CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2020年04月 | Main
そのような法は、私を束縛する力を持たない。 [2020年05月05日(Tue)]
(812)
 受動的抵抗を行う者であれば、「そのような法は私とは何の関わりもない」と言うでしょう。



 「もしも政府が『裸で外を歩き回れ』と言ったら、私たちはそうすべきでしょうか?
(811)」というガンディーの問いかけの続きです。
 どうしてこんな突飛な例が出て来たのかと言いますと、それは、「悪法も法なり」(808)という考えが誤りであることを明らかにするための分かりやすい例を示そうとしたのだと思われます。
 さて、彼の考えでは、「受動的抵抗者は、そのような法を決して法とは認めない」ということになります。つまり、彼らは「武力を用いて積極的な攻撃をしない」という点から「受動的」と呼ばれるわけですが、本質的には決して受動的ではなく、自らの従うべき権威を自分自身の信念や良心に基づいて自らが決めるという意味で極めて「能動的・積極的・主体的」であると言えると思います。結局、問われているのは「権力に従うか、反抗するか?」とか「どのような方法で反抗するか?」とか、そういうこと以前に、「人間にとって真に生きる指針・生きる拠り所を与えうる存在は神のみであるはずなのに、それ以外の人間(あるいは人間の作った法)に束縛されるような生き方をしてよいのか?」ということでしょう。
 そして・・・
4月4日臨時学問会の報告(6) [2020年05月05日(Tue)]
 4月4日の臨時学問会の報告の続きです。
 
●自然の欲求は、必要に根差している。
●だから、不必要なものは求めない。
●自然な欲求は、得ることだけを求めない。
●創造的な欲求。

 それから・・・
                           (つづく)
| 次へ