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早川理恵子博士
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伊根へ ー 漁村改革と満州事変 [2016年01月29日(Fri)]
Ine in Snow.jpg


♪ し あ わせに なーるために、 私たち 誓った ♪

中山美穂さんの歌声と美しい伊根の舟屋の風景がテレビに映ると、財団に行く時間だった。
なのでNHK朝ドラの「ええにょぼ」のストーリーは全く知らないのだが、伊根の風景だけは音楽と共に記憶に焼き付いている。

一昨年、旧海洋政策研究財団(現笹川平和財団)の大塚さんの御紹介で、若狭湾に面する小浜を地元の西野ひかるさんの案内で訪ねる機会をいただいてから、日本海側のイメージががらりと変わり、いつか若狭の隣、丹後も訪ねたいと思っていた。


初めての丹後は吹雪だった。
一時間に一本のバスを利用しようか思ったが雪の中待つのはつらいと思い、橋立からレンタカーをした。

伊根への海岸線道路は山と海に挟まれた狭い土地に漁村が点在する。

今も漁業は盛んだそうだが、高齢化、少子化の問題も。漁師の高齢化の問題もある。
伊根の舟屋を宿泊施設にして一棟貸しで運営する家も増えているようだ。
遊覧船乗り場で見つけた下記の本で少し勉強した。
1989年初版で2005年には5版が出ているロングセラー。

「舟屋 むかしいま ー 丹後•伊根浦の漁業小史」 
和久田幹生著 あまのはしだて出版 2005年第5版

伊根は全国的にもめずらし、網元のいない漁村とのこと。

「「網元のいない村」「全員が資本家で労働者」「社会主義的な村」などと言われ、多くの識者の研究対象となりました。
 伊根浦には近世初期から「鰤株制」がはじまり、有株者は田畑をもち、鰤・鯨・江豚・鮪(まぐろ)などを獲る権利をもち、村の役につき、「百姓」「役儀者」と言われました。一方無株者は、田畑はなく、小魚をとることしか許されず村の役にも一切つけず、「水呑」といわれ差別され続けてきました。この社会的・身分的差別が解消されるには、長い苦悩にみちたたたかいがありました。」

(同書、まえがき から)

伊根が共同体となった原因が満州事変の前後である事が興味深い。
戦争が日本の小さな漁村の社会構成を改革させたのである。
330戸の伊根から120名の青年の戦死者が出たという。残った老人が漁に出て伊根を守らなければならない状況の中で1939年、当時の村長が動き、今の共同体、即ち「網元のいない村」「全員が資本家で労働者」「社会主義的な村」が誕生したのだ。(同書 75−76頁)

伊根の現状は詳しく勉強していない。
しかし、1930年ごろと同じ状況、即ち漁師の老齢化の問題は、伊根の人々の意識改革を呼び覚ましているのではないだろうか、と想像した。
その一つが「観光」なのだろうが、あの狭い伊根の町に観光客が入って来る事の弊害も想像した。
車一台がやっと通れる狭い道路を運転していると、玄関からおじいさんが顔をだし、ジロッと睨まれた、ような気がした。
今度は、春か秋に訪ねたい。
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