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みんながそれを実行できる日は、一体いつになったら・・・? [2021年03月31日(Wed)]
(1135)
<読者>
 あなたの要求はあまりにも過大だと思います。
 すべてのインド人がそれを実行するのは一体いつになることでしょう?
   


 ガンディー(編集長)は、「愛と魂の力を用いることができるのは以下のような行動を実践する人だけです(1112)」と言って、十九項目の要求を列挙しました。
 それを聞いた若い読者の反応は、上記のように極めて常識的なものでした。
 確かに、ガンディーの言う通りに実行するのは誰にとっても至難の業でしょう。だから、「多くのインド人がそれを実行することができるのは(もし、それが不可能ではなかったとしても)、一体いつの日になるのだろうか?」 そんなふうに、彼は思ったのでしょうね。
 このような悲観的な若者の見解に対して、ガンディーは・・・ 

第195回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(4)満州族の昔の名前は・・・。 [2021年03月31日(Wed)]
 17日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●17世紀、優れたリーダーが現れて統一され、満州族という民族名になった。
●漢民族の国、明を倒して中国を支配した満州国。
●その前は、あのモンゴル帝国(元)に支配されていた。
●その前は、別の名前で呼ばれていた。
●その名は、女真族。

 そして・・・

                 (つづく)
第127回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(3) [2021年03月31日(Wed)]
 3月24日の第127回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の最終回です。
 
●自己中心的な考えは、結局自分自身を不幸にする。
●学歴さえ手に入れれば、生きていけるのか?
●他人を大事にしない人は、他人からも大事にされない可能性が高い。
●一度や二度なら許されたとしても・・・。
●長い人生、後悔しなくて済むように。


 第128回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」は、今日、3月31日(水)の18時からです。
 
強いられた苦しみと、自発的に受ける苦しみ。 [2021年03月30日(Tue)]
(1134)
 さらに言うなら、苦しみとは自発的に甘受するものでなければなりません。そうでないならば、それは決して苦難に耐えたことにはなりません。



 「愛と魂の力を用いるための条件」の十九番目の続きです。
 「インドが自由を獲得するためには、苦しみに耐えなければならない(1129)」とガンディーは強調します。その上で、「ほかのみんながするようになったらではなく、自らが率先して苦しみに耐えよ」と言うのです。
 そして、ここではさらに、「苦しみは、自らが主体的な意志によって引き受けるものでなければならない」と述べています。誰かに命令されてとか、促されてとか、あるいは他人の言動に影響されてとか、そういう受動的な動機では意味がないということだと思います。
 それは、考えてみれば当然です。この場合の苦しみとは、「苦しめられる」のではなくて、「自らが苦しむことによって、魂の力で闘う」ということだからです。これを、彼は「受動的抵抗」の定義としています。(794)
 だから、厳密に言えば「受動的抵抗」という呼び名は決して適切ではありません。それで、後にガンディーは「サティヤー=グラハ(真理の堅持・主張)」という用語を用いるようになったのです。
 さて、これを聞いた若い読者は・・・
3月定例学問会の報告(7)SDGsは大衆のアヘン? [2021年03月30日(Tue)]
 7日の定例学問会の報告の続きです。
 
●SDGsは、大衆のアヘンなのか?
●本質的な問題から目をそらす、免罪符になっている、問題を矮小化させている・・・。
●そもそも、持続可能な開発はありうるのか?
●開発か、発展か、あるいは・・・?
●崇高な目標を掲げるだけで満足してしまうのは、大東亜共栄圏などと同じ。

 そして・・・
                (つづく)
自分が正しいと思ったことは、たとえ一人であってもそれをなすべきです。 [2021年03月29日(Mon)]
(1133)
 自分が正しいと思ったことは、たとえ一人であってもそれをなすべきなのです。そうすれば、ほかの人々もあなたに従うようになるでしょう。
 何か特別においしいご馳走が目の前にあるとすれば、私はほかの人々がそれを味わってみるまで待とうとは思いません。
 国民としての努力をすること、そして苦難に耐えることは、そういうご馳走のようなものです。



 「愛と魂の力を用いるための条件」の十九番目の続きです。
 「こうすべきだとは思うけれども、でも、ほかのみんながそうしていないのに自分だけが行動しても仕方がない。だから、みんながそうするようになったら、その時は自分も一緒に始めることにしよう」。そのように考えるのは怠け者の言い訳だとガンディーは言います。
 つまり、「率先垂範」を彼は勧めているのです。同様の趣旨のことは、今までにもいろいろな所で繰り返し述べられていましたね。(例えば、 (1019)など)
 ここでは、そのことがたとえ話を用いて語られています。人々よりも先に苦難に立ち向かうのは、おいしいご馳走を食べるようなものだと言うのです。自分がそのご馳走を率先して食べるならば、ほかの人々もそれに倣って後から次々に食べるようになるだろうということです。
 そして、さらに・・・
今週の予定 [2021年03月29日(Mon)]
 今週の予定です。
 

【小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ】
 第128回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」
 日時  3月31日(水)
     18時〜18時45分
 場所  下川町公民館2階会議室
 内容  参加者の希望に応じて


 すべて、誰でも参加できます。どうぞよろしくお願いします。
本当は、こうすべきなんだけど、でも、多くの人がまだそうしていないから・・・。 [2021年03月28日(Sun)]
(1132)
19.ほかの人々と同じように、彼には次のことも分かっています。
 「みんながそうするようになったら、自分も一緒に始めることにしよう」
 そんな言い訳は、怠け者のすることです。



 「愛と魂の力を用いるための条件」の十九番目です。
 (1128)で「言葉よりも行動が大事だ」と言っていたように、ガンディーは実践を非常に重視しています。それは、考えてみれば当然でしょう。ただ思っているだけで行動しなければ、世の中を変える力はどこからも生まれて来ないからです。
 とは言っても、このように考える人も多いかもしれません。「でも、自分一人が行動したって社会に与える影響は無に等しいではないか。だから、自分と同じように考える人々が多数派になったら、それを実践することにしよう」。
 しかし、「それは、怠け者の言い訳だ」とガンディーは痛烈に批判するのです。
 「もし世界が変化することを望むならば、そのような変化をあなた自身が体現しなさい。(You must be the change you want to see in the world.)」
 「しかし、私が変化したってそれ以外の人たちが変化しなかったら・・・」と反論したい人もいるでしょう。
 これに対しては、
 「あなたが何をしたとしても、重大な影響はほとんど与えられないかもしれない。それでも、あなたはそうしなければならない。世界を変えるためではなく、世界によって自分自身を変えられてしまわないために。(Almost anything you do will be insignificant, but you must do it. We do these things not to change the world, but so that the world will not change us.)」
 という言葉が彼の語った名言として伝えられています。
 さらに、続けてガンディーは・・・
3月定例学問会の報告(6)人新世の資本論。 [2021年03月28日(Sun)]
 7日の定例学問会の報告の続きです。
 
●下川町でも、一部の人たちの間で話題の・・・。
●「人新世の『資本論』」斎藤 幸平 (著)。
●読んでみると、なかなか難しい。
●今でも人気があるマルクス。
●資本主義経済が破綻しているのは明らかだが・・・。

 そして・・・
                (つづく)
真に問われるのは、どれだけの苦しみに耐えることができるか。 [2021年03月27日(Sat)]
(1131)
18.このこともまた、ほかの人々と同様に彼は悟っているでしょう。
 現在隆盛を誇っているいずれの国民も、過去においては必ず苦しみを乗り越えて来たのです。
 肉体的な闘争においてさえも、本当に問われるのは何人の敵を殺せるかではなくどれだけ大きな苦しみに耐えることができるかです。受動的抵抗の闘いにおいては、まったくなおさらのことです。


 
 「愛と魂の力を用いるための条件」の十八番目です。
 (1129)で「苦難に耐え抜いた後にしか自由を勝ち取る日はやって来ない」と言っていたことに続いて、同様の趣旨のメッセージをここでもガンディーは繰り返します。それだけ、受動的抵抗によって自治や独立を勝ち取るには大いなる苦難に立ち向かう覚悟とそれに打ち勝つ不撓不屈の精神が必要だということでしょう。
 このように、受動的抵抗というのは決して消極的な態度ではないし、厳しい状況を回避しようとする安易な方法でもないのです。
 そして・・・
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