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お勉強 (05/11)
しもかわ読書会12月例会の報告(7)第3セクターはなぜ失敗するのか? [2020年01月23日(Thu)]
 「しもかわ読書会」1月例会の報告の続きです。

●1つの事業で複数の政策目標。
●事業内容が顧客を向いて決定されるのではなく、地元合意と制度制約に則って決定される。
●計画は外注、でいいのか?
●事業も資金も、すべてにおいて責任が不明瞭。
●「常識」と「真面目な業務」が招く地方の衰退。
●皆が計画を立て、目標管理をして、改善を行っているにもかかわらず、地域がどんどん衰退。

 それから・・・
                       (つづく)
肉親に対する愛情。 [2020年01月23日(Thu)]
(712)
 私の父が持つ力は、私に深い憐れみを感じさせ、涙を流させる力です。


 
 「自分の家に泥棒が侵入した場合、大事なのはとにかく泥棒を追い出すことなのだから、どんな手段を用いるかは問題ではない」と言う若者と、「いやいや、そうではない。その泥棒がどんな人間かによって、取るべき対処法は違ってくる(709)」と主張するガンディーの論争の続きです。
 ただ、ここでガンディーは、従来の主張と少し違ったことを述べています。それは、「その泥棒が自分の父親である場合にも、武装した男である場合にも、いずれにしても彼らは私に対してある力を持っている」という主張です。
 自分の父親が持っている力とは、つまり父に対する肉親の情によって自分が極度の憐れみ・悲しみに陥り、その悲嘆のあまりに自分の財産が盗まれるのを防ごうという気力さえ失ってしまうということを指しているのだそうです。
 これも、ガンディーに言わせれば「力」なのです。ある人の感情や意志や行動に影響を与えるという意味では、確かに力であるとも言えるでしょう。若者が言っていたような、「相手に恐怖を与え、その恐怖によって自分に従わせる力」だけが力ではないのです。
 ちなみに、ここで出て来る力は"strength"、そして若者が言っていたのは"force"です。
 では、武装した男の持つ力とは・・・
第169回楽しく学ぶ歴史ゼミの報告(3)戦国大名は、どうして領地を増やしたがったのか? [2020年01月23日(Thu)]
 15日の楽しく学ぶ歴史ゼミの報告の続きです。
 
●では、戦国大名はどうして戦争をしたのか?
●広い土地を支配したかった?
●どうして広い土地を支配したかったのか?
●土地から得られる収益、つまり、農民から搾取したわけだけど。
●でも、支配地が広がれば・・・。
●反乱や謀反が起こる危険も増大する。

 そして・・・

                 (つづく)
第68回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」の報告(1) [2020年01月23日(Thu)]
 昨日は、第68回「小・中学生の疑問に答えないけど一緒に考えるゼミ」を開催しました。
 R君、今日のテーマは何ですか?
 「はい。今日は、『自己肯定と過信』について考えたいと思います」
 ふむ。面白いテーマですが、難しいですね。R君、自己肯定って何ですか?
 ・・・

                       (つづく)
私を屈服させる力とは・・・。 [2020年01月23日(Thu)]
(711)
 その理由は、第一に、私の父親が武器を持っている可能性だってあるからです。
 そして第二には、その泥棒が自分の父親である場合にも、武装した男である場合にも、いずれにしても彼らは私に対してある力を持っています。それは、私を屈服させ、自分の持ち物が盗まれるのを防ぐことさえすっかり諦めさせてしまうような力です。


 
 その直前まで、「相手が違えば、対処法も異なる」と言っていたガンディーですが、「しかし、私はこういうことも考えた」と、まったく矛盾するような話を始めます。それは、「自分の家に忍び込んだ泥棒が自分自身の父親であろうが、あるいは武装した強そうな男であろうが、いずれにしても、私は眠っているふりをするべきだ」というもの(710)です。このように、ガンディーの思考は非常に柔軟性・融通性に富んでいるのです。
 さて、その理由の第一は、恐らく多くの読者の皆さんにとっても予想外のものだったと思います。なんと、「自分の父親が、武器を持っているかもしれない」という可能性を彼は考えるのです。確かに、そうであれば、これはそもそも2つの異なる場合ではなくなってしまうのです。
 そして、第二の理由は、「父親も、武装した男も、いずれにしても私に対してある力を持っている」からだそうです。
 その力とは、果たして・・・
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