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バヌアツの政変劇とチャイナマネー [2015年11月26日(Thu)]
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今年5月笹川平和財団主催「島と海のネット」会議に招聘した、バヌアツのラルフ•レゲンバヌ国土大臣。
帰国した彼を待っていたのは不信任案を突きつけた野党による政権剥奪であった。

バヌアツ政府の改革を進めるレゲンバヌ国土大臣。
彼の不在中にキルマン外相が野党に寝返り、野党から不信任案が提出された。
新しい政権でキルマンは首相になり、土地改革(豪州の金儲け主義の土地開発からバヌアツ人の利益を守ろうする動き)を進めていたレゲンバヌ大臣は野党に下った。

ニュースでは、3月にバヌアツを襲ったサイクロンの支援資金を前政権がしっかり管理しなかった事が原因、と流れたが、レゲンバヌ議員が明確に否定した。
政権を取ったグループは賄賂を受け取っていた嫌疑で裁判が待っていたのである。

裁判は行われた。政権与党の半分近い14名の議員が有罪との判決。
しかし、有罪判決を受けていた与党議長が、大統領不在中、大統領代理人の権限で全員に恩赦を与えたのである。

これが有効かどうか、の裁判がまた行われ、無効との判断が下り、14名の与党議員は有罪、牢屋行き、となったのである。

3月、日本で開催された国連防災会議で涙を流して同国のサイクロン被害支援を訴えたロンズデール大統領を覚えている日本人もいるかもしれない。
同大統領は先日議会解散を宣言した。
レゲンバヌ議員がいる野党は不信任案を提出し政権交代を狙っていたので解散という大統領の判断に不満の声も出ている。


当方はこれらの動きをバヌアツのFaceBookで追っていた。
5月にレゲンバヌ大臣を日本に招いた隙に、政変を招くきっかけを与えてしまったのではないか?と勝手に想像し責任を感じていたからだ。
この半年間、一瞬市民の暴動につながりそうな場面もあったがFaceBookや地元メディアが冷静な態度を呼びかけた。
バヌアツは80以上の島々と100以上の言語からなる国家である。太平洋島嶼国で唯一、独立運動中バヌアツ人同士が殺し合う状況があった国である。これはフランス政府と米国の土地成金が背後にいた。

今回の政変劇にも黒幕がいる。
シンガポールか香港の会社である。
彼等はタックスヘブンを目的にバヌアツ政府に航空建設や移民事業で攻勢をかけていた。その彼等が、大金を前首相のモアナ・カルカセス・カロシル議員に渡し、彼が今回有罪となった議員に配ったそうである。
バヌアツに逃げたいチャイナマネーが、人口25万人の後発開発途上国バヌアツ共和国の政治に混乱を招いている。
そしてその土台を作ったのは、旧宗主国英国、シティである。

日・パプアニューギニア首脳会談及び夕食会 [2015年10月15日(Thu)]
パプアニューギニアのオニール首相が来日し、天皇皇后両陛下にもお会いになる事をニュースで読み気になっていた。

パプアニューギニアは、笹川良一氏が、世界でただ一人、建国の父ソマレ閣下の要望を聞き入れ、独立の支援をした事で誕生した国である。革命家ソマレ青年は、普段(パプアニューギニアの資源を狙って?)コンタクトしてくる、米国やドイツの知人にも協力依頼の手紙を出したが、返事をくれたのは笹川会長だけだったそうだ。
そのパプアニューギニア、今年建国40周年を迎える。
同国に続きソロモン諸島、バヌアツが次々と独立を果たす。パプアニューギニアの独立はメラネシア諸国全体にも大きな影響を与えたのであろう。


下記官邸、外務省のウェッブからリンクしていおく。まだまだメディアに出て来る事と思う。

日本・パプアニューギニア外交関係樹立40周年記念 日本国総理大臣及びパプアニューギニア独立国首相による共同メッセージ 「友情,信頼及び相互努力の40年,そして未来へ」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000104953.pdf


Joint Message by Prime Ministers of Japan and Papua New Guinea on the Occasion of the 40th Anniversary of the Establishment of the Diplomatic Relations - 40 Years of Friendship, Trust, Mutual Efforts and Toward the Future –
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000104954.pdf

日・パプアニューギニア首脳会談及び夕食会
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/ocn/pg/page4_001461.html

平成27年10月14日
日・パプアニューギニア首脳会談等
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201510/14papua_new_guinea.html
オニール首相オーストラリアの御雇い役人を全員解雇 [2015年08月01日(Sat)]
昨日、オーストラリアとパプアニューギニアを駆け巡ったニュース。


Papua New Guinea to ban foreign advisers claiming they could be spying, make local staff lazy
ABC News 30 July 2015
http://www.abc.net.au/news/2015-07-31/png-prime-minister-bans-foreign-advisors/6661946

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オニール首相が、数百人いるオーストラリア人のアドバイザーを今年末で解雇すると発表した。
理由は2つ。
オーストラリア人がスパイをしている。
オーストラリア人専門家に頼ってパプアニューギニア人がだらけてしまう。。

パプアニューギニアは笹川良一氏の支援を受けて1975年、オーストラリアから独立したが、関係を維持して来た。

安倍首相の太平洋訪問に向けて(7)パプアニューギニアの独立を支援した笹川良一
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/929

現在毎年500億円位の援助をオーストラリアから受けている。その中に数百人の豪州専門家の費用も入っている。

policing, law and justice, treasury, planning and health の分野で働く豪州人を解雇、とのこと。
何かあったのであろう。オニール首相が切れるような何かが。。


今日の時点で豪州政府からのコメントは出ていないが、現在フィジーからもPIFから出て行けと言われている豪州。その態度のでかさ、人種差別的対応は当方もイヤという程観察してきたのでオニール首相やバイニマラマ首相の気持ちはよくわかる。
しかし太平洋島嶼国でフィジー(人口約80万)、パプアニューギニア(人口約7百万)と言えば中心的存在である。

豪州の力が、質量とも後退しているという事だ。(イヤ、前進してないという表現の方が正しいかも)
これも対岸の火事では済まされない。問題は、その隙間にに誰が入ってくるか、だ。
パプアニューギニア、フィジー、そしてトンガだけが太平洋島嶼国の中で軍隊を持つ。
日本との軍事交流も活発化している、と噂では聞いているが。。
バヌアツの政治 [2015年06月29日(Mon)]
5月25−26日に東京で開催された「島と海ネット」総会に参加していただいたバヌアツのレゲンバヌ国土大臣を待っていたのは、政権転覆だった。

目まぐるしく替る政変劇をどの時点まとめるか、迷っていたが、先週開催されたメラネシア•スピアヘッド•グループ(以下MSG)総会での西パプア、インドネシア問題が一つの区切り、と見て良いであろう。


まずは、今は前政権となったナツマン首相が、キルマン外相を6月初旬の更迭。
理由は、ナツマン政権が支持する西パプアのMSG加盟問題や政権への裏切りという理由。

Vanuatu reaffirms support West Papuan membership of MSG
http://www.radioaustralia.net.au/international/radio/program/pacific-beat/vanuatu-reaffirms-support-west-papuan-membership-of-msg/1457194

その後すぐに内閣不信任案が提出され、可決されてしまう。
理由はサイクロン被害対策にナツマン政権が適切な対応をしなかったから、というがこれにはレゲンバヌ議員が反論している。キルマン外相始め新政権のマジョリティが香港の移民、空港建設会社(マネロンではないか、と想像している)から賄賂を受け取りその裁判を回避するのが目的だ、ということだ。

Regenvanu rejects aid relief in Vanuatu was slow
http://www.radionz.co.nz/international/pacific-news/276044/regenvanu-rejects-aid-relief-in-vanuatu-was-slow


そして、ナツマン首相から更迭されたのキルマン外相が新首相となった。
レゲンバヌ大臣は野党に。


まだまだ〜。


キルマン政権誕生後24時間もしない間に、野党となった前政権から内閣不信任案が提出された。
これを阻止するため、また上記の賄賂に関する裁判を無効にするため、キルマン政権は議長を交代させ、同不信任案は一度却下された。
が、これを不服とした野党が裁判所に訴え、結局同案は今週議会で採決される事となった。

"Vanuatu opposition leader to challenge no confidence decision in court"
http://www.radioaustralia.net.au/international/radio/program/pacific-beat/vanuatu-opposition-leader-to-challenge-no-confidence-decision-in-court/1459886

"Vanuatu court allows no-confidence motion to be tabled in parliament"
http://www.radioaustralia.net.au/international/radio/program/pacific-beat/vanuatu-court-allows-noconfidence-motion-to-be-tabled-in-parliament/1462478


そして先週末、ソロモン諸島で開催されたMSG総会で、オブザーバーだったインドネシアがアソシエイトメンバーに。そしてUnited Liberation Movement for West Papuaがオブザーバーとなったのである。


西パプア問題ー 以前わからないなりにブログに書かせていただいた。

西パプア問題-
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/498

これがわからないと、メラネシア問題やMSGが中心となっているPIFの組織問題は理解できないのだ。

PIF事務局長選と西パプア問題
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/993


簡単に話すと、今でもインドネシア警察、軍による殺害が続く西パプア問題を一貫して支援してきたのがMSGなのである。特に社会主義政府としてスタートしたバヌアツがその中心である。
今回のインドネシアのポジション昇格は、西パプアにとって吉か凶か?
報道ではインドネシア代表は、インドネシア内の5つのメラネシア地区から選ばれた代表とある。
ここら辺はまだ情報が錯綜しており、解説が出て来たら順次またまとめたい。


兎も角も ー 島と海ネット会議に参加いただいたレゲンバヌ大臣を待っていたのは、ロシアも、香港も、インドネシアも巻き込んだ、ちょっとやそこらでは理解不可能な、複雑怪奇なバヌアツ政治。そして何よりレゲンバヌ大臣が心血を注いで来た土地制度改革を覆す、政変劇だった事は間違いない。


日本では、バヌアツやメラネシアの政治も、また西パプア問題も殆ど知られていなのではないだろうか?まずこれを研究している学者もいないし、ジャーナリストも知らない。
辛うじて人権団体が把握しているようだが、冷徹な国際政治を観察する客観性に疑問が残る。
西パプアがインドネシアにとって重要な理由の一つに第二次世界大戦時に日本軍が開拓したビアク島がある。この飛行場を現在インドネシアとロシアが共同軍事基地として利用しているという。赤道近くで衛星打ち上げには格好の場所らしい。
ソマレ閣下、旭日大綬章を受章 [2015年05月02日(Sat)]
パプアニューギニア建国の父、マイケル•ソマレ閣下が最高位の旭日大綬章を受章された。
下記は平成27年4月29日付けの政府資料である。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000078270.pdf


しかも青年独立運動の志士、ソマレ閣下が建国したパプアニューギニアは今年で40歳を迎える。
二重に目出たい。

ソマレ閣下の独立運動を、世界で唯一支えたのが笹川良一会長である。
私はこの事をソマレ閣下の自伝を読んで始めて知った。
ご子息の笹川陽平会長も教えてくれなかった。

安倍総理のパプアニューギニア訪問が決まってから慰霊の場所を選定する際、パプアニューギニア政府の中で意見が別れた、とこれはウワサで聞いている。
ウェワックに決まったのはソマレ閣下がいたからだと想像している。
そして安倍総理一行はウェワックで想像を絶する歓待を受けたようである。

笹川良一会長が築いたソマレ閣下との関係、即ち日本とパプアニューギニアの関係を日本政府が始めて認識したのではないだろうか?
45年前、慰霊に訪れたウェワックの地で、独立運動家だった青年ソマレ氏の人間性を見抜き、すぐに日本に呼んで首相に会わせ、選挙運動に車二台を寄付し、勝利に導いた笹川良一会長の存在がなければ、現在の日本とパプアニューギニア友好関係はなかったかもしれない。
即ちパプアニューギニアの独立も、天然ガスの関係も。。
さらに言えば、パプアニューギニアの独立がなければそれに続くメラネシア諸国、ソロモン諸島(1978年)とバヌアツ(1980年)の独立もなかったかもしれない。
これを最後にしたいバヌアツのタックスヘブン [2015年04月24日(Fri)]
バヌアツのサイクロンがあって、偶然大統領が日本にいて、急遽日本の支援が検討されなければ、バヌアツの太平洋のタックスヘブンについて再度資料を読んで、しかもこのブログに書こうと思わなかったであろう。
それほど、重々しい、オドロオドロしい内容なのだ。
だからこれを最後にしたい。できれば。。

他方、このタックスヘブンの仕組みを知ると、海洋保護区の仕組みもわかってくる。
形ばかりの、ペーパー自然保護区。目的は租税回避。
また寺島常務から「転んでもただでは起きませんねえ」と褒めてもらえそうである。

「海洋保護区は新型投資金融商品? 」
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1139


前置きが長くなりました。本題に入ります。

<「主権ビジネス」研究>
前回はタックスヘブンの歴史、父ちゃん母ちゃん投資家からロシアマフィアのマネロン,将又、ケインズ先生が知ったらお墓から出て来そうな、ブレトンウッズ体制の意外な展開について書かれたGreg Rawlings博士のペーパーをまとめさせていただいた。
今回は「主権ビジネス」研究といえば世界にこの人しかいない!という位のTony Van Fossen博士のペーパーをご紹介したい。

"Offshore Gambling in Pacific Islands Tax Havens", Vol 26, No 3/4 (2003) , Pacific Studies
https://ojs.lib.byu.edu/spc/index.php/PacificStudies/article/view/10270

タックスヘブンの制度ができれば、ブレトンウッズ体制下で逃げたいお金だけでなく、犯罪マネーの温床になるであろう事は、70年代、バヌアツに同システムが形成される中で、オーストラリア政府が懸念していた事である。

事実は全くその通りになってしまった。しかもオーストラリアの首相が主役の越境犯罪。
電話、ファックスで運営されていたタックスヘブンはインターネットの時代になって一機に加速し、未だ開発段階で障害は多くとも、誰もこの動きを止められないだろう、という事だ。



<オフショアギャンブル開始>

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太平洋、最初のオフショアギャンブルは1989年のバヌアツ。
前回ご紹介した「ドクトル・ジバコ」でおなじみの俳優オマール・シャリフを広告塔にして開始。シャリフさん、カード好きなのだそうだ。
ロッタリーで20MUSDが当たりますよ、という商品。客は米国と豪州。20ドルチケット6百万枚販売。
この賭けを運営した民営会社Great World Lotteryはバヌアツ政府に独占権を交渉したがうまく行かず、この太平洋初のオフィショアギャンブルも消滅しそうな気配であった。



<太平洋の犯罪組織と豪州首相>

この流れをドラマチックに変えたのが、太平洋で跋扈する犯者とその組織。そしてなんとボブ•ホーク豪州首相なのである。

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犯罪者その1 Tommy Carroll 豪州クイーンズランドでのみ屋を展開。1993年5月バヌアツ進出。
犯罪者その2 Christopher Chung タヒチ出身で売春其の他の犯罪暦。1993年8月バヌアツ進出。
犯罪者その3 Peter James Bartholomew 逮捕歴2回 VITAB設立。

この最後の犯罪者が設立したVITABとはVanuatu and Pacific Islands International Totalisator Agency Boardの事で、ボブホークが主要株主になっている。



<豪州のギャンブル事情>
話を進める前に、豪州のギャンブル事情を先に整理しておきたい。
といってもウィキで調べた程度です。
ギャンブル好きのオーストラリア人(当方の偏見カモ?)。競馬やラグビーが開催されると飲み屋で違法のみ屋が賭博をしていたらしい。
これを取締り、公営ギャンブルが始まったのが1960年代。
Totalisator Agency Boardが各州にでき、州政府の管轄、運営となった。
しかし、94年頃から民営化の動きも出てきた。バヌアツで展開されたオフショアギャンブルと同じ時期であるのは偶然か。。



<豪州のTABとバヌアツのTABが手を組んでオフショアギャンブル?マネロン?>
豪州の首都キャンベラ。Australian Capital Territory通称ACT。
元々他の州と比べ人口が少ないのに加え、住民は公務員や大学教授が多く、ギャンブル市場としては収入が見込めない。そこで、ボブホーク首相が人肌脱いで、キャンベラのTAB(ACTTAB)がVITABと契約しバヌアツでオフショアギャンブルを開始した。
顧客は豪州人ではなくアジア人をターゲットにしていますよ、と。即ち豪州に入るべきお金を外に逃がすのではなく、新たな顧客を得て収入を得ようとしているという合理性を強調していたらしい。
しかし、労働党ボブ・ホークの動きは自由党の攻撃によって、1994年には中止。
他方、ビクトリア州のTAB と組んでいた犯罪者その2がバヌアツで運営していたオフショアギャンブルは今度は労働党からの追求で’中止となった。リベンジか?

このオフショアギャンブルの中止によってACTTABはVITABに違約金3.3MAUDを払う事になったのであるが、この違約金を調査した弁護士が暴露したのが、このオフショアギャンブルで本当に儲っていた人々の存在である。
バヌアツ、バージン諸島のオフショア金融組織と、上記犯罪者3名である。そしてシラを切っているがボブホークもその一人であろう、と。
即ち、新たなアジアの顧客を、なんて真っ赤な嘘だったのだ。



<世界第二位のオフショアギャンブル国へ>
こんな取締も何の意味もないような展開を示す。
バヌアツのオフショアギャンブルは2000年には世界第二位まで上り詰める。年間の掛け金が525.6MAUDとなる。これは豪州最大のTABを持つニューサウスウェールズより大きい額だ。
ボブ•ホークも社名を変えたギャンブル会社の株主となって健在だ。

Fossen博士は、バヌアツのタックスヘブンと緩い法執行環境を背景に発展したオフショアギャンブルは、同国の大蔵大臣に大きな権限を与える事になった、と書いている。これが意味するところはタックスヘブに引き続き、オフショアギャンブルがバヌアツ政府の汚職体質を招いた、という事ではなかろうか?



<9.11とインターネットと鉱山産業と>
Fossen博士のペーパーはもっと複雑に話が展開されているのですが、なるべく簡素に簡単にまとめたいと思います。。

90年代後半、だと思います。金相場が暴落したらしい。同時にインターネットによる投資家マニアが誕生した。それで豪州の鉱山会社がスイスの銀行家Hans-Rudolf Moserと手を組んで、オンラインのアダルトショップとバヌアツでのオフショアギャンブル ー My Casino Ltd.に変身した、という話である。
My Casino Ltd. の顧客は豪州ではなく、アジアと北欧なんだそうであるが、これも証拠を掴むのは難しく、真相は闇の中。2000年の時点では世界で一番成功したオフショアギャンブルと言われた。
しかし、この状況を変えたのが9.11。金融界のレッセフェールを米国政府が、そして多分世界の先進国が規制し始めた。インターネットギャンブルと言えばクレジットカードなのだが、その決済ができなくなってしまったのだ。
加えて、2001年頃のバヌアツの情報通信環境は脆弱で、技術面からカード決済が不能となり、My Casinoは多くの損失を受けた。



<カジノ王、Crownのジェームス・パッカー登場>

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安倍総理も昨年ジェームス・パッカーに会っている。


バヌアツのMy Casinoは、フィジーのランブカ元首相が会長を務める、豪州のWaterhouseBetに売られたが、やはり9.11の影響で決済ができず廃業。
しかし、それでもバヌアツのオフィショアギャンブルは諦めない。
いよいよ、豪州のカジノ王、Crownのジェームス・パッカーが登場したのが2002年の1月。
インターネットを利用した新規サービスを試みたものの、営業は不振で翌年2003年には廃業する事となった。この背景には世界の法機関、銀行、クレジットカード会社、公務員等々がオフィショアギャンブルでのお金の流れを危険視した事が原因のようだ。



<まとめ、一番気をつけたいのはNGO>
バヌアツのタックスヘブンを巡る、オドロオドロしさが羽生会長に伝わったであろうか?
それでもギャンブルはまだ目に見えるからよいのだ。
バヌアツはタックスヘブンを巡る大小のあらゆる怪しい企業が跋扈している。
勿論日本の企業も進出している。
問題は、最近これらの企業がNGOを設立し、形ばかりの公共事業を行う事で隠れ蓑にしようとしている事だ。彼らが裏で動かす金額に比べれば、数十万円、数百万円程度の教育や医療、文化支援への寄付行為は安いものなのだ。しかもこの寄付行為は以前政治家への献金だったものがNGO活動という奇麗な形に変わっただけである、と知ればバヌアツ、いや太平洋島嶼国が一筋縄でない事がご理解いただけると思う。


再びバヌアツのタックスヘブン [2015年04月22日(Wed)]
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当方のボスの一人、羽生会長からバヌアツサイクロン被害に関わる情報を収集報告せよ、との指示をいただいてから、タックスヘブンの事を必ず報告せねば、と心に決めていた。
タックスヘブンを知らずに、バヌアツを、太平洋島嶼国を語ってはいけいないのである。

「バヌアツのタックスヘブン」
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1155


それで、以前読んだGreg Rawlings博士のペーパーをさらっと読みで、さらっと書いたところ、羽生会長の理解はなにやらさらっとしたものになってしまったようで「まずい」とここ数週間悩んでいた。

タックスヘブンを巡る話は、ハイポリティクス、テロ、金融マフィア、越境犯罪組織から小金持の父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん、姉ちゃんまで巻き込む魑魅魍魎の跋扈する、実はオドロオドロな話なのである。

そこで、下記のRawlings博士ペーパーを読み直した。
そのオドロオドロの部分に迫ってみたい。

Rawlings, Gregory (2004) “Laws, Liquidity and Eurobonds: The Making of the Vanuatu Tax Haven.” In The Journal of Pacific History, Vol. 39, No.3: 325-341.



<オドロオドロな父ちゃん母ちゃんのタックスヘブン>
Rawlings博士のペーパーはバヌアツのタックスヘブンを利用した"mum-and-dad 投資家" ー「父ちゃん母ちゃん投資家」の話から始まる。

ニュージーランドでビジネスに成功したDoreen, Barry Beazley夫妻。そのビジネスを売却しオーストラリアのクイーンズランドに移り住んだ。これが70年代。バヌアツのタックスヘブンが始まった頃である。
1999年、オーストラリア連邦裁判所は同夫妻がスイスの銀行に13ミリオン豪ドルを預金をしてたが20年間税金を一切払わなかった事を追求。その預金はバヌアツのTrusteeが運営していた。
オーストラリア国家犯罪当局は1989-/90から1995/96の6年間同夫妻に$A4,322,968の収入があり,A$1,080,742の税金を払わなかった事を申し立てたが、夫妻はバヌアツのTrusteeに貸したお金が戻って、それを使っているだけだ、と抗弁。
裁判所の判断は「完璧に合法」だが「罪深き行い」 "entirely legal" - "a guilty mind" とのこと。

Beazley夫妻、お構いなし、となったのである。


<オドロオドロなロシアマフィアのタックスヘブン>
同じ年、1999年にはロシアマフィアが107ビリオン豪州ドルを、ナウルにある400のオフショア銀行を利用してマネーロンダリングを行った、とのニュースは余りにも有名。
このお金がバヌアツ始め、世界の金融センターをグルグル回っている可能性はある。

同じ時期、ナウル政府は、南アメリカの薬品カルテルのために金融センターをナウルに設置したパナマの法律事務所との契約を否定。
2003年にはオーストラリア税務署の調査では295ミリオン豪州ドルがオーストラリアからバヌアツに送金され、その中の60ケースが租税回避を目的としている、と指摘。

オドロオドロなタックスヘブンの話はキリがない。


<オドロオドロなタックスヘブンの歴史>
インターネットのおかげで、タックスヘブンはますます盛んになったが、タックスヘブンの歴史は1930年に遡る。場所はカリブ。バハマが舞台。
しかし、バヌアツがタックスヘブンを導入した70年代、バハマは独立を手にしたと同時に政治的信用を国際社会から失ってしまったのである。
バヌアツが格好のターゲットになった。バハマのタックスヘブンのお金が大量に流れ込んだのだ。


<オドロオドロなケインズとホワイトの抗争>
Rawlings博士のペーパーの主点は70−80年代のバヌアツのタックスヘブン形成の動きだ。
その背景にあるのがブレトンウッズ体制。下記に詳しく書かれているらしい、米国のホワイトと英国のケインズの抗争は時間のある時にゆっくり読んでみたい。

『ブレトンウッズの闘い ケインズ、ホワイトと新世界秩序の創造 』



要は、ケインズが米国のホワイトに負けて、米ドルが世界の基軸通貨になったという話だと思いますが、話はそんなに簡単ではない。このブレトンウッズ体制で、ケインズは資本が海外に逃げないような規制を作る事を主張していたが、無視された。皮肉な結果に、世界金融を管理するはずのブレトンウッズ体制は、米国に集まったお金をレッセフェールの下、自由に逃がす機会を作ったのである。
さらに皮肉な事に、NYに集まったUSドルは、ケインズの英国を始めとするヨーロッパに集まったのだ。

1946年に亡くなったケインズ先生が生きていたら、この結果をどのように評価するであろうか?


<オドロオドロな英国金融界>
英国、ヨーロッパに逃げた米ドルは半端な金額ではなかった。何兆円、何十兆円という世界。
しかし、英国内にはしっかりした金融規制があるためレッセフェールとはいかない。
そこで英国は50−70年代、植民地の島や飛び地を次々に独立させオフィショア金融センターを設置したのである。その代表例が、ケイマン、バミューダ、香港、ジブラルタル、そしてニューヘブリデス、現在のバヌアツ共和国である。

同盟国であるはずの英米が世界金融の動きを巡って戦う図式が生まれた。
また、巨大な資金と関係のないフランスやオーストラリアは、英国が進めるタックスヘブンの動きを阻止しようとした。一度その制度ができれば、冒頭に紹介したような「父ちゃん母ちゃん投資家」や犯罪組織の温床になる事確実だからである。


以上、Rawlings博士のペーパーをまとめてましたが、当方金融問題もチンプンカンプンですので、英語が苦でなく、多少のお時間がある方が原文を読まれる事をお薦めします。ついでに当方の記述に間違いがあれば指摘していただけると嬉しいです。



さて、オドロオドロなタックスヘブン、まだ続きます。
次回がオドロオドロなインターネットギャンブル。
登場人物だけ先にご紹介。

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バヌアツサイクロン被害とインドネシア [2015年04月20日(Mon)]
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写真はスカルノ、ケネディ、リニ ー インドネシア、米国、バヌアツを結ぶ西パプア問題


<バヌアツを巡るハイポリティックス>
たまたま、超大型サイクロンがバヌアツを襲っていた時、同国の大統領が日本で開催されていた国連防災世界会議に参加していた事もあり、本件は日本でも大きく取り上げられた。
そして、羽生会長からもある特殊事情があった関係で、引き続き情報収集をするようご指示をいただいているので、このブログもここ数週間はバヌアツを中心にメラネシアに傾いている。

このサイクロン被害でロシアと中国政府がチャーター便を飛ばし支援した背景、ハイポリティクスについては既に書いた。

「メラネシアン社会主義」
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/1158

もう一カ国、チャーター便を飛ばして2億円近い支援物資を運んだ国がある。
インドネシア、である。


<西パプア問題>
インドネシアの支援が発表された時、バヌアツFB等では支援を受け入れていいのか?という声が多く上がった。また、西パプアでバヌアツサイクロン募金活動をしていや現地人に対し、インドネシア警官が発砲したとの記事もあった。

Indonesian police shoot Papuans fundraising for Vanuatu after Cyclone Pam
http://freewestpapua.org/2015/03/21/indonesian-police-shoot-papuans-fundraising-for-vanuatu-after-cyclone-pam/


西パプア問題、これも以前書いた。

「西パプア問題 」
https://blog.canpan.info/yashinomi/archive/498

世界が、見過ごす、見放す、この西パプア問題を一貫して支持、支援しているのがバヌアツ共和国、なのである。
その背景には他のメラネシア諸国より茨の道を歩んで手にした独立の経験から、それが得られなかったニューカレドニアと西パプアのメラネシア同胞への強固な同情がある、のかもしれない。

西パプアの独立運動や、サブリジョナル機関ーメラネシアスピアヘッドへの加盟支援など、バヌアツ政府は積極的に動いている。
これに対し、インドネシアはメラネシア諸国全体に対しさまざまな懐柔策を取って、足並みを乱そうとしているようにも見える。

だから、今回のサイクロン被害で、インドネシアから支援を受けていいのか?という声が出て来たのだ。


<あれはあれ、これはこれ>
このような声に対し、バヌアツのキルマン外相は明確に「あれはあれ、これはこれ」と、即ち援助は受け入れるが、西パプア問題に影響を与えるものではない、バヌアツはどの国からも人道支援を受けると述べている。


"Vanuatu says Indonesian aid has no bearing on Papua issue"
9 April 2015, Radio New Zealand International
http://www.radionz.co.nz/international/pacific-news/270765/vanuatu-says-indonesian-aid-has-no-bearing-on-papua-issue

今年終盤には、ソロモン諸島で開催されるメラネシアスピアヘッド会議で西パプアの加盟が協議される。


<JFKと西パプア問題>
ケネディ大統領政権の時期とこの西パプア問題は重なっている。
ケネディ大統領の判断が現在の西パプア問題を決定させた、と言ってもいいのではないだろうか?
第二次世界大戦中にバヌアツに滞在していたJFK。自分の遺産でもある西パプア問題をバヌアツが引き継ぐ様子を、もし生きていたらどう思うであろうか?

以前は、背景に西パプアにある鉱山問題があると書いたが、この件を追っているフリージャーナリストから聞いた話では、インドネシア政府に捉えられた米国CIA要員アレン・ポープの釈放があったという。

ウィキに詳細があった。
http://en.wikipedia.org/wiki/History_of_West_Papua
http://en.wikipedia.org/wiki/Allen_Lawrence_Pope

映画の題材になりそうなストーリーである。
ケネディ政権はインドネシアに捉えられたアレン・ポープの釈放と引き換えに、西パプア独立を支持していたオランダ政府への支援を中止。インドネシアに西パプアを引き渡したのである。
インドネシアを失ったオランダは、その権益を守るため西パプアを独立させようとしていたのであろう。

スカルノがポープに言った最後の言葉がすごい。そのまま映画の台詞になりそうだ。

I want no propaganda about it. Now go. Lose yourself in the USA secretly. Don't show yourself publicly. Don't give out news stories. Don't issue statements. Just go home, hide yourself, get lost, and we'll forget the whole thing.

「さあ行け。この件をプロパガンダに使うな。密かにアメリカに戻れ。しかし決して表には出るな、メディアに情報を売るな。祖国に戻れ、身を隠して消えてなくなれ。我々は全てを忘れるのだ。」(訳してみましたが自信ありません。)


スカルノを、インドネシアの独立を支援した日本。
もうすぐ安倍総理がインドネシアで開催される、バンドン会議に出席する。
インドネシアと太平洋島嶼国を結ぶ西パプア問題。日米協力で某かの解決策が見出されないであろうか?

バヌアツサイクロン被害に出動した各国の軍事資材 [2015年04月19日(Sun)]
復興支復に派遣されていた豪州軍がその活動を終え、バヌアツから撤退するとのニュース。
500名ほどの豪州が派遣された。
フランス、ニュージーランド、英国の軍隊も派遣され、チームワークを発揮した。
滞在中豪軍は特に被害の大きかった南部のタンナ島の学校や医療施設、教会の再建に尽力。
豪州は引き続きバヌアツ支援する。特に観光マネーをバヌアツに落とす事で国家再建を支援していく事が検討されている。

"Cyclone Pam: Australian Defence Force completes recovery operation in Vanuatu"
ABC News
http://www.abc.net.au/news/2015-04-17/australian-defence-force-completes-cyclone-recovery-mission/6400248


OCHAが発表した各国の軍事資材の表が気になっていた。
仏、豪、NZのFRANZ軍事枠組みが動いているのはよくわかるが、なぜ米国ではなく地球の裏側の英国からC17を飛ばして来る必要があったのか?
ちゃんとした理由があるのであろうが、米豪の軍事協力がここ数年強化される中、また米国の太平洋重視が強調されるなか、素朴な疑問が残る。

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The Melanesian Way [2015年04月18日(Sat)]
ブログのカテゴリーにさせていただいている"The Melanesian Way" について、同名の書籍を最近斜め読みだが、目を通したので簡単にまとめてみたい。

Bernard Narokobu, "The Melanesian Way", Inst. of Papua New Guinea Studies, 1983

パプアニューギニアの哲学者にして政治家のバーナード・ナロコビ博士(1943-2010)が1976年から1978年にパプアニューギニアの新聞ポストクーリエ紙に"The Melanesian Voice"と題したシリーズを書き、その中から45の記事を集めたのがこの書籍である。
ナロコビ博士は愚夫の友人で拙宅にも数度、お泊まりいただいた事があるが、なぜ10年前(お会いした当時は大使だった)にこの本を読んでいなかったのだろう、と読みながら何度溜め息をついた事か。 images.jpeg

ナロコビ博士は言う。国を統一するのは国会や国道、軍隊ではない。イデオロギーや哲学である。そしてThe Melanesian Wayこそそのイデオロギーであり哲学なのだ。

何度も繰り返すが、バヌアツの3千年の人類の歴史、パプアニューギニアの5万年の人類の歴史の中で、始めて数百の言語、部族が統一を試みているのである。(進行形にしてよいであろう。)

ナロコビ博士はThe Melanesian Wayは定義でいない概念だという。まさに神にアナタは誰ですか?と尋ねて”I Am Who I Am”と応えるがごとし。
45編で語られるメラネシアンウェイは意味のない、ロマンチックで、弁解じみているかもしれない、とナロコビ博士は断っている。


ナロコビ博士は、さまざまな例を出しながら「これがThe Melanesian Way」と説明を試みている。それは確かに”意味のない、ロマンチックで、弁解じみている”のかもしれないが、底辺に流れるものとして3つを上げたい。

1.欧州のキリスト教や植民地文化がもたらされる遥か数千年以前より、メラネシアには彼らの哲学、概念、価値観があった。
2.当時(多分現在も)メラネシア諸国に存在する白人優先主義に対する強烈な批判精神
3.そして選択の自由が、植民地支配から解放されたメラネシアの人々にはある、という事を繰り返し述べている。即ちナロコビ博士、パプアニューギニアの国父ソマレ閣下、そしてバヌアツの国父リニ首相等々メラネシアの指導者は自分達の運命を自ら選択できる事を、またその意味を理解していた。

この国家としての選択の自由は、援助に頼らざるを得ないメラネシア諸国にとって進行形の課題であろう。
また、メラネシア諸国が、ミクロネシア、ポリネシア諸国と違った「多様性の統一」という課題を抱えていること、さらに欧米の価値観への批判精神が、メラネシアスピアヘッド、というサブリジョナルな動きを早期から誕生させ、現在もその政治的動きが加速している理由であろう。


このナロコビ博士のThe Melanesian Wayの一部がウェッブに公開されています。
http://www.alastairmcintosh.com/general/resources/1983-Bernard-Narokobi-Melanesian-Way.pdf
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