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自分自身の力によって生きよ。 [2021年09月30日(Thu)]
(145)
 我々は、自分自身の力で生きていくようにしましょう。そうすれば、他人の指導に従わなければならないことなどほとんどないのです。もし、我々に機械が必要だということになれば、その時に機械を導入することにしましょう。
 ・・・


 
 「産業を求めるならば、我々は勤勉であるようにしましょう(144)」という勧告に続けて、ガンディーは「自分自身の力で生きていこう」と読者に呼び掛けます。文脈から考えると、「機械に依存しないようにせよ」ということかと思いますが、それだけではないかもしれません。
 「自分自身の力で生きていけ」とは、原文では「"become self-dependent"(自分自身を頼るようにせよ)」という表現です。「自らのみに頼る→他人に依存しない→自立(independence、swaraj)」というふうに、ガンディーにとっての大テーマ、独立、自立、自治につながっていくのです。
 機械が必要かどうかは、単に楽だからとか、世の中の流れだからとか、みんながそうしているからとか、そんな理由で安直に決めないで、自分自身の主体的な意思によって、本当に「自分にとって機械が必要だ」という結論に達したならば、その時に機械を導入すればよいではないか」とガンディーは言うのです。
 そして・・・

しもかわ読書会9月例会の報告(4)だったら、戦争など始めなかったら良かったのに。 [2021年09月30日(Thu)]
 「しもかわ読書会」9月例会の報告の続きです。
 
●日本は工業力が乏しいからなるべく艦を壊さないように。
●艦を壊しては困るなら、戦争をしない方がいい。
●工業力に乏しいのを承知の上で戦争に導いた責任。
●陸軍から見れば、海軍は船を温存するために陸軍兵士を見殺しにした。
●補給物資を運ぶ船は、かなりの割合で敵に沈められた。

 それから・・・     
                               (つづく)
第205回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(7)藤原教通と師実。 [2021年09月30日(Thu)]
 8日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●後三条天皇が即位し、頼通の後、弟の教通が関白になった。
●しかし、外戚ではないので藤原氏の力は弱まった。
●教通も、2人の娘を前の天皇と結婚させたが、男の子は生れなかった。
●教通の死後は、頼通の子の師実が関白になった。
●その後、師実の子孫が摂関の地位を独占した。(五摂家)
●しかし、摂関の力は弱まっていった。

 そして・・・

                  (つづく)
産業と勤勉 [2021年09月29日(Wed)]
(144)
 我々は、産業を求めます。そうであるならば、我々は勤勉であるようにしましょう。
 ・・・
    


 「楽をしたいからという動機で機械を求めてはいけない(143)」という主張に続いて、突然ガンディーは上のような話を始めます。
 さて、ここまでの彼の意見を振り返ってみると、「産業化そのものを否定するつもりはないが、機械生産によって推進される産業化については強い懸念を抱かざるを得ない」というのが彼の立場でした。(140)
 では、どうして産業と勤勉が結び付くのかと言いますと、それは、分かる人には既にお分かりのことと思いますが、英語の"industry"には「産業」と「勤勉」という2つの意味があるからなのです。語源はラテン語の"industria"で「内部で造る」というのが元々の意味、そこから個人的な自己研鑽や知識技能の修養を意味する言葉になったのだそうです。つまり、"industry"の元々の語義は「勤勉」であり、「産業」というのは後から付け加えられた意味だということになります。
 どうしてそうなったのか、想像はつきます。産業革命以前には、産業の発展つまり生産の増大は人々の「勤勉」なくしては実現できなかったわけですから、個人の勤勉さの集合的な結果が「産業」の振興ということになります。だから、勤勉を意味する"industry"が自然な成り行きで「産業」を表す言葉になったのだと思います。
 ところが、いつの間にか産業と勤勉は切り離されて、勤勉はもはや産業に不可欠のものとは考えられなくなり、反対に今では怠惰こそが産業発展につながるものと認識されるようになったのではないでしょうか?
 しかし、本来の産業とは決してそのようなものではない。きっとそのようにガンディーは言いたいのではないかと思います。
 そして・・・

9月定例学問会の報告(7)オリンピック廃止論 [2021年09月29日(Wed)]
 12日の定例学問会の報告の続きです。
 
●オリンピック憲章に反したオリンピック大会。
●オリンピックは、廃止すべき。
●今度の東京オリンピックで、オリンピックの否定的な面が明らかになったのでは。
●いや、そうでもないかも。
●東京オリンピックは、人々の心に何を残したのか。
●スケボーをやる人が増えたんじゃないの。

 そして・・・
                (つづく)
しもかわ読書会9月例会の報告(3)敵の兵力を常に過小評価する悪い癖。 [2021年09月29日(Wed)]
 「しもかわ読書会」9月例会の報告の続きです。

●敵兵力を希望的に縮小見積もりしたかったのか?
●都合の悪いことは、想定しない。
●自軍が勝利するという結論を先に決めて、それに合わせて思考する。
●受け入れがたい可能性は、考えない。
●それが、積極性、前向き思考、勇敢さだと思ってしまう。

 そして・・・
         (つづく)
楽をしたいからという動機からではなく・・・。 [2021年09月28日(Tue)]
(143)
 機械が必要だというのは、我々の手が楽をしようとして望んでいるのでしょうか? そのような怠惰な手が、一体どれだけたくさんあるのでしょうか?
 まず、我々は物事を正しく認識する力を高めていかなければなりません。そして、そのような能力を身につけた上で、もしも機械の必要性を感じたのならば、その時に初めて我々は機械を持てばよいのです。
 ・・・
          


 「健康・幸福・精神的な成長のために機械は役立たない(142)」というガンディーの主張の続きです。
 「楽をしたい」という欲求は、決して人間の本質的な精神(魂)から発するものだとは彼は認めません。真の人間精神は、「自らの霊的な成長」を求めるはずであり、自己の完成に向かって、そして真理に近付こうと、絶えず努力し続けるものだと彼は確信しているようです。このような魂の性向は永遠に、肉体的な生命の限界を超えて持続するものだとも彼は言います。「内的な成長は、加齢によっても、死によっても、終わらない(3)」とさえ断言していたほどです。
 だから、「苦を厭い、楽を求める」のは人間精神の中でも肉体による束縛や支配を受けた低次の部分に過ぎないと彼は言いたいのだと思います。しかし、そのような低次元の欲求を追い求めてはいけない。もっと高い精神によって自らの進む方向性を定めなければならない。きっとこのようなことだと思います。
 そして・・・
第205回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(6)藤原氏を外戚としない後三条天皇。 [2021年09月28日(Tue)]
 8日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●後一条・後朱雀・後冷泉の3代の天皇は、すべて頼通の姉妹を母とした。
●だから、頼通は約半世紀の間摂関の地位を保っていた。
●次の天皇は、後冷泉天皇の弟で後朱雀天皇の子、後三条天皇。
●やっぱり藤原氏の親戚ではあるけれど・・・。
●母は、藤原氏ではなく皇族だった。

 そして・・・

                  (つづく)
健康・幸福・精神的な成長のために機械は役立たない。 [2021年09月27日(Mon)]
(142)
 私は、物言わぬこの国の大衆のことを考えているのです。彼らが健やかで幸せになれるように私は願っています。そして、彼らが精神的な成長を遂げていけるように望んでいます。
 この目的のために、果たして機械は必要なのでしょうか? 少なくとも現状においては、そうではありません。
 ・・・


 
 「機械は人間にとって悪い影響をもたらす」というガンディーの主張(141)の続きです。
 確かに、機械は便利です。機械を使えば、効率性は高まるでしょう。しかし、「人間にとって大切なのは、健康、幸福、そして精神的な成長だ」と彼は言うのです。つまり、「楽をすることは人間の目的ではない」「効率性も、人間のあるべき生き方に近付いているかどうかを測る尺度ではない」ということでしょう。
 苦痛や負担が軽減されたり効率性が高まることが人間に良いものをもたらす可能性はあります。しかし、決して「楽をすること」自体に価値があるわけではないし、「効率的になる」からと言って必ずしもより豊かな創造性が発揮されるとは限りません。問題は、「不要になった時間やエネルギーを、いかにしてより価値の高い活動のために使うか」でしょう。
 「楽になったら、もっと楽をしたい」というのでは健康にも幸せになれません。精神的な成長も、望めないでしょう。また、いくら効率が良くなったとしても、その効率性によってさらに多くを生産するだけであれば、単に際限なく生産量を増やすだけです。そうしているうちに、「人間の必要を満たすために生産する」のではなくて「生産量の増大に合わせて人々の欲望を増大させる」ような状況になってしまうでしょう。また、競争がさらなる効率化を強いるようになってくれば、効率化は決してゆとりを生むものでもなくなってくるでしょう。
 そしてガンディーは、さらに続けて・・・
9月定例学問会の報告(6)武道は、オリンピック種目になると堕落するのか? [2021年09月27日(Mon)]
 12日の定例学問会の報告の続きです。
 
●オリンピック種目としての柔道などは、本来の武道なのか?
●武道は、勝ち負けだけが問題なのではない。
●楽しむことも、武道の本質ではない。
●ましてや、見世物では絶対にない。
●武道の精神は、失われていってしまうのか?

 そして・・・
                (つづく)
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