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早川理恵子博士
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女好きとミクロネシアの地政学 [2018年03月07日(Wed)]
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<前回の続き>
海洋警察事務所の配置先がミクロネシア連邦のポナペからパラオに移動する、というのは大きな話である。

笹川平和財団の羽生元会長から、当時笹川太平洋島嶼国基金の運営委員長だった産経の千野さんに、ミクロネシアの事、そして海洋問題について説明しておいて欲しいとの業務命令がった。

千野さんを笹川平和財団に入れたのは私なのである。1999年に太平洋島嶼国基金運営委員の刷新があり、運営委員候補リストを作るように言われ、私があげたのが、渡辺昭夫先生、千野さん、そして松岡正剛さん。
渡辺先生と千野さんに頼もう、という判断が財団であって「口説いて来い」と笹川会長から直接指示があった。

千野さんをお連れして太平洋島嶼国もよく回ったし、記事執筆のための情報提供などもしてきた。
千野さんは海洋警察事務所がパラオに行く事に反対だったらしい。
久しぶりにお会いした時、あんな小さな国は重要ではない、とか言い出して、さらにこの案を私が推していたのをご存知だったのであろう、
「あなたが働けるのは、羽生さんが女好きだかよ。羽生さんの女好きは国交省時代から有名なのよ。」
と暴言、中傷が始まった。

これは話しができる状況ではない、と早々に席を立った。
その時の感情は今でも鮮明に蘇る。
最初大きな怒りを感じた、そしてすぐ後に千野さんは大丈夫だろうか?という心配の気持ちが湧いて来て、その後悲しい気持ちが続いた。羽生さんへの誹謗であると共に私へ誹謗でもある。

数週間、羽生さんには報告できなかった。千野さんを財団に連れてきたのは私だったからだ。でも業務命令で千野さんにお会いしたので報告した。

千野さんは、ミクロネシアの地政学を知らないままであろう。
ちなみに私が羽生さんに男性として魅力関心を持った事はない。誤解を顧みず正直に言うと「使えそうな駒」が来た、位にしか思っていなかった。そしてこの事務所の設置場所など無駄な抵抗もされたが、十分使える「駒」だった。多分羽生さんも私を「駒」の一つとして見ていたであろう。私と羽生さんの間には常に緊張関係があった。羽生さんの顔には「生意気な」と書いてあった。

千野さんとの席で、私が言い返した言葉を覚えている。

「千野さん、羽生さんは若い女の子が好きなんじゃないでしょうか?」

もっと気の利いた事を言えばよかった。ともあれ海洋警察事務所はパラオになったのだ。
一体その地政学上の意味を、私と笹川会長(追記:中国とハリス司令官もわかってる)以外に誰が理解しているのか?
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