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お勉強 (05/11)
都市の住人は、村に関心がない。 [2023年02月28日(Tue)]
(651)
 都市にある養成学校では、村人たちの必要を彼らに教えることはできません。村の現状について関心を持ってもらうこともできません。
 都市に住んでいる人が村に関心を持つようにすること、そして彼らが村に住むように促すことは、まったく至難の業なのです。
 ・・・

 

 「ナイ・タリム(新しい教育)」についてのガンディーの話の続きです。
 「村人への教育は、村の必要に合わせて行わなければならない。だから、ビデヤピートを村に持って来て、そこで教師たちの実務研修を行わなければならない」と彼は言います。(649)
 さて、どうして教員の研修を村で行わなければならないのかと言うと、都市にある養成学校では村人たちの必要を教えることができないからなのだそうです。
 それは恐らく、都市にいる人々には農村での暮らしは想像できないからだと思います。都市で暮らしていれば、どうしても都市的な文化、都市的な生活感覚、都市的な価値観が身についてしまうでしょう。そのような都市文明を、ガンディーは大いなる悪と捉えているのです。(「ヒンド=スワラージ」の中で、「大都会は人々を誘惑する罠である」と彼は言っていました)
 だから、真理の道に従った生き方をしたいのであれば、まずは都市から離れて農村に住むことから始めなければならないのです。
 そして・・・

2月定例学問会の報告(6)ディスコ。 [2023年02月28日(Tue)]
 2月定例学問会の報告の続きです。
 
●今から30年前だったら、否かの若者は「ディスコが欲しい」と言っていたかもしれない。
●最新の流行は、すぐに古くなる。
●スターバックスができれば、本当に魅力ある町になるのか?
●スターバックスは、流行らなくなれば撤退すればいい。
●地方の文化は失われていく。
●常に、都会の流行の後を追うことに。

 それから・・・
                (つづく)
教員養成学校。 [2023年02月27日(Mon)]
(650)
 そして、それを教師たちに対して実務研修を行う養成学校に変えたら良いのです。その研修の主な目的は、村人たちが何を必要としているかを教師たちに理解してもらうことです。
 ・・・
  

 
 「ナイ・タリム(新しい教育)」についてのガンディーの話の続きです。
 「それ」とは、「ビデヤピート(Vidyapith)」のことです。(649)
 つまり、ガンディーの思想の最も良き理解者であり実践者であるような人々が、学校教員の養成に当たるということですね。そして、その教員養成研修の主な目的は、「村人たちが何を必要としているかを理解すること」なのだそうです。彼の考える教育とは、村に住む人々を都市生活に適応させるためのものではなく、村において自給自足の生活を豊かに営めるようにするためのものだからです。
 しかし、それにしても、一体どうしてビデヤピートを村に持って来なければならないのかと言うと・・・
      
しもかわ読書会2月例会の報告(1)自然派医師 [2023年02月27日(Mon)]
 昨日は、下川町公民館で「しもかわ読書会」2月例会を行いました。
 今回読んだのは、「医師が実践する 病気にならない自然な暮らし」(マキノ出版)という本でした。下川町町民会館図書室にあります。
 著者は、本間真二郎というお医者さんです。元々は普通の医師だったのに、健康や病気の本質をとことん突き詰めた結果、自然派医師に転向したのだそうです。
 ・・・

                             (つづく)

ビデヤピート。 [2023年02月26日(Sun)]
(649)
 もしも、村人たちが必要としているものに最もよく適合した教育をしたいと思うのなら、ビデヤピートを村に持って来るべきでしょう。
 ・・・ 

 

 ここから、「ナイ・タリム(新しい教育)」に関するガンディーの新しい文章になります。
 新しい教育は、村での生活の必要を満たすことに貢献できるように、村人たちに対して、村において行われます。決して、都市における仕事や生活に適応するための教育ではないのです。
 ここで突然、「ビデヤピート(Vidyapith)」という言葉が出て来ます。これは、1920年にガンディーが設立した大学なのだそうです。彼が中心となって行っていた非協力運動の中で、イギリスによる高等教育をボイコットしようという呼びかけに応えて大学を辞めた学生や教授たちの受け入れ先としてビデヤピートはできたそうです。
 ビデヤピートは、サティヤーグラヒのトレーニングセンターとして機能していたそうです。サティヤーグラヒとは、サティヤーグラハ(非暴力不服従運動)を実践する者のことです。「ヒンド=スワラージ」の中で、彼はサティヤーグラヒ(この本では「受動的抵抗者」と呼ばれています)になるための必須の要件として、「完全な純潔」「真実に従った質素な暮らし」「何物も恐れない心」の3つを挙げています。なので、きっとそこではそのような教育が行われていたのだと思われます。
 そして・・・ 
第228回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(2)終わりそうで終わらなかった頼朝。 [2023年02月26日(Sun)]
 一昨日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。

●反乱を起こした直後に敗北を喫したら、普通であれば・・・。
●その反乱は失敗に終わってしまうのではないか?
●大抵の人は、強者に味方して弱者を叩くもの。
●自分の軍勢を持たず、支配地もない頼朝は・・・。
●東国の武士たちに見捨てられたら終わりだったのに・・・。
●多くの武士が頼朝を助けた。
●三浦半島から房総半島に渡り、東京湾を一周して鎌倉に入った。

 ・・・

                 (つづく)
教育というものの経済的意味。 [2023年02月25日(Sat)]
(648)
 統一体としての人間が形成されるためには、この三者が正しく調和的に結び付けられていることが必要です。
 そしてまた、このように三者が結び付いた時にこそ、教育というものの真の経済的意味が生まれてくるのです。
                     (「ハリジャン」1937年5月8日)
                                       


  「ナイ・タリム(新しい教育)」についてのガンディーの話の続きです。
 「人間は、知性だけでも肉体だけでも魂だけでもない(647)」と言った後に、彼はこう続けます。
 さて、「この三者が正しく調和的に結び付けられていることが必要だ」というのは分かるとしても、「教育というものの真の経済的意味」とは一体どういうことなのでしょう?
 これは多分、(330)で述べられていたことから類推すると、子どもたちが実際に生産活動に携わりながら、それを通して教育を受けることにより、その教育の副産物として手工芸品(や農産物など)が作り出される。それを政府が買い取ることによって、教育に必要な費用も賄うための収益を得ることができる。・・・ということなのではないかと思います。
 このように、経済というものも、あくまでも人間を中心として、その生活の一部であるとガンディーは考えるのです。 
2月定例学問会の報告(5)新しいものは、古いものより優れているのだろうか? [2023年02月25日(Sat)]
 2月定例学問会の報告の続きです。
 
●新しいものは、本当に古いものより優れているのか?
●昔の人だったら、古いものの方が優れていると考えた。
●理想は、未来ではなく過去に託された。
●科学技術が進歩して、新製品は旧製品より改良されているように見えた。
●でも、本当に今もそうなのか?
●次から次へと新しい商品を買わせなければ続かない経済。

 それから・・・
                (つづく)
しもかわ読書会1月例会の報告(9)デジタル時代のアドバイス。 [2023年02月25日(Sat)]
 「しもかわ読書会」1月例会の報告の最終回です。

 ●自分のスマホの利用時間を知ろう。
 ●毎日1〜2時間、スマホをオフに。
 ●画面はカラーよりも白黒の方が刺激が少なくて良い。
 ●どんな運動も脳に良い。
 ●SNSはスマホでなくパソコンで。
 ●積極的に交流したいと思う人だけをフォローしよう。

 
 「しもかわ読書会」2月例会は、明日、26日です。
人間は、知性だけでも肉体だけでも魂だけでもない。 [2023年02月24日(Fri)]
(647)
 人間は、単に知性だけの存在ではありません。衝動や本能だけによって行動する動物的な肉体でもありません。そして、心や魂だけが単独で存在してるわけでもありません。
  


 「ナイ・タリム(新しい教育)」についてのガンディーの話の続きです。
 「身体・知性・魂は、三位一体である(631)」というのが彼の基本的な考えです。
 ですから、知性だけ、身体だけ、あるいは魂だけを発達させるということは決してできないのです。それは、3つの要素とか3つの側面とかいうようなものではなく、どうしても分けることのできない、本質的に一体のものなのです。
 ですから、このうちどれかを重んじて他を軽視するということはありえないのです。だから、知性も大事であり、動物的な肉体という側面も無視するべきではなく、また魂の状態についてもそれらと同時に配慮されるべきだとガンディーは言うのです。
 そして・・・
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