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早川理恵子博士
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死と向かい合う(2) ー イランとお盆 [2013年08月15日(Thu)]
8月は日本人にとって、少なくとも私にとって、終戦記念日と、お盆と、高校野球の入り交じったイメージがある。

このお盆、あの世に行った死者を迎えて、また送り出す、と言った簡単な理解でしかなかった。が、最近家族を亡くし、死に向かい合うとはどういう事だろうか、と日々か考える中で改めてお盆の意味を探りたかった。

京都、法然院の梶田真章住職のお話を伺う機会に恵まれた。
お盆には3つの説がある、という。

1、仏説盂蘭盆経 によるお盆。
2、先祖教によるお盆
3、仏教によるお盆

1の仏説盂蘭盆経は中国で作られた偽経ー即ち偽りのお経で、仏教の本来の哲学に沿っていないそうである。理由を説明いただいたが、忘れた。
2の先祖教は柳田國男の説で精霊を迎えて供養する、という一般に理解されている説。
3は「一切衆生」即ちこの世に生を受けたすべての生き物の成仏を祈るという、これぞ仏教の神髄。

現在のお盆は2、3が共存。お寺のお坊さんはイエの個人の魂を祈ると同時に頼まれた訳ではないが一切衆生も祈っているのだそうだ。

また、イエという制度が日本に定着したのが室町時代頃で、お墓という習慣は江戸時代から。
即ちイエ代々のお墓の歴史というのは300年の歴史、とのこと。

戦後このイエ制度が徐々に崩れ、今まであったイエのお墓、イエのお盆という制度では受け入れられないケースも多くなってきている、とのこと。
個人の、またはコミュニティのお墓、お盆といった、新たな死への向き合い方を、お寺がまた人々が考えていく必要がある、というお話だったと理解しています。
が、なにせ、猛暑の中、また何の知識もないところで伺ったお話なので、曲解、誤解している可能性が高いです。

最後にこのボン、Bonという言葉、サンスクリット語の”ウッランバナ”から来ていて、意味するところは「逆さ吊りの苦しみ」と恐ろしい。
しかし最近の研究ではイラン語の”ウルヴァン”が語源という説もあるそうで、こちらは「霊魂を祭る」という意味。今の日本のお盆に近い。
お盆休暇を "Bon holiday week"と訳し、海外の友人知人に伝えているが、Bonとは何か?と聞かれたらイラン語の方を話しておきたいと思う。
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