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学校そのものの制度が子どもに合わなくなっているのです[2012年03月06日(Tue)]
カナダでも、発達障害の対応に追われていて大変だと教員が訴え、
政府は予算がない、と議論になっているそうです。

今も昔も発達障害をもった人はいたのに。
ADDのトットちゃんに対応できた校長先生もいたのに。

ある経営コンサルタントは、
近い将来会社と言う組織がなくなると言っています。
学校という枠組みは、工場でまじめに働く人を生み出し、
会社というヒエラルキーのある組織に耐えられる人材を生み出すために
子どもたちを競争させるための装置です。

学校という枠組みが、経済の変化に合わなくなってきているのです。

会社がなくなるとどうなるか? 
みんなフリーエージェント、あるいは自営、
あるいは自給自足生活なのかも知れません。
そして、ヒエラルキーがなくなり、ネットワーク型の協働社会ができます。

だから「先生の言うことをきくいい子」をつくってもしかたないのです。
親の望み通りエリートになるための教育を受けさせてもしかたないのです。
そんな子を育てていたら
時代に遅れた子どもになってしまいますから要注意。
「子ども時代に主体性を奪われたおとな」は生きる力を失います。

そういう枠組み、装置に合わない子たちがすでに地球に登場しただけであって
それを障害という枠にはめても、徒労に終わるでしょう。
発達障害なんて、個性のひとつですから、そのうち、自分を知れば
おとなから与えられた枠組みをブレイク・スルーしちゃいます

ずいぶん昔から、オルタナティブの学校がありますが、
今回は、上記の課題をなんなとクリアしてしまう学校が
あるということをお伝えします。
今回は海外版

●サマーヒル・スクール Summerhill school 
イギリスにあります。日本人生徒もいます。
「授業に出る出ないは自由」なんです。
つまり、教師が魅力的な授業をしないと生徒が参加しないのです。
12年間ずっと授業に出ずに、学校の自然と遊んでいた生徒は、
しっかり学力もつけて写真家としてしっかり自立していった、といいます。
「自分の枠は自分で決める」ということなんですよ。

だからね、自分の子どもが枠にはまらないって悩まないですむわけです。


●サドベリー・バレー・スクール(英: Sudbury Valley School)
そもそもわが子のために20年前に調べていて知ったのですが
ウィキをみれば、すでに世界中に40校以上あるとは!そして、日本にも。
いい時代ですね。
Posted by 再生塾 at 11:16 | この記事のURL | コメント(0)
高校無償化[2012年03月01日(Thu)]
国会では、高校無償化の議論がされています。
アメリカでは、高校は無償なのが当たり前でしたから
日本がいかに遅れているのかは、実感していました。

北欧では、90%が大学に進学しますものね。
多くの学生が、夏休み、あるい休学などをして世界を旅をして
自分の将来像を考えます。
世界をみてから人生考えるって大事なんだと思います。

日本にはこういいう感覚がありませんよね・・・
だから、エリート会社が集まったとしても
エルビーダのように倒産してしまう
日本のエリートは「日本の中でだけ」エリートだからです
そこにしがみつくから、
エリート会社同士で、また、イニシアティブ争いなんかになって
国内エリート同士でもめているだけで
社内では世界競争力の議論にならなかったのかも知れません
・・・あくまでも憶測ですが
エリート会社が集まって投資し合う際
大事なのは新しい会社の文化醸成にどう投資するのかも考えないと・・・
そうしないと、世界を意識した組織にはならないでしょう

カナダでは、最近は、大学にはいる前に1年間か
自分なりの活動(ボランティア、世界の旅等々)をしてくることが
課題として出されるのだそうです
どの学部を選ぶのかを決める前に
自分の人生目標をたてろという趣旨だそうです

海外の多くの教育は、若者に旅をさせます
日本の教育は、なんだか枠にはめようとします

高校無償化になっても、高校の教師が
若者を世界にはばたかせる勇気を持つくらいのキャパシティをもたないと
窮屈になって、学校をやめていきます

「公立・私学」の格差は解消されつつあるという答弁
でも、わが塾には、迷惑な生徒はあっさり切り捨てる
私学の高校に放り出された子がきています

やっぱり、フリースクールや民間のサポート機関にも
授業料支援が必要だと思います
Posted by 再生塾 at 11:12 | この記事のURL | コメント(0)
縦揺れと横揺れ[2012年02月24日(Fri)]
私はADD系なので、横揺れで生きています。
アスペ系の人は、縦揺れで生きています。
ADD系の人は、アスペ系のこだわりが理解できません。
アスペ系の人は、ADD系の脈絡のない動きにイラっときます。

でも、こだわりが強すぎるアスペ系の人には、
ADD系の人間との接触はそれそのものがよいトレーニングになります。
私の息子は、私に振り回されて、横幅を得たようです。
自閉症の塾生も、私に振り回されて、急な変更に慣れました。

発達障害だから配慮すべきことはありますが、
だから守ってあげるのではなく、
どうしたら、対処できるようになるかをともに考えることで、
その弱みも弱みではなくなるようです。
「視覚化」その他技術は、とても助けになりますが、
実は一定程度その経験を積むと、
頭脳の中で、その資格を映像化できるようになるようです。
それを通じて、新たな能力を定着させるという発想も大事です。
自閉症の塾生は、目を合わせない、
30分も話がもたない自閉症の典型的な青年でしたが、
視覚化による会話を重ねるうちに、
彼の頭にそれが映像として構築できるようになったようで
目をみて2時間くらい話し合う事ができるようになったのには驚きました。

でも、トレーニングして身につけたものって、トレーニングし続けないと
40過ぎると落ちてくる、ということは、身を持って知りました。
電話のかけまちがいが復活している、今日このごろです(笑)

ADD系の人は、番号を一度復唱してからかけましょうね。
Posted by 再生塾 at 11:09 | この記事のURL | コメント(0)
子育て相談・セラピー やっています。[2012年02月23日(Thu)]
子育て相談・セラピーやっています。
 
 子育ての悩みを解決するには
 何よりも保護者の心の安定が必要です。
 子どもをどう受け止めたらいいんだろう
 子どものために何がいいんだろう
 自分の何かを変える必要があるのかな
 自分が育った環境の影響はどうなんだろう
 わかってくれない先生にどう接したらいいんだろう
 
 実は、これは、すべて、子ども自身ではなく、
 お父さん、お母さん、保護者ご自身の心の悩み。
 
 こうしたことをクリアしていくためには、
 実は、お父さん、お母さんの心のメンテナンスこそ必要です。
 第三者の関わりは、思いがけない子どもの魅力の発見にも繋がります。
 
 ご自分を追いつめないで、煮詰まらないうちに、
 心を軽くしてみませんか。
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【吉見 れいが代表を務める再生塾YARのホームページ】
再生塾YAR
Posted by 再生塾 at 11:04 | この記事のURL | コメント(0)
メディア掲載履歴[2012年02月23日(Thu)]
再生塾YAR、及び代表の吉見がメディアに掲載された記事等をご紹介いたします。


[連載]大阪日日新聞

COMVO(市民活動・ボランティアなどに関する情報誌)
Posted by 再生塾 at 10:58 | この記事のURL | コメント(0)
発達障害なんだろうけど[2012年02月17日(Fri)]
私の子育ての時代にはそういう診断もありませんでしたから。

でも、発達障害を勉強してみて
「ありゃ・・・うちの子、アスペじゃん・・・・」と思った次第。
その時は、既に成人済み。

「この子、アスペルガーなんです。」という
5歳の子どもを連れたお母さんに言われてびっくりしたのが、
うちの息子の5歳の頃とそっくりだったからなんです。


でも、それゆえの苦労は全く感じませんでした。

なぜなら、「この子は、私とは違う個性、思考回路をもっている」
というところから出発したので

まずは、観察するということから始めたからではないかなと思います。



それと、ほとんど彼には、
指示をしたり枠にはめることはしなかったのが良かったのでしょう。

「やってみる?」といって、のった行動にはさらに、
援助する、興味を示さなければ強制しない。

それだけです。

結果、5歳の頃には毎日自分の靴下を風呂で洗って真っ白にしていました。

結果、小学校1年生の時には、カブトムシを私が育てました(;一_一) 



子育てに大切なのは「意志決定」とその結果に責任を持たせるという事です。

指示をすれば、指示した側が責任をもつことになりますが、

自分で決めてやったチャレンジは、失敗しても成功しても、
自分にフィードバックすれば、

自分で自分を知ることができるのです。

ので、小1の頃、意味をややまちがって覚えた
「自業自得」ということばは、ずいぶん役に立ちました。

何か失敗しても「ははは、自業自得やね」で終わり。



勉強しろとは一度も言いませんでした。私が言われた事がないからでしょう。

さらに言いました。
「楽しいと思えない時は、勉強するな。勉強が嫌いになるから。」

結果、小3の時は、夏休みの宿題を一切しませんでした。

しかし、小4の時は、7月中に全ての宿題をやってしまっていました。

(日記があったかどうかは、忘れました。)



結果、「ムラがありすぎます」と担任に指摘されましたが、
「いいんです。」と無視(笑)

山村留学やインターナショナル・スクールを考えていると言うと

「もうちょっと普通に育てられたらいかがですか。」と担任。

これも無視。

だって、変わった親の子だから、普通に育つわけがない
普通にはめたら苦しむに決まってる、と考えていたからです。

(私も人と同じことはしたくないADDというあまのじゃくを実感。)



そして今、その息子は、高校中退したものの、今や優秀な営業マン。

生まれた息子に愛情いっぱい注いでいるのをみて、
「普通に育てなくてよかった」とほっとしているこのごろです。
Posted by 再生塾 at 10:53 | この記事のURL | コメント(0)
子どもの気持ちをわからない親(2003年2月24日筆)[2012年02月13日(Mon)]
十七歳のとき、私は突然の事故で父を失った。
母は、自らのショックに対応するだけで精一杯、
一時的に目が見えなくなっていた。
ある意味で私や妹の心は『遺棄』されていたのだろう。
妹は躁鬱状態で不登校状態。
当時、不登校ということばも登校拒否ということばもなかった。
 そんな時にやはり私を救ってくれた人がいた。
 そして同時に、私は今、そういう年齢の時代の他人との出会いに感謝し、
今度はそれをつくろうとしている。
そしてそのたびに私もまた癒されていることに気がついた。
 父が亡くなったとき、私の心を無視した母を誰が責めることができよう。

でも、もし当時の私が気丈に長女としてふるまっていたとしたら
実は私もそのこと自体に傷ついているとも言える。
『自殺と言えなかった』という番組(父親の自死を語る青年を取材)に
出ていた若者も「長男だから、大黒柱だから」とまわりにいわれ、
泣く事もできなかったということをようやく振り返っているものがある。
私も同じだった。「オレが死んだらお前が家庭を支えるんやぞ」と、
十五歳の頃から言われてきた。私は長男扱いだったのだ。そして父は死んだ。

 一方、私の母は、南部大地震で弟を失い、自分も恐怖を味わった。
祖母(母の母)は、息子の死を痛むのに精一杯で目の前にいる娘(母)の
心の傷にまで思いをはせることはできなかった。
息子を失った悲しみにうちひしがれ、残された姉妹に愛を注げない、
心のケアをできない、そんな母親を誰が責めることができよう。
 私の母は、自分の子ども時代に味わった経験を、私に伝えただけだ。
PTSDということばさえない時代に、母も祖母もPTSDだったのだ。
そして、連鎖が起こってしまった。でも、それを誰が責めることができよう。

 性暴力被害で苦しんでいるある少女は、
母には決してその苦しみをうちあけられなかった。なぜなら、
母は彼女の目の前で、ドメスティック・バイオレンスで苦しんでいたからだ。
 母親は、暴力を受けても耐え忍ぶ姿を娘に教えてしまっていたからだ。

 彼女が解放されるにつれ、母親も解放されていった。
そして、最後に父親も彼女に本音を語った。
 
 子どもが問題を起こしたとき「親は子どもの心をわかっているのか」と
親を責めることが多い。でも、自分で精一杯の親がいても、
あるいは、他の兄弟姉妹のことで必死になっている親がいても、
許してやってほしい。その人はそれで精一杯なのだ。
 だからこそ、コミュニティが、他人の助けが必要なのだ。
それは欠陥でも欠損でもないのだと思う。

 子どもが癒され、親が癒されることもある。
癒しは誰から始まってもいいものなんじゃないだろうか。

出典
http://www5d.biglobe.ne.jp/~JYTH/eo/index3.html
Posted by 再生塾 at 10:48 | この記事のURL | コメント(0)
虐待ー子育て解放論(2002年9月25日記事から)[2012年02月13日(Mon)]
http://www5d.biglobe.ne.jp/~JYTH/eo/opinion/1opinion7.html
Posted by 再生塾 at 10:44 | この記事のURL | コメント(0)
ある不登校ー学校に行かなくてもいいケース[2012年02月10日(Fri)]
ある同級生に対する発言をきっかけに、
そのお母さんから鬼のようにののしられ続けた
小学校5年生の女の子が登校拒否になりました。
当の同級生は、もともと仲良しだから、謝ったら許してくれたのに、
お母さんが怒りまくって許さないというとんでもない事態。
女の子の人格を否定する明らかに人権侵害発言。
それに対して、モンスター状態のお母さんをこわがって、
学校も仲裁してくれず、母と子で土下座までしに行って、
へとへとになっている母娘が相談にこられたことがあります。

へとへとで引越も既に決まっている母娘に私ども塾の相談員は言いました。

「行かなくていいよ、そんな学校。どうせ引っ越すんだし、
何もしてくれない担任の先生は、生徒の心を守ってくれないんだから。」
「えーーー! いいんですかぁ!?」母娘は目を輝かせました。

私たちが許可を与えるわけじゃありませんが、
そもそも学校がおかしい。
まだ小学校5年生の子どもをおとなのヒステリーにさらし続けることは、
虐待的環境でもあります。

「だって、あなたたちが、そのヒステリーのお母さんの
心のケアする義務はないじゃないですか。」

幸い、その女の子は、3月だけ当時の学校を休んで、
次の学校には元気に通い始めたとのこと。
自分の心の体力を守るためにこそ、
学校を休むという選択だってありなわけです。
仕事を休んででも、彼女をサポートしようとしたお母さん、
そして、お母さん自身が助けを求めて行動した。
彼女の小さな失敗をきちんと受け入れ、
そして、助けの求め方も教えたという意味では
よいサポートとなったと思います。
逆に、ご自分の病気や仕事のことで必死になっていて、
娘の心がみえてなかったことに気付いたというお母さんにとっても、
親子関係のシフト転換をすることができたとおっしゃいます。
学校にちゃんと通うことより大事なことはたくさんあります。
自分を責め続けるのではなく、
解決方法を探すというお母さんの姿勢が良かったですね。
Posted by 再生塾 at 10:37 | この記事のURL | コメント(0)
おいてけぼりの知的障がい者[2012年02月08日(Wed)]
『累犯障害者』という本を読んだことがあるでしょうか?
 
今、刑務所が満杯になりつつある理由のひとつに、
おいてけぼりの知的障がい者の存在が浮き彫りになり、
今では出所後の社会福祉的ケアがされるような
プロジェクトが進みつつあります。
障害者手帳もとらずに、なんとか生き延びてきた
知的障がい者の人達なのですが
社会状況の変化の中で、社会から放り出されつつあり、
結果としてまた犯罪を繰り返してしまう人たちがいます。
日本の知的障がい者の手帳取得率は、世界各国でも相当低いそうです。
それは知的障がい者の人口が少ないのではなく、
きちんと、フォロー・ケアするシステムがないということの結果のようです。
まだ、町工場や地域産業がある時代には、
彼らも地域の中でしっかりと支えられ見守られ受け入れられ、
もてる能力をそれが小さくても少なくても受容され表現できていたのです。
でも、工場は海外、人材派遣業が求めるのは即戦力、
不況と公共事業の縮小でがてん系の仕事もなくなり、
「知」で競争する社会に算入できず、結果として社会を学ぶ機会も奪われ、
社会規範を学ぶこともできず、いつのまにか犯罪に至ってしまう。
でも、刑を終えて外に出ても、同じことの繰り返しになる。
刑務所にいる知的障がい者がつぶやいたそうです。
「これまで生きてきた中で、ここが一番暮らしやすかった……」
というのは本当にそうなのだと思います。
誰も、「彼らがわかるように」ものごとを教えてくれないのです。


再生塾YARでは、20代、30代になって障害手帳を
とってもらうケースをサポートしてきています。
なぜ彼らが義務教育時に手帳を
とらなかったのだろうと不思議で仕方ありません。
塾に関わった当初は、一桁の計算もできない状態なのです。
これでは、アルバイトもできません。
彼らの将来を教師はどう考えていたんだろうと首をひねってしまいます。

親には殴られ、教師にバカ扱いされて、
傷つくばかりの小学校生活を送った男性は
人を信じる力を失い、人をだましたり
しょうもないウソをつくことでしか世渡りをしてこれませんでした。
彼なりの成長プロセスのデザインが保障されてこなかったのです。
おいてけぼりだったのです。
そんな彼に人に素直になれと何べん説教しても無駄というものです。

私は、知的障がい者の人にこそ、改めて勉強をしてもらいます。
学力は、セルフ・エスティーム(自尊感情)の基礎にもなり、
また、社会生活を送る上で、やはりあれば楽になる道具だからです。
彼らと関わって教えられるのは、やはり小さな成功の積み重ね、
そして、失敗の経験と修正(けなされることなく)は、
とても心の成長にも大事な要素であることをみせてくれています。
小学生レベルのドリルをやってもらうのですが、
心荒れていた彼が、勉強をし続けることで、落ち着いていくのです。
小さな○のくりかえりで肯定され(自分自身を肯定でき)、
失敗しても、バカとは言われず、
彼がなんとか理解できる方法を考えて寄り添ってくれる人の存在は、
失敗・ミスをしても受け入れられるという体験になるのだと思います。

知的障がい者の人は、
成長がとまっていると誤解している人も多いのではないかと思いますが、
着実に成長します。とくに、学力をつけていくと、もっと成長します。
でも、ゆっくりさんです。なので根気勝負。
ただ、社会性だとか、場をよむとか、自分の身をどこにおくのか、
という「見えないもの」を学ぶことはとても苦手で、
関わる私たちも、時にはため息つくくらい、嘘もつきます。
でも、これは、自分の状況をとらえて説明するという
非常に高度な認知・表現力の問題ですから、
これもまた、学力を必要とするものなのです。
嘘は、彼らにとっては、なんとか怒られないように
生き延びてきた社会スキルでもあるのです。
それに対して「嘘をつくな」というのではなく、
自分の状況を言葉にする、表現する、伝えるという
学力形成のトレーニングがもっと必要なのだと思います。
知的障がい者を理解できない人は、
自分のペースと自分の「漢字だらけ、熟語の言葉」で説教しますが、
それが彼らの頭の中でどう処理されたのかは
想像していないことが多いのだと思います。
多くの熟語が、彼らの頭の中では、
意味のわからないカタカナになっている可能性が高いのです。
だから普通にやってしまうと「あれほど、言ったのに、またやってる」と
腹がたってしまいます。
大事なのは「あれほど言った」言葉が
その人に本当に伝わったかどうかなのです。
だから、彼らと勉強して、
彼らの認知プロセスを解明しないと、
彼らに伝わる方法も開発できないのです。
「私たちが常識水準」という出発をすると、彼らはいつまでも
「何度言ってもわからない人」の枠に閉じ込められてしまいます。
おいてけぼりになってしまいます。

職場で「教え方が悪いんじゃ」と開きなおり悪態ついてやめたという男性。
でも、「教え方が悪い」というのは一理あるのです。

私もADDなので、どれほど言われても、何度も電卓も電話番号も間違えます。 
ミスをしない方法を開発するかどうかは、自分の苦手を知って、
ミスしない楽しみを発見するというモチベーションが必要です。
電卓の得意な人に、私のミスの頻発を理解してもらえないように、
彼らもやってもできないこと、やってみたらできるようになることが何なのかは、
一緒に共有して発見するしかありません。
支援学校卒業後こそ、本当は、知的障がい者の人たちのためには、
もっと学びの機関が必要なのだと思います。

といいつつ、
これを民間で続けるには、少しパワー不足かなと思い始めてもいます。
「教え方をよくするための時間」を過ごすことで、荒れていた彼が
少し落ち着いてきたことには、こちらもなごませてもらってはいるのですが。
Posted by 再生塾 at 10:25 | この記事のURL | コメント(0)
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