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再生塾YARブログ
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時代を見据える力・生き抜く力[2012年02月06日(Mon)]
実は、これからの日本は、誰もが体験したことのない社会状況になるし、どこにもモデルがないのだというところから考えると、子どもたちにどういう教育が必要なのかと言うことは、私たちおとなは、本当はもっと真剣に悩まなくてはならないのです。
なぜなら、私たちおとなもまた子どもに対して「社会ってこんなもんだ」と語れなくなるからです。経験知が生きなくなるわけです。
明らかに、出生率の低下によって、団塊の世代ジュニア以降の人口は減るのですから、経済活動・消費活動の量はもちろん、質が変わるわけです。
だからこそ、なのですが、これから一番大事なのは、観察する力、考える力、意志決定する力、行動し、修正し、自らの意志決定に責任をとる力なのです。親に与えられた道を進んでいると、いざこけた時、親も責任はとれないし、いずれ転ばぬ先の杖も効力はなくなり(親がしたことのない失敗だとよけいに)、はいあがる力さえ奪われた状態になってしまいます。まさに、ここにレジリエンス(心の体力)が問われるわけです。
学校でいい子になっている場合ではないのです。
将来は会社というスタイルがなくなると言うコンサルタント、経営者がいます。いい会社にはいろうと思ってがんばって進学していたら、会社がないかも知れません。(まだ読書中なので、この点は後日報告) 
ユニクロは、とうとうやっちゃいました。性別、国籍、学歴を問わない「素のあんた」勝負。新卒でも「経営者募集」という言い方をしています。
「素のあんた」づくりは、まさにレジリエンス(心の体力)の醍醐味です。

レジリエンス(心の体力)形成の一番のおすすめは、異文化経験。海外経験。今までの自分が通用しないという体験は、若い時ほど柔軟に対応でき、新たな経験を自らの力に変換することができます。

子どもが不登校になったら、「おう、うちの子は、学校を拒否するくらい個性的なのだ」と喜ぶチャンスなのかも知れません。もちろん状況にはよりますが、私も子どもが反抗期を迎えた時、めんどくさいとは思いましたが、ほっとしました。「これで、親を超える人間になるんだ。」と思ったからです。
学力は必要です。でも、それは、必要な時に、必要な勉強をする力として必要なのであって、学校のカリキュラムどおりに育たなくても、学力をつけることは可能です。
今は、ちゃんと学校に行くということよりも、自分らしい学力形成プロセス、社会経験プロセスをどうデザインしていくのかということに主眼を置いた方がよいと思うのです。

私の息子は、山村留学という体験で、ずいぶんレジリエンス(心の体力)を身につけたと思っています。
山村留学は少人数なので、子ども一人ひとりをとても大事にしてくださいます。子どもには、「大事にされる」という体験はとても不可欠なものです。
でも、地元の中学校そのものの歪みを感じて、山村留学から帰ってきた子どもには「あまり教師にマジになるな。ほぼ多くの教師に愛がない・・・」とつぶやき、なぜかそれに担任が(『学校改革できなくて申し訳ない』とおっしゃいながら)こっそり賛同してくださったという懇談会を体験しています。

さらに、進学時には歪んだ学校でいい子になっている場合ではないと考え、「子どもの選択肢を増やす会」で、学校以外の学びの場・成長の場の情報をたくさん集め、同じ年代の子どもをもつ親たちと共有し、「学校だけが答えじゃない。子どもがどれを選んでも子どもを見守ろうよね。」とお互いを支えあった経験があります。

今では、学校がおかしけれれば、学びの場や方法は、今となれば、たくさんあります。
会社もなくなるけど、学校もなくなるのかも知れません。(学校じゃない学校が、再生塾YARですし、さまざまなオルタナティブ・スクール、フリースクールです。最近では、学校のような楽な学校も出てきました。)
先日、テレビで、「ゆとり教育世代の学力が非常に低い」ことについて、それを提唱推進した元文部省職員の寺脇研さんを多くの人が責めていましたが、そもそも子育てや教育を人のせいにするのをやめるべきなのではないのだろうかと感じました。
学校のあるべき論を展開しているのも時代遅れで、教育サービスの多様化をサポートさえすればいいのではないかと。私立高校無償化なら、フリースクールなども無償化して、選択肢を広げれば、みんな自分にあった成長の場を選ぶだけの話ではありませんか。いい時代になりつつあるもんです。

自分で決めて、行動し、その責任をとるというベースがあれば、いつだって、どこだって、適応していけますし、必要な学びをとりもどすこともできるのです。
子どもたちは、私たちの知らない将来を切り拓いていくのです。そんな子どもたちに与える「答え」はないから、「切り拓く力」を形成できる環境や機会を提供するのが、私たちにおとなに精いっぱいできることなのではないかと思います。
Posted by 再生塾 at 10:23 | この記事のURL | コメント(0)
連鎖をとめる方法[2012年02月04日(Sat)]
虐待の連鎖、という深刻な状態でなくても、
「自分が親に言われて傷ついたこと」は、
「絶対、自分の子どもには言わない」と普通決意します。


ところが、実は、「つい言ってしまう」
「形を変えて同じ様な傷を与えてしまう」という事が起こりやすいのです。


●「つい言ってしまう」
当たり前です。もし、それが習慣化した言葉だったら、
それは、あなたの生活文化となってしまう。
つまり、それに慣れてしまうスキル・トレーニングを
受けてしまったことになるので、つい、口に出してしまうのです。


ある友人は、気に入らない状態、叱るべき場面で、
いつも親に「死ね」と言われていました。
友人は、あれだけいやだった言葉を子どもに言ってしまう、と悩んでいました。


私は言いました。「でも、しまったと思っているあなたがいるのだから大丈夫。
気づいた時に、
『あ、ごめん。また言ってしまった。本当はそんなこと思ってないよ。
ごめんね』と言って、本来叱るべきことがあるなら、
そこに話を持っていけばいいだけ。
自分はそれがいやだったと思えているのだから、大丈夫。」


友人は、あやまること、言葉を変えることを繰り返すことで、
「死ね」と言わなくなったと喜んでいました。



●「形を変えて、似たような傷を与えてしまう」
これは父親から虐待されてきたお母さんの話です。
虐待され、家出までして生き延びてきたお母さん。
「娘だけにはいい暮らしをさせてやりたい」という思いが、進学熱になり、
3歳から子どもを公文に行かせ、勉強三昧。
勉強以外のことをさせないという
がんじがらめの生活を子どもに強制してしまいました。
それもこれも
「いい大学を出て安定した高収入を得られるようにしてあげたい」という
必死の子どもを思っての思いでした。


でも、欲求も願望も母親にがんじがらめされた結果
自己表現を奪われた少女はセルフエスティームを失い、
問題行動に走ってしまいました。

「この子が許せないんです。」と問題行動に怒るお母さん。
離れてもらいました。子どもに怒りを感じている間は、
自分の問題がみえないからです。子どもを治すべき、と思っている間は、
問題の本質がみえません。

子どもと離れてカウンセリングを受けたお母さんは、発見しました。
「私自身が虐待で、自分の気持ちをきいてもらえなかった。
あの子の気持ちをきかなかったのは、そういう自分がそのまま親になったから
というのはわかりました。
自分の傷が癒えないといい親になれない。子どもを受け入れます。」
半年くらいでした。結構、スピード効果。
子育てがしんどくなったら、離れるというのもひとつの方法です。

ここで大切なことは、連鎖をとめるには
@
連鎖に気づくこと
A
親自身が自分の傷をいやすこと
それだけなんです。


でも、自分の傷に気付き癒すというのは痛い行為なので、とりくめません。
かといって、子どもの行動に振り回され感情をぶつけても、解決はしません。


あるアスペルガーのお母さんは、「子どもが理解できない」と
アスペルガーの息子に10年以上振り回されていました。
そのお母さんも、親の世間体でレールをひかれた「いい子」で生きてきたため、
自分が理解されたという満足感がありません。
だから、子どもを理解できません。
理解され、受け入れられるという体験がないからです。
アスペルガーだからではありません。離乳食を食べない息子に
「どうして私が一生懸命つくったのに食べてくれないの」となります。
子育ては、子どもを主体に考えれば「この子はどういうものが好きなのかな」
という観察から始まりますが、このお母さんの子育ての場面の主役は
「母親として一生懸命離乳食をつくった自分」になってしまっています。
つまり、一事が万事、主体が自分なので、
子どもの行動を理解する術をもてなかったのです。


私は、3カ月関わるだけで、
その青年が次に何をいうのかがわかってしまいました。
それがかえってお母さんには悔しい思いをさせてしまったようです。
あれこれと批判をして塾費用も払わず、去っていきました。
ある専門家がおっしゃいました。「嫉妬したんでしょうね。」


なるほど、
私は3カ月で彼女の10年の苦労を否定してしまったのかも知れません。


親に理解してもらってこなかったまま生きてきて、
子どもを理解する力をもてなかったお母さんを癒すということが
先だったのかも知れません。親子関係のサポートもむずかしいものです。
Posted by 再生塾 at 10:13 | この記事のURL | コメント(0)
レジリエンス⇒「心の体力」[2012年02月03日(Fri)]
そうそう、私はこれを「心の体力」と仮の訳をあてています。
レジリエンス(心の体力)があがればあがるほど、
傷ついた時、壊れそうになった時、衝撃を受けた時の
修復力もあがるわけです。
このレジリエンス(心の体力)は、どうやって、育つのか。

まずは、セルフエスティーム(自尊感情)がそのベースには必要です。
自分を肯定できてこそ、自分を修正し、自分を高めていくということができます。
もし、自分にとって不利な状況、あるいは不愉快な状況が起こったとしても
いったんがまんして、それとどうおりあうのかを考え、次の行動を起こす。
場合によっては、我慢する。あるいは交渉する、あるいは闘う、
いろいろな方法を選びます。この方法を選択して、意志決定し、
それに沿って行動してその責任をひきとる。
それがレジリエンス(心の体力)として形成されていきます。
決める・行動する・結果に責任をもつ、
この繰り返しで、人のレジリエンス(心の体力)はどんどんあがっていきます。

そのためにも、自己肯定感が必要なのです。それがなければ、
どんな鍛練もトレーニングもある意味、虐待になるのだと
少年院の教官がおっしゃっていました。
少年院などの矯正教育で、失敗するのは、
セルフ・エスティームのない状態で、
「がまんのない子だから、がまんを覚えさせる」と、
いきなり厳しく仕込むというトレーニングです。
これは治しているつもりで、壊してしまう結果になるのです。
がまんというのは「今、これに耐えたら、自分はOKになれる」という
見通しがないとがまんの意味がゆがむのです。

子育てに起こる問題は、決めさせない、結果に責任をもたせない、
ただおとなが指示を出す、
おとなや権威者の指示に従わないことを悪いこととして教える。
その結果として、人のせいにする子になる、というわけです。
そもそも、自己決定をさせないのですから、当たり前です。

レジリエンス(心の体力)は、自己決定の成功と失敗を
たくさんたくさん積むことで育ちます。
それがないから、与えられた道で、失敗せずに生き続けると、
ある時突然失敗したときに、心が折れてしまうのです。

私が子育てを始めたころ、「最近、こける時に、手をつけずに、
顔からこける子が増えている。」と聞かされて驚いたのですが、
これは、なんと歩行器のせいだったのです。
歩行器は、かかとが床につかなくても、つま先で移動できますし、
どんなに移動しても、こけません。
でも子どもというのは、立ってはこけ立ってはすわり立って移動して、こける
この繰り返しによって、立ち方のバランスやバランスを崩した時の修正方法
そして、あきらめてこけるときの身の守り方を失敗を通じて
どんどん成功に転化することでまずは身の回り1メートル範囲での自分を保ち
守るということのスキルを身に着けるわけです。
しかし、歩行器は、そのすべてのトレーニング・プロセスを奪ってしまうのです。
で、実際、私の目の前に歩行器育ちがいてびっくり。
何気ない小さな段差で躓いたり、こけるときも顔に怪我をするというのです。
こけそうになれば、思わず手を出すというのも、
実は、トレーニングの末に得るスキルだということがわかります。

これは、レジリエンス(心の体力)についても同じです。
子どもも若者も、小さな成功と小さな失敗を繰り返してこそ育つのです。
しかし、核家族・習い事三昧でおとなに囲われた
「転ばぬ先の杖」「心の歩行器」が増えてしまっています。
結果、自分で自分を守る方法もわからなくなります。
それだけでなく、指示だらけで育った子どもは、
とうとう、自分の欲求さえわからなくなってしまうという事例さえあります。
この結果が恐ろしいのは、自己表現を奪われ自分がわからなくなり、
薬物などの依存症になったり、
手の付けられない暴力的な怒りの爆発をしたりするようになる
ということなんです。

レジリエンス(心の体力)にとって一番大事なことは、
おとなが、手を出さずに、失敗を見守る勇気をもつということが必要なのです。
与えた成功ではなく、自らが創造した成功を喜ぶことも大事です。
このことは、発達障害があろうがなかろうが、
ある意味、人の成長に不可欠なプロセスなのだと考えています。
Posted by 再生塾 at 14:34 | この記事のURL | コメント(0)
レジリエンス[2012年02月02日(Thu)]
そもそも、「演説」「学校」「野球」「社会」ということばも
日本語になく英語を訳すために創られたことばだと言いますが、
レジリエンス(Resilience)ということばを表す日本語はありません

ボールの「弾力性」を表現するもので、
それを人の精神状態にもあてはめて使います
タフというわけでもありません、ボールは、落ちると弾みます
落とされた衝撃を形を変えることで吸収しつつ、
床に力を返してその弾みで跳ね返ります
そういう一連の状態を表現します
「回復力」とも言われれますが、ただもとにもどるのではなく、
新たな状態をクリエイトするという時間軸と
変化に対するポジティブな意味あいがあります。

なので、震災後の復興する人々のレジリエンスもまた同じです。

ある状況を吸収し、跳ね返し、自分らしい形で次の態様をつくっていく
姿勢・態様・・・・とまあ、ややこしい訳になってしまいますが、
この 「レジリエンス」は、セルフ・エスティーム(これもまた説明必要ですが)
とともに人間の成長のキーワードだというのが、
結構、子ども・若者をサポートする世界各国の教育界やNPOにいおいて
共有されていきつつあります

レジリエンスが、どう育つのか、また、メンテナンスできるのか。
これが、おとなになっていく上で重要なポイントになります。
なので、子どもや若者にとって、
これを育む環境をどう提供するのかが重要です

好成績で順調に育ったと思った若者が、受験の失敗や就職先での失敗で
ひきこもってしまい、時には病に陥ってしまうということがあります
これは、レジリエンスを得られなかったがゆえの現象ですから、
どこから、そのレジリエンスづくりを
やり直すのかということが課題になります

レジリエンスは、人との間でしか育ちません
(このことはおいおい説明していきます)
それが得られなくなったのが今の育ちの環境なのです
本人のせいでも、家族のせいでもないのですが、
子育てにあたっては、どういう環境で子どもを育てるのかを
よくよく考えておく必要があります

子どもや若者だけで形成するコミュニティが
地域からなくなったと言われて久しいのですが、
このことがレジリエンスを得るチャンスを奪っているともいえます
最近の子ども・若者コミュニティは、全ておとなの監視下にあり
コントロールされやすくなっています
そのことが、子ども・若者のレジリエンスを奪ってしまいます

問題に自分で向き合い、解決していく姿勢
時には、自分で助けをもとめ、人に支えられながら
解決していく姿勢=これがレジリエンスなのですが、
多くのおとなは、これを待てずに、
指示・答・時には命令を与えてしまいます
そうやって、レジリエンスを奪ってしまっています

ああしろ、こうしろと言われて、言われるがままにそうしてきたら、
レジリエンスは育たないのです。

しかし、「こうであればレジリエンスは育たないという」
ネガティブ系だけの表現では不十分
そもそも、レジリエンスとは何か、どうやったら育つのか
レジリエンスがないとどうなるのか
ということについて、カナダの研究のある文献を訳してみたのですが、
この本だけでは、日本の中では伝わらないなと立ち止りました

文献から引っ張り出しながら、
このレジリエンスについて、どうやってお伝えしたらいいのか
私もこれから思考錯誤をしようと思っています

ちなみに、私の子育て時代の古いトピックスで、
すでにこのことばに触れています
米国NPO研修で、レジリエンスということばを学び、触発されたものです
http://www5d.biglobe.ne.jp/~JYTH/eo/opinion/1opinion9.html
Posted by 再生塾 at 14:28 | この記事のURL | コメント(0)
再生塾YAR 6年の年月を経て[2012年02月01日(Wed)]
ブログの趣向を変えることにしました。語ります(笑)

大した歴史ではありませんが、再生塾YARを始めて6年が経ちました。
私自身が子育てしていた時代とは、どうやら社会の趣も変わり、
子どもや若者たちが見せる様子も、すっかり変わってきました
でも、本質は変わってはいないと思っています

塾を始めたとたんに登場してくれたのは、高機能自閉症の青年
「いやいや、うち、非行系専門ですから・・・障害のことわかりませんし
 専門でもない私がケアするなんて、おそれ多い」と
後ずさりしていたのに、元小学校の校長先生に押し切られたのがご縁でした

そうして「発達障害」の一群と出会うことになり、
結局、塾生は、多かれ少なかれ、
発達障害の一面を抱えていることもわかりました
自分をドライブできない状態
そして、支える家族も地域も弱くなり、
そのことで、子どもや若者が、
道を旋回しているのだということもわかってきました
そんなしんどさを抱えれば抱えるほど「普通の学校」からははみ出しやすく
そのニーズにこたえて多様な場が創出されてきました

私の中で「同じ本質」というのは、
『愛』と『セルフ・エスティーム』と『レジリエンス』です
このことはテーマとしてあげていこうと思います
発達障害を知って、愛だけではだめだとわかりましたが、
でも、愛に+αが必要なだけで、
やっぱり愛は必要不可欠なベースだとも改めて思います

今や発達障害は、大ブレイクで、
それをうたう講演会も通信制高校などもわんさか
結果、再生塾YARには、その中でも、
なかなかむずかしいケースばかりが舞い込んでくるようになりました
やればやるほど困難ケース・・・と修行の場を与えられてきましたが、
ここで、一息、これらの活動から、
多くを学ばせていただいたことをお伝えしていくことにさせていただきました

困難ケースゆえに、多くの塾生の「現在の姿」は、
ブログにアップしにくいネタばかりで、
とうとう、再生塾YARブログが、
動物ランド情報になってしまったのはそういう事情です

でも、自分自身の子育てからも再生塾YARでの体験からも
きっと、たくさんのヒントや贈り物をみなさんにできるのでは
ないかと思い文字に発信することとします

私は40代で子育てを終えて、すでに、わが子が子育てを始めています
不思議な感覚で小さな命の成長をみながら、つぶやいてみようと思います
Posted by 再生塾 at 12:27 | この記事のURL | コメント(0)
動物ランド終了[2012年01月11日(Wed)]
8月1日に東淀川警察からひきとった猫たちですが、
1匹は生まれ持っての弱さで死んでしまいましたが、
おかげさまで、5匹はきちんと里親がつき、
3匹を再生塾・動物ランドで育てていましたが、
職業トレーニングの前提で飼育係をしていた塾生に限界がきて、
動物ランドを閉じることにしました。
かわいがってるんだか、無視してるんだか、
自分の都合で飼育しない状態が続くお子ちゃま状態に塾としてもお手上げ。
塾負担がふえると判断し数匹残った際には、
ひきとっていただけると言っていただいた
Happy Houseに甘えさせていただくこととしました。
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ワン君お出迎えくださいました
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まわりの大きな犬に驚き、フー、フーと警戒
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身を寄せ合って身動きしません・・・・
いかんせん、塾3階の特別室で育てられた箱入り猫たち。世間を知りません。
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「新しい環境に慣れるまでのストレスで病気になることもあるんです。
何か変化があったら、お知らせしますが、
ときどき様子を見に来てあげてくださいね。」とひきとり担当者。
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ただいるだけで、ワン子たちがよってきます。
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優雅に猫小屋で暮らす何かリッチな雰囲気の猫。
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ブラック・マリー、ララ、マミィ・ニィの3匹は、
ウィルス検査や予防接種のため、しばらく医療室で過ごし
OKになったら、あの大きな猫小屋に移るのだそうです。
会いに行ったら、覚えてくれているでしょうかねぇ・・・・・

吉見
Posted by 再生塾 at 12:15 | 動物関連 | この記事のURL | コメント(0)
親にできないこと[2011年12月17日(Sat)]
あるお母さんとお話をしました。
「それって一番私がわかっているのに、できてこなかったんですよね」
とため息をつかれました。
でも、私はこう言いました。
「親だからできないんです。私たちだからできるんです。
私も自分の子どもの思春期時代はただ、きぃきぃ言ってるだけの親でした」

思春期に必要な親の要素は、ただ、愛情だけ。
それがなかなか伝わらないのも思春期です。
なぜなら、思春期は、子どもにしてみれば
親から脱出する時期でもあるからなんじゃないかと思います。
逆にいえば、親も、社会に放り出す勇気をもつ時期でもあると思います。

塾生の失敗をあやまるお母さんに言いました。
「お母さんがあやまってはいけないですよね。尻拭いしてもだめですよね。
本人があやまらないと。本人が責任とらないと。」

「そうなんですよね。ただ、ご迷惑おかけしているのが心苦しくて」
「いやいや、他人に迷惑かけて初めて学んでいるのであって、
迷惑かけない子なら、うちの塾に来なくていいですから。
 お母さんが足りなかったんじゃなくて、
 あの子が学ぶ機会が足りなかったんだと思います。」

さすがに私も彼の行為に傷つきましたが、
お母さんのせいではないのは事実です。
Posted by 再生塾 at 12:13 | この記事のURL | コメント(0)
1人暮らし君[2011年12月06日(Tue)]
もらったもの・・・
・炊飯器
・カーテン(カーテンは友人、レースは吉見から)
・洗濯機、食器、鍋(ちょうどいらなくなったという友人が出現)
・ソファベッド(お世話くださった不動産屋のお姉さんから)

買ったもの+α
・冷蔵庫
 ⇒都島のリサイクルショップ。
   「あ、これ」と米びつ300円をみて喜ぶと
「持って行っていいよ、あげる。」

結構すぐに最低限のものが集まって、新生活は順調
しかし、夕方になると「金がない」というので、

「お金もったら、すぐおかず買えば、お金なくならんよ」というと
実行して、最近は、ましなものを食べ始めたようす

がんばれ
Posted by 再生塾 at 12:12 | この記事のURL | コメント(0)
1人暮らしを始めた塾生がいます[2011年11月25日(Fri)]
すったもんだもんだもんだ・・・・・・ぁああして、やっと落ち着いたA君。
もう、君には1年以上ふりまわされてきたぞ・・・・ 

でも再生塾YARはしつこいのです。
しつこく追いかけつつ、放り出しつつ、知らんぷりしつつ、脅しつつ(笑)

人を信じることをあまり知らない人がそれを手に入れるには、
ずいぶん時間がかかります
でも、人間だから、大丈夫。

新生活応援グッズ募集中です!!
 ・冷蔵庫・鍋食器類 ・洗濯機、・カーテン(100×178だと思います) 
くらいかな・・・・

うれしくも炊飯器のご寄附いただけそうです。Hさんありがとうございます。

ーーーーーーーーーーー
猫報告。1Fにおろすと最後は、私のひざに3匹集合。
マリーです。勇敢で頭がよく力持ちだったのに、
すっかり甘えたにしたのは私のせい。
私に合わせているのか、少食な感じで、最近成長がとまっているような・・・・ 
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1人遊び上手なマミィニィ。一番体が大きくなってきました。
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がっつり食い続けるのがララ。最近やたら大きくなってきて
マリーを超すのではと・・・
でも、顔はベビーフェイスです。
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私の最高傑作だったこの子は
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今は、すっかりお姉さんになっているとのこと
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夏の動物ランドは静かになりました。
Posted by 再生塾 at 12:08 | 動物関連 | この記事のURL | コメント(0)
やや落ち着きをとりもどし始めた再生塾YAR[2011年11月10日(Thu)]
まあ、春からとにかく、事件だらけ。
特に、この夏は、ピークでした。

寮から脱走、夜中に警察騒動、お世話になった先で大暴れ、などなど・・・
あまりの事態のひどさにへとへと&深刻で、書くに書けないこと多数・・・
結果、塾生について表現できず、
動物ランドしかご報告できなかったという状態です

そんな中、動物ランドもようやく落ち着き始め
騒動の一員であった彼も落ち着き始め、
毎日猫ちゃんの世話をしてくれています
そうそう、A君、あんたのために、この猫たちをひきとったんだってば・・・
すぐに人の肩に飛び乗ってきたり、
急に足元からよじのぼってきて頭にのぼるというわけわからない仔たちです
突然、後ろから、どーんと背中に乗ってきて爪をたてるのやめてほしいです
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なかなか降りてくれません。そこ、居場所じゃないんですけどねぇ・・・
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1Fで遊ばせると、結局私の周辺に集まってきて、
ひざに2匹、机の上に一匹が陣取り、仕事になりません。

本日は、アウトリーチ・アドバイザーのUさんに、
ホームページ作成指導をうけるスタッフS。
難しい顔をしています
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Uさんは、おちゃめです
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Posted by 再生塾 at 12:04 | この記事のURL | コメント(0)
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