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すべての救貧施設を閉鎖せよ。 [2022年05月31日(Tue)]
(381)
 もし自分にそうする権限があるなら、私は無料で食事を提供している救貧施設をすべて閉鎖してしまいたいと思います。
 それは、怠惰、無為、偽善、そして犯罪さえも助長してしまいます。このような見当外れの慈善事業によっては、物質的にも精神的にも国民を豊かにすることはできません。
 ・・・
         


 「働かない人に無料で食べ物を提供すべきではない(380)」とガンディーは言っていましたが、その後にこう続けます。
 貧困問題というのは、いつの時代にもあったのですね。そして、貧しい人々に食べ物を提供するという活動も古今東西かなり普遍的にあったようです。日本でも、聖徳太子や光明皇后が悲田院という慈善救済施設を開いたと言われています。
 しかし、ガンディーはなんと、このような救貧事業を否定しているのです。しかも、既に開設されている施設さえも権限があるなら閉鎖させてしまいたいとさえ言うのです。
 もちろん、「貧しい人は放っておいても良い」とか、「苦しい境遇にいる人に対して慈悲の心を持つ必要はない」とか、そんなふうに彼が考えているわけではありません。そうではなくて・・・
第216回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(7)青磁 [2022年05月31日(Tue)]
 18日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●宋に時代に景徳鎮で生産された「影青磁」「青白磁」。
●薄くてきめの細かい、艶やかな青みがかった磁器。
●1150度の還元炎で焼く。
●1150度の温度は、一斗缶ロケットストーブでは出せない。
●還元炎というのは、酸素を少なくした燃え方の炎。
●鉄の酸化の仕方が変わるので、特有の色になる。

 そして・・・

                  (つづく)
働かない人に無料で食べ物を与えることは・・・。 [2022年05月30日(Mon)]
食べ物を乞うこと

(380)
 健康な体を持っているにもかかわらず、自らの食べ物を得るために何らかの誠実な方法で働こうとしない人がいたとすれば、その人に無料で食べ物を与えるべきでしょうか?
 私のアヒンサーは、そのような考えを認めることができません。
 ・・・

 

 第7章「パンの労働」の締め括りの部分です。
 ここには、「食べ物を乞うこと(Beggary)」という表題が付いています。「私たちは、額に汗して働くことで日々のパンを得なければなりません(331)」と彼は言っているのですから、もちろん働かない人に食べ物を与えるべきではないということになります。つまり、ガンディーが考えている社会ビジョンは現代の福祉国家とは違っているわけです。
 しかしながら、彼が無制限の経済競争とその結果生じる生活格差を正当なものとしているのかと言えば、それも違います。(248)では、「食べる者や着る物がなくて困っているような人が誰もいないような経済を目指すべきだ」とも言っていました。
 要するに、「基本的人権としての生存権はすべての人に保障されなければならないが、生活に必要な物資を得る権利と労働する権利は同時に満たされなければならない」というのがガンディーの考えであると言えるでしょう。
 ですから・・・
今週の予定 [2022年05月30日(Mon)]
 今週の予定です。
 

 【楽しく学ぶ歴史ゼミ】
 第217回楽しく学ぶ歴史ゼミ
 日時  6月1日(水)
     12時半〜13時半
 場所  西町キャンパス
 内容  中国の禅


 誰でも参加できます。どうぞよろしくお願いします。


金銀に勝る真の宝とは・・・ [2022年05月29日(Sun)]
(379)
 銀貨や金貨を何枚か手に入れたとしても、それは決して真に価値ある宝物ではありません。
 自らの意志でパンの労働を実践することによって得られる健康、これこそが本当の宝なのです。
 
             (「ハリジャン」1935年6月29日)
 


 「パンの労働をせよという掟に強制的に従わされるのであれば貧困や病気や不満をもたらすだけだが、自発的な意志によってその掟に従えば必ず満足と健康を得ることができる(378)」と述べた後、ガンディーはこのように続けます。
 「パンの労働」とは、自分の食べ物(その他、生活に必要なもの)を生産するための労働を自らの体を用いて行うということです。もちろん、それでは生活をより豊かにしてくれる贅沢品やサービスを手に入れるためのお金を稼ぐことができません。しかし、「それでも構わない」あるいは「その方がかえって良いのだ」とガンディーは言うのです。
 なぜなら、幸福というのはより大きな欲望を満足させることではなくて、最低限のもので満足できるようになることだと彼は考えているからです。(360)
 そして、何よりも大切な宝である健康は、お金で買えるものではなく、適度な肉体労働と質素な暮らしによって得られるのだと断言するのです。
第216回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(6)景徳鎮。 [2022年05月29日(Sun)]
 18日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●日本で陶磁器のことを「瀬戸物」と呼ぶように。
●中国にも陶磁器の代表的な名産地がある。
●中国南部、南宋の首都杭州の近くにある景徳鎮。
●漢の時代から、陶磁器の生産が始まった。
●周囲を山に囲まれ、磁土、耐火用鉱石、燃料に恵まれていた。
●海外にも名が知られている景徳鎮。

 そして・・・

                  (つづく)
強制されてするのと、自らの意志によってするのでは・・・。 [2022年05月28日(Sat)]
(378)
 同様に、パンの労働をせよという掟も、強制的に従わされるのであれば決して良い結果につながることはないでしょう。それは結局、貧困や病気や不満をもたらすだけなのです。
 これに対して、自発的な意志によってその掟に従う人は、必ず満足と健康を得ることができます。
 ・・・


 
 「村に住む人々が貧しい境遇に置かれているというのは事実だが、彼らが村で暮らしているのは自発的な意志によってそうしているわけではない(375)」という話の続きです。
 「すべての人はパンの労働をすべきだ」とガンディーは述べています。それはすなわち、「すべての人が村に住み、自給的な暮らしをすべきだ」というのと同じことです。
 それは、不便で貧しい暮らしをするためではありません。すべての人が健康で幸福に生きるために、村での暮らしを実践すべきなのです。
 しかし、それはあくまでも各自の主体的な意志によるものでなければなりません。そうでなければ、村での暮らしは決して人々を幸福にしないだろう。現に多くの人々は、嫌々ながら村で暮らしているために幸福になれていないのだとガンディーは言うのです。
 そして・・・
第216回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(5)チャイナと言えば。 [2022年05月28日(Sat)]
 18日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●英語で"china"は、陶磁器のこと。
●ちなみに"japan"は、漆器。
●陶磁器は中国の名産品だった。
●陶器と磁器の違いは、材料の違い。
●焼く温度や厚さも違う。
●陶器には小さな穴があいている。熱い物を入れても手で持てる。

 そして・・・

                             (つづく)
しもかわ読書会5月例会の報告(2)どちらの味方をするか・・・なのか? [2022年05月28日(Sat)]
 「しもかわ読書会」5月例会の報告の続きです。

●北海道の道路標識にロシア語表記があるのは問題だ。
●と、国会議員がツイッターでつぶやいた(が、批判を受けて削除した)。
●確かに批判すべきことだが、批判をすれば解決する問題ではない。
●問題は、多くの人の頭がすっかり戦争的な思考や感覚になっていること。
●感情は、論理で否定したり改変したりできない。
●ロシアの味方か、ウクライナの味方か・・・と考える人が多い。
●そんなに理性的ではない人間は、注意しないと大きな間違いを犯す危険がある。

 と、いうわけで・・・

                     (つづく)
強制的服従と自発的服従。 [2022年05月27日(Fri)]
(377)
 主人の命令に強制的に従わされるのであれば、それは奴隷状態と変わりありません。
 しかし、父親の命令に自ら進んで従うことは、息子としての名誉になるのです。
 ・・・
 
 

 「村に住む人々が貧しい境遇に置かれているというのは事実だが、彼らが村で暮らしているのは自発的な意志によってそうしているわけではない(375)」という話の続きです。
 ここから、「同じことをするとしても、強制されて嫌々ながら命令に従うのと、自らの意志によって喜んでそれに従うのでは、本質的に大きな意味の違いがあるのだ」ということをガンディーは強調するのです。
 「奴隷的な服従は人間にとって大いなる不幸である」ということに関しては、きっと多くの人が異論なく同意するだろうと思います。では、「いかなる命令にも従わず、完全に自分の意志のままに行動する」というのは果たしてどうでしょう?
 しかし、「自分の意志のまま、感情や欲望のままに行動することは、決して人間を幸福にしない」とガンディーは考えています。「ヒンド=スワラージ」の中で、彼はこう言っていました。「私たちが情欲に溺れれば溺れるほど、それらはますます制御できないものになってしまいます。だから、昔の人々は私たちの情欲の追求に制限を設けたのです」
 だから、人間にとって最も好ましいのは、力を持った他者への奴隷的服従ではなく、また自己の情欲への服従でもなく、道徳法則に対する自発的な服従なのだとガンディーは述べているのだと思います。
 そして・・・
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