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時代を見据える力・生き抜く力[2012年02月06日(Mon)]
実は、これからの日本は、誰もが体験したことのない社会状況になるし、どこにもモデルがないのだというところから考えると、子どもたちにどういう教育が必要なのかと言うことは、私たちおとなは、本当はもっと真剣に悩まなくてはならないのです。
なぜなら、私たちおとなもまた子どもに対して「社会ってこんなもんだ」と語れなくなるからです。経験知が生きなくなるわけです。
明らかに、出生率の低下によって、団塊の世代ジュニア以降の人口は減るのですから、経済活動・消費活動の量はもちろん、質が変わるわけです。
だからこそ、なのですが、これから一番大事なのは、観察する力、考える力、意志決定する力、行動し、修正し、自らの意志決定に責任をとる力なのです。親に与えられた道を進んでいると、いざこけた時、親も責任はとれないし、いずれ転ばぬ先の杖も効力はなくなり(親がしたことのない失敗だとよけいに)、はいあがる力さえ奪われた状態になってしまいます。まさに、ここにレジリエンス(心の体力)が問われるわけです。
学校でいい子になっている場合ではないのです。
将来は会社というスタイルがなくなると言うコンサルタント、経営者がいます。いい会社にはいろうと思ってがんばって進学していたら、会社がないかも知れません。(まだ読書中なので、この点は後日報告) 
ユニクロは、とうとうやっちゃいました。性別、国籍、学歴を問わない「素のあんた」勝負。新卒でも「経営者募集」という言い方をしています。
「素のあんた」づくりは、まさにレジリエンス(心の体力)の醍醐味です。

レジリエンス(心の体力)形成の一番のおすすめは、異文化経験。海外経験。今までの自分が通用しないという体験は、若い時ほど柔軟に対応でき、新たな経験を自らの力に変換することができます。

子どもが不登校になったら、「おう、うちの子は、学校を拒否するくらい個性的なのだ」と喜ぶチャンスなのかも知れません。もちろん状況にはよりますが、私も子どもが反抗期を迎えた時、めんどくさいとは思いましたが、ほっとしました。「これで、親を超える人間になるんだ。」と思ったからです。
学力は必要です。でも、それは、必要な時に、必要な勉強をする力として必要なのであって、学校のカリキュラムどおりに育たなくても、学力をつけることは可能です。
今は、ちゃんと学校に行くということよりも、自分らしい学力形成プロセス、社会経験プロセスをどうデザインしていくのかということに主眼を置いた方がよいと思うのです。

私の息子は、山村留学という体験で、ずいぶんレジリエンス(心の体力)を身につけたと思っています。
山村留学は少人数なので、子ども一人ひとりをとても大事にしてくださいます。子どもには、「大事にされる」という体験はとても不可欠なものです。
でも、地元の中学校そのものの歪みを感じて、山村留学から帰ってきた子どもには「あまり教師にマジになるな。ほぼ多くの教師に愛がない・・・」とつぶやき、なぜかそれに担任が(『学校改革できなくて申し訳ない』とおっしゃいながら)こっそり賛同してくださったという懇談会を体験しています。

さらに、進学時には歪んだ学校でいい子になっている場合ではないと考え、「子どもの選択肢を増やす会」で、学校以外の学びの場・成長の場の情報をたくさん集め、同じ年代の子どもをもつ親たちと共有し、「学校だけが答えじゃない。子どもがどれを選んでも子どもを見守ろうよね。」とお互いを支えあった経験があります。

今では、学校がおかしけれれば、学びの場や方法は、今となれば、たくさんあります。
会社もなくなるけど、学校もなくなるのかも知れません。(学校じゃない学校が、再生塾YARですし、さまざまなオルタナティブ・スクール、フリースクールです。最近では、学校のような楽な学校も出てきました。)
先日、テレビで、「ゆとり教育世代の学力が非常に低い」ことについて、それを提唱推進した元文部省職員の寺脇研さんを多くの人が責めていましたが、そもそも子育てや教育を人のせいにするのをやめるべきなのではないのだろうかと感じました。
学校のあるべき論を展開しているのも時代遅れで、教育サービスの多様化をサポートさえすればいいのではないかと。私立高校無償化なら、フリースクールなども無償化して、選択肢を広げれば、みんな自分にあった成長の場を選ぶだけの話ではありませんか。いい時代になりつつあるもんです。

自分で決めて、行動し、その責任をとるというベースがあれば、いつだって、どこだって、適応していけますし、必要な学びをとりもどすこともできるのです。
子どもたちは、私たちの知らない将来を切り拓いていくのです。そんな子どもたちに与える「答え」はないから、「切り拓く力」を形成できる環境や機会を提供するのが、私たちにおとなに精いっぱいできることなのではないかと思います。
Posted by 再生塾 at 10:23 | この記事のURL | コメント(0)
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