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早川理恵子博士
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京都のアイルランド(1) [2018年04月08日(Sun)]
2年前に初めて訪ねたアイルランド。
肝心のアイリッシュ音楽を聴く機会を失った。
ホテルマンの非常にアイリッシュ訛りの強い英語と、多分その説明の下手さ、さらに私の方向音痴が重なって1時間ほど街中を彷徨ったが、とうとうアイリッシュパブは見つからず。

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一体なんの関係か、日本はアイルランド人気があって、研究会やら音楽会もある。
そんな中で出会ったのが「ケルトの笛屋さん」 日本国内のアイリッシュ音楽情報を集めているようだ。しかし、なかなか音楽会に行く機会がなく、今日まで2年の月日が経ってしまった。

その「ケルトの笛屋さん」が京都のど真ん中にお店を出したと言う。しかも2階は京都で一番古いアイリッシュパブで音楽も聞けるらしい。
一番古い、と言うことは他にも京都にアイリッシュパブがあるのだろうか?
京都オソロシヤ。

早速訪ねてみました。
小さなお店には楽器、楽譜、CD そして音楽会情報が満載。
2階のパブは、今日はたまたまフラメンコで満席で入れず。次回。

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しかし、なんで京都でアイルランド、ケルト音楽なんだろう?嬉しいけど。

以前書いたブログです。太平洋やインテリジェンスを理解するにもアイルランドは必須なのです。

日本とアイルランドを結ぶ「能」その1
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1439

日本とアイルランドを結ぶ「能」その2
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1440

日本とアイルランドを結ぶ「能」その3
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1441

鷹姫ーアイルランドと日本を結ぶ能
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/2243

デジセルー矢内原ーアイルランド紀行
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1281

「インテリジェンスの20世紀 情報史から見た国際政治」中西輝政・小谷賢著
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/2211
鴨川に響くモーツアルトのレクイエム [2018年01月08日(Mon)]
<以前書いたモーツアルトのレクイエムのブログを鴨川混声合唱団のニュースレターにと声をかけていただいたので、少し書き直し、モーツアルトと光格天皇の事を追記しました。>

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光格天皇御胞塚


鴨川沿いの道を選んで同志社大学まで徒歩で通っている。この4月から国際法の権威、坂元茂樹教授の下で2つ目の博論として海洋法を学ぶ機会を得た。門前払いを覚悟で門を叩かせていただいたら、ご指導いただける幸運を得たのだ。

6月の日差しが厳しくなってきた頃、川端通りの信号待ちで日陰に入った。そこは老舗のお米屋さんの前であった。そのガラス窓に「モーツアルトのレクイエムを一緒に歌いませんか?」というポスターが貼ってあるのが目に入った。
モーツアルトのレクイエム。音大時代に歌った。もう30年も前のことである。懐かしい。何気にiPhoneで写真を撮って後で詳細を見ると練習場も通学路上にあるではないか。シューベルトのリートやイタリア歌曲は弾き歌いで一人でも歌える。しかしレクイエムは一人では歌えないなあ。思い切って練習を覗いて見ることとした。

同じくらいの年齢か少し上の方ばかりだ。「入りなさい。入りなさい。」と、とても京都人と思えない歓迎を受けた。京都に暮らして数ヶ月。京都の人はよそ者に冷たいということを経験として理解してきた頃だった。だから本当は見学だけのつもりだったのだが、思いもよらない歓迎と勧誘に、京都人の意外な一面に、気持ちが動いた。それに千年の都の京都とモーツアルトという組み合わせも興味深い。京都言葉の人がモーツアルトを、ラテン語を歌うとどうなるのだろう?という変な興味が湧いた。これは偏見である。東京言葉だろうと、沖縄の方言だろうと、モーツアルトを歌うことになんら変わりはない。

最初は緊張したが、一度歌うと旋律の記憶が蘇ってきた。やはりレクイエムは素晴らしい。それは聴くことよりも歌うことでしか味わうことのできない感動がある。楽才のモーツアルトが自分の死を目の前に書いた曲である。それにこの鴨川混声合唱団は、音楽が好きな人だけが集まって、音楽を楽しんでいる。自分の音楽人生で経験したことのない空間だった。音高受験準備を始めた中学生から音楽を本格的に勉強してきたので、音楽を楽しむというより義務として、厳しい環境で学んできたのだ。それはそれで良かったと思っているが、音楽に向かうことがプレッシャーに感じる時が多いのも事実だ。

京都とモーツアルト。モーツアルトが生き、レクイエムを書いた時代、京都は光格天皇(在位1779年 - 1817年)の時代だったのだ。学問にすぐれ音楽をたしなんだとされる光格天皇がモーツアルトを聴いたらどう思われるであろう?光格天皇御胞塚が、京都鴨川混声合唱団の練習場の目の前にあるのは偶然だろうか?

見学した日から半年近くが過ぎる。今はこの練習に参加するのが楽しみになった。通学路途中のモーツアルト。鴨川沿いを歩きながらレクイエムを口ずさむようになった。ラテン語の響きが一千年の都の歴史とつながり、鎮魂の祈りが先に旅立った家族や友人、そしてこの地で果てた多くの命に届くような気がする。
ロームシアターでの発表会は二年後である。

♪団員募集中♪
2年後の演奏会をめざしています
京都鴨川混声合唱団は、新しい仲間を募集しています。
経験は問いません。初心者大歓迎!!
お気軽に お越しください。
毎週月曜日 午後6:30〜9:00
鴨沂会館で練習しています。
https://www.kamokon.com
インド太平洋構想からユーミンへ [2017年11月25日(Sat)]
ウェッブ検索をしていると最初調べようとしてたことを忘れるくらい、おもしろい情報が芋づる式に出てくることが多々ある。

是非書き留めておきたい、芋づる検索結果。

今や、豪州の外交白書もトランプ大統領も、そしてモジ首相も、はたまたパラオ副大統領まで認識し合意された「インド太平洋構想」。またの名を「ダイヤモンドセキュリティ構想」「2つの海の交わり」とも言う。
今年、4、5月に島嶼議連と海洋議連と続いて講演する機会をいただいた時も「ダイヤモンドセキュリティ構想」に太平洋島嶼国入ってますよーと強調させていただいたので人ごとではない。

この「インド太平洋構想」の元祖はドイツ人地政学者カール・ハウスフォーファーとの説が至る所で語られているが、このハウスフォーファーに地政学を、「インド太平洋構想」を教えたのは日本人で、きっと後藤新平である。大アジア主義だ、きっと。
そして後藤新平と玄洋社は繋がっているのである。

駄馬裕司著『後藤新平をめぐる権力構造の研究』
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/2174


後藤新平の地政学は頭山満ではないか。
いよいよ頭山満を勉強せねばと思ってウェエブサーフィンしていたら、ユーミンが出てきたのだ。

ユーミン、私の青春、でした。
頭山満とユーミンはどう繋がるのか?頭山満の孫が嫁いだ先が松任谷家。ユーミンも同じ松任谷家に嫁いだいのである。
荒井由実時代からのファンだった私はなんで結婚したらからといって名字を変えるんだろう?と思っていたが、松任谷家と言うのは特別なのだ。
そこら辺の詳しい話は下記の記事に書いてある。

「ユーミンと大物右翼「頭山家」の知られざる血脈と交流」
ポップカルチャー界の「華麗なる一族」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51254

頭山満の大アジア主義、そしてカール・ハウスフォーファーの日本学と太平洋学。
ちょっと重いテーマのように思っていたが、ユーミンが出てきたと言うことは神様のお告げかもしれない。本を手に取りなさい、勉強しなさい、と言う。

<参考資料>
このペーパーはオススメです。まだ研究は進んでいなようだ。
「カール・ハウスホ-ファーと日本の地政学」
一第一次世界大戦後の日独関係の中で ハウスホレフア-のもつ意義について-
クリスティアン・W・シュパンダ
http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/geo/pdf/space06/01spang.pdf
鷹姫ーアイルランドと日本を結ぶ能 [2017年10月22日(Sun)]
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アイリッシュの詩人イエーツと能研究者小林静雄


娘のご先祖様の一人にアイルランドの歴史的人物がいる事を知ってから、興味も関心もなかったアイルランドが急に気になって来た。
昨年初めて訪ねたアイルランドは「イースター蜂起」100周年でイエーツの詩が町の中に大きく飾られていた。
ノーベル文学賞受賞者でもあるイエーツの存在を初て知り、彼が「鷹の井戸」という能作品を作り、伊藤道朗が演じていた事も知った。
急にアイルランドと日本が繋がって来た感覚を得た。

イエーツの「鷹の井戸」が逆輸入されて「鷹姫」というお能になっている事を知ってからいつか観てみたいと思っていたが今日その日を迎えることができた。

このお能は、能研究者小林静雄への鎮魂歌だったのである。「鷹姫」の作者である横道萬里雄に「鷹の井戸」を紹介したのが小林静雄。しかし彼は35歳の若さで戦死する。横道萬里雄は作品の中に「小林」という歌詞を入れて鎮魂としている。

音楽的には八人の岩役が地歌を兼ね、コロス(ギリシャ語の合唱)形式にしたところか興味深く、新鮮であった。私は仏教がギリシャ文化も日本の持ち込んでいるので、音楽もギリシャに関係しているのでないか、と大原の勝林院で想像したことがある。

音楽のDNA - 古代ギリシャに求める声明とグレゴリア聖歌の起源
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1009


国際法的には、作品が絶海の孤島の岩という設定という点がすぐにUNCLOS121条の島の制度に結びついた。井戸の水が永遠に得られない老人とどこかの王子。二人に魔術をかけて水を独り占めする鷹姫は海洋資源をどんどん開発し取り上げていく海洋先進国か? 
鷹姫が老人に井戸の水を分け与える事はないのであろうか?
鷹姫って資源分配の話では?
鴨川に響くモーツアルトのレクイエム [2017年10月14日(Sat)]
鴨川沿いの道を選んで同志社大学まで徒歩で通っている。
6月の日差しが厳しくなってきた頃、信号待ちで日陰に入った。
老舗のお米屋さんの前。
モーツアルトのレクイエムを一緒に歌いませんか?というポスターが貼ってあった。


モーツアルトのレクイエム。音大時代に歌ったな。懐かしい。
何気に写真を撮って後で詳細を見ると練習場も通学路上にある。
シューベルトのリートやイタリア歌曲は弾き歌いできるけどレクイエムは一人では歌えない。
練習を覗いて見ることとした。

同じくらいの年齢か少し上の方ばかりで「入りなさい。入りなさい。」と、とても京都人と思えない歓迎を受けた。
そう、京都の人はよそ者に冷たいのである!
一千年の都とモーツアルトという組み合わせも興味深い。

最初は緊張したが、一度歌うと旋律の記憶が蘇る。
それにこの鴨川混声合唱団は、音楽が好きな人だけが集まって、音楽を楽しんでいる。
音楽学校に行くと音楽を楽しんで、というより義務としてプレッシャーに感じる事が多かった。
その事も何か新鮮に感じた。

鴨川沿いを歩きながらモーツアルトのレクイエムを口ずさむ。
ラテン語の響きが一千年の都の歴史とつながる。
鎮魂の祈りが先に旅立った家族や友人とつながる。
ロームシアターでの発表会は二年後である。
師の占う 白鳥の歌 四海波  [2017年01月04日(Wed)]
渡辺昭夫先生から「白鳥の歌」のリストをお年賀としていただいた。

全部で七作。すごい! こんなに書いていらっしゃるとは知らなかった。
嬉しい、そして悔しい!

1. 渡邉昭夫編著『21世紀を創るー大平正芳の政治的遺産を継いで』 PHP研究所
2. 大庭三枝編『東アジアの形』千倉書房、終章「東アジアの形」
3. 河野康子・渡邉昭夫共編著『安全保障政策と戦後日本1972−1994:記憶と記録の日米安保』、千倉書房、 序章「『樋口レポート』の歴史的位置づけー研究者として、当事者として」
4. 中村登志哉編著『戦後70年を越えてードイツの選択・日本の関与』一芸社、第1章「戦後70年に思うこと」
5. 国際安全保障学会『国際安全保障』第44巻第3号 2016年12月、所収 
【特別寄稿】 「敗戦後 70 年にして想うこと ――勝者の戦後と敗者の戦後―― 」
6. The Prime Ministers of Postwar Japan.1945−1995. translated by Robert Eldridge.Lexington Books。これは 渡邉昭夫編著『戦後日本の宰相たち』(中央公論社、1995年)の英語版です。
7.拓殖大学海外事情研究所『海外事情』64-10、2016年10月号 所収 「戦後70年の日米関係と沖縄そして北東アジア」

青学の渡辺昭夫先生の門を叩いたのが1997年。あれから20年のお付き合いになる。
私が修論を書き終わった後、笹川陽平会長が島嶼国基金の運営委員長を退任されるという、私にとっては危機的状況が発生した。幸い新しい運営委員リストを作成せよ、との指示があったので渡辺先生のお名前をあげさせていただいた。
それから約10年島嶼国基金の運営委員長として基金を引っ張っていただいた。

そして、私は渡辺先生が会議中に脳梗塞になられた時、その場にいて救急車に同乗し、虎ノ門病院に向かったのだ。先生はお元気だった。今でも忘れらない風景がある。
病院のベッドに横たわった先生。
若いお医者さん「はい、右手で握ってみて。」
渡辺先生「え、若い女の子の手なら握ってもいいけど。。」
若いお医者さん「・・・」(明らかに不機嫌な表情)
私「こちらは東京大学名誉教授です!」と思わず口走った。
若いお医者さんの対応は少し真面目になった。こういう時「東大名誉教授」肩書きは効果があるのだ。
(この話、本邦初公開。後で削除するかもしれません)

渡辺先生の白鳥の歌をいつまでもお聞きしたい。
自由が丘と私をつなぐものー教育 [2016年12月18日(Sun)]
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娘の友達が住む自由が丘を初めて訪ねた。

自由が丘の名前の由来は自由ヶ丘学園にある、とこれはwikiにあった。
もしそうであれば、自由が丘が私にとって特別場所である。

1928年、自由ヶ丘学園を創設した手塚岸衛が最初に自由教育を行ったのが千葉師範学校附属小学校。1919年の事である。手塚の生徒の一人が萩原栄さん。私の祖母である。祖母は学校に行くとズッとピアノ(オルガンだったかもしれない)を弾いていたのだそうだ。
私はその祖母の影響を受けた父親から勉強しないでいい、という教育を受けたのである。音大に行ったのも祖母の影響だったのであろう。
勉強しなくても小学生まではいつも一番で、いつも学級委員長だった。
中学からの受験勉強は拒絶した。好きな本は読んでいた。アインシュタインとか、小室直樹とか。。

勉強が道楽になってしまった。


自由ヶ丘学園はまだあるようだ。そしてこの町に矢内原忠雄が住んでいたようなのだ。
またいつか訪ねる事があるだろうか?
日本とアイルランドを結ぶ「能」その3 [2016年03月16日(Wed)]
<アイルランドと太平洋島嶼国を結ぶタックスヘブン>
お能も、幽霊も、伝説も多分関係のないアイルランドの特徴で、太平洋島嶼国と共通の要素がある。
その名は、タックスヘブン!

Facebook, Google, スタバ等々世界のグローバル企業がアイルランドに会社を置いているのだ。
なぜか?
法人税12.5%!
日本は34.62%!

ダブルアイリッシュ、と呼ばれる節税スキームが下記に説明されている。

「グーグルの節税策 ダブルアイリッシュ、ダッチ・サンドウィッチとは?」
2013年01月22日(火)
http://www.assioma.jp/?p=4985

このアイルランドのタックスヘブンの善し悪しをまとめたのが下記の記事。
んー、税金の事はよくわらない。。

「税で誘致」だけではリスキー/アイルランド編
http://globe.asahi.com/feature/side/2015111600001.html


<世界のタックスヘブンの先を行くアイルランド>
このアイルランドの租税回避システムは1956年に開始した。太平洋島嶼国のタックスヘブンが1970年からだから、その起原の一つであろう。
現在世界のトップ50の銀行とトップ20の保健会社の約半分がアイルランドに会社を置いている、という。世界の4分の一の 国際債券がアイルランドの証券取引所で扱われているのだそうだ。

”How Ireland became an offshore financial centre”
NOVEMBER 11, 2015
http://www.taxjustice.net/2015/11/11/how-ireland-became-an-offshore-financial-centre/


<オブライアンと太平洋島嶼国>
このブログでも紹介した事のある、アイリッシュのビリオネラー、デニス•オブライアン。
アイルランドで一儲けした後、世界の小島嶼国で携帯電話ビジネス「デジセル」を成功させた。
彼がいなければ、パプアニューギニアもフィジも、サモア、トンガ、バヌアツも未だICT格差に悩んでいたであろう。
そのオブライアン氏、住所をマルタに移し節税対策している。
今回のダブリン訪問では彼の事を調べる事はできなかったが、タクシーの運転手さんが、民営化された水道事業に絡む汚職の話を教えてくれた。

アイリッシュはイギリス人から下記のような評価を長年受けてきたのである。

"Irish 'national character'-disorder or violence, filth, laziness, and worst of all, a lack of self-reliance"
(The Irish Famine By Jim Donnelly http://www.bbc.co.uk/history/british/victorians/famine_01.shtml


アイルランドは何のために独立したのであろうか?この質問は太平洋島嶼国にもそのまま当てはまる。
ダブリンの町で15メーターおきくらいに、乞食の姿があった。
これもタクシーの運転手さん曰く、アイルランドの問題ではなくEUの問題。即ちEUの枠組みの中で他国から流れて来た人々である、ということだ。この国の富の格差は拡大するばかりだ。
日本とアイルランドを結ぶ「能」その2 [2016年03月16日(Wed)]
アイルランドの魂を歌ったイェーツは、日本文化を勉強したフェノロッサ経由で、日本の「能」から大きな影響を受ける。
イースター蜂起の2ヶ月前の1916年2月、イエーツは「鷹の井戸」をロンドンで発表。
アイルランドの伝説と日本のお能が融合したようだ。


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写真は1916年伊藤道郎が舞う鷹


この「鷹の井戸」は日本風に編集されて日本でも公演されている。

参照:逆輸入された能ってあるの?
http://www.the-noh.com/jp/trivia/105.html


睡眠薬効果のあるお能もその詩の意味を知ると面白い。
日本のお能の幽玄の世界とアイルランドの伝説の世界。
イエーツのいうアイルランドが抱えた terrible beauty がお能にあると思う。

全く関心のなかったアイルランド。
娘のご先祖様を含めたその歴史も、米国や豪州に移民した彼等の立場も、そして、蜂起百周年を迎えるアイルランド自体も、日本のお能を通して理解する事ができるかもしれない。
今回のアイルランド訪問ではLord Edwardとイエーツ、2人のアイリッシュの幽霊と語る事ができたのだ。

宇高竜成能楽師の公演が今週末3月20日ある。日本の詩人谷川俊太郎さんの朗読。
http://www.tatsushige3.com/
日本とアイルランドを結ぶ「能」その1 [2016年03月15日(Tue)]
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今回の欧州訪問は至る所で木蓮の花に出会えた。木蓮は椿同様、日本経由で欧州に伝わってきたようだ。写真はダブリンのトリニティカレッジ。


初めてのアイルランド、ダブリン訪問。
色々勉強してから来ようと思ったが、何もできなかった。

エジンバラからのAer Lingusの飛行機の中で、まずはパイロットからのゲーリックの洗礼を受けた。
ダブリン空港は英語とゲール語の二重標記で、アイルランドが独自のアイデンティティを模索している事が痛いほど感じられた。

町中では1916年と100周年の文字が至るところに。。
1916年?何があったのであろう?
アイルランドのイギリスからの独立は1922年だが、1916年には独立を導いた「イースター蜂起」があったのだ。今年はその百周年。

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1916年のイースター蜂起で命を捧げたアイリッシュ達


町中を歩くと、ダブリン市の建物に大きな詩が飾られていた。
ノーベル賞受賞者でもあるアイルランド詩人イェーツの「イースター1916年」だ。
4節からなる長い詩だが当方は下記の一カ所が心に残った。

Too long a sacrifice
Can make a stone of the heart.
O when may it suffice?

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町中に飾られたイェーツの詩。 "A terrible beauty is born" と締めくくる


イギリスのアイルランド植民は矢内原忠雄が、日本と韓国の関係と対比する形で議論されている。
それは全く違う植民の形ではあるけれども、植民をする側とされる側の問題を考える時有効なのかもしれない。

さて、今回のアイルランド訪問の目的は、娘のご先祖様の一人、Lord Edward Fitzgeralのお墓参りであった。
肝腎の、血の繋がった愚夫と愚娘は「お墓参り」という精神的な行動に全く関心がなく、当方が必死で関連の場所を探した。
Lord Edwardこそ1798年、フランス革命に触発されて、最初にアイルランド独立運動を先導し、イギリス人に殺された人物なのである。

当方は、一昨年天命を知る年を迎え、なにやら最近神懸かりになってきた。
ダブリンの町を歩きながらご先祖様のLord Edwardが背中越しで、話しかけているような気がしたし、ダブリン滞在中、当方のお能の師匠、宇高竜成能楽師からメールが届いたのもLord Edwardとイェーツの仕業に違いない。
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