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自分の家族に奉仕し、他の人々に危害を加えない。 [2022年09月30日(Fri)]
(504)
 この場合、私は自分の家族に奉仕するのですが、それによって損害を被る人は誰もいません。
 この生活様式にすべての人が従うようになれば、我々の社会はすぐに理想状態を実現することができるでしょう。
 ・・・



 経済のスワデシについてのガンディーの話の続きです。
 「自分と家族が、直接身体的に関わることのできる範囲で暮らすようにする(503)」という考えを示した後、彼はこのように続けます。
 ここで重要なのは、「自分の手足を使って働く」ということだと思います。「パンの労働」についての論説の中で繰り返し述べられていたように、彼が想定しているのは「自分の肉体に必要なものを、自分の肉体を使って生産する労働」だけです。確かに、そのような労働であれば他の人々に損害を与えるような心配はほとんどないでしょう。
 一方、機械を使った生産に従事したり知的な労働によって報酬を得るのであれば、本人が意図していなくても他の人々にとっての害になるような影響を及ぼす可能性が大きくなってしまうのではないでしょうか。
 そして、さらに続けてガンディーは・・・
9月定例学問会の報告(5)宗教と政治。 [2022年09月30日(Fri)]
 19日の定例学問会の報告の続きです。
 
●宗教にとって、政治とは?
●宗教的な理念や価値を実現するため、政治に積極的に関心を持つということもありうる。
●また、精神的なものを重視し、政治とは距離を置くという考えもあるだろう。
●政治にとって、宗教とは?
●これは、明らかに大きな利用価値がある。
●政治に利用される宗教は、本質的には宗教ではない。
●統一協会は、やっぱり宗教として考えない方がいい。

 それから・・・
                (つづく)
しもかわ読書会8月例会の報告(7)葬儀とは、供養とは? [2022年09月30日(Fri)]
 そう言えば、「しもかわ読書会」8月例会の報告がまだ終わっていませんでした。
 
●死んだ直後、ほとんどの人は自分が死んだことが分かっていない。
●本人に死んだことを悟らせるのが葬儀の本質。
●49日の意味。
●未練が絶ちきれないと、なかなか成仏しない。
●供養は、遺族の心からの祈りが本義。

 そして・・・
                       (つづく)
私は自分と家族の生活を簡素化しようと試みる [2022年09月29日(Thu)]
(503)
 あるいは、私が次のように考えたとしたらどうでしょうか?
 すなわち、私の手足は、自分自身と私が面倒を見なければいけない人々の生活を維持するための労働に必要な道具として神から与えられたものだ。
 そのように悟ったら、私は直ちに自分と家族の生活を簡素化しようと試みるでしょう。そして、自分たちが直接身体的に関わることのできる範囲で暮らすようにするでしょう。
 ・・・



 経済のスワデシについてのガンディーの意見の続きです。
 これは、「私が自分の家族に奉仕することだけを考えて、そのために他の人が苦しんだとしても構わないというような自己中心的な行動するとしたら(501)」というのと同様の仮定のようにも思われるかもしれませんが、実は違います。それよりもむしろ、「自分自身の家族のために奉仕することさえできていないのに、国全体のために奉仕しようなどと考えるのは傲慢だ(498)と述べていたのと同じ趣旨なのです。
 ガンディーにとって、このことは「謙虚さ」を意味するのであって、「利己主義」を意味しているわけではないのです。
 さらに、彼は続けて・・・
第224回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(4)鹿ヶ谷の陰謀。 [2022年09月29日(Thu)]
 21日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●平氏の専制政治に不満を持つ人は多かった。
●後白河法皇の力でも、平家の横暴はどうすることもできなかった。
●平家に不満を持つ武士や貴族が、平家を倒す陰謀を・・・。
●京都鹿ヶ谷(ししがたに)の俊寛というお坊さんの山荘に集まって・・・。
●後白河法皇も、密かに支援していた。
●その秘密集会に、武士として呼ばれた多田行綱は・・・。

 そして・・・

                 (つづく)
満たされるべきなのは、正当な要求だけである。 [2022年09月28日(Wed)]
(502)
 私はそれによって裕福になれますし、自分の家族の様々な要求を満たすことができます。しかし、それは決して正当とは言えない要求です。
 そんなことをしても、私は国に奉仕したことにならないだけでなく、自分の家族に奉仕したことにもならないのです。
 ・・・
           


 経済のスワデシに関するガンディーの意見の続きです。
 「もしも、自分の家族に奉仕することだけを考えて、そのために他の人が苦しんだとしても構わないというような自己中心的な行動をしたら。例えば、他の人々を搾取した結果、自分が高給を得られるような職業に就いたとしたら・・・(501)」という仮定を設けた後、ガンディーは上のように述べます。
 つまり、「家族のため」というのは決して家族の要求を無条件に満たそうとすることではないのです。彼によれば、物質的・感覚的・情緒的要求が満たされれば満たされるほど人間が幸福になるわけではありません。人間の要求には、正当な要求と正当でない要求があるのです。
 他者を犠牲にすることによって得られるものは、決して正当なものではありません。だから、そのような利益を求めるのは「家族に対する奉仕」とは言えないのです。そしてもちろん、「国への奉仕」でもないのです。
 そして・・・
第224回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(3)藤原氏と平氏。 [2022年09月28日(Wed)]
 21日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。

●平清盛は、娘の徳子を高倉天皇と結婚させる。
●そして、男の子が生んでくれと頼む。
●生まれた子どもは、3歳で天皇に即位、安徳天皇。
●清盛は天皇のお爺さん、外戚になった。
●つまり、藤原氏と同じことをした。
●流石に、摂政や関白にはなれなかったが。

 そして・・・

                 (つづく)
9月定例学問会の報告(4)日本会議と統一協会。 [2022年09月28日(Wed)]
 9月19日の定例学問会の報告の続きです。
 
●日本会議と統一協会の関係は?
●直接的・表面的な関係は、なさそうですね。
●日本会議の役員は、宗教関係者がたくさん入っている。
●神社のお賽銭は、どこに行くのかな?
●右翼と言っても、いろいろある。
●「日本会議の研究」は、下川町の図書室にもあるよ。

 それから・・・
                (つづく)
自分の家族のことだけを考えて・・・。 [2022年09月27日(Tue)]
(501)
 もっとも、私が自分の家族に奉仕することだけを考えて、そのために他の人が苦しんだとしても構わないというような自己中心的な行動する懸念もあるでしょう。例えば、私の就く職業が人々からお金を搾取するような性質のものであった場合です。
 ・・・
 
 

 経済のスワデシに関するガンディーの意見の続きです。
 「スワデシは(自分の地域の利益だけしか考えないので)利己主義である」という批判に対して、「家族への奉仕を通じて、人類社会全体に奉仕するのだ(499)」とガンディーは反論しました。
 しかし、「家族への奉仕」が「社会全体への奉仕」につながらないこともあるでしょう。場合によっては、家族の利益が他の人々の犠牲の上に成り立っているということさえあるでしょう。それは、彼も十分に認識しているのです。
 例として、「他の人々から搾取することにつながる職業」に就くという場合が示されています。企業の管理職・経営職であれば、一般労働者の低賃金の結果生じる資本家の利益の一部を分配され、高賃金を得ることができるかもしれません。この場合は、労働者の賃金を抑制したり労働を強化したりすることやリストラ等によって雇用を減らすことが経営者としての業績となり、自らの報酬を上昇させることになる可能性が高いでしょう。つまり、労働者の苦しみが自分の利益になるのです。
 このような場合は、「家族への奉仕」と「社会への奉仕」が調和するとは言えないのではないか? 確かにそのような疑念が生じるのは避けられないでしょう。
 これに対して、ガンディーは・・・
9月定例学問会の報告(3)おもてなしの心。 [2022年09月27日(Tue)]
 9月19日の定例学問会の報告の続きです。
 
●自分の地域に興味を持って訪れてくれる人がいるのは、嬉しいこと。
●訪問者に喜んでもらう「おもてなし」。
●どのような訪問者を大切にするか?
●行政の視点と住民の視点が違っていてもいい。
●地域のストーリー、人のストーリー。
●どこを案内するか、何を食べてもらうか?

 それから・・・
                (つづく)
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