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お勉強 (05/11)
しもかわ読書会4月例会の報告(4)どうして、変わってしまったのか? [2020年04月27日(Mon)]
 「しもかわ読書会」4月例会の報告の続きです。
 
●自由を求めて闘った人々。
●思想信条の自由、信教の自由、表現の自由、集会結社の自由、経済活動の自由。
●束縛や抑圧からの解放と自由の拡大は、人類進歩の証。
●個人の尊厳。
●しかし、人々は自由から逃げ出そうとした?

 そして・・・     
                               (つづく)
第80回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(5) [2020年04月27日(Mon)]
 22日の第80回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の最終回です。
 
●強制や束縛がないことは、自由の必要条件だが十分条件ではない。
●どうして束縛したくなるのか?
●どうしてみんな同じでないと不安になるのか?
●校則と組織順応。
どんな苦しみを受けることになっても、良心に反することはすべきではない。 [2020年04月26日(Sun)]
(803)
 ですから、正しくはこのように言わなければなりません。
 「自分が間違っていると思うことを私はするべきではない。それをしない結果としてどんな苦しみが与えられるとしても、それは私の受けるべき苦しみなのだ」
 これこそが、魂の力を使う際の要点です。



 「自分は正しいとか、あなたは間違っているとか、断言することは誰にもできない(802)とガンディーは言います。
 つまり、人に言えることは、「私は、こう思う。だから、私は自分の信念に従って行動する」ということだけなのです。ですから、「私はこうするのが正しいと思う。だから、あなたもそうしなさい」とか、「私はそれが誤りだと思う。だから、あなたもやめなさい」とかは、言えないのです。
 そういうわけで、人には自分の信念に従って生きる権利があるが、自分の考えを他人に押し付ける権利はないということになります。ですから、自分が正義であると思うことを理由や根拠にして他人を傷つけることも、絶対に正当化されはしないのです。
 さて、受動的抵抗についてのこのようなガンディーの考えを聞いて、若い読者は・・・
第80回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(4) [2020年04月26日(Sun)]
 22日の第80回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の続きです。
 
●服装や髪形は表現の自由だ。
●何を着るか、どんな格好をするか、自分で決めたい。
●でも、本当に着る服は自分で決めているのかな?
●流行を追ったり、誰かの真似をしたり、周囲に合わせたり・・・。
●本当の自由は、難しい。

 そして・・・

          (つづく)
自分は正しいとか、あなたは間違っているとか、断言することは誰にもできない。 [2020年04月25日(Sat)]
(802)
 自分が絶対的に正しいと主張したり、自分がそう思うからという理由である事柄が間違っていると決め付けたりすることは、誰にもできません。
 ただ言えるのは、「自分の考える所によれば、それは自分にとっては誤りであるように思える」ということだけです。

 
 「魂の力による抵抗の優れている点の一つとして、もしも自分が間違っていたとしても他人を苦しめる恐れがないということがある(800)」とガンディーは言っています。これはつまり、「自分の意見・自分の思想・自分の判断は絶対に正しい」というような独善的な思考には決して彼が陥っていないことを示しています。
 しかし、だからと言って「自分の考え・自分の信念を持つな」と彼が主張しているわけではありません。自分の考えは、やはりしっかりと持つべきなのです。ただし、それが絶対的に正しいと思い込んではいけない。自分の意見と対立する意見を誤りであると決めつけてはいけない。そのように彼は言いたいのだと思います。
 それから、さらに・・・
4月定例学問会の報告(4)静かに起こっている大破綻。 [2020年04月25日(Sat)]
 12日の定例学問会の報告の続きです。
 
●今までの常識が、もう通用しない。
●ありえないと思われたことが、現実化している。
●学校がこんなに長期に休みになるなんて。
●オリンピックが延期になるなんて。
●いろんな経済活動がいっぺんに止まってしまうなんて。

 そして・・・
                (つづく)
第80回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(3) [2020年04月25日(Sat)]
 22日の第80回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の続きです。
 
●髪の毛を染めるのは頭皮を痛めるらしい。
●でも、問題は髪の毛を染めることの是非ではない。
●髪の毛を染めることを校則で禁じることがどうなのか?
●議論では、問題の本質を見失わないように。

 それから・・・

          (つづく)
その時は正しいと信じてやったことでも・・・。 [2020年04月24日(Fri)]
(801)
 人々が正しいと思ってしたことなのに、後になってそれが誤りであったと分かった。
 そういうことが、今までもたくさんありました。



 「もしも自分が間違っていたとしても、他人を苦しめることはない。これは、魂の力による抵抗の優れている点の一つだ(800)」とガンディーは言います。
 魂の力による抵抗(受動的抵抗)とは、自分自身を犠牲にする抵抗のやり方です。例としては、「法律に違反して、その刑罰を受ける」という方法が挙げられています。確かに、その場合にもし自分が間違っていたとしても(つまり、その法律に逆らうことが正義にかなっていないなら)、彼は自分にふさわしい刑罰を受けたということになるのですから、別に何も不都合はありません。それに、誰にも不当な苦しみを与えないで済みますね。
 このように、ガンディーは決して「自分の考えは絶対的に正しい」とは考えません。これは、実に重要な指摘だと思います。歴史上、「正義のため、大義のため、絶対的真理のため、歴史の発展法則の必然のため」などという理由で行われた事業が、(たとえ当人たちがそれを本気で信じていたとしても)まったく予想外の悪しき結果をもたらしてしまったという例は枚挙にいとまがありません。
 世の中に正義と悪があるとして、大きな害をなすのは必ずしも悪だけとは限りませんし、すべての悪を滅ぼせば理想の社会が実現するというわけでもなさそうです。悪よりもさらに害をなすのは、「誤った正義」もしくは「独善と不寛容に陥った主観的な正義」なのかもしれません。
 それから、さらに・・・
しもかわ読書会4月例会の報告(3)人間にとって掛け替えのない自由・・・。 [2020年04月24日(Fri)]
 「しもかわ読書会」4月例会の報告の続きです。

●人々はナチスに騙されたのか?
●必ずしも、そうではない。
●自由を否定するナチスを支持したということは・・・。
●ドイツの人々が進んで自由を手放したということ。
●人間にとって、自由は大切なものではなかったのか?

 そして・・・
         (つづく)
第80回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(2) [2020年04月24日(Fri)]
 22日の第80回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告の続きです。
 
●その校則に、どんな意味があるのだろうか?
●髪の毛を染めると、不良になるのだろうか?
●そもそも、不良とは何か?
●見た目は本質ではないとしても、印象に対する影響があるのは確か。
●でも、どうしてそれを学校が生徒に対して指定するのか?

 そして・・・

          (つづく)