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スワラージでさえも、忘れよ。 [2021年11月18日(Thu)]
(192)
 我々の偏見や先入観はすべて頭の中から消し去らなければなりません。
 そう、すべてを一旦忘れるのです。一時的には、スワラージでさえも忘れるのです。
 私たちを苦しめている、その存在があらゆる所で我々を圧迫している、あの「持てる者」たちのことも忘れるのです。
 そこにいるのは、村人たちなのですから。
 ・・・

 

 「村へ行き、彼らの支援者としてではなく、召し使いとして働け(191)」という話の続きです。
 この呼び掛けは、恐らく「スワラージ(自治)」を目指すインドの知識人たちに向けてのものだと思われます。(134)で述べられていたように、インド独立運動の中心的な指導者であるガンディーが自ら率先して農村に住んだのは、スワラージの実現は都市の運動ではなく村の運動からこそもたらされるという確信があったからです。だから、スワラージを求める同志の人たちにも同じような実践を呼び掛けたのでしょう。
 ところが、その村人たちの日常生活の中には「スワラージ」という言葉はありません。彼らを苦しめている「持てる者たち(イギリス人やそれと結託している一部のインド人)」の存在も、少しも意識されていません。だから、村人たちにこれらのことを語っても、まったく理解されないに違いないのです。
 そこで、「スワラージさえも、一時的には忘れよ」とガンディーは言うのです。
 そして・・・
11月臨時学問会の報告(6)ちむぐりさ [2021年11月18日(Thu)]
 11月7日の臨時学問会の報告の続きです。

●「ちむぐりさ」、観ました。いい映画でしたねえ。
●沖縄への差別。
●そもそも、サンフランシスコ講和条約で日本が独立を回復した時に沖縄は切り捨てられた。
●日本に復帰すれば、本土並みの状態になれると思ったら・・・。
●復帰しても、本土では行われないことが沖縄では行われる。
●「沖縄県民の怒り」であって、「日本国民の怒り」ではないのか?

 それから・・・

                (つづく)
しもかわ読書会10月例会の報告(8)何かができるから仕事にするのではない。 [2021年11月18日(Thu)]
 「しもかわ読書会」10月例会の報告の続きです。

●おまえ、何ができるかね?
●わたしは何もできません。
●やる気さえあればいい。人間、何事も修業だ。
●みんなが働くのだから、わたしも働きます。
●ミハイルは親方に仕事を習って、靴職人になった。

 そして・・・
                       (つづく)
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