により、さらなる精進の道へと導く。
三回忌 大祥忌 十三仏:阿弥陀如来 ひたすら信仰に徹するという一念に導く。
七回忌 遠波忌 十三仏:阿閃如来 悟りや信心をより堅固なものに導く。
十三回忌 遠方忌 十三仏:大日如来 これまでの修行と悟りを点検し、さらなる悟りへと導く。
三十三回忌 十三仏:虚空蔵菩薩 33年の長い修行を行い菩薩の世界に入り、「ご先祖様=守り神」の仲間入りする
(「彩石」ウェッブ参照させていただきました。 http://www.saiseki.net/index.html )

49日の七七日までが六道輪廻。十三仏の内7仏が死者の裁判をして行き先が決まる。
これを見ると死んでからも色々大変なんだな、と思う。
が、これは実際には、人は死んでからも色々裁きを受けますから、生前よくよく「良く」生きなさい、という意味ではなかろうか。
死者のふり見て我ふりなおせ、という事か。


老荘思想的には、またユダヤの格言的にはいい事をしている人は悪い事もしているし、悪い事をしている人はいい事もしているはずだ。このインド伝来の死後の世界、なんとなく違和感がある。
お坊さんに聞いてみよう。
何か有りそう [2013年01月03日(Thu)]
京都、南禅寺界隈にある日本庭園、「何有荘」
 ーかいうそうー と読む。

私は「何か有りそう」と、読んでいる。

二代目の所有者である大宮庫吉氏が「何か有る様で何も無い。何も無い様で何か有る」という禅の言葉から「何有荘」と命名したのだそうだ。

バブルの頃、いろいろ話題になったようだが、2010年にオラクル社CEO、ラリー・エリソン氏が購入。
ラリー・エリソン氏、昨年6月にハワイのラナイ島も購入している。
世界で6番目のお金持ちだそうである。
人ごとながら管理が大変だろうな、と余計なお世話を思い巡らす。


「何か有る様で何も無い。何も無い様で何か有る」
ラリー・エリソン氏に、この言葉伝わっているのだろうか。

<応用編>
お金が有るようでお金が無い、お金が無いようでお金が有る。
幸せなようで、幸せで無い。幸せで無いようで、幸せである。
意味が有るようで意味が無い、意味が無いようで意味が有る。

やっぱり今年も「老荘思想」

あけましておめでとうございます。 [2013年01月01日(Tue)]
 あけましておめでとうございます。

 明治天皇の玄孫、竹田恒泰さんのツイッターによれば年があけるのは31日の日の入りなのだそうです。日が沈むと神々の時間が始まる。本来、夕方から一日が始まる。
 竹田家ではお正月は12月31日の夕方から始まるのだそうです。.
 今年は門松に手作りの紙垂を飾り、歳神様をお迎えしました。

 昨年、このブログを読んでいただいた皆様、このブログのきっかけを作っていただいた羽生会長、そしてこのブログを始めよ、と指示をいただいた笹川会長に改めて感謝致します。
 年末は海洋安全保障問題関連で寺島常務の貴重な3時間をごいっしょする機会をいただきました。 
 また新年早々、このブログが縁で知己を得た方と、お会いできる事になりました。
 このブログが自分の仕事にとって大きな存在になっています。
 
 「ビスマルクの愛した太平洋」もまだまだ書きたいのですが、12月のグアム、パラオ出張が意外と大仕事で、まだ整理できていません。
 
 昨年は老荘思想を学ぼうと計を立てましたが、とてもとても。
 小室直樹さんに戻れたのもよかった。
 今年も引き続き「老荘思想」をなぞりながら、「予定説」で行きます。
全ては運命づけられている。聖書のヨブと違ってこちらは八百万の神による「予定説」ですからもうなんでもあり!

青蓮院のトトロの木 [2012年08月26日(Sun)]
京都に滞在するカリフォルニアの友人からメール届いた。
「青蓮院の前の大木の名前知っている?お寺の人に聞いたらkutzuと言われたわ。靴の木、みたいね。トトロの出て来る木みたいだから”トトロの木”と呼んでいるの。」
クツはきっと「楠」だろうと思って調べたらそうだった。友人の想像も大当たりで、トトロに出て来る大木は楠だそうだ。
「ビンゴ!あれはトトロの木よ。クツではなくてクスです。ウィキペディアによれば薬から来ているらしいけど。」

京都東山の青蓮院とその隣に知恩院。実は因縁の関係である。
天台宗の三門跡寺院である青蓮院は皇室との関係が深い。豊臣から徳川の時代に、ほぼ全域を取り上げられ、それが今の知恩院である。
皇室と武家の歴史の大きな流れの一つであろう。が、そこら辺の詳細はまだ知らない。

徳川家康の孫、後水尾天皇に嫁いだ東福門院の存在が青蓮院の運命を定めたようだ。
東福門院の二人の息子は夭折している。殺されたのかもしれない。
13世紀に移植されたという青蓮院のトトロの木ー楠は時代に翻弄された人々の姿をじっと見つめていたに違いない。

青蓮院と知恩院のちょうど境に花園天皇陵がひっそりとある。土日は門が閉ざされており、観光客お断り、という暗黙のメッセージのようにも思える。一度入らせていただいた事があるが、領地を奪われた皇室の怨霊が蠢いているような気がして再度訪れたいと思わなかった。

知恩院は法然上人800年大遠忌を迎え、大規模な改築が行われている。
他方青蓮院は楠に護られひっそりとしている。
ところで、知恩院の石段は映画「ラストサムライ」でトムクルーズが明治天皇に会いに行くシーンに使われている。これは隠されたメッセージ?皮肉?それとも単なる無知?
パラオ法務省柔道チーム、ロンドンオリンピック出場 [2012年05月23日(Wed)]
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ミクロネシアの海上保安事業の関連で各国の法務省とコンタクトをするようになった。
そんな中、パラオの法務省が行う柔道への支援の話が出て来た。
先般の違法操業取締を見てもわかる通り、体をはった命がけの業務である。
護身術は重要だ。

当初法務省職員のための柔道が、今は子供も参加するコミュニティ活動になっている。子供の柔道着と日本人の指導者が必要、ということだった。
子供柔道着は家の娘のお古や、知人に募って2、3着すぐに送った。指導者はこのブログにボランティアの案内を出したところ、問い合わせがあり、今パラオを訪問中である。

この法務省の柔道活動は2003年、JOCVの協力で立ちあがった。
パラオからの当時の要請は下記の通り。
『派遣要請理由:公安局スタッフ(刑事、警察官、刑務官など)は法秩序を守るために犯罪取締やパトロール業務などを行っているが、このような業務において暴力などの危害を受けるリスクを常に持っている。スタッフは前記危害から自ら身を守る術、護身術を習得すべきであるが、現在のところ護身術を教える人材がパラオにいない。そこで、公安局スタッフに柔道による護身術を教えながら、将来的に柔道(護身術)指導ができる人材の育成が可能な隊員の要請に至った。』

当時の苦労話は派遣された高野重好さんという方がウェッブで詳細を報告している。
・青年海外協力隊員としてパラオに行ってきます
http://www.eco-union.jp/summary/booklet/vol26-1/open26-1_1.html
・私にとっての「働く」とは[4]青年海外協力隊(パラオ共和国)に赴任して
http://www.eco-union.jp/summary/booklet/vol45/open45_3.html


「私たちオリンピックに行くのよ。」
「オリンピックってまさかこの夏開催のロンドンオリンピック?!」
「そうよ。応援に来なきゃだめよ。」
この夏はロンドンに行くことに。
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