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この主張は、経験によって裏付けられたものだ。 [2023年03月31日(Fri)]
(679)
 もちろん、何の確信もなく私はこれを書いているわけではありません。なぜなら、この主張は自分自身の経験に裏付けられたことだからです。
 この方法は、糸紡ぎのやり方が教えられる所ではどこでも多かれ少なかれ採用されています。私自身も、履物作りを教えたり、その工程の一つとして糸紡ぎを教えたりして良い結果を得ているのです。
 ・・・
 


 教育に関するガンディーの話の続きです。
 「手工芸を通じた教育」の有効性を彼は力説します。(678)さらに、その主張は実際の経験によって裏付けられた確かなものだと彼は言うのです。
 「糸紡ぎなどの手仕事を子どもたちにさせながら、主として話し言葉によっていろいろな知識を教える」という教育を、彼は実際に試み、そして良好な結果を得ることができたそうです。
 つまり、これは決して机上の空論ではなく、実証によって有効性が確かめられた教育理論なのだとガンディーは自信を持って述べているのです。
 そして・・・
道外出張 [2023年03月30日(Thu)]
 明日から、熊本県玉名市に出張します。道外に出るのは本当に久し振りです。
 ワクワク、ドキドキです。

 4月3日に帰る予定です。

 留守中も、ブログ更新はできるように準備しています。
 どうぞよろしくお願いします。
機械的に仕事の手順を教えるだけではいけない。 [2023年03月30日(Thu)]
(678)
 このような教育システムの下でこそ、知性と魂は最高の発展を遂げることができると私は考えています。
 ただし、今日なされているようなやり方、すなわち単に機械的な仕事の手順を教えるだけではいけません。そうではなくて、科学的な教え方をしなければなりません。つまり、子どもたちには各作業工程がどんな理由で、また何の目的で行われているのかを知らされなければいけません。
 ・・・


 
 教育に関するガンディーの話の続きです。
 「手仕事を通じた教育を行えば、すべての学校がそれぞれに自立的な経営をしていくことができる(677)」と彼は言います。しかし、彼が手仕事を重視するのは決して単に学校経営上の理由だけではないのです。
 すなわち、「実際に手仕事をしながら教えられれば、最も効果的に知識を習得することができる」というのが彼の主張なのです。このことの具体的な説明は(655)などでされていましたね。
 そして・・・
学校の自立経営とは。 [2023年03月29日(Wed)]
(677)
 そうすれば、すべての学校がそれぞれに自立的な経営をしていくことができるでしょう。
 政府は、各学校から子どもたちの作った手工芸品を買い取ることによってそれを支援すべきです。
 ・・・
 
 

 教育に関するガンディーの話の続きです。
 「子どもの教育は、その最初の段階から手仕事を通じた教育を行うべきだ(676)」と彼は言っていました。それは、手仕事を通じて五感によって学ぶことが教育として有効だからであるばかりでなく、学校の「自立的経営」にもつながるからです。
 つまり、子どもたちが作った手工芸品は政府によって買い取られ、それが学校の運営費になるのです。
 (672)によれば、この時政府が買い上げる価格は公定の価格であるべきだと彼は考えているようです。
 しかし、やはり収益を得ることは教育の目的ではありません。あくまでも、「手工芸を通じた教育は、純粋に最も良い成果を上げられる理想的な教育である」と彼は主張するのです。
 そして、さらに続けてガンディーは・・・
第229回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(5)宇治川の戦い。 [2023年03月29日(Wed)]
 3月8日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●源義経は、素早く宇治川に到着。
●義経は、スピードを重視した。
●義仲軍は川を渡る橋を破壊していたが・・・。
●義経軍は馬に乗って川を渡る。
●梶原景季と佐々木高綱との先陣争いは有名。
●結局、義経はここを突破して京都に入り、後白河上皇を救出。
●義仲は、北陸に逃げようとするが・・・。

 そして・・・

                             (つづく)

子どもの教育は、手仕事から始めるべき。 [2023年03月28日(Tue)]
(676)
 そういうわけで、私は有益な手工芸を教えることから子どもの教育を始めようと思います。そして、その最初の段階から子どもが何かを生産することができるようにしたいと思います。
 ・・・
 

 
 教育に関するガンディーの話の続きです。
 「文字の読み書きは教育の最終目的ではなく、最初に取り組む課題でもない(675)」と彼は言います。では、何をすれば良いのかと言うと、子どもたちに手工芸を教えるべきだと彼は主張するのです。
 「しかし、教育というのは生産的な労働を可能にするための準備として行われるものなのではないか? そのために、一定期間は生産活動への参加を免除され、系統的な知識を習得する機会を与えられるべきだなのではないか?」・・・このような疑問を抱く人もいるでしょう。しかし、(639)で述べられていたように、「身体を動かすことと切り離された知的訓練は、単に知力を消耗させるだけだ」と彼は言うのです。
 そして・・・
           
文字の読み書きは教育の目的ではない。 [2023年03月27日(Mon)]
(675)
 私の考えている教育とは、子ども及び成人の身体・知性・精神の中から最善のものを引き出そうとする営みのすべてです。
 文字の読み書きが教育の最終目標でないのはもちろん、最初に行われるべきことでさえありません。それは、人間を教育する様々な手段の一つに過ぎません。読み書き自体が目的化してしまえば、それはもう教育ではなくなってしまいます。
 ・・・



 教育についてのガンディーの話の続きです。
 彼はまず、教育の定義を確認することから始めます。このことは、(663)でも述べられていました。決して「子どもに何を教えるか?」「子どもをどんな人間に育てるか?」といった外からの視点ではなく、子ども自身を中心にした視点で、「人間が本来持っている可能性をいかにして引き出すか」を考えなければならないと言うのです。
 だから、文字の読み書きは教育の目的ではありません。教育の前提でもありません。このことも、(657)などで既に述べられていました。
 そして・・・
  
第229回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(4)源範頼。 [2023年03月27日(Mon)]
 3月8日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。

●朝廷との関係を修復した源頼朝は、義仲を倒すため兵を挙げる。
●しかし、自分自身が出陣したわけではなかった。
●弟の範頼と義経を派遣した。
●源義経は有名だけど、範頼は有名じゃない。
●やっぱり、武将としての能力に差があったのかな?
●範頼は瀬田から、義経は宇治から、京都に向けて進撃。

 そして・・・

                 (つづく)
3月定例学問会の報告(6)競争心と平和共存の学習。 [2023年03月27日(Mon)]
 3月定例学問会の報告の続きです。
 
●ある程度、競争心というものは誰にでも多かれ少なかれ備わっているだろう。
●競争心のない者は、子孫を残すうえで不利だから。
●しかし、平和共存や協力ができない者は、それ以上に不利である。
●だから、平和共存への志向も本能的に備わっているはず。
●また、人間は成長の過程で紛争解決と紛争を避ける方法を学ぶ。
●暴力による紛争解決は不合理であるということを学ぶ。

 それから・・・
                (つづく)
自立経営の教育。 [2023年03月26日(Sun)]
(674)
 ですから、たとえ世間の評判を失う恐れがあったとしても、私は敢えて次のように言います。
 教育は、自立経営によって行われるべきであると。
 ・・・



 「もしも教育のプログラムがお金に依存するものだとすれば、インドの教育を短期間に改善できる見込みはない(673)」という話の続きです。
 そこで彼は、「教育は自立経営で行うべきだ」という思い切った主張をするのです。この場合の「自立」というのは、文脈から考えて当然「経済的自立」です。貧しい国では、政府からの補助金や交付金は期待できません。富裕層や大企業からの寄付を得ることも難しいでしょう。
 しかし、決してそれは、「生徒あるいはその保護者から多くの授業料を取る」ということではありません。それも、もちろんまったく現実的ではないからです。
 では、一体どのようにして学校の自立経営を実現するのかと言いますと・・・
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