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お勉強 (05/11)
都市は、村に奉仕する存在でなければならない。 [2021年11月30日(Tue)]
(204)
 今日、インドの村々は都市による支配と搾取を受けて崩壊の一途を辿っています。このまま放っておけば、きっとそれらは廃墟になってしまうでしょう。
 しかし、手織り綿布の思想は私にこう告げるのです。「外国による支配が終わった暁には、都市は村々に奉仕する存在にならなければならない」と。
 ・・・



 「インドは、古代からずっと一貫して村々を基盤とした国だった。これに対し、都市のインドは外国による支配の中で生み出されたものだ(203)」と述べた後、ガンディーはさらに上のように語ります。
 つまり、イギリスからの植民地支配を脱して形の上でインドが独立国家になったとしても、それだけでは決して「インドの自治(スワラージ)」は完成しないと言いたいのでしょうね。村を中心としたインド、都市による支配や搾取を受けず、それぞれの村が自給的な営みによって自立していけるようなインドにならなければいけないということです。
 手織り綿布とは、カディ(KHADI)のことです。インドを代表する伝統的な手紡ぎ・手織りの布で、ガンディーが非常に重視したものです。
 それから・・・
第207回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(10)藤原経清。 [2021年11月30日(Tue)]
 11月3日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●陸奥の国に、藤原経清という人がいた。
●安倍頼貞の娘と結婚していたが、源頼義に従った。
●しかし、源頼義に信頼されていないと思ったらしく、安倍氏の側についた。
●藤原経清は、安倍頼時・貞任を助けて大活躍。
●源頼義に大いに憎悪された。

 そして・・・

                  (つづく)
村のインドか、都市のインドか? [2021年11月29日(Mon)]
(203)
 村のインドか、都市のインドか、我々はどちらかを選択しなければなりません。
 インドは、古代からずっと一貫して村々を基盤とした国でした。これに対して、都市のインドは外国による支配の中で生み出されたものです。
 ・・・



 これも、「村なくしてインドなし」という趣旨のガンディーの論説です。
 同様の趣旨のことが、(169)では「都市ではなく、村々の中にこそインドという国はある」という表現で述べられていましたね。
 ここでは、「都市というものは外国支配(イギリスによる植民地支配を指しています)から生まれて来たものだ」と彼は言っています。だから、「インドという国が自治と独立を取り戻すためには、単に政治的な独立を勝ち取るだけでは不十分である。都市文明から脱却しない限り、インド社会に対する間接的な支配は続いてしまうだろう」ということだと思います。
 それから、ガンディーは続けて・・・

第207回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(9)清原氏 [2021年11月29日(Mon)]
 3日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。

●陸奥の支配者・安倍氏に苦戦した源頼義は・・・。
●出羽にいた俘囚長・清原氏を味方に引き入れようとした。
●清原氏はなかなか応じなかったが、源頼義はたくさんの贈り物をして頼み続けた。
●権力者は、金の力を使う。
●そのお金は、庶民から集めたお金なんだけど・・・。
●遂に、清原氏は朝廷と組んで安倍氏を責めることに同意する。

 そして・・・
                  (つづく)
今週の予定 [2021年11月29日(Mon)]
 今週の予定です。
 

 【楽しく学ぶ歴史ゼミ】
 第208回楽しく学ぶ歴史ゼミ
 日時  12月1日(水)
     12時半〜13時半
 場所  西町キャンパス
 内容  後三年の役と奥州藤原氏


 誰でも参加できます。どうぞよろしくお願いします。
村が亡びる時は、国が亡びる時。 [2021年11月28日(Sun)]
(202)
 もしも、インドの村が滅びるのだとすれば、その時にはインドという国そのものも滅びます。そうなったら、それはもはやインドではないからです。世界の中でインドが果たすべき役割や使命も、やはり失われてしまうでしょう。
 
                    (「ハリジャン」1936年8月29日) 
              


 これも、「インドの村こそがインドである」というガンディーの信念が述べられた文章です。
 彼のこの信念は一貫して決して揺らがなかったのかと言うと、実はそうでもないようです。(187)では、「村の文明は、既に終焉の時を迎えているのかもしれません」という弱気な発言もしていたのです。(奇妙なことに、これは1936年3月1日の記事です。その約半年後の8月29日には、再び「村の文明の永続性」への確信が表明されているわけです。この半年間に、一体どんなことがあったのでしょうね?) 
11月定例学問会の報告(1)平和的で創造的なコミュニケーションを求めて [2021年11月28日(Sun)]
 今日は、モレーナで11月定例学問会を開催しました。前回の臨時学問会とは別の新しいメンバーをお迎えして、楽しくいろいろお話しました。
 
●SNSでのコミュニケーションは難しい。
●攻撃的・敵対的・悪感情の籠った言葉の氾濫。
●でも、自分もしばしば現政権を批判したくなったりもする。
●もっと福祉を大事にしてほしいのだが・・・。
●ついつい、強い表現になってしまったりもする。

 そして・・・

                (つづく)
11月臨時学問会の報告(14)ワクチンと農薬 [2021年11月28日(Sun)]
 11月7日の臨時学問会の報告の最終回です。

●新型コロナウイルスのワクチンを打つ人、打たない人。
●賛成か反対か、答えは1つではない。
●科学信仰は、科学よりも宗教に近い。
●何を信じるかは人それぞれ。
●「ワクチンの力を信じるか信じないか」は「農薬の力を使うか使わないか」に似ている。


 「下川わわわ大学」の11月定例学問会は、今日、28日です。
村への奉仕なくして、インドの自治の実現はない。 [2021年11月27日(Sat)]
第5章  村の自治

村の重要性

(201)
 村のために奉仕しなければならないのはなぜかと言うと、それがすなわちインドの自治を確かなものにすることにほかならないからです。
 別のやり方で自治を目指そうとしても、それは結局怠け者の夢想に過ぎません。
 
             (「ヤングインディア」1929年12月26日)
 



 ここから、新しい章に入ります。タイトルは、「村の自治」です。
 この時代、インドはイギリスからの独立運動を続けていました。つまり、ガンディーを含む多くのインド人にとっての悲願は、「自民族による国家の自治(インドの自治)」だったのです。
 しかし、彼にとっては「インドの自治」すなわち「村の自治」であったのです。だから、「村の自治の実現のために奉仕することこそがインドの自治につながる」ということになるのです。
 多くの人々は、外国に支配されているある国が自治・独立を勝ち取ろうとするならば、外交交渉、政治運動、あるいは武力闘争によって実現されると思うでしょう。しかし、ガンディーは決してそうは考えないのです。
 「村の自治」に奉仕する実践活動は、大きな政治目標とはあまりに隔絶している感じがしてしまうかもしれません。それでもガンディーは、「インドの独立を望む者は、村に行って村人たちと生活を共にせよ」と言うのです。(192)
第207回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(8)支配者の狡猾なテクニック。 [2021年11月27日(Sat)]
 3日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●再開された戦闘では、安倍氏の側が優勢だった。
●支配者・侵略者が用いる方法は、昔も今もあまり変わらない。
●敵を分断し、敵同士を戦わせる。
●安倍氏の周辺にいる俘囚(蝦夷)を離反させようとする。
●安倍頼時は、説得に向かった途中で殺されてしまう。
●しかし、息子の貞任らはなおも抗戦を続ける。
 
 そして・・・
                  (つづく)
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