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レジリエンス⇒「心の体力」[2012年02月03日(Fri)]
そうそう、私はこれを「心の体力」と仮の訳をあてています。
レジリエンス(心の体力)があがればあがるほど、
傷ついた時、壊れそうになった時、衝撃を受けた時の
修復力もあがるわけです。
このレジリエンス(心の体力)は、どうやって、育つのか。

まずは、セルフエスティーム(自尊感情)がそのベースには必要です。
自分を肯定できてこそ、自分を修正し、自分を高めていくということができます。
もし、自分にとって不利な状況、あるいは不愉快な状況が起こったとしても
いったんがまんして、それとどうおりあうのかを考え、次の行動を起こす。
場合によっては、我慢する。あるいは交渉する、あるいは闘う、
いろいろな方法を選びます。この方法を選択して、意志決定し、
それに沿って行動してその責任をひきとる。
それがレジリエンス(心の体力)として形成されていきます。
決める・行動する・結果に責任をもつ、
この繰り返しで、人のレジリエンス(心の体力)はどんどんあがっていきます。

そのためにも、自己肯定感が必要なのです。それがなければ、
どんな鍛練もトレーニングもある意味、虐待になるのだと
少年院の教官がおっしゃっていました。
少年院などの矯正教育で、失敗するのは、
セルフ・エスティームのない状態で、
「がまんのない子だから、がまんを覚えさせる」と、
いきなり厳しく仕込むというトレーニングです。
これは治しているつもりで、壊してしまう結果になるのです。
がまんというのは「今、これに耐えたら、自分はOKになれる」という
見通しがないとがまんの意味がゆがむのです。

子育てに起こる問題は、決めさせない、結果に責任をもたせない、
ただおとなが指示を出す、
おとなや権威者の指示に従わないことを悪いこととして教える。
その結果として、人のせいにする子になる、というわけです。
そもそも、自己決定をさせないのですから、当たり前です。

レジリエンス(心の体力)は、自己決定の成功と失敗を
たくさんたくさん積むことで育ちます。
それがないから、与えられた道で、失敗せずに生き続けると、
ある時突然失敗したときに、心が折れてしまうのです。

私が子育てを始めたころ、「最近、こける時に、手をつけずに、
顔からこける子が増えている。」と聞かされて驚いたのですが、
これは、なんと歩行器のせいだったのです。
歩行器は、かかとが床につかなくても、つま先で移動できますし、
どんなに移動しても、こけません。
でも子どもというのは、立ってはこけ立ってはすわり立って移動して、こける
この繰り返しによって、立ち方のバランスやバランスを崩した時の修正方法
そして、あきらめてこけるときの身の守り方を失敗を通じて
どんどん成功に転化することでまずは身の回り1メートル範囲での自分を保ち
守るということのスキルを身に着けるわけです。
しかし、歩行器は、そのすべてのトレーニング・プロセスを奪ってしまうのです。
で、実際、私の目の前に歩行器育ちがいてびっくり。
何気ない小さな段差で躓いたり、こけるときも顔に怪我をするというのです。
こけそうになれば、思わず手を出すというのも、
実は、トレーニングの末に得るスキルだということがわかります。

これは、レジリエンス(心の体力)についても同じです。
子どもも若者も、小さな成功と小さな失敗を繰り返してこそ育つのです。
しかし、核家族・習い事三昧でおとなに囲われた
「転ばぬ先の杖」「心の歩行器」が増えてしまっています。
結果、自分で自分を守る方法もわからなくなります。
それだけでなく、指示だらけで育った子どもは、
とうとう、自分の欲求さえわからなくなってしまうという事例さえあります。
この結果が恐ろしいのは、自己表現を奪われ自分がわからなくなり、
薬物などの依存症になったり、
手の付けられない暴力的な怒りの爆発をしたりするようになる
ということなんです。

レジリエンス(心の体力)にとって一番大事なことは、
おとなが、手を出さずに、失敗を見守る勇気をもつということが必要なのです。
与えた成功ではなく、自らが創造した成功を喜ぶことも大事です。
このことは、発達障害があろうがなかろうが、
ある意味、人の成長に不可欠なプロセスなのだと考えています。
Posted by 再生塾 at 14:34 | この記事のURL | コメント(0)
レジリエンス[2012年02月02日(Thu)]
そもそも、「演説」「学校」「野球」「社会」ということばも
日本語になく英語を訳すために創られたことばだと言いますが、
レジリエンス(Resilience)ということばを表す日本語はありません

ボールの「弾力性」を表現するもので、
それを人の精神状態にもあてはめて使います
タフというわけでもありません、ボールは、落ちると弾みます
落とされた衝撃を形を変えることで吸収しつつ、
床に力を返してその弾みで跳ね返ります
そういう一連の状態を表現します
「回復力」とも言われれますが、ただもとにもどるのではなく、
新たな状態をクリエイトするという時間軸と
変化に対するポジティブな意味あいがあります。

なので、震災後の復興する人々のレジリエンスもまた同じです。

ある状況を吸収し、跳ね返し、自分らしい形で次の態様をつくっていく
姿勢・態様・・・・とまあ、ややこしい訳になってしまいますが、
この 「レジリエンス」は、セルフ・エスティーム(これもまた説明必要ですが)
とともに人間の成長のキーワードだというのが、
結構、子ども・若者をサポートする世界各国の教育界やNPOにいおいて
共有されていきつつあります

レジリエンスが、どう育つのか、また、メンテナンスできるのか。
これが、おとなになっていく上で重要なポイントになります。
なので、子どもや若者にとって、
これを育む環境をどう提供するのかが重要です

好成績で順調に育ったと思った若者が、受験の失敗や就職先での失敗で
ひきこもってしまい、時には病に陥ってしまうということがあります
これは、レジリエンスを得られなかったがゆえの現象ですから、
どこから、そのレジリエンスづくりを
やり直すのかということが課題になります

レジリエンスは、人との間でしか育ちません
(このことはおいおい説明していきます)
それが得られなくなったのが今の育ちの環境なのです
本人のせいでも、家族のせいでもないのですが、
子育てにあたっては、どういう環境で子どもを育てるのかを
よくよく考えておく必要があります

子どもや若者だけで形成するコミュニティが
地域からなくなったと言われて久しいのですが、
このことがレジリエンスを得るチャンスを奪っているともいえます
最近の子ども・若者コミュニティは、全ておとなの監視下にあり
コントロールされやすくなっています
そのことが、子ども・若者のレジリエンスを奪ってしまいます

問題に自分で向き合い、解決していく姿勢
時には、自分で助けをもとめ、人に支えられながら
解決していく姿勢=これがレジリエンスなのですが、
多くのおとなは、これを待てずに、
指示・答・時には命令を与えてしまいます
そうやって、レジリエンスを奪ってしまっています

ああしろ、こうしろと言われて、言われるがままにそうしてきたら、
レジリエンスは育たないのです。

しかし、「こうであればレジリエンスは育たないという」
ネガティブ系だけの表現では不十分
そもそも、レジリエンスとは何か、どうやったら育つのか
レジリエンスがないとどうなるのか
ということについて、カナダの研究のある文献を訳してみたのですが、
この本だけでは、日本の中では伝わらないなと立ち止りました

文献から引っ張り出しながら、
このレジリエンスについて、どうやってお伝えしたらいいのか
私もこれから思考錯誤をしようと思っています

ちなみに、私の子育て時代の古いトピックスで、
すでにこのことばに触れています
米国NPO研修で、レジリエンスということばを学び、触発されたものです
http://www5d.biglobe.ne.jp/~JYTH/eo/opinion/1opinion9.html
Posted by 再生塾 at 14:28 | この記事のURL | コメント(0)
再生塾YAR 6年の年月を経て[2012年02月01日(Wed)]
ブログの趣向を変えることにしました。語ります(笑)

大した歴史ではありませんが、再生塾YARを始めて6年が経ちました。
私自身が子育てしていた時代とは、どうやら社会の趣も変わり、
子どもや若者たちが見せる様子も、すっかり変わってきました
でも、本質は変わってはいないと思っています

塾を始めたとたんに登場してくれたのは、高機能自閉症の青年
「いやいや、うち、非行系専門ですから・・・障害のことわかりませんし
 専門でもない私がケアするなんて、おそれ多い」と
後ずさりしていたのに、元小学校の校長先生に押し切られたのがご縁でした

そうして「発達障害」の一群と出会うことになり、
結局、塾生は、多かれ少なかれ、
発達障害の一面を抱えていることもわかりました
自分をドライブできない状態
そして、支える家族も地域も弱くなり、
そのことで、子どもや若者が、
道を旋回しているのだということもわかってきました
そんなしんどさを抱えれば抱えるほど「普通の学校」からははみ出しやすく
そのニーズにこたえて多様な場が創出されてきました

私の中で「同じ本質」というのは、
『愛』と『セルフ・エスティーム』と『レジリエンス』です
このことはテーマとしてあげていこうと思います
発達障害を知って、愛だけではだめだとわかりましたが、
でも、愛に+αが必要なだけで、
やっぱり愛は必要不可欠なベースだとも改めて思います

今や発達障害は、大ブレイクで、
それをうたう講演会も通信制高校などもわんさか
結果、再生塾YARには、その中でも、
なかなかむずかしいケースばかりが舞い込んでくるようになりました
やればやるほど困難ケース・・・と修行の場を与えられてきましたが、
ここで、一息、これらの活動から、
多くを学ばせていただいたことをお伝えしていくことにさせていただきました

困難ケースゆえに、多くの塾生の「現在の姿」は、
ブログにアップしにくいネタばかりで、
とうとう、再生塾YARブログが、
動物ランド情報になってしまったのはそういう事情です

でも、自分自身の子育てからも再生塾YARでの体験からも
きっと、たくさんのヒントや贈り物をみなさんにできるのでは
ないかと思い文字に発信することとします

私は40代で子育てを終えて、すでに、わが子が子育てを始めています
不思議な感覚で小さな命の成長をみながら、つぶやいてみようと思います
Posted by 再生塾 at 12:27 | この記事のURL | コメント(0)
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