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受動的抵抗を行うためには、勇気が必要である。 [2020年05月30日(Sat)]
(836)
 どうか、私の言っていることを信じてください。勇気と人間性を欠いている人は、決して受動的抵抗の実践者にはなれません。



 「受動的抵抗は弱者にとっての武器だ(828)」と考えている若者に対して、「それは大きな誤解だ。受動的抵抗は決して弱者の武器ではなく、むしろ強い者だけが使うことのできる武器なのだ」とガンディーは必死に説得します。
 この場合、彼が言っている「強さ」というのはもちろん腕力や武器の力ではありません。経済的な力でも政治的な力でもありません。そのような外的な力の強さではなくて、内なる力の強さのことです。勇気、そして人間性。すなわち、「魂の力」です。
 有名な「サティヤーグラハ」という言葉は、ガンディーが南アフリカで活動していた時期から使われているそうです。しかし、この本の中では出て来ません。
 さらに・・・
第85回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(2) [2020年05月30日(Sat)]
 26日の第85回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の続きです。
 
●玉ねぎの根を染色液につけて・・・
●その根を、透明な水に漬ける。
●10時間後・・・。
●玉ねぎの根が伸びている。
●染色した根の色が、特に薄くなっている所がある。

 そして・・・

          (つづく)
真の勇者とは、他人の命を奪う人ではなくて・・・。 [2020年05月29日(Fri)]
(835)
 また、まるで親友のように常に死を我が身のそばに置き、いつでも自分の命を差し出す準備ができている人と、他人の生命を自らの支配下に置いている人と、いずれが本当の勇士と言えるでしょうか?



 「他人を殺すことよりも、自分が殺されることの方が大きな勇気を必要とする(834)」という話の続きです。
 もちろん、決してガンディーは死を美化したり、自己犠牲そのものを目的化しようとしたりしているわけではありません。大切なものを守るため、あるいは価値あるものを獲得するために、自分の生命を犠牲にすることも恐れない勇気が必要だと彼は言っているのです。
 このことは、既に(664)で「自分の命を犠牲にすることこそが真の大いなる勇気であり、他人の命を奪おうとするのは臆病で卑怯な人間だ」と書かれていましたね。
 さらに、続けてガンディーは・・・
5月定例学問会の報告(4)SDGsと新型コロナ。 [2020年05月29日(Fri)]
 17日の定例学問会の報告の続きです。
 
●SDGsは、新型コロナウイルスのことを考えていたのかな?
●これから、さらに新しい感染症が現れるかもしれない。
●ほかにも、予想していなかった危機が発生するかもしれない。
●コンピューターはすべてを解決してくれるのか?
●政治も経済も、全然持続可能じゃない。

 そして・・・
                (つづく)
殺す勇気と殺される勇気。 [2020年05月28日(Thu)]
(834)
 さて、あなたはどう思いますか?
 大砲の後ろから砲弾を発射させて他人の体を粉々に吹き飛ばしてしまうことと、自分の体を吹き飛ばそうとしている大砲にもたじろがず、微笑と共にそれに歩み寄ることと、果たしてどちらの方が勇気のいる行為でしょうか?


 
 「受動的抵抗の実践者は、権力者がイギリス人だろうがインド人だろうが、自分の良心に反する命令には絶対に従わない。たとえ命を奪われる危険にさらされたとしても、その決意は揺らがない(833)」という話の続きです。
 ガンディーの考えによれば、受動的抵抗は決して激烈で過酷な闘争を避けるための消極的な手段ではなくて、むしろ自分の命を奪われることさえ恐れずに断固として抵抗するということなのでした。だから、彼はこれを「魂の力」と呼んでいるのです。(746)
 自分の命を棄てることは、他人の命を奪うことよりもずっと大きな勇気を必要とすると彼は言います。確かに、それは人を殺す手段が進歩すればするほど著しくなるでしょう。現在では、自分の殺す相手を見ることなく、しかも自分の能動的な行為としてはボタン一つ押す程度の動作で他人の命を奪えてしまうのです。それに必要なのは、勇気というよりもむしろ非情さ・鈍感さであると思います。
 そして・・・
しもかわ読書会4月例会の報告(16)では、どうすればいいのか? [2020年05月28日(Thu)]
 「しもかわ読書会」4月例会の報告の最終回です。
 
 ●積極的な自由。
 ●「〜への自由」。
 ●自分の思想・自分の感情・自分の意志。
 ●他者との関わり、自然との関わり。
 ●愛、そして創造的な仕事。
 
 
 しもかわ読書会5月例会は、今度の日曜、31日です。
たとえ、大砲の口を向けられて脅されても・・・。 [2020年05月27日(Wed)]
(833)
 しかし、受動的抵抗の実践者はこう言うでしょう。
 「私は、自分の良心に反する法律には決して従いません。たとえ目の前に大砲の口が向けられて、『その体を粉々に吹き飛ばしてしまう』と脅されたとしても、私の決意は変わりません」。


 
 「もしも、過激派(つまり、武力闘争によってイギリスからの独立を勝ち取ろうとする人たち)の企てが成功し、彼ら自身がインドの統治者になったら、彼らはきっとあなたや私を彼らの法に従わせようとするでしょう(832)」という話の続きです。
 しかし、ガンディーにとっては、イギリス人の政府だろうがインド人の政府だろうが、理不尽な権力に対しては抵抗あるのみなのです。その方法も、変わりありません。受動的抵抗(魂の力による闘い)です。
 つまり、(650)で既に述べられていたように、「イギリス人に支配されるよりも同じインド人に支配される方がましだ」とは決して彼は考えないのです。インドの自治にとって重要なのは、「イギリス人からインド人が権力を奪うこと」ではなくて、「あらゆる不当な支配から、すべてのインド人民が解放されること」でなければならないのです。
 さらに・・・

 
第85回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(1) [2020年05月27日(Wed)]
 昨日は、第85回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」を開催しました。
 (休校期間中なので、いつもと曜日が変わっています。今回は火曜日でした)
 R君、今回のテーマは何ですか?
 「今日のテーマは・・・あの、理科の教科書を読んでいて分からないことがあったんですけど・・・」
 ・・・

                       (つづく)
4月4日臨時学問会の報告(10) [2020年05月27日(Wed)]
 4月4日の臨時学問会の報告の続きです。

●生産は、商品の生産ではなくて、価値の生産。
●生産は、消費のためのお金を得る手段ではない。
●本当は、生産と消費は分離していない。
●必要と離れた欲望もないはず。

 それから・・・
                           (つづく)
革命家が政権を握ったら、彼らは新しい支配者になる。 [2020年05月26日(Tue)]
(832)
 私は彼らを責めるわけではありません。彼らにできることはほかに何もないのですから。
 もし、彼らがイギリス人を追い出すことに成功して、彼ら自身がインドの統治者になったら、彼らはきっとあなたや私を彼らの法に従わせようとするでしょう。
 彼らの考え方からすれば、そうするのが当然です。


 
 「受動的抵抗を実践するためにはどれだけの勇気が必要か、身体的暴力に訴えようとする人たちは知らないのです(830)」という話の続きです。
 「彼ら」とは、過激派の人たちのことです。インド民族主義の過激派の人たちは、「イギリス人の法であっても法には従うべきである。もしも彼らの法に従いたくないのであれば、彼らの権力を打倒して立法権を奪うしかない」と主張していたようです。(805)
 もちろん、ガンディーはこのような考えにはまったく賛同しません。そして、極めて冷静に、「もしも彼らがイギリス人の排除に成功しても、彼らが新しい支配者になるだけではないか」という指摘をするのです。
 このような見解は、既にイタリアの祖国回復運動についての論評の中ではっきりと語られていましたね。(639)
 そういうわけで、「同じインド人の政府であれば、インド人はどんな法にも従うべきだ」とは決してガンディーは考えないのです。
 すなわち・・・
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