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早川理恵子博士
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このブログのこと [2018年06月29日(Fri)]
このブログは2010年3月に、日本財団の笹川陽平会長のアドバイスで開設した。
よって笹川平和財団の業務ではない。
日本財団の笹川会長は当方に業務指示を与える立場ではないのだ。

きっかけは2008年に副会長だった羽生次郎氏からの業務指示。太平洋島嶼国のことを教えて欲しい、と言う業務指示だったのでメールで太平洋島嶼国情報を送り始めたのだ。その中には運営委員や笹川会長にも知らせておいた方が良い情報もあり、中には羽生さん以外に送る情報があった。

太平洋島嶼国のことを知る貴重なサイトになったようで、外務省の方からよくお礼を言われる。大使までが読んでいます、と言われてそれは励みになった。

たかがブログ、されどブログで、このブログがきかっけで多くの出会いと新た事業が展開した。

最近の最も大きな動きは島サミットだ。まさかこんなに大きく関わる事ができると思わなかった。
このブログは全く私個人のキャパシティで運営してきたし、これからもそうである。

笹川平和財団で太平洋島嶼国のことを議論した記憶はない。誰も知らないのだ。まともな議論は外部有識者だけとしかできなかった。
研究者?実務者? [2018年06月10日(Sun)]
Facebookの世界はまさに「不思議の国のアリス」
一昨日「笹川に関わったジャーナリストが仰向けになって海に浮いていた。誰にも言ってはいけませんよ。」
というメッセージを見ず知らずの人からいただいた。なぜ仰向けなのだろう?と不思議に思いながら、その方をブロックしました。


しかし、圧倒的にまともな人が多いのだ。最近は自衛隊の方が良くイイネをくださり、情報提供、アドバイもくださる。その中で

「早川さんのような研究者の意見は重要です。」

と言われ「研究者?」と疑問に思い返事を書こうと思ったが同じような「誤解」をされている方もいると思うのでここに書いておくこととした。

私は「研究者」ではない。「実務者」である。
研究は実務のためにしている。よってほとんど論文、特に学術論文は書いていない。
今まで、渡辺昭夫教授や笹川陽平会長名で政府に出して来た政策提言書や、基金ガイドラインを書き、この1年は各種ジャーナルに太平洋島嶼国の海洋安全保障とインド太平洋の話を積極的に書かせていただいた。

じゃあどんな「実務」をしているの?
具体的には、2008年のミクロネシア海上保安事業の立ち上げを一人で行った。
何をしたか? ほんの一部を書く。
この事業の最大の敵、国交省から財団に天下っていた羽生次郎氏を動かす事だった。だって指示がなければ動けない。
笹川会長の「太平洋の海洋問題を支援しよう」という提言を「海上保安」に絞ったのは羽生氏である。海保利権を考えて、だ。
そこに、日米同盟を「樋口レポート」を意識し「最初はミクロネシアで」と提案したのは当方である。
提案だけでなく、その基盤は過去十年以上に渡って現場で築いて来たし、3カ国の大統領を動かし、さらに当時の米国国務次官補クリストファー・ヒルに財団が米国のお膝元、ミクロネシア地域の安保に関与することを了解する手紙を書かせたのも当方である。

さらに書くと、現在関係が強化された日豪防衛、海洋協力を促進させたのも当方である。
当初、羽生氏は、秋山昌廣氏のアドバイスを受けて豪州には仁義を切らないで良いという方針であった。豪州をよく知る渡辺昭夫先生(当時笹川太平洋島嶼国基金運営委員長)と私が豪州を外したらアカンというアドバイスを無視したのだ。

ところがいざ事業が開始すると豪州が財団の関与に関し強いリザベーションを示した。
これを国交省と海保が「予約」と訳して報告書に書いている事に驚いき、まずい、と思った。英語が理解できないのが味方にいるという事だ。馬鹿な味方は強い敵より恐ろしい。
それを見た米国が「今まで太平洋の海洋安全保障(具体的にはPPBP)に貢献して来た豪州がウンと言わなければ米国も協力できない。」と言い出した。
ミクロネシア地域の海洋安全保障である!米豪の協力、理解を得ずに進められるはずがない。

「羽生さん、だから言ったじゃないの!」
と心で思ったが、羽生会長(当時)が先に「早川さんキャンベラに至急行ってほしい」と指示があった。さすが東大出の官僚!ここで事業潰せないよね。
しかし、このブログで何度も書いているが「行って来い」だけで、誰にあって何を話すか、全て任されるのだ。

こういう時、学術研究は役に立つ。その頃私は修士3つ(教育、国際政治、情報通信)、博士1つ目(開発学)を書いていた。これに現場の広い知識と経験。
豪州関係者は私の広い知識と見解と哲学に魅了されて(書いてて恥ずかしいけど、じゃあなんで皆んながコロっと支援に回ったの?私の美貌のせい?)一気に豪州を味方につける事ができた。そして海洋安全保障研究会を立ち上げたのだ。これも私の提案である。

ミクロネシアをめぐる日米豪の海洋安全保障協力体制。
2008年に始めたのは笹川平和財団、イヤ、私です。
安倍総理提案:南太平洋大学における日本語コース(追記あり) [2018年05月20日(Sun)]
今回の島サミットは色々な意味で私にとって特別になった。
もちろん、議連講演会に呼ばれた事をきっかけに、1年かけて仕込んできたインド太平洋戦略と海洋安全保障がトップだが、首脳宣言には安倍総理提案の南太平洋大学における日本語コースが挙げられている。


38 首脳は,太平洋諸島フォーラム島嶼国における日本語教育の重要性を強調し,安倍総理は,南太平洋大学における日本語コースの立上げに向けたものを含め,この分野における支援を継続する用意がある旨表明した。太平洋諸島フォーラム島嶼国の首脳は,日本によるこのような取組を歓迎した。

第8回太平洋・島サミット(PALM8)首脳宣言(福島県・いわき市)
(2018年5月18日及び19日)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/ocn/page4_004026.html  より


この案が出てきた背景には日本への季節労働者派遣要請があったのではないか?
これはニュージーランドで成功し、太平洋島嶼国は日本でも拡大したいのだ。しかし言葉の壁があるのは想像に硬くない。

笹川太平洋島嶼国基金は1992年から6年間に渡って南太平洋大学における日本語コースを支援してきたのである。下記に事業内容をコピペしておく。

事業を立ち上げたのは自分ではない。事前評価がほぼ行われずに立ち上がったのは知っている。当初の予定では6年継続すれば生徒数が増え、事業は自立するという話であったが、全然そのようにはならなかった。
そこで、さらに継続するにしても終わるにしても事業評価をしっかりしないと、6年間出した助成金の意味がないと財団で主張し、散々馬鹿にされながら1996年と1997年に評価・調査事業を、国際日本語普及協会理事長(当時)の西尾珪子さんとカッケンブッシュ・知念・寛子先生に委託したのである。

(追記)この報告書は国際日本語普及協会(AJALT)にあります。
これがその報告書である。
笹川島嶼国基金平成9年度自主事業「太平洋島嶼地域の日本語教育調査」報告書
https://www.spf.org/spinf/spinf_j/publication/detail_16687.html


今回は安倍総理提案の事業とのことで、ぜひこの報告書を参考にしていただきたい。
当時と違うのは現在は日本の ODAで南太平洋大学に遠隔教育のシステムができているので、是非これを利用して大学だけでなくコミュニティ、ビジネスの場でも学べるモジュールを作っていただきたい。ニーズがあるのは現場なのだ。
そして、離島、僻地の隅々まで教育が行き渡ること。それが南太平洋大学の建学の精神でもあるのだ。


<1992ー1997年の事業一覧>
1992年 
南太平洋大学日本語講座設置
事業目的
南太平洋諸国の日本に対する関心の高まりを受けて、南太平洋大学に日本語講座を設置。日本語・日本の文化について学び、理解を深めてもらうことを目的としました。
実施詳細
日本語教師の募集と選考を1993年4月〜10月に実施。さらに1992年2月には、オーストラリア・モナシュ大学MAの講師が就任。當作教授(カリフォルニア大学)の開発した教材を使用し、計18名で講座を開始した。
成果
初級17名、中級1名の学生が履修、順調な滑り出しをした。講師は意欲的に、日本語教育および講座の調整に取り組んでいる。今後は、本事業の統括責任者の指導のもとに、講座の運営を行う。
事業実施者 The University of The South Pacific (フィジー) 年数 6年継続事業の1年目(1/6)
形態 自主助成委託その他 事業費 3,283,713円

1993年
事業内容
太平洋島嶼国では、日本経済の影響力が強まるにつれ、貿易・産業界を中心に日本語教育に対する認識が高まってきました。そこで、同地域の国際総合大学である南太平洋大学に日本語講座を開設し、地元のニーズに応えるとともに、将来は、同大学が独自に日本語講座を設置できるよう体制を整えることが目的です。
本年度は、学生を対象に、ビジネス、観光産業、読み書きが中心の四つの選択科目(単位取得科目)と、単位取得を目的としない自由選択コースを実施しました。
また、観光産業、在フィジー日本大使館、大学などに在籍する、業務上日本語を必要とする人たちのために、コミュニティ・レベルのコースも実施しました。
1、2学期とも受講者の数は少ないものの、授業内容はかなり質の高いものであり、外部から日本人を招いて生きた会話に挑戦するなどの工夫もこらしています。
事業実施者 The University of The South Pacific (フィジー) 年数 6年継続事業の2年目(2/6)
形態 自主助成委託その他 事業費 4,877,180円

1994年
南太平洋大学日本語講座設置
事業内容
太平洋島嶼国では、日本経済の影響力が拡大するにつれて、日本語教育の必要性が認識されるに至っています。このような地元からのニーズに応えるため、南太平洋大学に日本語講座を設置しました。将来的には、同大学が自力で日本語を専攻する学生のための講座を設置できるように体制を整えるのが目的です。本校での単位習得科目をはじめとするいくつかのコースを設置し、同時に観光産業、大学職員など業務において日本語習得を必要とする人のためにコミュニティ・レベルでのコースも実施しました。
事業実施者 南太平洋大学(The University of The South Pacific/フィジー) 年数 6年継続事業の3年目(3/6)
形態 自主助成委託その他 事業費 6,558,071円

1995年
事業内容
日本経済の発展とともに、観光事業を中心に日本との結びつきが深まった太平洋島嶼国の間で、日本語教育の必要性が高まっています。本事業は、フィジーにある、太平洋地域の国際総合大学である南太平洋大学に日本語講座を設置し、将来的には同大学が自力で日本語を専攻する学生のための日本語講座を設置できるように道をつける事業です。
95年度は、4段階に分けたコースで各種講習を実施するとともに、通信教育用教材、"Basic Japanese, Stage 1"を開発しました。観光ガイドレベルから正規の学生まで、本講座の対象はさまざまですが、南太平洋大学が13の島嶼国を対象とした「地域大学」であることから、今後は各島での通信教育を利用した講座の発展が期待されます。
事業実施者 南太平洋大学(University of the South Pacific/フィジー共和国) 年数 6年継続事業の4年目(4/6)
形態 自主助成委託その他 事業費 4,902,695円

1996年
南太平洋大学日本語講座設置
事業内容
南太平洋大学はスヴァ(フィジー)の本校と南太平洋各島に12の分校を持つ総合大学です。本事業では、正規学生を対象に、本校で初級、中級あわせて計4つの日本語教育クレジットコースを実施すると共に、各島で社会人を対象とした短期集中講座を実施しました。また、通信教育用テキストブックの開発を昨年に継続して実施しました。
本校の正規学生を対象とした授業では、ビジネス、観光産業、読み書きを主とした4段階のレベルの教科を、前期16名、後期10名の生徒が受講しました。そのうち試験に合格したものは前期12名、後期10名です。他にナウル、クック諸島のエクステンションセンターで地域市民を対象に短期講習を実施し、ナウル校では1996年7月5日から17日の期間に47名が、クック諸島校では1996年12月4日から17日の期間に34名の受講生が受講しました。さらに同校の通信教育で利用できる教材『Basic Japanese, Stage 2』を昨年度に引き続き編集しました。
事業実施者 南太平洋大学(University of the South Pacific/フィジー共和国) 年数 6年継続事業の5年目(5/6)
形態 自主助成委託その他 事業費 6,703,951円

1997年
南太平洋大学日本語講座設置
事業内容
太平洋島嶼国は、日本との経済的・政治的関係を年々深め、多くの日本企業が現地に進出するとともに、日本からの観光客も増加しています。経済開発は太平洋島嶼地域が自立のために真剣に取り組むべき課題であり、日本との関係強化、すなわち日本文化や言語の理解は島嶼国の人々にとって必須のものとなっています。
本事業は、太平洋島嶼国地域の総合大学である南太平洋大学に日本語講座を設置し、日本語学習のニーズに応えるとともに、同大学が日本語を主専攻とする学生のための日本語講座を設置することを目的としました。
1993年1月には初代日本語講師が着任して日本語講座を開講、96年には4代目日本語講師を迎え、同講座の5年目を継続しました。日本語講座は各学部レベルの選択科目とされ、単位を得ることができます。本校の講座には毎年10〜15名の生徒が登録、少数精鋭で大学レベルの日本語教育を行っています。
コースは主に貿易、商業上の需要を念頭に置いた実用会話の習得を中心とし、さらに日本文化、社会、地理、歴史等についての学習も行っています。これには、漢字を含めた日本語の読み書き能力の習得も含まれています。毎年行われている各国の分校での講座には、短期ながらも毎回数十名の受講生が参加しました。本校ではビジター・セッションを設け、在フィジー日本人との交流会を行ったり、大学のオープン・デイには生徒が中心となって、日本文化や言語を紹介する活動も行っています。
本事業は当初の6年助成の計画通り、本年度で終了することとなりまた。終了を迎えるにあたり、前年度に専門家に委嘱して事業評価を行い、本事業のみならず太平洋地域全体の言語政策を含む日本語教育および遠隔教育について、さらには日本と太平洋島嶼国との将来的関係について、網羅的な評価報告書を作成しました。同報告書が各方面で予想以上の反響を得て、本事業が日本政府のODA事業として引き継がれることになったことは喜ばしいことです。
事業実施者 南太平洋大学(The University of The South Pacific/フィジー) 年数 6年継続事業の6年目(6/6)
形態 自主助成委託その他 事業費 5,040,596円

<評価・調査作業>
1996年
太平洋島嶼国日本語教育評価
事業内容
国内の日本語教育専門家による南太平洋大学の日本語講座設置事業の評価作業を実施。同時に同地域で展開している協力隊やNGOによる日本語教育の実態調査および島嶼国政府の言語教育政策、遠隔教育の現状等について関係者へのインタビュー、文献調査を行い、同地域に対する日本語教育に関する提案を含む報告書を作成しました。
評価者は短期間の作業にもかかわらず、太平洋島嶼国の文化的・社会的固有性の理解に努め、国内外で100名を超える関係者との面接調査を実施するとともに、100冊以上の文献を研究しました。報告書には現状改善を前提とする継続的支援の必要性が強調されており、この評価を基に、当基金が5年間支援してきた日本語講座を今後どのように行なっていくか、施策を立てる必要があると思われます。
事業実施者 笹川平和財団 年数 1年継続事業の1年目(1/1)
形態 自主助成委託その他 事業費 4,634,235円

1997年
太平洋島嶼国日本語教育調査
事業内容
笹川太平洋島嶼国基金は1992年度から6年間、「南太平洋大学日本語講座設置」事業を助成しました。助成期間の終了を迎えるにあたり、96年度には、事業評価を国際日本語普及協会・西尾珪子理事長と名古屋外国語大学・カッケンブッシュ知念寛子教授に委嘱し、その結果、本事業は国際協力事業団に引き継がれることが決まりました。ここで基金の役割は終了すべきところ、太平洋島嶼地域の情報が少ないこと、特に日本語教育の現状調査が皆無であったこと、何より評価者がこの地域の日本語教育のみならず全般的な援助政策に深く関心を持ったこともあり、97年度は北太平洋も含む全太平洋地域を対象に調査を継続することとしました。さらに、当基金が進めている「太平洋島嶼地域の遠隔教育支援プログラム」の視点より、遠隔教育開発の側面からの調査を盛り込みました。
97年に実施した調査・研究と、96年度の南太平洋地域における調査結果とあわせて考察を行い、報告書『日本語教育とその環境―太平洋島嶼地域における―』を作成し、内外の関係機関へ配布しました。同報告書は青年海外協力隊の研修や国際交流基金の日本語教師研修のテキストとして利用されている他、国内の30以上の大学の日本語教育の現場でも貴重な資料として活用されています。事業の波及効果として、2人の評価者は調査で得た情報と知識をもって、太平洋島嶼国および遠隔教育の研究分野において、執筆、講義、学会発表などで活躍しています。
事業実施者 笹川平和財団 年数 1年継続事業の1年目(1/1)
形態 自主助成委託その他 事業費 3,863,621円
日本財団幹部のセクハラ発言 [2018年05月20日(Sun)]
財務省のセクハラ発言やらなんやらニュースが出ている。
私は安倍政権支持なのでこれが安倍叩きに利用されるのは反対だが、セクハラが指摘されるのは自分の経験を返り見ても良いことだと思う。

このブログは、日本財団会長の笹川陽平氏からの提案で立ち上げ、現在毎日2千件前後のアクセスがあり、メディアや研究者、色々な方が声をかけてくれる。

その一人が産経新聞の佐野慎輔記者であり、佐野氏の知り合いらしい元産経関係者で今は日本財団幹部の鳥居啓一氏である。
会いたいという事で数年前にお会いした。

会った途端に私に向かって
「まだいける。」
そして佐野氏に
「こいつは入山と寝てない。」
と言ったのだ。実はこの発言がトラウマになっている。色々な人に相談した。
その時の気持ちは、鳥居氏に対する怒り、軽蔑、そして哀れみ。
鳥居氏が会いたいと言われたので、私が会いたかったわけではない。

蹴飛ばして帰ろうかと思ったがグッと堪えた。鳥居さんは笹川会長のご意見番なのだそうだ。何かもっと重要な話があるのではないか?と思ったのだ。
ところが、さらにこの財団幹部だった入山氏が海外出張中に女性の部屋を訪ねどういう事をしたか詳細を話し出した。勿論不愉快極まる内容だ。

一体何のために私に会いたかったのであろう?
鳥居さんだけでなく笹川会長も私の事業を高く評価している、という話をその後控え気味に話された。結局コミュニケーション能力が欠落していて、先に下品な話で人を見下げておかないと本音が話せないご老人なのであろう。

財団幹部にはこのような男性が山ほどいて、女性陣もそれを受け入れていた文化がある。女性職員に相談した時そんな事で目くじらを立てるな、と諭された事がる。
しかし、最近のセクハラ問題で専門家や犠牲者と話をする機会が多くなり、財団幹部のこのような状況が異常であり、社会問題として見過ごされる事ではない、と最近強く思うようになった。
特に日本財団は弱者救済の世界的指導者にある立場だ。

私が渡辺昭夫先生を選んだ訳 [2018年05月14日(Mon)]
これも重要だからブログに書いておきたい。

浅野亮教授の中国の授業だ。
米中戦略で核がテーマ。
最初に浅野教授が核問題が安全保障で議論され始めたのは10年位。もっぱら平和研究が核を扱って来た。最近は安全保障と平和研究の交流はあるが、方や戦争のリアリズムと方や戦争反対の立場で交流は少ない。という話をされた。

これを聞いてハッと思ったのは、なぜ私が太平洋島嶼国を学ぶために、安全保障の専門家である渡辺昭夫先生を選んだのか、である。

多くの太平洋島嶼国の本は、戦争反対、核反対、島嶼国の真の自立を!と叫ぶイデオロギーが強い論調。渡辺昭夫先生本だけ違ったのだ。
すなわち太平洋島嶼国研究と言えば「核問題」で、「核問題」は平和研究のイデオロギーが強い。核が太平洋島嶼国と平和研究を結びつけている。
その中でリアリズムの渡辺先生の議論は光っていた!

渡辺昭夫先生が大平正芳研究会(名前ど忘れ)のメンバーで太平洋島嶼国を担当していた、というのは門下生になった後に知ったことだ。

太平洋島嶼国がハイポリティクスのシアターである事を20代だった私は「現場」を先に見たので直感したのだと思う。しかも最初の事業が衛星通信だ。安全保障のど真ん中である。 PEACESATと平和の字が入っているが覇権国家競争、冷戦時代を象徴するトップレベルのインテリジェンスの分野である。

島嶼国の経済的独立を!と私自身、笹川太平洋島嶼国基金の目的に書き込んでいた。
しかし、1、2年も現場を見ていれば、それが現実的でないことはすぐわかる。


島サミット特集:中国・太平洋島嶼国関係を強化した笹川平和財団 [2018年05月10日(Thu)]
今回の島サミットで安倍総理と共同議長を務めるトゥイラエパ、サモア首相は1988年に笹川良一氏に引き連れられ、他の首脳と共に北京を訪問している。

中国と太平洋島嶼国を関係を強化したのは笹川平和財団であった。
私が担当した91年からは中国のことは関係しなかったが、台湾との事業の可能性が出てきた時に関さんという当時の事業部長が台湾はだめだ、と。
その結果を運営委員に回覧したら、えらく怒られたのだが(なんかまずい判断だったわけだ)笹川陽平氏は台湾との事業は何の問題もない、との回答であった。

財団の対中国の姿勢は、私の認識では「牽制しつつもエンゲージする」ではないかと想像しているが、これは笹川会長に聞いてみたいことだった。
この天安門事件前年の北京訪問も公式な情報である。黙ってろとか言われた事はない。
それに笹川平和財団が北京に連れて行かなくても中国は太平洋島嶼国に勝手に進出していたであろう。







それにしてもこのビデオ重要だな。
タオテ・シノトの遺言 [2018年04月05日(Thu)]
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タオテ・シノト、(Dr Yosihiko Sinoto、篠遠喜彦博士のポリネシア語読み)が昨年亡くなられた。
ハワイのビショップ博物館のタオテ・シノトの遺跡保護人材育成事業を笹川平和財団が支援させていただいたが、その前に、私が財団に入った時に始めた、土方久功翻訳事業の時に序文を書いていただいたのだ。

土方久功翻訳事業は民博の前所長須藤健一先生が財団に持って来られた案件で、どうにか4巻訳すことができた。土方久功はパラオで中島敦とも交友があった芸術家である。そして民族学者でもあった。彼の日本語の文献を英訳する事が世界の太平洋研究者から、そしてパラオの人々から切望されていたのだ。

タオテ・シノトにはいつもで会えるような気がしていた。ハワイで、タヒチで。
未だに亡くなられた事が信じられない。
タオテ・シノトは私が太平洋島嶼国にどのように対峙すべきか決定的な価値観を示してくれたのだ。

それがこの序文にある。
本当は書き写したかったが、時間がないので写真を撮った。
ここにある「西洋人は南洋の物語を求めて南洋に行き、そこに期待していたような楽園がなかった事に消沈する。ゴーギャンやスティーブンソンのように。しかし、土方は違った。南洋は彼に豊かな場所である、土方はパラオ人に、サタワル人になる事を切望したのだ。」
そして土方に自分を重ねるタオテ・シノトの姿も私には見えた。

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西洋人とは違う太平洋島嶼の魅力は日本人であればこそ感じるところがある、となんとなく思っていた。それは西洋文化の影響を受けつつ自分たちのアイデンティティを求めようとしている太平洋島嶼国の人々の姿を見て感じていた事だ。タオテ・シノトの言葉で、太平洋島嶼に自分がどう関わって行くか、一つの方向性が示されたのだ。

笹川太平洋島嶼国基金をマイナス状態から立ち上げていた時に出会ったタオテ・シノトのこの言葉は、私にとっての遺言である。
10の意味を持つアイランダーのイエス [2018年03月30日(Fri)]
よくこの太平洋島嶼国を相手に、基金を立ち上げる事ができましたね、と聞かれたのでアイランダーのイエスの意味を話した。

1989年に設立された笹川太平洋島嶼国基金は最初に担当された方が、カオス状態のまま去ってしまった。そこに私が入ったのである。財団に中には太平洋島嶼国の事も、基金がどのように動いていたかも知る人はいなかった。全て一人で理解し解決して行ったのである。


その中で太平洋島嶼国の人々とのやり取りは多くの事を学んだ。
日本人が来れば俺の息子の名前は太郎だ、と言い、米国人が来れば同じ息子の名前はジョンだ、と言う。最初この2枚舌なんだろう、と驚いたがそれが小国、小さい島社会の生き方、方法なのである。
その後、私もこの2枚、3枚舌を使用する練習をしたが結構難しい。しかしこれは外交の基本だ。
結果オーライであれば良いのだ。

パラオの某閣僚との話
「なんでリエコは島の事が理解できるんだろうねえ。ありがたいけど。」
「それはですね閣下、島人のイエスには10位の意味がある事を心得ているからですよ。」
「そうそう、10位あるねえ。」と笑って同意いただいた。

ノーと言えない日本人じゃないが、島人もノーと言えない。しかし日本人から見ると嘘つき、と思える程ノーと言わない。ノーでもイエスと応える。だから「明日会いに行くよ」と言われて来ないのは当り前。来ない理由を忖度できなかった貴方が悪い。

なので、情報は多角的に取る事が必須なのだ。みんな都合の悪い事は言わない。
祝 笹川陽平会長パラオ名誉市民に! [2018年03月19日(Mon)]
笹川陽平日本財団会長が、パラオ政府から名誉市民権を授与される事がパラオの国会で決まった。

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昨年、パラオの友人知人に呼ばれてパラオに行った際、相談された件の一つがこれだった。
感謝の気持ちをどう表せばよいか?
「名誉市民は?」と私。
「それは善いアイデアだ、進めよう。」

来月授与式があるらしい。
30年近く笹川陽平氏と共に太平洋島嶼国の事業を歩ませてもらった当方としては自分の事のようにうれしい。
1989年に設立された笹川太平洋島嶼国基金は立上げに失敗し、1991年に財団に入った私がマイナスの状態から立ち上げたのである。その時、四面楚歌というか無知無関心集団の中で唯一支援してくれたのが笹川会長だ。

最近だと米国のジョン・マケイン議員、リック・ペリー議員がパラオ訪問時に名誉市民を授与されている。

今日も朝からパラオの法執行関係者と議論。
「ピューやビリオネラー、セレブが大統領の「お友達」として山程パラオに来るけど何も形になってないよね。形に残ったのは笹川平和財団の事業だけだよ。」
「そうよ。でも財団が供与した船や事務所にシーシェパードやそのお友達のビリオネラー、ポール・アレン、ピューなんかが乗り込んだりされたら困るのよ。だから笹川会長の名誉市民はお飾りじゃないわよ。」


そう。羽生元会長から「頭がおかしいと思われるから誰にも言うな」と言われた日本パラオ友好協定。もう一人頭のおかしい人がいるのだ。笹川陽平氏である。
色惚け老人はお断りだが暴走老人は応援したい。暴走方向を確認しつつ。

200万円の自由裁量手当 [2018年03月08日(Thu)]
産経の千野さんから女好きと言われた元国交省審議官の羽生さんは、少なくとも日本財団の色惚け老人宮崎正さんのように私といると誤解される、などと馬鹿な事は言わなかった。

羽生さんお元気でしょうか?

会長室でよく2人だけで面談した。吊るし上げに会う事もしばしばだったが、ほとんどが羽生さんからの一方的な報告で、最後に

「どう思う?これ調べといてよ。」

という会話であった。

2008年にミクロネシア海上保安事業立上げを私が成し遂げたときは「感謝してる」と100回位言われただけでなかった。200万円の自由裁量の調査費をつけてくれたのだ。
このブログが充実しているのはこの200万円の成果でもある。



パラオのシーシェパードを2011年に追い出したときは

「やっぱり早川さんが財団で一番仕事ができる!」

と褒めてくれた。この時は200万円の自由裁量手当はなかったが。。



そういう羽生さんに私は何度か叱責させていただいた事がある。
一つはパラオの海洋保護区支援だ。海洋問題を知っていれば支援してはいけない案件だ。
海洋専門の組織として、本来ならばレメンゲサウ大統領の振り上げた拳を下ろす場所をアレンジすべきところ、さらに引き上げてしまった。

私「なにやってるんですか!笹川平和財団をピューのような煽動NGOと同じレベルにする気ですか?」
羽生元会長「そんな事言われても理解できないぞ!」(本当は別の表現でしたがここには書きません)

海洋問題の専門家でない羽生さんが知らないのは当たり前で、周囲の誰もアドバイスしないのだ。当時の姉妹財団海洋政策研究所の寺島さんと古川博士になぜ説明しないのか?と問いつめた事もある。海洋政策研究所さえ海洋保護区の事を理解できてないのだ。

「そんな事言われても理解できない!」
羽生さんは素直だった、そしてその言葉は重かった。

海洋問題を「私が」きちんと学ばなければ、せっかく自分が立ち上げたこの事業は間違った方向へ行ってしまう。このブログで必死に海洋保護区の問題を指摘してきた理由である。
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