CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2021年08月 | Main | 2021年10月»
小規模分散型の大量生産。 [2021年09月24日(Fri)]
(139)
 現在考えられている「大量生産」とは、高度に複雑化した機械の助けによって最少の人数でできる限り多くのものを生産しようとすることです。
 しかし、私が言っているのはそれとは別の「大量生産」なのです。すなわち、生産に携わる人の数が多くなることによって実現される大量生産です。そこで利用される機械は最も素朴で単純な型のものであり、一般大衆の各家庭に置くことが可能であるようなものでなければなりません。

             (「ハリジャン」1934年11月2日)



 小規模分散型、家内工業・手工業による大量生産を目指そうというガンディーの主張(138)の続きです。
 つまり、現代資本主義経済の中で進められている大量生産とはまったく違った「大量生産」を彼は提唱しているのです。現行の大量生産は、資本の側に立った大量生産です。すなわち、資本家の利潤追求のための手段としての大量生産です。しかし、ガンディーが考えているのは、大衆の必要を満たすための大量生産、つまり、多数の人々が人間らしく生きる権利を実現するために必要な大量の物資を確保するための大量生産なのです。
 重要なのは、人々が健康で文化的な生活を送れるようにすることです。決して、より多く、より速く、より豊かに、より便利に、より豪華に・・・というようなことを追求するのではありません。だから、最も優先される条件は決して効率性ではないのです。
 そういうわけで、機械も高性能であればあるほど良いということにはなりません。もっと重要なのは、人々が自分に必要な品物を自分自身の手で生み出せるということなのです。それが、自立的、自治的な暮らしだからです。
9月定例学問会の報告(5)神事・見世物・賭博 [2021年09月24日(Fri)]
 12日の定例学問会の報告の続きです。
 
●古代オリンピックは、神に捧げるお祭りだった。日本の相撲も、元々は神事だった。
●でも、相撲はその後興行になった。
●スポーツを観るのは楽しい。
●見世物に徹して進化したプロレス。
●また、スポーツは賭博の対象にもなる。

 そして・・・
                (つづく)
| 次へ