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第259回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(1)モンゴル。 [2025年11月13日(Thu)]
 今日は、第259回「楽しく学ぶ歴史ゼミ」を開催しました。
 前回やった、「明」と「朝鮮」のその後についてです。


●永楽帝の時代、明の国威は大いに高まったが・・・。
●その後は、衰退に向かう。
●永楽帝は何度もモンゴルに遠征したが、完全に彼らを支配下に置くことはできなかった。
●モンゴル人は、いくつもの部族に分かれていた。
●中でもタタールとオイラトの2部族が力を持っていた
●一応、モンゴルは明に対して臣下の礼を取る朝貢貿易の形を取っていたが・・・

 そして・・・
                  (つづく)
第258回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(10)永楽帝の死。 [2025年11月12日(Wed)]
 10月16日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の最終回です。

●永楽帝は何度もモンゴルと戦ったが・・・。
●結局、彼らを服属させることはできなかった。
●結局、5回目のモンゴル遠征の途中で永楽帝は病気で死んでしまう。
●モンゴルやチベットや現在のウイグル自治区を支配したのは、次の清の時代。
●永楽帝の時代が、明の最盛期だった。



 次回は、明日、
13日(木)
です。 
10月定例学問会の報告(9)JR北海道の経営問題について。 [2025年11月11日(Tue)]
 10月定例学問会の報告の続きです。

●宗谷本線の経営改善策。
●全部特急にする・・・料金が高くなるならね。
●どの駅でも降りられるようにする・・・ダイヤが乱れないかな。
●JRを利用するかしないかを決める要因は?
●やっぱり、運休や大幅遅れの多さが最大の問題ではないか。
●駅に行ったら運休、は本当に困る。
●なぜか、最後は必ず鉄道の話になりますね。

 それから・・・

                (つづく)
第258回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(9)中国の大航海時代。 [2025年11月10日(Mon)]
 10月16日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●鄭和は、大艦隊を率いてインドに到達した。
●ポルトガルのヴァスコ=ダ=ガマよりも90年も早く。
●しかも、南海大遠征は7回にも及んだ。
●アラビア海を越えて、ホルムズ海峡まで。
●さらに、艦隊の一部は紅海やアフリカ東岸に達した。
●キリンやダチョウを中国に連れて来た鄭和。
 
 そして・・・
                  (つづく)
10月定例学問会の報告(8)情報過多と思考の浅さ。 [2025年11月10日(Mon)]
 10月定例学問会の報告の続きです。

●外から与えられる情報が多過ぎる。
●自らの感性で感じ取る能力が衰えているのではないか?
●また、自らの思考によって吟味することも難しくなっているのでは?
●与えられる大量の情報をただ受け取るだけで終わってしまう。
●考えるヒマもなく、次から次へと新しい情報が・・・。
●自分で考えられなくなった人々によって示される「民意」とは?
●責任を負わない人によって国の方向が決定されることの怖さ。

 それから・・・

                (つづく)
第258回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(8)鄭和の南海遠征。 [2025年11月09日(Sun)]
 10月16日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●さらに、永楽帝は、鄭和という家来を南海遠征の司令官に任命した。
●鄭和は雲南出身で、イスラム教徒だった。
●中国から南海へ向かったということは、どこが目的地だったのか?
●東南アジアではなく、もっともっと遠く。
●南海から、遥か西方を目指した鄭和。
●遂に、インドのカリカットに到着。

 そして・・・

                  (つづく)
10月定例学問会の報告(7)商品と見るか、命と見るか。 [2025年11月08日(Sat)]
 10月定例学問会の報告の続きです。

●生き物を殺すことで生活してきた人を、観念的な倫理観によって断罪することはできない。
●自分が直接殺していなくても・・・。
●食べ物などは、動物の命を奪うことで得られる。
●昔は、動物の命が人間の食べ物になる過程が見えやすかっただろう。
●今は、食品はお店に行ってお金を出せば買えるものになっている。
●加工されたり調理されたりして、その過程は見えにくくなっている。

 そして・・・

                (つづく)
第258回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(7)明を中心とした柵封体制 [2025年11月07日(Fri)]
 10月16日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
  
●永楽帝は、日本の足利義満も日本国王とした。
●形式上は、明の朝貢国になった。
●足利義満は、天皇制を廃止しようとしたのかもしれない。
●ただし、義満の死後、息子の義持は明の柵封体制から離脱した。
●中国は、天皇のことをどう思っていたのかな?
●従わないモンゴルには、自ら軍を率いて遠征した。
●モンゴルには5回も遠征したが、あまり成果はなかった。

 さらに・・・

                  (つづく)
10月定例学問会の報告(6)キツネのエピソード。 [2025年11月06日(Thu)]
 10月定例学問会の報告の続きです。
 
●「北の国から」に出て来る、キツネのエピソード。
●野生動物と人間の関係とは・・・。
●両極端の考えがあり、議論は平行線になりがち。
●現在のクマ問題にも通じる。
●昔は、多くの人が動物の命を奪うことで生きていた。
●食べ物、着る者、その他いろいろ。

 そして・・・

                (つづく)
第258回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(6)朝鮮でも、跡継ぎ争い。 [2025年11月05日(Wed)]
 10月16日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
  
●永楽帝は、李氏を朝鮮王に柵封。
●朝鮮でも、王位を巡る兄弟の争いがあった。
●初代・李成桂は末っ子を2代目にしたが・・・。
●兄(5男)が王位を奪った。(太宗)
●この太宗が、永楽帝から朝鮮王に認められた。

 そして・・・

                  (つづく)