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西伊豆町災害ボランティア活動報告 [2013年07月28日(Sun)]
西伊豆町災害ボランティア活動報告
 2013/7/17〜7/18豪雨で被害を受けた西伊豆町の復旧を手伝う災害ボランティア。
【活動日】 
 平成25年7月26日(金)
【災害ボランティアバス】
 島田市社協マイクロバス(共同募金会から交通費助成)
 募集:7/23焼津社協からVCグループメール受信 7/24 静岡新聞朝刊で募集案内(島田市社協)
【参加者】 
 25名(男20名、女5名) 島田社協2、藤枝社協1、島田8、焼津8(VC4:藁科、増田昭、梅原、平田)、藤枝6(VC3)
 ※今回は個人ボランティアとして参加してきました。
【活動内容】
 ボランティアは3グループに分かれて活動。
 焼津グループは、床上浸水家屋の床下の泥出しと床下にあった家財の片付け。泥水が深く、ブロックを入れて足場を作り、バケツで泥と泥水をすくい、バケツリレーで運び出した。
 床下には、瓦、甕、機材、板切れなどが多くて作業が捗らず、当日中には完了しませんでした。翌日のボラさん達に任せることにして活動を終了。
 本部に戻って、福祉センターのお風呂(無料)に入れたのは、最高でした。
【ボラセン状況】
 西伊豆町ボラセン本部(西伊豆町役場保健センター)では、地元のボランティア(女性がほとんど)が屋外テントにて受付、活動場所案内、活動報告ヒアリング、用具貸出を実施していた。ニーズ受付とマッチング(屋内)方法は、代表者のみが担当されたので様子の確認はできなかった。
 本部で受付、マッチングでグループリーダーが、メンバー名一覧とニーズ受付票コピーを渡された後、活動先の安良里地区サテライト(神社境内)にバス移動。
 サテライトで、用具(スコップ、バケツ、ブラシ等)受取、活動先までの案内をしていただき、活動開始。活動後は、サテライトで用具返却、活動報告(グループリーダー)。
 活動送出し時の用具貸出・場所案内、活動終了時の用具返却・活動報告ヒアリングのボラセン対応要員が数人だったため、待ち時間が多かった。
【被災地の状況】 
 西伊豆町安良里地区では、集中豪雨により、浜川が氾濫して浸水被害が相次ぎ、床上63棟、床下102棟。雨がやんだ18日の日中、住民がほぼ総出で後片付けに追われた。道路は一面が泥で分厚く覆われ、スコップで泥をかき出しては、道路脇に集めトラックで運び出した。(7/19毎日新聞)
 私達が到着した時の様子は、どの家も、床上浸水のため、床を剥がして床下の泥出し中でした。壁も剥げれていたり、中には天井も剥がしている家屋もありました。
 泥出しを担当した家の方は、「床上浸水65cm。2階に避難した。夜だったのですぐには川の氾濫に気が付かなかった。近くのお寺の駐車場には車が泳いでいた。近くの1人住まいのおばあちゃんは1階のベットの上で胸までつかっているところを救助隊に助けられた。」と話してくれました。
 この近辺は、狩野川台風の後、家を建てるのに土盛をしたそうです。泥出しに使った一輪車がやっと通れる小路と道路から180cm位のブロック塀があり、植木の泥から水は道路から2m位まであったと推定できました。
 この文章を書いている時(7/28 11:30)、TVニュースで「気象庁は、山口県と島根県で、これまでに経験したことのないような大雨となっているところがあるとして,記録的な大雨に関する全般気象情報を発表し、最大級の警戒を呼びかけている。」と放送しています。相当大きな被害が出そうです。人的被害が少ないといいのですが。

【日程:平成25年7月26日(金)】
5:50 プラザおおるり(南側ポスト)集合・出発
6:10 藤枝市社会福祉協議会・在宅福祉センター出発
6:30 焼津市社会福祉協議会・ウェルシップやいづ出発
8:00 清水港・駿河湾フェリー出発(県道223号線)
9:00 土肥港到着
10:00 西伊豆町災害ボランティア本部(西伊豆町役場保健センター:仁科)到着、団体受付&マッチング
10:30〜15:20 ボランティア活動先(安良里地区)にバス移動。
      活動先のサテライト(神社境内)で、用具(スコップ、バケツ、ブラシ等)受取、活動開始。
      活動終了(15:00)後、用具返却、活動報告(グループリーダー)。
      バスで本部へ移動
16:00 着替え、入浴後、災害ボランティア本部出発
17:20 土肥港・駿河湾フェリー出発
18:25 清水港到着
19:20 焼津市社会福祉協議会・ウェルシップやいづ到着
19:40 藤枝市社会福祉協議会・在宅福祉センター到着
20:00 プラザおおるり(南側ポスト)到着
                               (SH)
西伊豆ボラバス 西伊豆ボラ駿河湾フェリー
西伊豆ボラセン案内図 西伊豆ボラセン受付
西伊豆ボラセン機材貸出 西伊豆ボラセン名札コーナー
西伊豆ボラ・サテライト 西伊豆ボラ活動1
西伊豆ボラ土嚢詰め 西伊豆ボラ泥出し
西伊豆ボラ活動報告 
西伊豆ボラ集合写真
東北地方太平洋沖地震 [2011年03月15日(Tue)]
 3月11日に発生いたしました、
「東北地方太平洋沖地震」におきまして
被災された皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
 お亡くなりになられた方々の
ご冥福をお祈り申し上げますとともに、
一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。


焼津市災害時ボランティアコーディネーター
現在、被災地ボランティア活動を考えておりますが、
現地で他県よりのボランティア受け入れ可能になるまで
準備を怠らずにしております

その時は、会員の方また市民の方にお願いすることが
あるかと思いますがご協力よろしくお願いします
孫・主催で地震予知の避難訓練 [2008年11月11日(Tue)]
 先日泊まりに来たクレヨンしんちゃんと同い年の孫がタンバリンを取って!!とねだりました。
渡すと、爺婆が居るテーブルに来てタンバリンを鳴らしながら、
“地震が来ます、机の下に隠れてください。”
“もっとちゃんと・隠れて。”
・・・・・・・・

“はい!とっても上手に隠れましたね。”
“はい!避難をします。”
・・・・・・・・

“次は消火器の訓練をします。”
“薬ですから気を付けて下さい・危ないですよ。”
これだけの事を、何度も繰り返し・繰り返し訓練を受けました。
(保育園では、毎月行っているとの事でした)
子供の世界ではそのことを単純に受け入れ、自分の物にしています。
教育の事を言うつもりは有りません。
・・・・・・が、
大人の世界ではなぜ出来ないのか不思議でなりません。

地震が子供たちを襲った時、揺れの恐怖から落ち着いて避難が出来るのか心配もします。
・・・・・・・・
訓練の大切さを教えられた思いでした。
・・・・・・・・
最低限の防災対策として
家具の固定・飛散防止フィルムの使用で
怪我から回避できる可能性がかなりあると地震データから読み取れます。
自分でやれば、2〜3万円程度で済みます。
今度のお泊りの日に、孫と一緒に防災対策作業を体験します。

PS:しんちゃんよりお願い
◆この様な体験が在りましたら、書き込みをお願いします。◆
震災前に済まそう 2 [2008年04月07日(Mon)]
前回の少し続きになりますが、震災前にできることについて書きます。
今回は 「寝室」 についてです。

何故寝室なのか?というと、それには大きな理由があります。
地震災害の被害者のほぼ9割程度は寝室で亡くなっていて、
津波被害を除くと
地震災害で最も恐いのは
倒壊する家屋と家具による圧死です。

逆に言えばこの被害さえ回避できれば
地震被害を受ける可能性は非常に低くなるわけです。

では具体的にどうすれば良いのか?
今日からでもできる準備としては、
まずは寝室に重量のある家具を置かないことです。

そしてどうしても他に移動できないとなれば
家具を固定するようにしてください。
固定具をつけられない場合は
天井との隙間をすき間家具などで埋めてしまえば、
就寝中に地震が起きても被害の可能性はぐっと低くなります。

さらに細かく言えば、
・窓ガラスの近くにベットを置かない
 (置く場合はガラスに飛散防止フィルムを)
・ベットの近くにテレビ、パソコンを置かない
 (置く場合はしっかりと固定を)
・入り口付近にはなるべく物を置かない
 (避難路の確保)
・家具を置く場合はベットを家具の横に置く
 (倒れても下敷きにならないように)
などがあげられます。

こんな風に寝室の安全を確保しておけば、
結構被害を少なくすることができます。

普段から心がけてみてください。
図上訓練に参加して-4 [2008年03月06日(Thu)]
2日目 【第三部】

ボランティア本部立上について学びました。

【テーマ1】 3日ないし一週間で本部立上の可能性ですか?

  第三次被害想定を基に被害状況の設定があり、それに基づいて、
  各市町判断する。

 ■イメージが大き過ぎてなかなか難しかった。

  想定では焼津市内の建物被害は地震と津波で約3万建が被害を受
  け、被害を受けなくても家具による被害も含めると考えたくない,
  かなりの数になるとデータから理解しました。
  (建物被害と人的被害は比例、人的被害は発生時間により変化)

  画像・説明から逆に【マグニチュードが0.1大きければ】、
  【震度0.1大きければ】、被害想定そのものが変わることも
  イメージできました。
  第三次被害想定が現実のものになった場合を考えると無傷で
  すまされないことは目に見えると思います。
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  【たら】、【れば】、の考え方でするなら、その地域を運がよく
  【震度6以下】の場合以外、3日以内に立ち上げるなど
  考えられないと感じました。
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【テーマ2】権災害ボランティアセンター支援センター立上の検証

  第三次被害想定を基に市町災害時ボランティアセンター立上状況を
  踏まえ、近隣からのセンター立上の助けが必要な場合に可能か、
  又近隣への派遣が可能かを検証

  どちらも現状では無理と判断するのが妥当と感じました。

  地震発生までに焼津市に災害時ボランティアセンター立上の準備が
  整ってなければ、他の市町村に頼らざるを得ない、これが本音です。
  そのための準備を怠らない努力が必要。
  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ★しなければならないことは十分に示されていると思います。
  ただ努力することだけが残された課題ではないでしょうか?
  受験を控え勉強しないと同じで、結果が出る対策をする、
  これ以外にないと思います。

  しかし【人的・金銭的】にも出来ることと、
  出来ないことがあるのも現実です。

  しかし遣らずに手をこまねいてるのはただの【バカかアホウ】です。

  人のことはよく見えるものです、他市町の立上訓練を見学することは
  自身で訓練をするのと同じく価値あると思いますが如何でしょうか。
  このことが顔の見える関係に繋がると感じます。
  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  この記事を読まれている方で  【それは違う】、
  【こうしたほうが良い】  という意見が有りましたら指摘ください。
  多くの意見の集約が【金・時間】を掛けない最善の方法と思います。

又投稿させて頂きます。
救援活動のための図上訓練に参加して [2008年02月27日(Wed)]
焼津VC会員(K)です。東海地震の図上訓練について何回かに亘って
投稿させて頂きますので宜しくお願いします。

まず、全体から見て少なくとも私にとってはとっても有意義でした。
今まで図上訓練と言っても形ばかりで、リアルタイムにシナリオが変わる設定は皆無でした。

今説明した画像が消える。
出たばかりの課題が2,3分後に変わる。
まるで出たとこ勝負のような出題に一部の人から不平が出ていました。
よく考えれば、刻一刻と変わる情報を基にセンターを運営して行くこと
になるのですから、当然あるべき姿だと思いました。

、「静岡県に震度6強〜震度7が襲った」とき被害は夫々の地域が

陸の孤島になるに他なりません。

壊滅的な被害の発生です。   (想定状況データは次回)

その時でも情報を如何に掴むか?      どのような情報が必要か?

災害発生と同時に隣近所の救出・救護優先しながら、

被災者を救出するために必要なノウハウなど地域に発信する必要があります。
(日頃から救出・救護方法を学んでおく)

地域の情報を正しく把握し、また救援情報などを正しく収集しその中から
的確に地域の必要な情報を選び出す。

図上訓練で一番気を付けなければいけないことは、情報(課題)は出来るだけ頭に入れる。
考えていてはだめです。
体が情報にすぐ反応する。
この為には、地域の地震に対する被害の想定を頭の中に入れて置く事が大切になります。

訓練取組に関する問題点などを指摘しながらお知らせします。
頭の中を整理し、続きを書きます。
245人 [2008年02月17日(Sun)]
皆さん、はじめましてm(__)m
僕は高校生です。
焼津市災害ボランティアコーディネーター(以下VC)に参加しています。
最年少という立場で皆さんのお世話になってます。

これからVCやら東海地震やら、「災害」のことについて少しずつ書いていきたいと思ってます。
ホントに少しずつかもです。
どうぞよろしくお願いします。

さてさて・・・

これから数回は東海地震について載せたいと思っています。
・・・と言っても「地震の前兆」とか「動物の地震予知」とかいう迷信的なものではありません。

「地震が起こる前にできること」 「地震が起きた直後にできること」 「避難生活でできること」

など東海地震の対策を書いていきます。
まず初めは「基礎知識」です。

245人

これは東海地震が起きたときに「死ぬ」と

想定されている焼津市民の人数です。

(東海地震被害想定より)

全市民が約12万人ですからだいたい500人に一人の割合で死者が出ます。

では何故静岡県でこんな大きな地震が起こると言われいてるのか?
それは地震の周期に関係してきます。だいたいこの辺一帯は100年〜150年周期で地震が起きていたのが、
前回「安政の東海地震」という大地震が起こってから現在までの154年間、東海地区はこれといって大きな地震はありませんでした。

「デカイ地震が来る」というより 「いつ来てもおかしくない」という状態です。

それは明日かもしれないし、(すぐ)かもしれないのです。

また、投稿します。