• もっと見る
« 2023年05月 | Main | 2023年07月»
これこそが文化である。 [2023年06月30日(Fri)]
(769)
 これこそが文化であると私は言いたいのです。
 西洋文明の中にはこのようなものを見出すことができません。ヨーロッパの農民と会話をしても、どうやら彼らは精神的なものにはまったく関心を持っていないらしいということが分かるだけなのです。
 ・・・
      


 「インドの貧しい農民は、外見は無骨なように見えても、その奥底には深い精神性を有している」という話(768)の続きです。
 このような、自然と向き合いながら肉体労働をする日々の積み重ねの中で培われるものこそが真の精神性であるとガンディーは考えているようです。決して、書物を読んだり部屋の中で思索に耽ったりすることで形成されるものではないのです。
 また、(73)などで述べられていたように、西洋文明についても彼は否定的な意見を明確に表明しています。つまり、「物質主義的な西洋文明には精神性が欠けている。そこには人間的な価値を豊かにする文化というべきものがない」と彼は言いたいのだと思います。
 そして・・・
外見は無骨でも、その奥底には深い精神性が・・・。 [2023年06月29日(Thu)]
(768)
 インドの貧しい農民と、どうぞ話をしてみてください。彼らが話し始めるやいなや、その唇からこぼれ落ちる知恵の深さにあなたはきっと気付くでしょう。外見は無骨なように見えても、その奥底には深い精神性が蓄えられているのが分かるでしょう。
 ・・・



 これも、農業に関するガンディーの意見の続きです。
 このように、インドの農民が持っている高い精神性をガンディーは大いに賛美します。確かに、彼らは決して高尚な言葉や優雅な態度を示したりはしないでしょう。しかし、無骨な外見の奥底に彼らは非常に深い精神性を有しているとガンディーは言うのです。
 これは、アフリカ人について「確かに彼らは高貴であるが、決して野蛮人ではない(66)」と述べていたのと同じような感覚だと思います。
 ところで、どうして貧しい農民がそのような高い精神性を持てるのでしょうか? それは多分、土に仕え、生命の営みに携わる農業という仕事が人間として最も霊的な経験だからなのではないかと思います。
 そして・・・
しもかわ読書会6月例会の報告(4)5つの自由。 [2023年06月29日(Thu)]
 「しもかわ読書会」6月例会の報告の続きです。
 
●飢えと渇きからの自由。
●肉体的苦痛と不快からの自由。
●外傷や疾病からの自由。
●恐怖や不安からの自由。
●正常な行動を表現する自由。

 そして・・・     
                               (つづく)
全世界を手に入れたとしても、自分自身の魂を売り渡してしまっては・・・。 [2023年06月28日(Wed)]
(767)
 都市に奉仕をしているというだけでは政府の仕事を十分に果たしていることにはなりません。そう考える人は、インドという国が都市にあるのではなくて70万の村の共同体の中にこそあるのだということを忘れているのです。
 もしも全世界を手に入れたとしても、自分自身の魂を売り渡してしまったのでは何にもならないではありませんか。

             (「ハリジャン」1946年8月25日)



 農業についてのガンディーの話の続きです。
 「村を忘れることは、インドを忘れることだ」というのは、前の章(新しい教育)でも述べられていました。(708)。当時、インドには70万の村があったようですね。
 また、彼の考えによれば、「農村で手足を使って働くことを忘れるのは、自分自身を忘れること(766)」なのです。だから、村を忘れることは「魂を売り渡す」ことにさえつながるということでしょう。
 「もしも全世界を手に入れたとしても・・・」という言い方は、新約聖書の「人が全世界を手に入れても、自分の命を損なうなら、何の得があろうか(「マタイによる福音書」第16章、「マルコによる福音書」第8章)を意識しているのではないかと思います。(99)でも言及されていましたね。
6月定例学問会の報告(6)サル発言とマスコミ支配。 [2023年06月28日(Wed)]
 6月定例学問会の報告の続きです。
 
●最近のニュースの話題は次から次へと移り変わって行く。
●放送法と総務相の問題は、完全に消え去ってしまった。
●高市さんは、辞めなくて良くなったのかな?
●小西議員のサル発言で、すべて吹き飛んでしまった。
●「サルに失礼だ」と言った山本太郎は正しい。
●日本の政治はこれでいいのか?

 それから・・・
                (つづく)
手の使い方を忘れるのは、自分自身を忘れること。 [2023年06月27日(Tue)]
(766)
 今や、私たちは自分の手の使い方さえ忘れてしまいそうになっているのではないでしょうか。
 手によって大地を耕したり土を良くするために働いたりすることを忘れてはいけません。それは、自分自身を見失ってしまうことだからです。
 ・・・
  

 
 農業についてのガンディーの話の続きです。
 彼は、機械の使用については否定的な見解を示しています。(107)そして、「すべての人が肉体労働に従事すべきである(269)」と主張しています。
 ここではもっと限定して、「人間は、自らの身体を使って農耕をしなければならない」と述べています。その手の使い方を忘れるということは自分自身を忘れてしまうことだとまで彼は言います。つまり、自らの身体を使って土に仕える働きというのは人間が生きるということの本質に関わるものだということだと思います。
 それから・・・
   
第232回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(4)源頼朝と奈良の大仏。 [2023年06月27日(Tue)]
 14日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。

●1195年、頼朝は東大寺のお祝いに出席。
●東大寺は、戦争の時に平氏によって焼かれてしまった。
●東大寺を再建するため、お坊さんなどが熱心に運動した。
●義経の有名な「勧進帳」も、東大寺再建のための勧進だった。
●頼朝も、東大寺の再建を大いに支援した。
●頼朝は、多くの兵を引き連れ、幕府の力を示した。

 そして・・・

                 (つづく)
都市を否定するわけではないが・・・。 [2023年06月26日(Mon)]
(765)
 このようにして、農村の経済の全体像が少しずつ明らかになってくるでしょう。
 この構想の中では、都市にはあくまでも自然に沿った位置付けしか与えられません。決して現在のように自然に反した、まるで国家という身体にできた腫物のような存在であってはいけません。
 ・・・


 
 農業についてのガンディーの話の続きです。
 彼は、農村の復興を目指しています。(194)
 都市に関しては、「村が都市から搾取され、都市に依存しなければ生きていけないような状態は、自然に反している」と彼は訴えています。(698)
 さらに、「都市は、国家にできた腫物のようなものだ」とさえ言っています。このような比喩は、(164)などでも語られていましたね。
 それから・・・
  
今週の予定 [2023年06月26日(Mon)]
 今週の予定は、今の所何もありません。
 「何かやりたい」というリクエストがありましたら、学長までどうぞ。
トラクターで耕したり、動力を使って灌漑したりすべきではない。 [2023年06月25日(Sun)]
(764)
 これらの問題について考えていくと、当然次のようなことも論点になるでしょう。
 すなわち、農業経営における牛馬耕の重要性、そしてトラクターによる耕耘や動力を使った灌漑などは目指すべきでないことなどです。
 ・・・



 農業についてのガンディーの話の続きです。
 彼は、機械を使った農業ではなく、牛や馬などの家畜(インドでは牛)を使った農業を提唱しています。トラクターも、動力を用いた灌漑も、導入するべきではないと言うのです。
 これは、現代人には意外に思われるかもしれません。しかしガンディーは、機械というものが決して労働者や農民の負担軽減のためでなく資本家の利益追求のための手段になっていると述べています。だから、労働者や農民にとっては負担の軽減以上に新たな負担が加わることになり、結局は貧困・束縛・従属・疎外などの問題を深めてしまうと予見するのです。(120)
 これは、実に驚嘆すべき先見の明であると思います。
 それから、さらに・・・
| 次へ